日本と違って「親が政治家」では選挙に勝てない…台湾の国会議員が「家柄より学歴」で評価されている理由

2024年2月6日(火)8時15分 プレジデント社

2016年台湾総統選挙(写真=Studio Incendo/CC-BY-2.0/Wikimedia Commons)

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台湾では二大政党の民進党と国民党が頻繁に政権交代を繰り返している。一体なぜなのか。ジャーナリストの野嶋剛さんは「民主主義が若い台湾では、有権者が選挙にかける思いが強い。選挙のためだけに世界中から台湾人が帰国するのもそのためだ」という——。

※本稿は、野嶋剛『台湾の本音』(光文社新書)の一部を再編集したものです。


2016年台湾総統選挙(写真=Studio Incendo/CC-BY-2.0/Wikimedia Commons

■台湾は総統を国民の直接選挙で選ぶ


台湾の選挙システムについてもお話ししましょう。


李登輝が総統になると、憲法改正による政治の民主化が進み、1994年には総統を4年ごとに国民の直接選挙で選ぶことが決まり、1996年から新しい総統選挙が実施され、現在に至っています。2012年からは日本の国会議員にあたる立法委員選挙も同時に行われています。こちらも任期は4年です。


ちなみに、総統・立法委員選挙とも、当初は小さな政党も活躍していましたが、2008年に小選挙区制の選挙になってからは、国民党・民進党の二大政党制の色合いが強まりました(図表1)。


出所=『台湾の本音

■台湾には「世襲議員」がほとんどいない


その総統選挙の中間に、日本でもニュースで取り上げられた統一地方選挙が行われます。こちらも4年に1回です。市町村の首長から地方議員がこの選挙で選ばれます。統一地方選挙は、2年後の総統・立法委員選挙の行方を占う前哨戦の意味もあります。ただ、統一地方選挙で勝利した政党が総統選・立法委員選で勝てるかというと、そうではないところも面白いところです。


統一地方選挙では里長、日本でいえば町内会長のようなポストも選ばれます。台湾では、多くの政治家が里長、市議会議員、立法委員すなわち国会議員とステップアップしていきます。日本のような世襲議員は非常に少なく、2022年の台北市長選挙で蔣介石のひ孫・蔣万安(しょうばんあん)が当選したのは大変なレアケースといえるでしょう。


台湾と日本の政治でどこが違うのかと聞かれたとき、私は「世襲」の多さを挙げることにしています。


■台湾で最も重要な「政治家のステータス」


民主主義において、有権者が一票を投じるとき、何を基準に政治家を選ぶのか。極めて重要なテーマで明確な回答があるわけではないですが、台湾では疑いなく、学位・学歴が一つの政治家のステータスと目される要素があります。


歴代総統を見てみても、李登輝総統は京都帝国大学農学部卒業で、陳水扁(ちんすいへん)総統、馬英九(ばえいきゅう)総統、蔡英文総統の3人はすべて最高学府の台湾大学法学部の卒業です。李登輝総統は農学博士、馬英九総統は法学博士、蔡英文総統も法学博士を取得しており、超がつく高学歴です。


6月13日午後、パナマ共和国による中華民国(台湾)との国交断絶の決定に関して演説する蔡英文総統(写真=中華民国総統府/CC-BY-2.0/Wikimedia Commons

台湾メディアによれば、台湾の立法委員113人のうち、95%以上が大学以上の学歴を有しており、修士号取得者は53%、博士号取得者は20%に達しているといいます。


ひるがえって日本は博士号を持っている国会議員は極めて少ないというのが現実ではないでしょうか。学歴のかわりに、日本の政治家にとって錦の御旗となるのが「家柄」です。


日本では現在、3人に1人が世襲議員であるとされています。自民党に至っては4割だそうです。若手・中堅のホープでも、河野太郎デジタル相は父親が河野洋平元外相、小泉進次郎元環境相も小泉純一郎元首相が父親で、殺害された安倍晋三元首相も岸信介元首相から続く3代の政治家です。


■修士・博士号は「肩書き」のため


台湾での統計はありませんが、実感として世襲議員は非常に少ないです。民主化後の歴代総統も親が政治家という人物は一人もいません。台湾で選挙がある前に次々と学歴不正が発覚して問題化するのは、不正を働いてまで、無理に苦労して論文を書いて学位を取得しようというモチベーションが働くからです。逆に、日本では学歴不正問題は台湾よりはるかに目立ちません。


台湾では、世襲議員が少ないことは、その歴史とも関係しています。台湾では民主化してからの歴史が浅いので、家柄以外で自分の魅力を打出すには学歴がベストなのです。筆者の台湾の立法委員の知人は、こう語ります。


「修士号や博士号がなければ当選しないわけではない。しかし、ないよりはあったほうがいい。名刺に入れられる肩書きも増える。選挙となれば数百票単位の争いになる可能性があり、少しでもプラスの材料になるものが欲しい」


台湾の政治家は、昼夜を問わず会合に顔を出し、いつもSNSをこまめに発信して、支持者やファンからの書き込みにもまめに答えています。学歴も含めて、それだけ選挙が厳しいことの裏返し、ということがいえるでしょう。


■総統選挙のためだけに世界中から帰国する


ともあれ、統一地方選挙と、総統・立法委員選挙が台湾の主要選挙となります。


台湾の選挙の特長は、非常に熱気があって投票率が高いことです。実際、2022年の地方選挙でも66%、2020年の総統選挙では75%。過去には80%だったこともありました。もちろん、選挙の数カ月前からメディアも選挙報道一色になります。


日本の選挙制度と大きく違うのは、在外投票もできず、期日前投票もできないところです。自分の生まれた場所、戸籍がある場所でしか投票できないんですね。ですから、選挙の時期には、いわば民族大移動のような状況になります。日本や海外から、投票のために帰国する人もたくさんいます。総統選のときなど、投票日前日の台湾行きのフライトは、選挙のためだけに帰国する台湾人たちで予約がいっぱいになります。


私も台湾の人たちと長く仕事をしていますが、選挙前の1カ月はほとんど仕事の話ができません。なにせ、街中を候補者が歩いていて、道路ごとに選挙事務所があるくらいの勢いですから、多くのビジネスもストップしてしまう一大イベントなんです。


よく政治のことを「まつりごと」といいますが、まさに台湾は、この選挙の時期に台湾全土を巻き込んだお祭り騒ぎともいうべき状況になるのです。低い投票率が続く日本の選挙が欠いているのはこのお祭り感覚かもしれませんね。


■「台湾アイデンティティ」を押し出して民進党が台頭


台湾は民主化以降の選挙で、二大政党──国民党と民進党の間で、頻繁に政権交代が起こるようになります(図表2)。


出所=『台湾の本音

民主化していくなかで、当然人々は自分の素直な考え方に基づいて生きていくようになります。そして「台湾は台湾だ」という台湾アイデンティティを前面に押し出した民進党にシンパシーを持つ人たちが多くなり、勢力を拡大していきました。


■「親中派」の国民党を支持する人たち


一方、国民党はもともと反共産党を掲げていましたが、2000年代に入ってから世界の経済大国として台頭していた中国と親しい関係を築いていきます。野党に転落していた国民党は2005年に、長く争ってきた中国共産党との間で「国共和解」に踏み切ります。


そして、2008年の総統選挙では陳水扁政権が汚職問題でイメージダウンしていたことも追い風になり、国民党の馬英九が当選して政権を奪取します。馬英九政権下において、中国と台湾の関係はグッと近づいていきます。経済成長を遂げた中国とうまく付き合っていくべきだ、という国民党の主張が共感を得たところもありました。


ただ、そのスピードが少々急すぎてしまったようです。中国との中台サービス貿易協定の国会承認をめぐって、手続きに不満を持った若者たちが抗議の声を上げたのです。


これが2014年に起こった「ひまわり学生運動」です。この運動によってレームダック(死に体)化した馬英九は、2016年の総統選挙で民進党の蔡英文に敗れることになりました。


このように、中国との関係性をめぐる考え方の違いが、それぞれの時代のバランス感覚によって、政権交代をもたらしているといえるでしょう。


そしてやはり台湾と中国の経済関係は太いものがある。反中国の立場をとる民進党の政権が続くと、中国は圧力をかけてくるため、情勢が不安定になって、商売がしにくくなってしまいますよね。そうなると、国民党を選択するビジネス界の人たちは多くなります。こうした理由も、国民党が選挙で生き残る要因となっています。


■国民党と民進党の選挙戦略における差


ちなみに、選挙戦略という面だけで見ると、やはり国民党のほうに一日の長を感じます。国民党は民進党に比べて、組織がしっかりした選挙を行います。地方にはとくに人脈の広い大物と呼ばれる人材を有していて、しっかりと議席を稼いでいます。


民進党は歴史が浅いぶん、地方組織がまだまだ十分に育ち切っていない部分もあり、政党としての成熟度が足りない。いわば、したたかさが足りないのですね。日本では、民進党の人気が高いため、どうして台湾の人たちが国民党に投票するのか十分に理解されないところがありますが、台湾に暮らしてみると、国民党の「一日の長」がなお役立っていることを実感します。


ただ、国民党のイメージはどうしても良くない部分がある。「中国のエージェント」のように思われがちなのです。そこで地方選挙では、国民党の候補者は「台湾を守る。中華民国は崩さない。中国には統一されない」と表明する。この主張は民進党政権のそれと大差ありません。


そして、自分たちが国民党の候補であることをはっきりとは言わないんですね。地方に根ざした政治家は人物本位で投票してもらえれば負けない、と考えているわけです。


■民主主義にかける思いは日本の有権者も見習うべき


台湾はまだ若い民主主義の国です。ですから、選挙を通して自分たちの未来を選んでいくという、民主主義に対する期待度が高いのだと思います。過去、選挙によって、その期待を裏切らない結果が良くも悪くも出ているのが、その証拠です。


これまで述べてきた通り、民進党と国民党は政治方針がかなり異なります。ですから選挙民たちは、もし自分たちが支持しない政党が政権を握ったら、世の中がガラッと変わってしまうどころか、台湾にとって破滅が待っているのではないか、とまで心配する。


それは、選挙によって世の中が変わるということを体感しているからにほかなりません。選挙とは本来こうして真剣に候補者を一人ひとり選んでいくのだな、台湾において民主主義が健全に機能しているのだなと、強く実感できます。



野嶋剛『台湾の本音』(光文社新書)

もちろん、台湾の特殊な事情も関係しています。しかし、民主主義の重要さを考えるうえで大事な何かが台湾で見えることは確かです。それは投票によって何かを変えることができるという「信仰」が生きている社会は、やはり風通しがいい、という点です。


私はよく、大学の教え子たちに向かって「未来を変えるためにも、投票へ行きなさいよ」という話をします。ところが、たいてい「先生、投票したって日本は何も変わらないじゃないですか」という返事が戻ってきます。


そんな言葉を聞くたびに、民主主義の理想を選挙に賭ける台湾の姿を説明し、その思いを学んでほしいと願っています。


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野嶋 剛(のじま・つよし)
ジャーナリスト
1968年生まれ。上智大学文学部新聞学科卒。大学在学中に香港中文大学・台湾師範大学に留学。92年に朝日新聞社入社後、佐賀支局、中国・アモイ大学留学の後、2001年からシンガポール支局長。政治部、台北支局長、国際編集部次長、AERA編集部などを経て、2016年に独立。大東文化大学社会学部教授も務める。
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(ジャーナリスト 野嶋 剛)

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