「ホワイト企業」に居続けるのは怖い…最近の若者が「会社がゆるすぎから辞めたい」とこぼすワケ

2024年2月21日(水)18時15分 プレジデント社

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/itakayuki

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「職場がゆるすぎて辞めたい」とこぼす若手社員が増えている。金沢大学の金間大介教授は「会社側は新卒採用に高いコストをかけており、昔のように厳しく接することができない。そのため、『成長の機会が奪われている』と感じる若手社員が出てきている」という——。(第2回)

※本稿は、金間大介『静かに退職する若者たち』(PHP)の一部を再編集したものです。


写真=iStock.com/itakayuki
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■「職場が天国過ぎて辞めたい」と語る若者


近年、(退職代行サービスの他に)今まで会社側があまり経験してこなかったパターンの若者の退職が増えているという。その点、実は僕も同じで、過去にはほとんどなかった理由で、「先生、会社を辞めたいと思っているんですけど」という教え子がいた。聞くと、「職場が天国すぎる」とのことだ。


「何それ、めっちゃいいじゃん! お前そんなこと言ってると、もったいないお化け出てくるぞ」と、言いたい気持ちをぐっとこらえて(こらえきれずに、ちょっと言ってしまったけど。しかも死語だけど)、具体的に聞いてみると、次の通りだった。


今の職場では、基本的に誰にでもできると思える仕事しか振ってもらえず、それが終わって提出しても特にフィードバックは返ってこない。やることがなくなって待機となる時間も多く、かといって、いつでも対応できるようにオンラインツールは切らずにPCの前にいること、というルールがあるから守っている。


画面オフにしてスマホを見ていても何かを言われることはなくて、同期に聞いたら、もう一台のパソコンでゲームしていても平気だったよ、って言っていた。リアル出社する日は、原則、上司と相談して決めることになってるけど、それもゆるめで、今は最低週1日は出社しよう、と言われているので従ってる。何たる好待遇。まさにホワイトだ。


実はこれ、2021年にあった実話なのだが(2020年卒生)、その後いろいろなところで似た話を耳にするようになった。読者の皆さんはもうお気づきだろう。いわゆる「ゆるブラック」を理由とした退職だ。


■「もっと仕事がしたい」と言われた人事はいない


2022年12月15日付の日本経済新聞でも「職場がホワイトすぎて辞めたい 若手、成長できず失望」という記事が出て、大いに話題になった。仕事の「ゆるさ」に失望して離職する若手社会人が増えている、ということだ。



金間大介『静かに退職する若者たち』(PHP)

人によっては、羨(うらや)ましくて仕方ない、という声も多く聞かれそうだ。だが、そもそもこういった退職は本当に増えているのだろうか? 本当だとしたら、その心理とはどういったものなのか?


改めて「ゆるブラック」型の退職には、どんな背景があると考えられているのか。例えば、先述の日経新聞では、「長時間労働やハラスメントへの対策を講じる企業が増えたほか、新型コロナウイルス禍で若手に課される仕事の負荷が低下。(中略)成長の機会が奪われていると感じる」若者が増えているということだ。つまり、「もっと仕事がしたいのに何もやらせてくれないので辞めます」と若者が言っているということ⁉


そこで、何人かの人事担当者にこの質問をした。その結果、「はい、そう言われました」という人事担当は今のところゼロだ。なんだか、よくわからない……。が、よくわからない点にこそ重要な何かが隠されているので、深掘りしてみよう。


■大卒就職者の退職率は大きく変化していない


企業側としては、せっかくコストをかけて採用した若手社員にすぐ辞められては困る。直属の上司には「若手をケアすべし」という圧がかかっている。だからこそ会社も上司も、ハレモノに触るように必要以上の配慮を重ねる。その結果、「この会社は物足りない」と感じる若者がいても不思議ではない。


ただ、僕が引っかかるのは「成長の機会が奪われていると感じる若者」というくだりだ。今の若者はそんなに成長に貪欲だったか? ついこの前も「出世したくない若者が増加中」という報道が出回っていた気も……。これはいったいどういうことだろうか。ということで、複数のデータを採用しながら、一見して矛盾している若者の深層心理を解きほぐしてみたい。


まずは、実際にどのくらいの若手が退職しているのかについてのデータから(図表1)。本書では主に大卒者を議論の対象としているが、この図の通り、日本における新規大卒就職者の退職率は、大きくは変化していない。今も昔もざっくり「3年で3割」「1年で1割ずつ」だ。規模別で見ると、企業規模が大きくなるほどこの割合は小さくなっていく。


大卒就職者の離職率の推移(出所=金間大介『静かに退職する若者たち』)

ちなみに、高卒就職者の離職率はむしろ低下していて、2000年ごろは「3年で5割」だったのが、今は大卒と大差ない状態になっている。


■新卒ひとりあたりの採用コストは約93万円


それでは、なぜ今、若者の退職が問題になっているかというと、それはやはり長期的な少子化や、それに伴う若手の生産年齢人口の減少、さらにそれに伴う新卒対象の求人倍率の高止まり等の影響が大きいだろう。これらはすべて、若手人材の奪い合いや囲い込みにつながる。


1990年代に社会に出た団塊ジュニア世代はおよそ200万人/年。そのころに生まれた人たちは、ちょうど今20代となって社会に出始めていて、その数はおよそ120万人/年だ。つまり、一世代(約30年)の経過に伴って数は5分の3ほどになった。


基本的に今の日本社会では、若者の市場価値は上昇し続けている。「若さの価値」のインフレと言ってもいい。株式会社リクルートが行った調査によると、2019年度に実施された新卒採用(2020年卒採用)における1人当たりの平均採用コストは93.6万円とかなり高い。しかもこの数字は年々上昇している。


それでは、若手社員のうち、何割が今の職場や仕事をゆるいと感じているのか。まずは図表2をご覧いただきたい。


現在の職場を「ゆるい」と感じる割合(出所=金間大介『静かに退職する若者たち』)

同図表は、リクルートワークス研究所が2022年3月の2つの期間において、従業員1,000人以上の企業に在籍する大学卒・大学院卒の正規社員で、かつ新卒から入社して3年目までの人を対象に実施したアンケート調査結果だ。


■若手の3割が職場を“ゆるい”と感じている


回答者数は第一時点で2985名、第二時点で2527名となっている。この調査からは、8.4%(あてはまる)、28.0%(どちらかと言えばあてはまる)を足した36.4%の若手社員が、現在の職場に「ゆるさ」を感じていることがわかる。全体のちょうど3分の1程度と考えれば、イメージしやすいかもしれない。


問題は、このうちどのくらいが今の職場を辞めたいと感じているかだ。再三の繰り返しで恐縮だが、今の若者たちは、「自ら『ゆるい』と感じられるほどの神職場を手放すなんてもったいない、仕事はお金が貰えれば何でもいい、楽なら楽なだけいい、仕事でストレスはためたくない、仕事に生きがいは一切求めない」と思っていてもおかしくない。


実際(誠に遺憾ながら)こういったタイプはキャンパス内に大量に生息している。楽タン(楽に単位が取れる授業)、ゆるゼミ(交流がメインのゼミ)を提供している教授こそ神であり、逆に少しでも熱血授業をすると「圧がすごい」と言われる。また、同じことを淡々と続けるのが好き、ルーチンワーク大歓迎、という人も同様だ(回っている洗濯機をいつまでも見ていられる、という人に多い傾向があります)。


もしそんな彼らを捕獲(ほかく)したければ、キャンパスにいくらでもいるので、いつでもご連絡いただきたい。


■続けたくないからといって、やめたいわけでもない


話がそれた。職場のゆるさと退職意向の関係を直接把握できるデータは存在しないが、ヒントならある(図表3)。


現在働いている会社・組織の継続意向と「ゆるさ」の関係(出所=金間大介『静かに退職する若者たち』)

これは「今勤めている会社でどのくらい働き続けたいか」という問いと、図表2の回答結果をクロスしている。まず注目したいのは、「すぐにでも退職したい」割合で、全体を通して約20%の若手がそう考えていることになる。この中では、今の職場を「ゆるいと感じない」人たちが最多層になる(29.7%)。


このこと自体は想像に難くない。労働環境や条件がよくない会社で働いている新入社員なら、辞めたいと思うのは当然のことだ。ポイントは、「2・3年は働き続けたい」と考えている人たちだ。こちらは職場を「ゆるいと感じる」層が最も多くなっている(41.2%)。このことは、リクルートワークス研究所の報告でも注目していて、以下のように解説している。


職場が「ゆるい」ならストレスもなく、自分がやりたいようにできて、心身ともに健康で安泰なのではないかと思ってしまうが、実際はそうではないのだ。就労継続意識が低いことは裏返せば、離職意向が高いことである。つまり、ゆるい職場は若手の離職意向を高めている可能性がある。

ここで1つツッコミを。「就労継続意識が低いことは裏を返せば、離職意向が高い」という解釈は疑問だ。これは多くの日本人にも当てはまることだが、「続けたくないからといってやめたいというわけではない」という矛盾を抱えて生きているのが今の若者たちだ。


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金間 大介(かなま・だいすけ)
金沢大学融合研究域融合科学系 教授
北海道札幌市生まれ。横浜国立大学大学院工学研究科物理情報工学専攻(博士)、バージニア工科大学大学院、新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)、文部科学省科学技術・学術政策研究所、北海道情報大学経営情報学部准教授、 東京農業大学国際食料情報学部准教授、金沢大学人間社会研究域経済学経営学系准教授、2021年より現職。また「イノベーションのためのモチベーション」研究も遂行しており、教育や人材育成の業界との連携も多数。主な著書に『イノベーションの動機づけ——アントレプレナーシップとチャレンジ精神の源』(丸善出版)、『イノベーション&マーケティングの経済学』(共著、中央経済社)、『先生、どうか皆の前でほめないで下さい いい子症候群の若者たち』(東洋経済新報社)。『静かに退職する若者たち』(PHP)などがある。
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(金沢大学融合研究域融合科学系 教授 金間 大介)

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