副作用はほぼないが効果も証明されていない…そんな「日本独自の薬」が50年以上販売され続けているワケ

2024年2月20日(火)14時15分 プレジデント社

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Marina Kositsyna

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特効薬がない場合、そのこと自体への不満もあって、検証が不十分な薬であっても「効く」というウワサがあると「飲んでみたらいい」と思いがちだ。しかし内科医の名取宏さんは「効果を誤認することはよくある。検証不十分な薬にはリスクもあるため、判断は保留すべきだ」という——。
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■効果に乏しい薬が存在した理由


現在、薬が承認されるまでには長時間かけて検証が行われます。新薬候補の物質が承認に至る確率は数万分の1ともいわれるほどです。


基礎研究や動物実験で一定の安全性や効果が期待できる新薬候補の物質を絞り込んだのち、通常は少数の健康な成人を対象に安全性や薬物動態を評価する第1相試験、比較的少数の患者さんを対象に安全性と有効性を評価する第2相試験、多くの患者さんを対象にした第3相試験を経て、十分な安全性と有効性が確認できた薬だけが承認されます。市販後調査といって承認・発売された後も検証は続きます。いったんは保険適用された薬でも、再検証によって効果が確認できない場合は、承認を取り消されることもあります。


しかし、昔は十分な検証が行われないまま薬が承認されてしまうことがありました。承認された薬に効果がなかったり、そればかりか広く健康被害が生じて社会問題になったりしたのです。現在の薬の承認の仕組みは、以前の過ちを踏まえて成立しました。現在の仕組みも完璧というわけではありませんが、少しでも安全で効果的な薬を開発する努力が続けられています。


たとえば、抗がん剤の進歩は著しく、現在では多くのがんに対して抗がん剤は標準的な選択肢として使用されています。最近承認された抗がん剤は、薬を使わない場合(もしくはそれまでの標準治療)と比べて、薬を使ったほうが生存期間が長かったり、再発リスクが下がったりすることが臨床試験で確認されています。一部のがんは手術なしに薬物療法だけで治る可能性まで出てきました。


■効かなかった日本独自の抗がん薬


一方、昔の抗がん剤はあまり効果がありませんでした。さらに今と違って血球減少や嘔吐(おうと)といった副作用への対策も不足していたのです。だから、現在でも抗がん剤は効かないという誤解があるのでしょう。


当時、効果に乏しい抗がん剤が使用されていた理由は、検証が十分でなかったため、また医師の経験則が重視されていたため、「何も治療法がない」という状態に医師も患者も耐え難かったためだと思います。手術で取り除けないがんに対して、以前は効果のある治療はほとんどありませんでした。何も治療をしないでただ死を待つより、ダメで元々でも何か治療をしたいというのは自然な感情です。


1970年代に日本独自の抗がん剤として、「クレスチン」「ピシバニール」といった薬が登場しました。クレスチンはキノコの一種であるカワラタケ由来の多糖類、ピシバニールは溶連菌の抽出物です。どちらも免疫系を刺激し、がん細胞に対する免疫応答を強化することで抗がん作用を発揮するため、細胞分裂を阻害する細胞障害性抗がん剤と違って副作用が少ないとされています。


理論的には効きそうに思えますが、現在の基準から言えば検証がきわめて不十分なまま承認されました。実際、副作用が小さいのは事実ですが、臨床的にはほとんど効きません。私が臨床医になった30年前にはすでにクレスチンやピシバニールはあまり使われていませんでした。かろうじてピシバニールが、抗がん剤としてではなく、胸水貯留を防止するために胸膜を癒着させる薬剤として使用されていたくらいです。


■現在もある効果のない治療


クレスチンやピシバニールにかかった医療費は、ピーク時には年間数百億円、累積では一兆円を超えたといいます。その後、有効性は確認できず、相次いで販売中止になりました。終末期のがん患者さんの心の安寧に一定の役割を果たしたことは否定しませんが、それにしたって高額すぎます。結果的には膨大な医療費の無駄遣いでした。


こうしてクレスチンやピシバニールは販売中止になりましたが、最近でも効果が明確でないまま投与されていた薬はあります。緊急避難的に投与が容認された新型コロナウイルス感染症に対するアビガンやイベルメクチンもそうです。そのほか、とても興味深いのが、現在も販売されている日本独自の免疫賦活剤「丸山ワクチン」です。


丸山ワクチンは、クレスチンやピシバニールと違って承認されておらず、保険適用にもなっていません。しかし、現在も有償治験薬として実費を負担することで使えます。丸山ワクチンの薬剤費(実費)は40日間で9000円と、それほど高額ではありません。何十万円もの対価を取る自費診療クリニックのがん治療と比べると良心的です。副作用もほとんどありません。が、効果も証明されていません。


もともと丸山ワクチンは結核菌の抽出物で、当初は皮膚結核に対するワクチンとして開発されましたが、肺結核患者に肺がんが少ないことにヒントを得て、がんに対しても使われるようになりました。しかし今では、結核はむしろ肺がんのリスク因子であるとされています(※1)。丸山ワクチンが開発された当時は、肺がんにかかるまで長生きできた結核患者が少なかったゆえに誤認されたのかもしれません。皮肉なことです。


※1 Tuberculosis and risk of cancer: A systematic review and meta-analysis


写真=iStock.com/Totojang
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Totojang

■エビデンスのない丸山ワクチン


以前、週刊誌やテレビ番組などでは「丸山ワクチンはがんに著効があるのに承認されなかった」という論調で報道されたのを覚えている方もいるかもしれません。


しかし、承認されるだけの十分な科学的根拠はありません。同じく根拠不十分であったクレスチンやピシバニールが承認されたのに丸山ワクチンが承認されなかった理由については、クレスチンの開発者が競合となりうる丸山ワクチンを故意に妨害したとか、丸山ワクチンの開発者が東大出身ではないので学閥の壁につぶされたという話まであります。


「本当にがんに効く薬が承認されると困る製薬会社の陰謀によってつぶされた」といった陰謀論もよくあります。ただ、承認されていれば今頃はクレスチンやピシバニールと同じく販売中止になっていたかもしれません。公的保険財政に影響しないので大目に見られていたという面もあると思います。人間万事塞翁が馬です。


ただ、これまで何十万人もの人に使われたものの、いまだに丸山ワクチンががんに効果があることを示した質のよいエビデンスはありません。丸山ワクチンを支持する人たちは「これだけの使用実績がありながら、なぜ保険適用されないのか」などとおっしゃいますが、エビデンスがないから保険適用されないだけです。


■興味深いランダム化比較試験


丸山ワクチンを製造している製薬会社が臨床試験を行って、「どういう疾患の患者さんに、丸山ワクチンを使うと、使わない場合と比較して、どれぐらい効果があるのか」を示せば保険適用されるかもしれません。そうして効果を証明できれば、日本だけでなく海外でも販売できますし、何よりもより多くの患者さんのためになります。しかし、臨床試験には消極的です。


それでも、子宮頸(けい)がんに対して放射線療法と組み合わせた丸山ワクチンの上乗せ効果を評価した二重盲検ランダム化比較試験がいくつか施行されています。その内容や経緯が興味深いのでご紹介しましょう。


丸山ワクチンには濃度の異なる「A液(2μg/mL)」と「B液(0.2μg/mL)」があって、通常はA液とB液を交互に皮下注射します。丸山ワクチンに効果があると信じる医学者なら、実薬群はA液とB液を交互投与、対照群はプラセボ(偽薬:生理食塩水など)を投与する臨床試験を考えるでしょう。


しかし、2006年に発表された第3相ランダム化比較試験においては、実薬群にはA液でもB液でもなく、A液の20倍の濃度の40μg/mLが投与されました(※2)。しかも不思議なことに、対照群にはプラセボではなくB液が投与されました。論文には、日本においてプラセボの使用は倫理的に不可能なので代わりに丸山ワクチンB液を使用したと記載されています。しかし、この研究では対照群においても標準治療である放射線療法は行われるので、本来は問題ないはずです。


※2 Phase III double-blind randomized trial of radiation therapy for stage IIIb cervical cancer in combination with low- or high-dose Z-100: treatment with immunomodulator, more is not better


写真=iStock.com/Eduard Lysenko
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Eduard Lysenko

■実薬より偽薬の生存率が高い⁉︎


私が推測するに、製薬会社は丸山ワクチンが効くとは本気では思っていないのでしょう。この推測が正しければ、通常の用量のA液とB液の交互投与を実薬群とした臨床試験を行わないのも説明がつきます。きちんとした臨床試験を行って白黒つけなくても薬は売れるのですから、営利企業の方針としては妥当です。


通常の用量では薄すぎて効果がなくても、濃度の濃い丸山ワクチンを放射線療法と組み合わせれば効く可能性がある、と考えたのでしょう。そして、薄い丸山ワクチンB液が効くとは思っていないので対照群に使用したと考えられます。


「実薬群40μg/mL」と「対照群0.2μg/mL」を比較したランダム化比較試験の結果は、大変興味深いものでした。有意差がついたのです。ですが、予想に反して、実薬群ではなく対照群のほうが生存率が高かったのです。丸山ワクチン支持者は丸山ワクチンB液が効いた証拠だとみなしますが、B液が効いた可能性以外にも、単なる偶然という可能性や濃度の濃い丸山ワクチンが有害である可能性も考えられます。この研究だけでは、どの可能性が正しいのかはわかりません。


そこで、改めて丸山ワクチンB液と生理食塩水とを比較した第3相ランダム化比較試験が行われました。2014年に論文が発表されています(※3)。対照群と比べて実薬群において生存率がよい傾向があったものの有意差はなく、この研究でも丸山ワクチンの効果は証明できませんでした。


※3 Phase III placebo-controlled double-blind randomized trial of radiotherapy for stage IIB-IVA cervical cancer with or without immunomodulator Z-100: a JGOG study


■今度こそ効果の有無がわかるか


丸山ワクチン支持者は「研究開始前の見込みよりも子宮頸がんで亡くなる患者さんが少なかったため、統計的有意差が出なかったのだ」などと主張します。そうかもしれませんが、200人超が参加した臨床試験でも有意差が観察できないわけですから、丸山ワクチンに効果があったとしても、その効果は小さいといえます。少なくとも週刊誌やテレビでいわれていたような劇的な効果はありません。


有意差が観察できなかった臨床試験の結果を受け、対象者600人超という症例数を増やした、アジア7カ国国際共同の新たなランダム化比較試験が進行中です。現時点で進行中の丸山ワクチンの臨床試験は私の知る限りこれ一つだけです。進行中というか、予定では2022年には終了しているはずです。


臨床試験は多くの患者さんのご協力があってこそ実施できます。そこには大きな倫理的責任が生じます。ヒトを対象とする医学研究の倫理的原則を宣言したヘルシンキ宣言では、「研究者は、人間を対象とする研究の結果を一般的に公表する義務を有し報告書の完全性と正確性に説明責任を負う」とされています。


不都合な結果が出たからといって論文として発表しないのであれば製薬会社の倫理的責任が問われかねませんから、そろそろ結果が論文として発表されるでしょう。今度こそ丸山ワクチンの効果についてはっきりしたことがわかることを期待しています。


写真=iStock.com/KenanOlgun
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■薬の効果は「誤認」されやすい


さて、そもそも丸山ワクチンは「劇的に効く」と主張されていたはずです。しかし、なぜか、臨床試験では劇的な効果が発揮されません。丸山ワクチンに限らず、メディア等で期待が先行した「特効薬」にはよくある話です。


効果のない薬や治療法でも、プラセボ効果や自然治癒などによって「効果があった」と誤認されることはよくあります。「薬に効果があってほしい」「薬には効果があるに違いない」という先入観が効果判定の目を曇らせるのです。薬の投与後に治癒したとしても、薬が効いたのかもしれないし、自然治癒かもしれません。だからこそ臨床試験において、患者さんや医師の両方ともが実薬群か対照群かを知らされない二重盲検法が採用されます。


がんのような通常は自然治癒しない疾患であっても誤認が起きることは、クレスチンやピシバニールの事例が教えてくれます。まして新型コロナウイルス感染症のように自然治癒しうる疾患では、より誤認が起きやすいでしょう。患者さんが誤認するのは仕方がありませんが、医師が誤認するのは問題です。ごく一部の医師が経験則のみで「特効薬だ!」と述べ、それをメディアが取り上げると、他に有効な治療法がないことに対する不満が拡散を後押しし、慎重な意見が顧みられなくなりがちです。


日本で新型コロナにアビガンやイベルメクチンが効くと誤解されたように、海外では抗マラリア薬のヒドロキシクロロキンが熱狂的に支持されました。しかし、後に行われた複数の臨床試験を統合した結果、効果がないばかりか、薬を使わない場合と比べて全死亡の約11%の増加と関連していることが示されました。全世界でヒドロキシクロロキンの投与のために約1万7000人が死亡したと推計されています(※4)。きちんと計画・実施された臨床試験で結果が確認できるまでは、理論的に効きそうでも、あるいは印象的な改善例があっても、判断を保留するのが賢明です。


※4 Deaths induced by compassionate use of hydroxychloroquine during the first COVID-19 wave: an estimate


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名取 宏(なとり・ひろむ)
内科医
医学部を卒業後、大学病院勤務、大学院などを経て、現在は福岡県の市中病院に勤務。診療のかたわら、インターネット上で医療・健康情報の見極め方を発信している。ハンドルネームは、NATROM(なとろむ)。著書に『新装版「ニセ医学」に騙されないために』『最善の健康法』(ともに内外出版社)、共著書に『今日から使える薬局栄養指導Q&A』(金芳堂)がある。
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(内科医 名取 宏)

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