「メジャー移籍は恩知らず」と言う人は何もわかっていない…人材流出が続くプロ野球が今すぐやるべきこと

2024年2月11日(日)10時15分 プレジデント社

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/jetcityimage

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近年、プロ野球界を代表するスター選手が次々とMLBの球団に移籍している。ライターの広尾晃さんは「最大の責任は、MLBとの経済格差を放置した日本プロ野球界にある。格差を是正する縮める努力をしなければ、日本のプロ野球界に未来はない」という——。
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■日本球界を代表するエース投手が次々にメジャー参戦


MLBの今シーズンオフは、日本人投手の移籍の話題で持ちきりだった。


大谷翔平は10年7億ドル(約1015億円)というプロスポーツ史上最高額の契約でドジャースにFA移籍した。


オリックスに所属した山本由伸も12年総額3億2500万ドル(約465億円)というMLB投手史上最大級の契約で、これもドジャースにポスティングでの移籍が決まった。


さらにポスティングシステム期限ぎりぎりの1月11日にはDeNAにいた今永昇太も4年総額5300万ドル(約77億4000万円)で契約したと発表された。


とりわけ山本由伸は、MLBで1球も投げていないのに、MLBの一線級の投手を上回る契約を勝ち取った。それだけ今、NPBの投手に対するMLBの評価が高いのだ。


山本の契約に大きな影響を与えたのは、直近でMLBに移籍した千賀滉大だろう。昨年、海外FA権を行使してソフトバンクからメッツに移籍した千賀滉大は規定投球回数に到達し16勝7敗。防御率2.98はナ・リーグ2位、奪三振202は8位だった。


パドレスのダルビッシュ有やドジャースの大谷翔平だけでなく、NPBの一線級の投手はそのままMLBでも通用することが、その後に移籍した投手でも証明されているから、1球も投げていない山本由伸も極めて高い評価が与えられたのだ。


もちろんトラックマンやホークアイなど最先端の計測機器によって、山本の投球データは精彩に分析されている。そのデータによって投球のレベル、質の高さが裏付けられているのは言うまでもない。


■オリックスが得た巨額のポスティングフィー


山本が移籍したポスティングシステムについて説明すると、海外FA権を持たない選手がMLB移籍を希望した際に、球団の了承を得てNPBコミッショナー事務局からMLB側へ告知し、MLB球団が入札して交渉権を獲得するというシステムだ。ロッテの佐々木朗希もこのシステムを使ってのMLB移籍を考えているとされている。


MLB球団への移籍が決まると、NPBの所属球団には契約金に応じてポスティングフィー(移籍金)が支払われる。


山本由伸の場合、古巣オリックスには5062万5000ドル(約71億8875万円)のポスティングフィーが支払われる。オリックスの年俸総額は24億円程度と言われているから、ほぼその3倍だ。


オリックスは昨年もレッドソックスにポスティングで移籍した吉田正尚のポスティングフィーとして1537万5000ドル(約21億円)を得ている。昨年、オリックスは吉田に代わって西武から強打の捕手、森友哉をFA移籍で獲得したが、おそらくはその原資となったはずだ。


■MLB移籍に反対する声


こういう形で、トップクラスの選手を輩出したNPB球団は莫大な臨時収入を得ることができる。各球団は、このポスティングフィーで本拠地球場を改修したり、2軍施設を充実させたり、ファンクラブ向けのサービスをグレードアップさせたりしている。


ソフトバンクのように、原則ポスティングでの移籍を認めていない球団もあるが、海外FAで移籍させるよりもメリットが大きいと考える球団が増えてきつつあるのが現状だ。


しかし一方で、ポスティングシステムによるNPB選手のMLB移籍に反対する声も根強くある。


昭和の名選手などを中心に「日本の野球選手は中学、高校と厳しい指導者に鍛え上げられてトップ選手になり、プロに行った。プロでも経験豊かな監督、コーチ陣の指導で一人前の選手になったのだ。そうした恩を忘れて、自分一人で一流になったように思うのはおかしいのではないか? ちょっと活躍したからといって、すぐにアメリカに行くのは、われわれの時代からすれば考えられない」といった声が上がっている。


そうした野球人の中には「プロ野球入団時に球団からもらった『契約金』を球団に返納すべきだ」と言う人もいる。


また、ポスティングや海外FAで移籍した選手が、MLBで活躍できなかった際にNPBに復帰するのを「アメリカに挑戦したのは、相当の覚悟だったはずだ。ちょっと失敗したからといって簡単に帰ってくるのはあまりに安易すぎる」として「MLBに移籍した選手は、簡単に復帰できないようなルールを作るべきだ」という声もある。


■選手たちの意思を止めることはできない


しかしそれは「昭和の野球観」というべきものだろう。現代では、MLBに行くようなトップクラスの選手は、少年時代から大きな志を抱いている。それは「夢」というにはるかに具体的なものだ。


大谷翔平は高校時代に「曼荼羅(まんだら)チャート」と呼ばれる目標達成シートを書いていた。これは9×9の81マスの中に、自分の将来の夢や目標をストーリーにして書き出すものだ。


大谷はこのチャートに「ドラフト1位で8球団から指名される」から「スピード160km/h」「変化球」「体づくり」から「運」「人間性」まで、自分が努力すべき目標を書き出し、そのための努力を重ねてきた。


もちろんコーチ、指導者の指導を受けてきたが、大谷は常に、どうすべきか、どうあるべきかの選択を自身の意志で行ってきた。そして、2012年、高校3年の大谷翔平は「MLB挑戦」を宣言するに至る。ちなみにドジャースはすでにこの時、大谷に声をかけていたとされる。


北海道日本ハムファイターズは、そんな大谷翔平を1位で強行指名した。日本ハムは大谷を説得するために『大谷翔平君 夢への道しるべ〜日本スポーツにおける若年期海外進出の考察〜』と題した企画書を用意してプレゼンテーションをした。


関係者によればプレゼンを受けた大谷は、一言も言葉を発せず黙って大人たちを見返した。その目は明確に「わかったよ!」と物語っていたという。以後も、大谷は自分の意志で道を選択し、MLBに挑戦し、その頂点に立ったのだ。


■移籍システムの是非よりも重大な問題


大谷だけでなく、野茂英雄、イチローからダルビッシュ有と続くMLBに挑戦した日本選手は、日本球界のさまざまなしがらみを断ち切って、MLBに挑戦してきた。


大谷の同級生で昨年MLBに挑戦した元阪神の藤浪晋太郎は、今年に入ってテレビ番組でやかましい日本球界、メディアを「お母さんに『勉強しなさい』と言われてた時の心境みたいな感じですかね」と表現している。まさに日本球界の「しがらみ」とはこういうものなのだろう。


昨年のWBCに出場した選手たちも、彼らに続く日本のトッププロスペクト(有望選手)たちも「自分で目標を設定し、自分の意志で課題に取り組み、努力をして」自らの未来を切り開いているのだ。


ポスティングシステムは、彼らの目標を達成する「手段」なのだ。


「育ててもらった恩を忘れやがって」という大人たちの言い草は、彼らの前では色あせて見えてしまう。今の野球エリートのまなざしは、はるか上を見ているのだ。


なお、ロッテの佐々木朗希のポスティング移籍の問題が話題になっている。


写真=時事通信フォト
契約更改後、記者会見するロッテの佐々木朗希投手=2024年1月27日、千葉・ZOZOマリンスタジアム - 写真=時事通信フォト

佐々木は今オフのMLB移籍を希望しているようだが、25歳未満での移籍では契約金は制限され、ロッテへのポスティングフィーも少ない金額になる。それに佐々木は一度も規定投球回数に到達していない。いわば「シーズン通して投げることができる」エビデンスがないのだ。


「ロッテ球団に恩返しをしてから」という理屈ではなく「時期尚早だ」というのが筆者の見方だ。


■独立リーグ以下に凋落したメキシコ野球


NPBに対する大きな懸念は「NPBは本当にMLBのマイナーリーグになってしまうのではないか?」ということだ。


大谷翔平は契約の大部分を後払いに回したが、受け取る金額は年平均で100億円を超す。これに対し、NPBの2023年の最高年俸は、山本由伸とソフトバンクのロベルト・オスナの6億5000万円。その差は15.7倍。選手の平均年俸で見てもMLBは2023年で5億7500万円なのに対し、NPB選手は4468万円。実に12倍もの格差だ。


一方で「観客動員」ではほぼ同じレベルだ。NPBは2023年、セ・パ両リーグ12球団で858試合のペナントレースを行い、観客動員は2507万169人、1試合当たり2万9219人。


MLBはア・ナ両リーグ30球団で2430試合を行い、観客動員は7074万7365人、1試合当たり2万9114人。


1試合当たりの入場者数ではわずかながら日本の方が上回っている。しかし日米の選手年俸は10倍以上になっている。


ビジネスモデルの違いが、ここまでの大差につながったのだ。


今後は、才能ある野球少年は「甲子園からプロ野球」ではなく「WBCからMLB」を目指すだろう。さらに言えば、日本からNPBを経ずにMLBに挑戦する選手も続出するだろう。


かつてメキシコのプロ野球「リーガ・メヒカーナ・デ・ベイスボル」は、MLBに対抗しうる人気を誇るプロ野球リーグだった。終戦直後にはMLBの選手を大量に引き抜くなど、MLBへのライバル心をあらわにした。


しかしMLBがその後、近代化を推進し、マーケットも東海岸から西海岸へと拡張する中で、ビジネスモデルが脆弱(ぜいじゃく)だったメキシコプロ野球はMLBの傘下に入り、MLBのマイナーリーグとなった。


今はMLBの傘下を外れ、アメリカから見れば「独立リーグ」の一つになり、MLBとの格差は決定的なまでに広がっている。


■メジャー流出の最大の責任は日本球界にある


要するに、今、NPBで起きているMLBへの人材流出は日米プロ野球の経済格差の産物なのだ。


MLBに移籍しようとする若者を引き留めるために必要なのは「裏切り者」と声を浴びせかけることではなく、NPB側がありとあらゆる経営努力を重ねて、MLBにせめて拮抗(きっこう)するレベルまで経済を高める努力をすることなのだ。


MLBに挑戦する選手たちは、ことあるごとに育ててもらった故郷、母校への感謝を口にする。この度の能登半島の震災では、大谷翔平は間髪を入れず100万ドルもの義援金を送ったとされる。彼らは、NPBからMLBへ移籍することの意味も、日本人の国民感情もよく理解している。そして「日本」「日本野球」を決して忘れてはいない。彼らはわかっているのだ。


実は30年ほど前まで、日米プロ野球の経済格差は、ここまで大きくはなかった。1990年の選手の平均年俸は、NPBが1964万円、MLBが6578万円と3倍強だった。その差がひろがったのは近年のことなのだ。


この間に、MLBは「北米4大スポーツ、NBA=バスケット、NFL=アメリカンフットボール、NHL=アイスホッケー、MLB」の中で最もファン層の年齢が高く、劣勢に回っている態勢を挽回すべく、さまざまな改革を進めた。


しかし、NPBは「昨年対比」でマイナスにならなければそれでよし、という安全運転をずっと続けた。その経営姿勢の差が、ここまでの格差につながったのだ。


ポスティングで日本のトップ選手たちがアメリカにわたる責任は「薄情な若者」にあるのではない。「冒険をしない」「改革をしない」日本野球界の「大人たち」にあるのだ。


■「攻めるベンチャー集団」に変われ


人材流出を防ぐために、障壁を設ければ選手の反発を買うし、NPBを経由せずMLBに挑戦する選手が増えるだけだ。


せめてMLBに対抗できる経済力をつけるために、NPBは機構にビジネス権限を与えて、12球団をパッケージにして「ビッグビジネス」を展開すべきだ。もちろん今の「名誉職」のコミッショナーではなく、国際ビジネスができる本物のビジネスマンをコミッショナーに据えて「ビジネス、価値の最大化」のために努力すべきだ。


「現状維持で良し」という経営を排除し、12球団、そして機構を「攻めるベンチャー集団」に変貌させるべき時が来てる。


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広尾 晃(ひろお・こう)
スポーツライター
1959年、大阪府生まれ。広告制作会社、旅行雑誌編集長などを経てフリーライターに。著書に『巨人軍の巨人 馬場正平』、『野球崩壊 深刻化する「野球離れ」を食い止めろ!』(共にイースト・プレス)などがある。
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(スポーツライター 広尾 晃)

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