毎年6000億円が「コメづくりの維持」で消えている…稲作が盛んな北陸3県が「農業コスパ最悪」である理由

2024年2月1日(木)15時15分 プレジデント社

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/KellyJHall

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農水省は2兆3000億円弱の予算のうち、6000億円近くを水田に関連する事業に使っている。ジャーナリストの山口亮子さんは「北陸などの米どころほど農業産出額が低いにもかかわらず、多額の助成金が投入されている。コメに税金を投入する構造を変えなければ、日本の農業は立ちゆかなくなる」という——。

※本稿は、山口亮子『日本一の農業県はどこか 農業の通信簿』(新潮新書)の一部を再編集したものです。


写真=iStock.com/KellyJHall
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■米どころ北陸の農業のコスパは悪い


財政のコストパフォーマンスでいうと、米どころほど成績が悪い。都道府県が1円の農業産出額を稼ぐために何円の予算を使っているかというランキングにおいてである。


出所=『日本一の農業県はどこか 農業の通信簿

最下位から順に石川、福井、富山と北陸3県が独占している(図表1)。いずれもコメの占める割合が高く、石川は47.1%、福井は57.4%、富山は64.8%という感じだ。全国平均の15.5%を大きく上回る。


2021年の農業産出額を農業関連予算で割った結果は、最下位の石川で1円の予算につき1.6円の農業産出額しかあげていない。


新潟は36位で富山、石川、福井の北陸3県に比べれば順位が上がるものの、全国平均の5.7円を大幅に下回る3.3円にとどまる。17年までさかのぼっても北陸3県は一貫して最下位集団に属し、新潟も30位台の後半以降をさまよっていた。


■過去の栄光にあやかった石川のブランド米


最下位の石川といえば、プロレスラーの馳浩(はせひろし)氏が知事を務める。22年に就任して以来、秋になると石川県産米の需要を拡大すべく、自ら売り込みに立つ。


(写真=PR TIMES/H.P.D.コーポレーション)

品種がさまざまあるなかで、一押しは、県がブランド米として9年がかりで開発した「ひゃくまん穀(ごく)」。その名の由来は「加賀百万石」にある。加賀藩は、江戸時代に藩としては最大級の100万石を超える石高を誇ったことから、加賀百万石は藩の呼称としても使われる。コメの新品種に冠したのは、そんな過去の栄光にあやかろうとした感が強い。


石高は、その土地における年間のコメの生産高を示す。石高が多いほど豊かになれたのは、過去の話だ。後ほど述べるように、コメでは最強の銘柄の一つ、「新潟県産コシヒカリ」を擁する新潟すら、農業産出額は右肩下がりを続ける。


■保守王国は農業政策も古臭い


第1章でみたとおり、コメを作れないことが弱みだった地域がいまや、より多くの付加価値を生む野菜や畜産などの大産地に変貌している。そういう意味で「ひゃくまん穀」は、名前も開発に至った発想も、旧時代の香りを放つ。


そもそも石川は、時代錯誤の発言を繰り返してきた森喜朗(よしろう)元首相の地元であり、強固な「保守王国」。「ひゃくまん穀」の開発を決めた谷本正憲(まさのり)前知事は、7期28年という驚異的な長期政権を敷いていた。命名に古くささが漂うのは致し方ない。


馳知事はというと、森元首相を政治の師と仰ぎ、谷本前知事の県政を継承するとしている。旧時代にどっぷり浸かっているようで、その合い言葉は「新時代」。


ブランド米を売ることで、県内農業を盛り上げようと躍起になる。そんなコメとの向き合い方は極めて保守的で、新しさは微塵もない。


■儲からないコメを作るために「田植え休暇」


田植え休み、あるいは、農繁休暇。


この言葉は、地方出身の高齢者にとって、懐かしく思い出されるものであるはずだ。かつて田植えは、一家総出で行われた。子どもが学校を休んで田植えを手伝う田植え休みは、1970年代ごろまで各地でみられた。


田植え休みを取れるよう、県知事自ら要請する県が現在もある。富山だ。


ただし、休むのは子どもではなく、農業以外の仕事を持つ兼業農家。


富山は、コメに極めて依存しており、農地に占める水田の割合は2022年度に95%で全国一を誇る。さらに兼業農家の割合が15年時点で83.8%と高く、全国2位だった。そこで、兼業農家であっても適切な時期に田植えをできるよう、商工会議所や、中小企業や建設業の団体に通称「田植え要請」をしている。


写真=iStock.com/Yuki KONDO
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Yuki KONDO

兼業農家は、まとまった休みの取れるゴールデンウィークに田植えをしがちだ。ところが、この時期に田植えをすると、夏場の高温によって「コシヒカリ」の品質が落ちやすい。そこで、2000年代に富山県が音頭を取って、田植えを5月中旬に遅らせる運動を始めた。以来、商工団体に協力を要請し続けてきた。


新田八朗知事は23年4月、次のように要請している。


「本県農業は兼業農家が大半を占めていることから、本取組みの推進には企業経営者の皆様方に格段のご配慮をいただきたい」


コメに対する思い入れは、半端ではない。関係者が一体となって稲作を盛り上げるべく、自治体や農業の関連団体を構成員として、県が「富山県米作改良対策本部」なる組織まで立ち上げている。本部長は新田知事である。


コメを支えるその体制は盤石にみえる。肝心のコメが儲からないことを別にして……。


■コメの需要は減り続けているのに助成金は増え続ける


米どころのコストパフォーマンスが悪い理由は、第1章で述べたように、土地改良の予算が大きい割に農業産出額が振るわないからである。土地改良以外にも、コメには多額の予算がつく。農政の中心に長年君臨し続けている作物こそが、コメだからだ。


農水省は、2兆3000億円弱の予算のうち、6000億円近くを水田に関連する事業に使っている(図表2)。その多くは、需要の減少に対応するという後ろ向きなものである。


出所=『日本一の農業県はどこか 農業の通信簿

食生活の多様化や人口減少の影響で、コメ余りは加速している。近年は、その需要量が年間10万トンを超えるペースで減ってきた。コメの総需要量を農水省は2023年産で680万トンと予想しているので、その1.5%に当たる。コメはかつて農業産出額の半分を占めていた。ただ、いまや1.4兆円で全体の8.8兆円に占める割合は15.9%(21年)に過ぎない。そんなジリ貧状態のコメを支えるために予算を大盤振る舞いしている。


筆頭格は、ここ数年で3050億円を確保している「水田活用の直接支払交付金」。コメの需要が減るなか水田では、需要を満たしていないムギやダイズや、飼料用、米粉用といった主食用以外のコメの生産などを助成する。


この予算額は増える傾向にある。コメの需要が減るにつれて、転作の面積が増え、助成金を増やさなければならなくなるからだ。財務省は、2039年には3904億円まで膨れ上がると推計している。


■財政面でも農業面でも持続的な発展は望めない



山口亮子『日本一の農業県はどこか 農業の通信簿』(新潮新書)

コメに対する大盤振る舞いを、財務省は苦々しくみている。予算案の査定と作成を担う同省の主計官は、農水省関連の政策が矛盾していると繰り返し指摘してきた。


「低収益作物への転作ほど助成金単価が高く設定されている中、我が国の水田農業においては、経営規模が大きくなるほど助成金への依存度が高まり、また収益性が低下するという傾向が見られる。本来大規模経営体には、逆に水田農業全体の収益性の向上をリードしていくことが期待されるところである」(「令和4年度農林水産関係予算について」、広報誌『ファイナンス』2022年4月号、財務省)


面積の大きい稲作経営ほど、収益に占める補助金などの割合が高まる(図表3)。大規模な経営体が増えるほど、農業の補助金依存が進む状況を財務省は「paradoxical(筆者注=逆説的な、矛盾した)な状況」と指弾している。米どころほど財政のコストパフォーマンスが悪いのは当然の結果なのだ。


出所=『日本一の農業県はどこか 農業の通信簿

21年4月に開かれた歳出の改革を議論する「歳出改革部会」で、財務省の主計官はこう苦言を呈した。


「現行スキームに頼った生産抑制を続けるのみということでは、財政面でも持続可能ではないと思われますが、米・農業自体の持続的な発展も望めないのではないかと考えます」


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山口 亮子(やまぐち・りょうこ)
ジャーナリスト
京都大学文学部卒、中国・北京大学修士課程(歴史学)修了。雑誌や広告などの企画編集やコンサルティングを手掛ける株式会社ウロ代表取締役。2024年1月に、『日本一の農業県はどこか 農業の通信簿』(新潮新書)を上梓。共著に『人口減少時代の農業と食』(ちくま新書)、『誰が農業を殺すのか』(新潮新書)などがある。
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(ジャーナリスト 山口 亮子)

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