なぜグーグルやアップルには「哲学者」の正社員がいるのか…デザインやアートとは違う「哲学思考」の強み

2024年2月9日(金)8時15分 プレジデント社

米IT大手グーグル(上)とアップルのロゴ(フランス・パリ)=2014年5月17日 - 写真=AFP/時事通信フォト

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グーグルやアップルなど哲学者を正規雇用する企業が増えている。哲学コンサルタントの吉田幸司さんは「前提や偏見を疑い、課題の本質を浮き彫りにする『哲学思考』が、より良い商品やサービスを作っていくうえで必要とされている」という——。

※本稿は、吉田幸司『本質を突き詰め、考え抜く 哲学思考』(かんき出版)の一部を再編集したものです。


写真=AFP/時事通信フォト
米IT大手グーグル(上)とアップルのロゴ(フランス・パリ)=2014年5月17日 - 写真=AFP/時事通信フォト

■筆者が「哲学」で起業したワケ


「現実世界との関わりのなかで哲学を実践したい。よりよい未来をつくるために、哲学の社会実装が不可欠だ」。


私はこうした思いを胸に、2017年5月、「哲学」で起業しました。哲学の博士号を取得し、研究職・大学教員を経て、今では中小企業から年商1兆円を超える大企業まで、さまざまな企業に対して「哲学コンサルティング」を行っています。


その突破口となったのが、「哲学シンキング(哲学思考)」という手法です。デザイナーの暗黙知を非デザイナーも真似できるようにしたのが「デザイン思考」だとすれば、哲学シンキングは、哲学者の思考の基礎を非哲学者も真似できるようにした思考術です。それは、個人でも複数人のワークショップ形式でも実践できます。


すでに複数の大手企業で導入されており、自社内に「哲学シンカー」を養成すれば、各社員や各部署が自律的に考える文化を築くことができます。


■「いかに自分が考えていないかがわかった」


実際、哲学シンキングの研修を実施すると、「普段とは違う脳の部分を使っている気がした」とか、「すごく頭が疲れたけど、普段いかに自分が考えていないかがわかった」という感想をよくいただきます。


会社でも学校でも、「よく考えなさい」といわれる一方、どのように考えたらいいかを教わった経験は少ないのではないでしょうか。日本の学校教育では、答えが決まっている問題に対して一問一答の解答をする形式がほとんどです。ビジネスの現場でも、問題解決のフレームワークを習うことはあっても、自ら主体的に考える訓練が行われることはほとんどないはずです。


一方、「哲学する」とは「考えること」そのものといっても過言ではありません。哲学者カントは「人は哲学を学ぶことはできない、(中略)ただ哲学することを学ぶことができるだけだ」と言いました。単なる知識としての「哲学」ではなく、「哲学する」ことを学ぶことで、人はより深く自発的に考えることができるようになります。


■本質に迫ろうとするホンダの「ワイガヤ」


これまでも日本企業で、「なぜ?」「どういう意味?」と問い、考えを掘り下げる思考や態度が取り入れられてこなかったわけではありません。


例えば、集団的な議論を重ねて物事の本質に迫るホンダの「ワイガヤ」は、その一つです。創業者の本田宗一郎は、「哲学なき行動(技術)は凶器であり、行動(技術)なき理念は無価値である」と説いていたことが知られています。


ホンダでは創業者の理念を受け継ぎ、すべての根源に「ホンダらしい哲学」が求められているそうです。なかでも「ワイガヤ」は三日三晩の合宿で数名から十数名で、「ホンダはなんのためにあるのか」「自動車会社は社会にどんな貢献ができるか」といった問いから、「愛とは何か」といった問いまで、さまざまなテーマで議論する企業文化で知られています。


「コストと品質のバランスをどこでとるか」といった通常の会議の検討ではなく、二つとも両立させるような新しい価値やコンセプトを作り出すことを目指し、本質的な価値にまで立ち返って議論するとされています。


写真=iStock.com/maroke
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/maroke

■花王、京セラの「哲学文化」


また最近では、ESG経営を推し進める花王の澤田道隆会長が「Sawada Salon」を主催し、「幸せとは何か」などについて議論する取り組みを2021年から開始したとのことです。メンバーの潜在力(ポテンシャル)を高めるには、特に「気づき」を得ることが重要であり、それは相互のコミュニケーションから起きると考えているという理由があるそうです。


こうした事例は、人々や社会にとって何がよいことなのかを突き詰めて考えるという意味で、哲学的なアプローチに通じています。本音での対話を通じて、メンバーのエンゲージメントを高めることにも一役買いますし、そこから斬新なアイデアが生まれやすくなります。


とはいえ、「愛とは何か」「幸せとは何か」について自由に対話するといっても、多くの企業では容易ではないでしょう。単にお互いの意見交換で終わってしまい、共通理解が得られないまま雑談に終わってしまう可能性もあります。場合によっては、忖度(そんたく)して本音を語らないことも起こりえます。


京セラ創業者の稲盛和夫は、お酒を酌み交わし、心をさらけだす「コンパ」の必要性を説き、企業経営を成功に導きましたが、昨今は「飲みニケーション」を不要と考える人が増えていたり、コンプライアンスやハラスメントへの配慮から、宴席であっても腹を割って話せなかったりする人もいることでしょう。


■欧米企業で進む哲学者の起用


もう10年ほど前のことになりますが、米グーグルで「インハウス・フィロソファー(企業内哲学者)」が雇用されていることが世界的に話題になりました。哲学の博士号をもつD.ホロヴィッツが、パーソナライズ機能やプライバシーの問題などに関わる開発プロジェクトを主導していたことが、海外メディアで報じられたのです。


2014年には、米アップルで政治哲学者J.コーエンがフルタイムで雇用されました。彼が何をしているのかは取材拒否のため明かされていませんが、「アップル・ユニバーシティー」という社内向け教育機関に配属されたことから、政治哲学的な視点での助言や研修などで活躍してきたことが予想されます。


米国以外にも、ドイツには「プロイェクト・フィロゾフィー」、オランダには「ニュー・トリビュウム」といった哲学コンサルティングの企業や団体があります。これらの組織は、議論するスキルを向上させるコーチングやセミナーを実施したり、会議のファシリテートをしてより本質的な議論に深まるように導く支援をしたりしているようです。


■思考を掘り下げる「4つのステップ」


私自身、大手企業で哲学講師・アドバイザーを務めたり、哲学研修を実施したりしています。科学技術の倫理的課題や未来への責任を問う研修のほか、すでに複数の企業で導入されている「日本型哲学実装モデル」は、組織として哲学的な対話文化、哲学シンカー、仕組みを整備するモデルです。


哲学シンキングは、そのためのステップと場を提供します。「①問いを立てる」「②問いを整理する」「③議論を組み立て、視点を変える」「④核心的・革新的な問いや本質を発見する」という4つのステップで思考を掘り下げていくことができます。


「定義」や「意味」、「価値」、「基準」、「条件」、「タイミング」など、複数の角度から問い、リフレーミングすることで、意識されざる前提や固定観念を覆していきます。その結果、斬新な発想や、チームで腹落ちするコンセプトも見いだされていくのです。


出所=『本質を突き詰め、考え抜く 哲学思考

メソッドを習得した哲学シンカーは、対話を深めるファシリテーターとして参与することによって、より短時間で、より深く対話を進行できる存在です。


■「○○思考」と「哲学シンキング」の違い


メソッドの解説や企業での導入事例は書籍に譲るとして、ここでは、他の「○○思考(○○シンキング)」との違いについて紹介しましょう。


「論理的思考(ロジカルシンキング)」や「批判的思考(クリティカルシンキング)」といったベーシックなビジネス思考に始まり、数多くの企業に取り入れられている「デザイン思考」、アーティストの思考やアートを鑑賞する際の思考をビジネスに取り入れようとする「アート思考」など、近年、さまざまな「○○思考」が世に出ています。


出所=『本質を突き詰め、考え抜く 哲学思考

哲学シンキングは、論理や批判を重視するという点ではロジカルシンキングやクリティカルシンキングを含んでいます。理由や根拠を問い、別の視点から考えていくことは、哲学思考の一部です。


しかし、間違いがないように合理的に考えていくだけではありません。矛盾や意見対立を契機に前提を遡り、より本質的な課題や理解に遡求していく点では、むしろそれまでの論証を覆すような「非合理性」も重視します。


■前提や偏見を疑って覆し、課題を発掘


哲学シンキングはより課題発見・課題設定に力点を置き、どのような意味や価値があるかを深掘りしていきます。自分自身、あるいはチームが自覚していない前提や偏見を疑って覆し、見えていなかった課題の本質を浮き彫りにしたり、新たな意味の脈絡を形成したりします。


この点ではアート思考に親和性があるものの、哲学シンキングには「言葉」を重視する特徴があります。


例えば、商品開発・サービス設計であれ、組織開発であれ、関与者が同じ言葉を使っていても、実際にはその意味することが異なっていることがあります。



吉田幸司『本質を突き詰め、考え抜く 哲学思考』(かんき出版)

先述した「愛」や「幸せ」に限らず、普段の会議でもなんとなく理解したつもりになっているだけで通り過ぎていく言葉がないでしょうか。


組織やプロジェクトチームで共通のビジョンやコンセプトをもつことができたり、普段は問わないような深い部分まで考えを共有したりすることで、強いチームビルディングが達成されます。よりよい商品・サービス・広告などをつくっていくうえでも、理念や概念を深く掘り下げて理解していく必要があります。


哲学思考は、気づいていない前提や偏見を覆すことで、斬新な視点を見出したり、より深い課題や価値を発掘したりすることができます。さまざまなビジネスの場面で活用できますので、ぜひ取り入れてみてください。


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吉田 幸司(よしだ・こうじ)
哲学コンサルタント、哲学博士
上智大学哲学研究科博士課程を修了後、日本学術振興会特別研究員PD(東京大学)などを経て、日本初の哲学コンサルティング会社「クロス・フィロソフィーズ」代表取締役社長。哲学シンキング研究所センター長、上智大学非常勤講師、日本ホワイトヘッド・プロセス学会理事などを兼任。著書に『本質を突き詰め、考え抜く 哲学思考』(かんき出版)、『「課題発見」の究極ツール 哲学シンキング』(マガジンハウス)などがある。
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(哲学コンサルタント、哲学博士 吉田 幸司)

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