「落ち着きがない子ども=発達障害」という発想は危険…家族を不幸にする「親の過剰診断」という落とし穴

2024年2月9日(金)16時15分 プレジデント社

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/takasuu

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自分の子どもが発達障害かもしれないと思ったときは、どうすればいいのか。小児科医で慶應義塾大学名誉教授の高橋孝雄さんは「病院にいくことのメリットは親としての不安を和らげること。あなたが心配しているだけかも知れません」という。編集者でライターの黒坂真由子さんが医師や研究者などへのインタビューをまとめた『発達障害大全 「脳の個性」について知りたいことすべて』(日経BP)から一部を抜粋して紹介しよう——。(第1回)
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■「早期診断、早期治療」にはリスクがある


【黒坂真由子】子どもの発達障害の診断は「お子さんやご家族が日常生活で本当に困っているか」がポイントになるようですが、「子どもが本当に困っているか」の判断は難しい気がします。「子ども本人が自覚する困難」は、ある程度大きくなってからでないと生まれないと思うんです。そうなると、「もしかしてうちの子は発達障害?」と思った親は、「本当にそうであるなら、できるだけ早く診断をつけたい」と考えてしまいそうです。


【高橋孝雄(小児科医・慶應義塾大学名誉教授、新百合ヶ丘総合病院・発達神経学センター長)】黒坂さんは、なるべく早く診断をつけたほうがいいとお考えなんですね? 手遅れにならないうちに、と。


【黒坂】はい。できるだけ早くわかったほうが、できることが多いと思います。


【高橋】「早期診断、早期治療」がいいというのは、大抵の病気に当てはまる原則です。ただ、子どもの発達障害の場合は少し違って、「早期診断、早期心配」にならないように十分な配慮が必要です。


【黒坂】早期心配……。早いうちから心配しちゃダメですか?


【高橋】例えば、2歳になる子を「うちの息子は自閉症(ASD)です!」「手遅れにならないように、なんとかしてください!」といって、病院にやってくるお母さんがいるんです。ネット上などの情報を基にご自身で診断して、必要以上に慌てておられる場合には、その親心、むやみな心配が、そのご家族を不幸にしてしまう可能性があります。


■診断を下してもできることは限られている


【高橋】さらに、お母さん自身が思い悩みすぎて、すでに不幸になっている場合もある。まだ、何の診断もついていないのに。だから僕は、診断に基づいて生活環境を変えること(介入)でお子さんやご家族の苦しみを和らげることが期待される場合を除いて、発達障害という診断名を告げることには慎重です。特にASDについてはね。


多少の疑いはあっても、あえて「ご心配はわかるのですが、自閉症とは言い切れないですね」っていうことも多いです。そのような曖昧ともとれる言い回しがご家族のためにはむしろいいと思える場合も多いからです。


お母さんの悩みはもちろんしっかりと聞きます。親の持つ違和感というのは、小児科の診断においてとても大事なことだからです。でも、2歳や3歳ではそもそもASDについて確実な診断をつけることは、一部のお子さんを除いてなかなか難しいのです。さらに、ASDという診断をつけても、つけなくても、お子さんに対してしてあげられることは大差ないのです。


もし、お子さんが、すでに療育(*1)の施設や教室に通っているというなら、「お子さんが楽しめているか」「お母さんの負担になっていないか」、その2つに気をつけてくださいと伝えます。なぜなら、頑張っているのに成果が出ないとなると、お母さんも苦しくなってしまうからです。


療育については、どんなに頑張って続けたところで、お子さんが突然、劇的に変わるということはありません。さらに、よくならないばかりか、成長するにつれて、ますます困難が増していると感じられることもあるかと思います。でも、それは療育を始めるタイミングが遅かったとか、やり方が間違っているとか、お母さんやお父さんの責任ということではないとお伝えしています。


(*1)療育:治療的な要素を持たせた教育を指す。通常の保育や教育とは違い、障害のある子ども向けに特別に設定された教育的なプログラム。自治体が運営する児童発達支援センターのほか、民間の教室などがある。


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■親による「過剰診断」が増えている


【黒坂】社会生活が広がっていくから、困難も増えていく可能性があるということですね。


【高橋】その通りです。もしも困難が増えずに一定レベルを維持したまま、お子さんの社会生活の範囲が広がっているとしたら、それは進歩していることになるんです。でも、頑張っているお母さんにしてみると、現状維持では納得ができないんですね。


【黒坂】でも、「ASDじゃありません」と断言してしまって、問題はないんですか?


【高橋】発達障害と断言できるお子さんはむしろ少ないということです。そして現代のように発達障害に関する情報が簡単に手に入る状況では、親御さんによる“過剰診断”がどうしても多くなる。すると「発達障害ではありません」と断言してあげたほうがいい場合が、相対的に増えてくるわけです。


■「気づかないことの幸せ」もある


【高橋】僕ら小児科医にとっての発達障害は、「発達が進むに従って、次第に明らかになってくる日常生活上の困難さ」であると、お話ししましたよね。ですから、困難が明らかになる前の、小さいうちの診断は慎重にすべきだと思います。そういう前提に立てば、ADHD(注意欠如多動症)やASDの診断は早ければ早いほどいい、というわけではないんです。


診断名をただ突きつけても、有効な治療がないまま見守るだけであれば、親御さんの心配が早く始まるだけです。そのような無責任な診断は避けたいと思っています。


【黒坂】小さいうちに発達障害の診断を下すことは、慎重にしなければならないということなんですね。無理やり診断をつけても、ただ親の心配が早く始まるだけでは無意味だと。確かに、学習障害の息子の場合も、幼いころ、ほとんど話をしなくて心配していたのですが、「そのうち話すかな」とわりとのんびり構えていた気がします。そのころに診断名を告知されていたら、もっと不安になっていたかもしれません。


【高橋】そうなんです。発達障害と気づかないことの幸せもあるんです。発達障害と聞くと、「見逃しちゃいけない」と思う方が多いのですが、実はそうでもないんです。早い時期に診断をつけることで、本来楽しめるはずだった育児を、不安と療育だけで満たすようなことは避けたほうがいいはずです。


■「落ち着きのある2歳」なんていない


【黒坂】でも、手遅れになることはないのでしょうか?


【高橋】「手遅れになる仮説」みたいなのがあって、皆さん心配して来院されるんですが、少なくとも通常の日常生活を送っている子どもの場合には、そのような焦りは不要と思っています。


【黒坂】それはなぜですか?


【高橋】現代の日本のように成熟した社会であれば、親御さんや周囲にいる誰かが「この子、日常的に困難を感じているな」と気づいたときに、その困難さの本質を理解するために診断をつければ十分で、手遅れにはなりません。


虐待事例を別にすれば、お父さんもお母さんも育児に関心があり、愛情を持ってお子さんに目を向けているものです。保育園や幼稚園に預ける機会もある。そういうお父さんやお母さんが、園の先生方が、「子ども自身が困難を感じ始めた」そのタイミングで違和感を覚えないということはまずありません。周囲の誰かが必ず気づくものです。


【黒坂】息子のLD(学習障害)に最初に気づいてくれたのは、小学1年生のときの担任の先生でした。確かにそうかもしれません。


【高橋】2歳ぐらいで“ADHDの疑い”で病院に連れて来られる子がいるんです。でも、考えてみてください。2歳で落ち着きのある子っているでしょうか? 落ち着き払った2歳児のほうがむしろ心配です。2歳や3歳で集団指示に従わない、1人で走り回っている、机の上でダンスをする。それが日常生活に支障をきたすことになっているなら別ですが、「こういう子いるよね」というレベルであれば心配ありません。


写真=iStock.com/yamasan
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■基準は「小学校生活に支障をきたさないか」


【黒坂】では、ADHDの診断をつけて治療に入るという判断を下すのは、どういうタイミングなのでしょうか?


【高橋】ADHDについてひとつの目安は「このまま小学校に入学して学校生活を楽しめるかどうか」です。


写真=iStock.com/recep-bg
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【黒坂】小学校での生活の見通しが立つかどうかが、基準になるんですね。


【高橋】はい。4歳あたりで、このままでは小学校での生活が難しいと判断すればADHDの診断をつけて、お子さんが日常生活のなかで上手に困難さを克服していけるように介入を行うこともあります。その後の経過によっては薬を飲んでいただくこともあります。


【黒坂】だいたい何歳ぐらいから、薬を飲むことができるんですか?


【高橋】6歳すぎ、つまりもうじき小学校のタイミングで薬物治療を追加することもできます。


【黒坂】結構早いうちから飲めるんですね。


【高橋】そうですね。でも、簡単には処方しませんし、そもそもできないんです。ADHDに処方される薬は法律で厳しく管理されていて、医師にも薬剤師にも特別なライセンスが必要なんです。病院も薬局も、それに患者さん自身も登録する必要があります。決して簡単に処方できるようなものではないんです。


【黒坂】普通に買うことはできないし、簡単に処方されるものではないと。そんなに規制が厳しい薬だと知るとなおさら、親としては迷いますよね。


【高橋】医師だって迷います。


■薬を飲んで別人のようになるケースも


【高橋】ADHDならどの子にも処方するというわけではなく、このまま放っておいたら、子ども自身が自分に自信を持てなくなる。あるいは、いじめの対象になる。学級崩壊の原因になったり、先生に邪魔者扱いされたりしてしまう。そう判断したときに初めて薬物治療を考えます。ですから、処方する前によくよく相談をするんです。


また、薬がなぜ効くのかを説明し、小冊子もお渡しし、よく考えていただく期間(熟慮期間)も用意して、それでも投薬のメリットがあると医師も親も納得したときにだけ薬が処方されます。


【黒坂】薬を飲むと、ADHDの子はどんなふうになるんですか?


【高橋】そうですね。極端な例では、別人のようになります。これまで字が汚くて判読不能、だからテストはほとんど0点。そんなお子さんが、きちっと書けて満点をとったとか、夏休みの自由研究をちゃんと仕上げて賞をもらったとか、そんな話をうかがうと、薬も使いようでは子どもの人生を変えるのかな、って感じるときがあります。


【黒坂】え、そんなに変わるんですか?


【高橋】裏を返せば、そのような子では、脳内の神経伝達物質がそれだけアンバランスな状態にあったんだ、ということです。薬によってそれが整えられたんですね。


■治療の目的は「自信を持ってもらうこと」


【高橋】もし、ライターの黒坂さんが飲んだら、どうなると思いますか?


【黒坂】突然いい文章が書けるようになったり……なんてことは、ないですよね。


【高橋】ないですね。


【黒坂】普通の人が飲んでも、劇的な変化は起きない、と。


【高橋】ただ、何日間かまったく眠らずに、食事もとらずに仕事に没頭できるかもしれません。危険な状態ですね。そもそも普通の人が飲むことは法律で禁止されています。


【黒坂】集中力を上げる薬だから、「超集中状態」になるというわけですね。飲みたがりそうな編集者さんの顔が数人、頭に浮かんできましたが……。でも、眠れないほどの集中が続くのでは、飲み続けるのは無理そうですね。


【高橋】ええ。先ほども申し上げましたが、この薬を飲んでやっと落ち着いて日常が送れる子というのは、もともとドーパミンなどの神経伝達物質のバランスが悪かったということなんです。


【黒坂】ああ、そういうことなのですね。


【高橋】薬物治療の目的は、決して子どもを「静かにさせること」ではないんですよ。日々の困難を緩和し、当たり前の日常生活を送る。そして自分に自信を持ってもらう。それが治療の目的なんです。


写真=iStock.com/Iván Jesús Cruz Civieta
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■重要なのは「二次障害」を防ぐこと


【黒坂】飲んでいる子どもたちは、違いを感じているものですか?


【高橋】頭がすっきりする、という感じがあるようです。あとは、「できた」という感覚が持てるようになる。最後までできた、字がきれいに書けるようになった、先生の話が頭に入ってくる。「これ大事なお薬だって、わかるよ」って。そんなふうにいいます。本人も自覚しているんですね。


こんなふうに一時期、薬の力を借りることはありますけど、最終的に飲まないですごせるようになる子も、もちろんたくさんいるんです。週末は薬を飲まない、など徐々に薬の力を借りなくても済むようになっていきます。そして、自分の意志で自分をコントロールできるようになったとき、自分に自信を持てたときが薬物治療が終わるときです。発達障害の治療において非常に大切なことがもうひとつあります。二次障害を防ぐことです。


【黒坂】二次障害は、最初のADHDやASD、学習障害などの障害から派生して、うつ病など別の障害が起こることですね。


【高橋】発達障害の子は、どんなに頑張っても試験になると点数がとれない、時間が足りない。頑張っても、その頑張りが成果に結びつかない。学習障害の子がそうですよね。学校でいじめの対象になることもあります。その状態が何年間も続くと、自己肯定感がひどく下がってしまうんです。「どうせ自分は何をやってもダメなんだ」と思うようになります。


■自暴自棄にさせないことが治療の目的


【黒坂】確かに学習障害の息子も、小学2年生で作文や感想文を書くことが増えたあたりから、「僕はバカなんだ」といって落ち込むようになりました。



黒坂真由子『発達障害大全 「脳の個性」について知りたいことすべて』(日経BP)

【高橋】中学校に上がるくらいになると、一言でいえば諦めてしまうんですね。なかには、引きこもりになったり、自分を傷つけたり、非行に走ったりする子も出てきます。ADHDの場合、犯罪率が一般の平均より高いというデータもあるようですが、衝動性が関係してくるのはごくわずかで、原因の大部分はそれまでの苦労の多い人生にあるんだと思うんです。


他人に理解してもらえない生活しづらさ、報われない努力、いじめなどが重なり、どうしようもなくなる。誰も助けてくれない。誰も自分の努力を見ていない。なぜ自分はこんなにダメなんだと。それが、引き金となるんです。


【黒坂】発達障害という一次障害から生じた二次障害で、自分や他人を傷つける可能性が生まれてしまうんですね。


【高橋】ですから、自己肯定感が下がらないようにすることが必要です。上げる必要はないんですよ。だって、子どもって本来はみんな、自己肯定感が高いから。発達障害があることが原因で、自己肯定感が下がり、二次障害、すなわち「自分なんてどうでもいい」という状態に陥ることを避けるのが治療の最大の目的です。その結果、普通に日常生活を送る、好きな仕事に就く、そして幸せな人生を手に入れる、ということになります。


【黒坂】二次障害につなげないことが、親の役割にもなりそうですね。


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黒坂 真由子(くろさか・まゆこ)
編集者、ライター
埼玉県川越市生まれ。中央大学を卒業後、東京学参、中経出版、IBCパブリッシングをへて、フリーランスに。ビジネス、子育て、語学などの書籍を手掛ける傍ら、教育系の記事を執筆。絵本作家せなけいこ氏の編集担当も務める。日経ビジネス電子版で、連載「もっと教えて! 『発達障害のリアル』」のほか、短期連載「養老孟司と『死にたがる脳』」などを担当。著書に『発達障害大全 「脳の個性」について知りたいことすべて』(日経BP)がある。
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高橋 孝雄(たかはし・たかお)
慶應義塾大学名誉教授(医学部)、新百合ヶ丘総合病院・発達神経学センター長
日本小児科学会前会長、日本小児神経学会元理事長。1982年慶應義塾大学医学部卒業。1988年から米国マサチューセッツ総合病院小児神経科に勤務、ハーバード大学医学部の神経学講師も務める。1994年に帰国し、慶應義塾大学医学部小児科学教室で医師、教授として活躍。趣味はランニング。マラソンのベスト記録は3時間7分。著書に『小児科医のぼくが伝えたい 最高の子育て』、『子どものチカラを信じましょう 小児科医のぼくが伝えたい 子育ての悩み解決法』(ともにマガジンハウス)などがある。
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(編集者、ライター 黒坂 真由子、慶應義塾大学名誉教授(医学部)、新百合ヶ丘総合病院・発達神経学センター長 高橋 孝雄)

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