「アマゾンへの対抗ではない」から続いている…ヨドバシカメラが100円の電球を送料無料で即日配達する理由

2024年2月18日(日)15時15分 プレジデント社

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/bee32

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ヨドバシカメラのECサイトは100円以下の電球やボールペンなども送料無料で配達している。なぜヨドバシは送料無料を続けられるのか。物流コンサルタントの角井亮一さんは「ほとんどのサービスは、アマゾンへの対抗意識から実施したので、続かなかった。一方、同社の場合、送料無料の即日配達を続ける根拠が明確にある」という——。

※本稿は、角井亮一『最先端の物流戦略』(PHPビジネス新書)の一部を再編集したものです。


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■物流崩壊で見直しが進む「送料無料」


ECにおける「送料無料」のビジネスモデルが崩れつつあります。


いまや企業も消費者も「サステナブル(持続可能性)」を考慮しなければならない時代。物流の世界——ECにおける買い物も例外ではないのです。


そうした流れの中、政府主催の「我が国の物流の革新に関する関係閣僚会議」では、「物流革新に向けた政策パッケージ」にて、以下の取り決めがなされました。


運賃・料金が消費者向けの送料に適正に転嫁・反映されるべきという観点から、「送料無料」表示の見直しに取り組む。

しかし、サステナブルと「送料無料」表示の見直しが、どう関係するのでしょうか?


実は、送料無料表示が次のように連鎖して物流崩壊を引き起こす可能性が指摘されています。


送料無料となれば、消費者は配送に関わる人たちへの負荷を考慮せず、気軽に再配達を依頼する。そうした負担が配達業者に蓄積されて物流業界が疲弊し、最終的にはECのみならず、あらゆる業界の持続可能性にも悪影響を与える——。


一定額以上の購入であれば「送料無料」と謳っていた企業も、「送料当社負担」「送料割引」といった表記に改める動きが出てきています。


■頑なに「送料無料」を謡い続けるヨドバシカメラ


とはいえ、送料無料はネット通販を利用する消費者にとって「魔法の言葉」。その表示の有無によって、購買の明暗が分かれるところです。これまで「送料無料」を武器に儲けてきた企業にとってはジレンマでしょう。


そうした流れに負けず、「日本全国送料無料」の看板を掲げ続けるのが、家電量販大手、ヨドバシカメラが運営する「ヨドバシ・ドット・コム」の「ヨドバシエクストリームサービス便(以下、エクストリーム便)」です。自社による配送を中心に、自らのコストで顧客に商品を届けています。


このヨドバシ・ドット・コムの強みは「送料無料」だけではありません。最短、即日数時間以内という、そのスピードです。


こうしたビジネスモデルを可能にしている、「ヨドバシ・ドット・コム」の強みとは、いったい何なのでしょうか?


■EC売上はぶっちぎりの業界トップ


ヨドバシカメラは、都市圏の主要ターミナル駅近くに大型店舗を展開しています。


東京でいえば新宿、秋葉原。大阪・梅田のマルチメディア梅田は売上1000億円を超える同社最大規模の店舗です。コロナ禍に入ってからも、山梨・甲府、宮城・仙台に地域最大級の店舗を開業しています。


出典=『最先端の物流戦略

図表1をご覧ください。家電量販店業界では、ヤマダデンキのヤマダホールディングスが圧倒的な売上規模ですが、ヨドバシカメラはそれに続く売上高7000億円台の第2グループの一角を占めています。


売上規模だけで見れば第3位ですが、経常利益は業界首位のヤマダホールディングスに迫る勢いで、経常利益率は6.5%もあります。薄利が常識の家電量販店業界の中で比較すると、相当に高い利益体質といえるでしょう。


また、ヨドバシ・ドット・コムによるEC売上は、総売上の3割近い2136億円。売上1位のヤマダホールディングスと2位のビックカメラを大きく引き離しています。


■ビックカメラとの出店戦略の違い


最近、ヨドバシカメラは西武池袋本店への出店計画をめぐって話題を集めました。


結局、同社は、2023年9月にセブン&アイ・ホールディングスから米国投資会社フォートレス・インベストメント・グループに売却されたそごう・西武から、西武池袋本店、そごう千葉店の土地・建物の一部を購入。


これにより、西武池袋本店、そごう千葉店への出店が実現に近づき、また西武渋谷店への出店も現実味が帯びていると言われています。


ヨドバシカメラの池袋出店で戦々恐々としているのが、池袋を本拠地に旗艦店を構えるビックカメラです。


池袋には、以前にも現ヤマダデンキ(当時はヤマダ電機)が三越池袋店跡に出店していますが、駅から少し離れた場所にあったため、ビックカメラの圧勝でした。


しかし、池袋駅に直結の西武池袋本店への出店となれば状況は変わります。


もともと、業界2位のビックカメラと業界3位のヨドバシカメラは、両者共にターミナル駅を中心に出店し、鎬を削っています。


ただし、出店立地が似た両者でも、出店形態や資金力には明確な違いがあります。


ヨドバシカメラは、百貨店クラスの売場面積に家電量販店を核とした複合商業施設として組成することを得意としています。大きな資金を必要としますが、駅近至便に加え、同社自身、強い集客力がありますから、有力なテナントも入りやすい環境にあります。ここ最近の開発物件(リニューアル含む)には、破竹の勢いで拡大を続ける食品スーパーのロピアの出店が目立っています。


一方、ビックカメラの場合は、テナントとしての出店。大きな資金は必要としませんが、家賃上昇のリスクがあります。


資金力については、ヨドバシカメラは、2002年に大阪・梅田の敷地(現リンクス梅田)を1010億円で落札し、借入なしの現金で支払ったと言われており、手元資金は潤沢にあります。それに対し、ビックカメラは有利子負債が資産の3割近く(約29%)を占めるなど、借入への比重が大きくなっています。


■ヨドバシが業界2位に躍り出る日も近い


また、顧客満足度についても、ヨドバシカメラはビックカメラを上回っています。


サービス産業を対象にした日本最大級の顧客満足度調査として知られる「JCSI(Japanese Customer Satisfaction Index:日本版顧客満足度指数)調査」において、ヨドバシカメラは13年連続して家電量販店部門のNo.1。ビックカメラは22年度調査では第2位でした。


筆者の個人的な体験になりますが、ヨドバシカメラの販売スタッフは専門知識が豊富で、価格以外のことも、いろいろと教えてくれます。そのため、少し値の張るものを買うときは必ず店舗に足を運び、説明を聞いて購入を決めるようにしています。


現時点(2024年1月)で、西武池袋本店へのヨドバシカメラの出店計画は正式に明らかにされていません。しかし、どのような出店になっても、売上1000億円レベルは確実と言われており、仮にビックカメラの池袋本店が売上を落とさないとしても、ヨドバシカメラが家電量販店2位となる可能性は大きいでしょう。


ヨドバシカメラの現社長である藤沢和則氏は、まだまだ出店空白地があると話しています。そうした立地への出店を見込んでいることもあってか、EC売上、店頭売上、ともに今後のさらなる拡大を目指しており、EC売上は現在の3倍以上の7000億円を計画しているようだという話が漏れ聞こえています。


将来的なEC売上比率は5割を目指すことも伝わってきており、計画通り進めば、売上高1兆4000億円という規模になります。


写真=iStock.com/Kwangmoozaa
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■「家電量販店とECは相性が悪い」と考えられていた


ヨドバシカメラのここがすごい! ①リアル店舗とECの一体化

今後、さらなる急拡大を目指すと言われるヨドバシ・ドット・コム。そのポテンシャルは、どのような取り組みに起因するのでしょうか?


1つは、いち早く「BOPIS」(ボピス Buy Online Pick-up in Store)を始めたことです。BOPISとは、ECで購入した商品を店舗で受け取れる仕組みです。その立ち上がりは20年以上前にさかのぼります。


Windows95がリリースされ、企業の各部門において、ようやくパソコンやインターネットが日常的に使われ始めた1998年7月、ヨドバシカメラのEC「Yodobashi.co.jp」がオープンしました。2000年5月に「ヨドバシ・ドット・コム」に名称を変更。ちなみにアマゾンの日本市場上陸は、同じ年の11月でした。


2003年にはEC注文の店頭取り置きサービスを開始します。BOPISという名称が広がる前から取り組んでいたのです。


しかし、ECの黎明(れいめい)期にあったこの頃、特に家電量販店ではECとの相性の悪さが指摘されていました。店舗で実物を見てから、ネットで注文する。当時、ショールーミングと言われた買い物行動です。


しかも、同じ社内でのショールーミングであっても、「ECの売上が上がれば、店舗の売上が下がる」と考えられたことから、店舗とECは自社競争の関係にあると考えられていました。


世の中がそうした風潮の中、ヨドバシカメラでは、いち早くBOPISをスタートさせていました。


この背景には、2つの大きな要因があります。


■独自の社内評価と精密な在庫管理


1つは、ECと店舗のどちらの売上が高くても、社内評価に差をつけなかったこと。


店舗で売っても、ECで売っても、顧客にとっての便利な場所で、当社から買い物をしてくれることに変わりはない。ECと店舗、どちらが売ったか、どちらの実績になるかは社内評価の対象ではない——。


この考えが社内に周知されていた結果、店舗スタッフとEC担当者が顧客を奪い合う不毛な争いをせずに済んだのではないかと推察されます。


現在のオムニチャネルに近い発想ですが、当時はまだ「オムニチャネル」というトレンドワードが生まれる前のことでもあり、藤沢氏(当時副社長)は「チャネルレス」(店舗やEC、どこで買っても、顧客の利用価値は変わらない)と、拙著『オムニチャネル戦略』(日経文庫)執筆にあたってインタビューした際、言っておられました。


もう1つが、精緻な在庫管理の存在です。ヨドバシカメラでは1988年から在庫管理システムを導入しています。


当時、流通小売業界では、「○○の商品が倉庫にいくつあり、店舗にいくつある」といった程度の在庫管理が主流でした。一方、同社では「店頭在庫」「倉庫からの移動中の在庫(=配送トラックにある)」「倉庫内在庫」「店頭取り置き用在庫」の区分で、ほぼリアルタイムに近い状態で管理していたそうです。


この2つが整っていなければ、BOPISを実現しようにもできなかったと考えられます。2010年には店頭とECでの販売価格を統一します。


■「実店舗とECは一体」という考えが奏功


その当時、筆者は「在庫一元化」「価格の統一」「店員教育」の3つがオムニチャネルの3条件だと訴えており、先の『オムニチャネル戦略』執筆時のインタビューで、藤沢氏が「価格の統一が重要だ」と身を乗り出してきた姿が印象的でした。


藤沢氏が価格の統一を進めようとしたところ、社内からは「EC上で店頭価格がわかってしまうと、(顧客が来店しなくとも、他店の店頭価格との比較ができるため)店舗への来店に影響が出る」と強い反発があったそうです。


しかしながら、同社では2007年から店内に高速通信が可能な環境を提供しておりました。そこで藤沢氏は、店頭でEC価格を調べたときに、両者の価格に違いがあっては、顧客の混乱を招く可能性があること、さらに「顧客の立場で、どちらが買いやすいか」を社内に説得して回り、統一を図りました。その苦労があったから、インタビュー時に身を乗り出してこられたのだと思いました。


2014年に、EC注文の店頭受取の24時間対応を一部店舗で開始。2017年には店頭受取専用店舗を開設しました。


こうしてみると、ヨドバシ・ドット・コムは入り口こそECですが、リアル店舗も活用してきた素地があり、「リアル店舗とECは一体のもの」であるという考え方の下、運営されてきたことがわかると思います。


■100円程度の日用品を多く取り扱う理由


ヨドバシカメラのここがすごい! ②顧客との接点を継続してつくる

次は、「楽しくない買い物も、あえて重視している」ことです。


いったいどういうことか、ヨドバシ・ドット・コムの品揃えから紐解いてみたいと思います。


1998年、オープン間もない頃のヨドバシ・ドット・コムの品揃えは300〜400アイテムでした。それから取扱いカテゴリーおよびアイテム数の拡大を図り、2008年8月時点で約8万アイテム、2012年3月には約83万5000アイテム、2018年6月時に約550万アイテム、2023年1月時点では800万アイテム以上を取り扱っています。


カテゴリーの拡大に関しては、2013年にコミックの取扱いを開始し、2018年に酒類販売をスタート。翌2019年には薬剤師による服薬指導が必要になる第一類医薬品、ICI石井スポーツ、およびその子会社アート・スポーツの買収によりスキー・登山用品を中心としたアウトドア関連用品、ランニング・トレイルランニング・フィットネス用品を追加しました。


いまのところ生鮮(青果、精肉、鮮魚)の扱いこそありませんが、食品、日用品など、購買頻度の高いカテゴリーの品揃えを増やしているように感じられます。1本100円程度のボールペン、100円にもならない電球もあります。


なぜ、どこでも手に入るような、低価格帯の商品も増やしているのでしょう。


■「楽しくない買い物」で顧客との接点を維持する


もともとヨドバシ・ドット・コムは、家電やパソコンなど、高単価な商品がメインでした。しかし、一度購入すれば5〜6年は買う必要がありません。これは、数年間、顧客との関係性が希薄になることを意味しています。これでは、次の家電やパソコンの買い替え時に、購入先としてヨドバシ・ドット・コム(あるいはヨドバシカメラ店舗)を検討してもらえるかどうか、わかりません。


その顧客接点の空白期間をなくし、日常的な顧客接点を維持するために(=何かを購入する際に、最初に思い出してもらうため)、価格は安いが購買頻度の高い商品群を増やしていると考えられます。


わざわざ店舗まで足を運ばなくとも、いつでも、家に居ながら買い物ができるネット通販が身近な存在になり、生活者自身が「楽しい買い物」と「楽しくない買い物」を強く意識するようになりました。


楽しい買い物とは、「買い物をしている時間」が幸せに感じられるもの、つまり「モノを手に入れる」ことより「時間消費」に価値を感じる買い物のことです。趣味にまつわる買い物はもちろん、ウインドウショッピングや店舗スタッフとの会話が楽しめるお店での買い物もそうでしょう。


■100円以下のボールペンや電球1つでも送料無料


無機質な店舗の多いECでも、楽天市場のように店長の個性が魅力になっているところもありますし、活気のあった頃の百貨店や専門店での買い物は間違いなく、楽しい買い物でした。


一方、楽しくない買い物は、とにかく目的の商品が手に入ればよいというもの。そのために時間をかけたくない、できるだけ合理的にすませたい、と多くの人が考えるような買い物です。


ヨドバシ・ドット・コムでは、この“楽しくない買い物”にあたる品揃えを拡大し、加えて、日本全国どこでも送料無料のサービスにより、日常の利用を促し、次回の大物家電の購入につなげようとしています。


ヨドバシカメラの担当者の方も「ボールペン1本でも、電球1個でも、遠慮せずに利用してください」と、常々話しており、また、社員(契約、派遣を含む)が中心の配達スタッフも、どんな小さな荷物であっても、笑顔で届けてくれる印象です。


■「即日配達」は再配達、在庫保管のコストを抑えられる


ヨドバシカメラのここがすごい! ③「エクストリーム便」

特に注目したいのが、最後の配達サービス。送料無料、しかも、最短・即日数時間以内のスピードを誇る「エクストリーム便」です。


無料動画サイトを通じて、そのイメージ動画が「ヨドバシエクストリーム(Yodobashi Xtreme: Delivery)」として配信されていますが、ドローンやスケートボード、トレイルランニング、パルクールなどの映像を題材にした動画により、その配達のスピード感を強く打ち出しています。


いまから10年ほど前、アマゾンが受注から最短1時間で配達するサービスを開始すると、楽天やヤフーなど大手が追随するサービスをスタートさせましたが、現在もスピード配達を武器にしているところは、ヨドバシ・ドット・コム以外には見当たりません。


ほとんどのサービスが、アマゾンへの対抗意識から実施する中、同社の場合、「なぜ、スピードを優先するのか」という根拠が明確にありました。


当時、副社長だった藤沢氏は、エクスプレスメール便(現在のエクストリームサービス)を提供する狙いを次のように答えています。


「即日配送をすると配送会社に大きな負担がかかると言われますが、商品の受注後、早く届ければ、受け取ってもらえる確率が高い。商品を在庫として保管したり、再配達したりするコストを考えれば、即日配送でもメリットが出せる。店舗在庫の活用や、ピッキング、梱包(こんぽう)などのオペレーションの効率化を図れば、トータルコストも抑えられます」


■細かな配慮で顧客満足度を上げる


2024年問題やドライバーの確保が厳しくなっている現在は少し状況が異なるかもしれませんが、同社の物流は「受注後、5分で商品のピッキング完了、30分以内での出荷が可能」なレベルにあり、それにより「自社社員による最短2時間30分での配送」および、「最短30分以内での店頭受取」が実現されました。



角井亮一『最先端の物流戦略』(PHPビジネス新書)

また、自社社員による配送にもこだわりがあります。


「いくら即日に届くとしても、配達員の対応が悪いと、お客様は寂しい思いをするでしょう。お客様に、注文から手元に届くまでのすべての過程において、満足していただくことが大事」


と藤沢社長は語っています。


配達予定時刻が事前に1分単位の正確さでメール連絡されることや、梱包ひとつとっても、開梱しやすいように点線で切れ目が入っており、かつ、その開梱の手順がイラストで記してあるなど、顧客を大事にしていることがよくわかります。


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角井 亮一(かくい・りょういち)
イー・ロジット取締役会長
1968年生まれ。上智大学経済学部経済学科を3年で単位修了し、渡米。ゴールデンゲート大学でMBA取得。船井総合研究所、光輝物流などを経て、2000年、通販専門物流代行会社のイー・ロジットを設立。日本語だけでなく、英語、中国語、韓国語でも書籍を累計20冊以上出版する。
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(イー・ロジット取締役会長 角井 亮一)

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