なにが漫画家・芦原妃名子さんを追い込んだのか…SNSで拡散した「原作者擁護、脚本家批判」という善意の地獄

2024年2月3日(土)11時15分 プレジデント社

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/HowLettery

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昨年ドラマ化された漫画『セクシー田中さん』の原作者である漫画家の芦原妃名子さんが急死した。亡くなる直前、芦原さんはドラマ化をめぐるトラブルについてSNSに投稿していた。企業のリスク管理を研究する桜美林大学の西山守准教授は「芦原さんには個人攻撃の意図はなかったにもかかわらず、SNS上では『原作者擁護、脚本家批判』の輪が広がってしまった。第三者の善意が、芦原さんを追い込んでしまったのではないか」という——。

■「原作の改編」は問題の本質ではない


2023年秋にドラマ化された「セクシー田中さん」の原作者で漫画家の芦原妃名子さんの突然の死が1月30日に報じられた。ドラマの脚本をめぐるトラブルが明らかにされた直後であっただけに、各所に大きな衝撃を与えている。



芦原妃名子『セクシー田中さん』(フラワーコミックスアルファ)

問題の発端は、昨年12月24日に脚本家側がInstagramにドラマの脚本について混乱があったことを示唆する投稿を行ったことにある。


約1カ月後の1月26日、原作者の芦原さんはブログで、自身が意図しない脚本の改変が行われた経緯を説明。新たに開設したX(旧Twitter)でも説明を行っていた。


ここから問題が大きくなり、SNSでは主に脚本家やドラマを放送した日本テレビへの批判が巻き起こり、さまざまなメディアで取り上げられるに至った。


芦原さんは1月28日に投稿を削除、ブログは閉鎖された。X上には「攻撃したかったわけじゃなくて。ごめんなさい」と謝罪の投稿だけが残された。芦原さんの死が伝えられたのは、その2日後だった。


■SNSでの「意図せぬ批判」がストレスになった可能性


メディアやSNS上では、原作の改変に関する議論が起きている。芦原さんの最後の投稿を読むと、芦原さんの死の引き金となったのは、原作の改編ではなく、むしろその後に周辺で起きた批判合戦にあるように筆者には思えてならない。


原作改変をめぐる一連のトラブルに加えて、メディアやSNSでの意図しない批判が巻き起こったことが追い打ちとなり、大きな精神的なストレスを抱え込んでしまっていたのかもしれない。


筆者はテレビドラマをあまり見ないのだが、珍しく「セクシー田中さん」は、たまたま第1話を見たことをきっかけにすべて視聴していた。それだけに、裏側でこのようなトラブルが起き、原作者の死という最悪の悲劇まで起きてしまったことは残念でならない。


■当事者のSNS投稿が意図せぬ批判へと発展した


筆者が最初に「これはマズいのではないか?」と思ったのは、芦原さんがSNSへ経緯説明を投稿し、「原作クラッシャー」のワードがトレンド化していた時だ。SNS上では、脚本家への激しいバッシングが起き、脚本家の過去作品まで持ち出して「改悪」が糾弾されていた。これは批判の論点としては完全にズレている。


脚本家と原作者の両者がSNSに投稿したことから、多くのSNSユーザーは両者間の紛争が起きていると解釈し、その多くは原作者側に味方をしたのだと思われる。


しかし、投稿文を良く読めば、双方の投稿ともに、個人批判をする意図はなかったことが理解できる。また、ドラマ終了に至るまで、芦原さんと脚本家は直接対面することはなく、番組プロデューサーを通してやり取りを行っていたということが明らかになっている。


当事者のSNSへの投稿が、意図しなかった批判へと発展してしまったことが、悲劇の一因となっているように、筆者には思えてならないのだ。


写真=iStock.com/HowLettery
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/HowLettery

■「セクシー田中さん」問題の2つの教訓


筆者は、過去に企業の公式アカウントや、企業の社員が個人アカウントでSNSを投稿する際の運営マニュアルやガイドラインの作成を支援していたことがある。


多くのケースでは、社員の個人SNSアカウントにおいても、仕事のことを投稿する際は細心の注意を図るべきであること、特にネガティブな情報は投稿を控えるべきであることを勧めていた。仕事関連のSNSへの投稿自体を禁止している企業もある。


企業関連でのSNS利用はルールやガイドラインの策定、社員への周知徹底も進んできている。しかしながら、経営者やフリーランス方の投稿が炎上することは依然としていくつも見られるし、最近は特に芸能・エンターテインメント業界での投稿が問題になることが多い。そこには、現代ならではの問題が含まれている。


今回の件に限って述べれば、当事者に限らず、全ての人が自覚しておくべき教訓は大きく以下の2つとなる。


① 仕事上の問題をSNSに投稿することは、自分も含めて誰も得をしない
②「犯人さがし」「悪者さがし」は問題を解決しないどころか、さらに悪化させてしまう

■仕事のトラブルをSNSに投稿しても誰も得をしない


まず、①について見ていきたい。


投稿者とフォロワー同士でやり取りしている限りでは、SNS空間は仲間同士の集まりとさほど変わらない。だからこそ、プライベートな悩みや、仕事の愚痴を吐き出してしまうこともある。しかし、いったん話題が拡散していくこと、意図しないトラブルへと発展してしまうことも多い。SNSは、投稿できる文字数も制限があるし、投稿する側も読む側も条件反射で対応しがちなので、思いを正しく伝えるメディアとしては不向きである。


文脈を共有し合っている仲間同士であれば、誤認や誤解も起こりづらいが、そこを超えて拡散すると、情報が独り歩きして誹謗(ひぼう)中傷や批判が巻き起こってしまうことも多い。


②についてだが、話題が拡散していくと、必ず第三者が何らかの意見を述べてくる。ネガティブな情報が拡散している場合、それが批判へと発展していくことが非常に多い。さらに多くの場合そこから「犯人探さがし」「悪者さがし」へと発展し、バッシングが起こる。批判者の大半には悪意はなく、むしろ正義感、つまりは義憤に駆られての投稿だと思うのだが、それによって事態が良い方向に向かうことはほとんどないと言ってよい。


写真=iStock.com/GCShutter
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/GCShutter

■SNSは批判の場として適した媒体ではない


筆者自身、何社もの企業のリスク広報の支援や助言をしてきたし、仕事で関わった企業や人物がトラブルに巻き込まれたりしたことも何度かあった。SNSやメディアで批判にさらされることも多かったが、大半の批判はピント外れだったり、一方的なものだったりした。


もちろん、特定の組織や個人に非があるケースも多いのだが、その背景には構造的な問題があることが多い。犯人や悪者を探しだして糾弾し、追い出したところで、構造的な問題が解決されない限り、同じような問題は再発してしまうのだ。


また、SNSやメディアでは、「0か100か」という発想に陥りがちで、いったん「悪者」とされた組織や個人は、一切の弁解の余地が与えられなくなってしまう。そうした流れが起きることで、真相が解明されるどころか、むしろ闇に葬り去られてしまうこともある。


批判をすること自体を否定するわけではないが、せめて、


1.批判をする前にできるだけ多くの情報を調べて、多角的に判断する
2.目にしている事象だけでなく、問題が起きた背景も考える

というところまでやった上で批判を行わないと、批判は不毛なものになる。そうしたことを考え合わせると、SNSは批判の場として適した媒体ではないと言わざるを得ない。


■SNSでの告発は「最後の手段」でありたい


近年、性被害やハラスメント行為に対する告発がSNSでなされることも増えている。それによって社会が動くこともある一方で、告発者が激しいバッシングを受けることも多い。


これまで声を上げられなかった人が声を上げる場を持てたこと、その声が社会を動かす影響力を持ちうることになったことは、SNSの大きなメリットであることは事実だ。


しかし、SNSは「諸刃の剣」であり、その影響力によって、自分や他人を傷つけることになってしまうことが多々ある。


本来であれば、大半の問題は当事者間の問題として対処し、不特定多数の第三者が介入しないほうが望ましい。その意味で言えば、SNSで公表する前に、別の対処法を講じるべきであるし、関係する組織や人もそのために尽力すべきだ。


■善意の第三者の声が事態を悪化させる


「セクシー田中さん」の問題でも、当初はそれが模索されていたに違いない。芦原さん、あるいは脚本家が、SNSで心情を吐露せざるを得ない状況になってしまった時点で、問題の対処法に不備があったと見なさざるを得ない。


関係各所のコミュニケーションを密にして、合意を得た上で契約を交わし、それに基づいて忠実にそれぞれの仕事を貫徹する。紛争が起きたら、都度話し合いを行って解決策を模索する。


基本的なことではあるが、決して簡単ではない。


日本の漫画は、いまや少年少女や一部の“オタク”のものではなく、世界に誇るコンテンツとして成長しており、多方面に展開される“ビジネス”として成立している。過去の紛争事例も鑑みると、改めてしっかりとしたルール策定をすべき時期に来ているように見える。


(筆者自身も含めてだが)一読者、一視聴者として作品を楽しんでいる人、SNSで日々思いを投稿している人も、芦原さんの最後のメッセージの裏にどんな思いがあったのか、わからないながらも想像を巡らせてみる必要があるように思えてならない。


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西山 守(にしやま・まもる)
マーケティングコンサルタント、桜美林大学ビジネスマネジメント学群准教授
1971年、鳥取県生まれ。大手広告会社に19年勤務。その後、マーケティングコンサルタントとして独立。2021年4月より桜美林大学ビジネスマネジメント学群准教授に就任。「東洋経済オンラインアワード2023」ニューウェーブ賞受賞。テレビ出演、メディア取材多数。著書に単著『話題を生み出す「しくみ」のつくり方』(宣伝会議)、共著『炎上に負けないクチコミ活用マーケティング』(彩流社)などがある。
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(マーケティングコンサルタント、桜美林大学ビジネスマネジメント学群准教授 西山 守)

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