キー局アナ、有名プロデューサーが続々退社…テレビ局からの人材流出が止まらない「YouTube以外の理由」

2024年2月27日(火)7時15分 プレジデント社

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テレビ局の名物社員の退社がたびたびニュースになっている。テレビ業界でなにが起きているのか。元テレビ東京社員で桜美林大学教授の田淵俊彦さんは「人気番組を作ってきた実力者ほどテレビ局を離れつつある。その直接の原因はYouTubeやNetflixの台頭ではない」という——。

■テレビ界の人材流出が止まらない


私は、プレジデントオンラインで2回にわたって、ドラマ「セクシー田中さん」問題を検証してきた。なぜテレビは原作を改変したのか——。そこにはテレビ局の構造的な欠陥やクリエイターの劣化という原因が潜んでいることを指摘した。


第1回は、「マネタイズ」や「視聴率主義」「ドラマ偏重」、第2回は「リスクマネージメント」や「想像力」の欠如などの理由を挙げた。


だが、テレビ業界はいまもっと大きな問題に直面している。それは「人材流出」である。テレビ局を辞める有力社員が後を絶たないのだ。番組というコンテンツを人の力で創り出すテレビ局にとって、人材がいなくなることは死活問題である。私はそういった「人材流出」による「人材不足」もドラマ「セクシー田中さん」問題が起こった大きな理由のひとつであると考えている。


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そこで今回は、テレビからどんどん有力な人材が離れてゆく理由とその背景に迫ってみたい。その際に、以下の視点に沿って分析をおこなってゆく。視点を決めることで、問題の輪郭がよりクリアに見えてくるだろう。


① 2022年、23年に人材流出が集中したのはなぜか?
② 辞めた人の収入は? テレビ局を辞めるともうかるのか?

■キー局アナ、有名テレビマンが続々退社


昨年2023年は、テレビ局人気アナウンサーの退社ラッシュが続いた。フジテレビの三田友梨佳氏、NHKの武田真一氏、テレビ東京の森香澄氏、朝日放送のヒロド歩美氏、日本テレビの篠原光氏、みな各局の看板アナである。


私が在職していたテレビ東京においても、2021年に「ゴッドタン」の佐久間宣行氏、2022年に「ハイパーハードボイルドグルメリポート」の上出遼平氏、2023年に「家、ついて行ってイイですか?」の高橋弘樹氏、「YOUは何しに日本へ?」の村上徹夫氏が退社した。学生が働きたい企業「就職ブランドランキング」で何度も全企業中1位を獲ったフジテレビにおいても、年間で5人以上の自己都合退職者が出ているという。


なぜ「大物P」「名物社員」と言われるテレビマンたちが次々とテレビ局から離脱しているのか。この現象は、2022年から23年に顕著化している。では、なぜ2022年、23年に人材流出が集中したのか。最初に挙げた、①の視点による検証である。


私はその原因は、「コロナ禍」にあると見ている。


■番組作りを一変させたコロナ禍


コロナ禍のピークは、感染者数だけで見ると「第7波」と呼ばれる2022年7〜9月である。そしてこの前後にあたる時期が、テレビ局から有力な人材が流出するタイミングと符合しているのだ。


では、なぜコロナ禍が「人材流出」に影響するのか。


テレビの番組制作は人の還流によって生み出される。人が動かないと番組を創り出すことができない。演じるのも人だし、演出するのも人だ。取材をされるのもするのも人である。コロナ禍によって店などの取材や「ロケもの」と言われる撮影は封印されてしまった。


ドラマはさらに厳しい状況だった。密な状態で、しかも至近距離で撮影をおこなうことが多いドラマは、多くの作品において現場で感染者が発生し、撮影がストップした。そんなとき、どういうことが起こるか。それは以下の3つだ。


① 「モノづくり」の醍醐味を感じられなくなる
② 現場だけでなく局自体も疲弊し、「守り」に入ろうとする
③ 「対面」から「配信」や「オンライン」への移行に拍車がかかる

テレビの番組作りの現場は、コロナ禍によって一変した。クラスターを防ぐために打ち合わせはもちろんのこと、衣装合わせや編集などの「ポスプロ(撮影後の後処理)」までもオンラインでおこなわれるようになった。クリエイティブな仕事というのは、自分の発想のニュアンスをどこまで伝えられるかが勝負だ。そんなとき、「面と向かって」というコミュニケーションが絶たれてしまうことは、最大の痛手である。


写真=iStock.com/brightstars
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■守りに入る制作現場


それは、①に挙げたような「モノづくり」の醍醐味を奪われてしまうことにつながる。クリエイターは作品を作り上げたときの達成感はもちろんのこと、そこに至るまでのプロセスが「大変ではあるが楽しくてやっている」ようなところがある。その楽しみを奪われたら、どうだろうか。


コロナ禍の折には、多くの大学生が中退するという現象が起こった。大学に行けず、授業はオンラインばかり。そんな学びの環境に疑問を持って、前向きな気持ちを維持することが難しくなったのだ。テレビ現場の場合もそのケースに似ている。


②の「守りに入る」というのは、例えばこういうことだ。これは、実際にドラマの撮影時に私が直面した出来事である。屋外で撮影をしていたあるとき、現場を通りかかった一般人の方から局にお叱りの電話が入った。


「うちの家の近くでドラマの撮影をしているんだけど、鼻マスクの人がいて今の時代に不謹慎だ」


それを受けて上層部から現場に「気をつけるように」という厳重注意がおりてきた。私はてっきり「現場のことを心配してくれているのだ」と思い込んでいたが、よく聞いてみると理由は「レピュテーションリスク」だった。経営陣は会社の評判が下がって、企業価値やひいては株価に影響すると心配したのだった。スタッフの命と会社の利益を天秤にかけられたような気がして、嫌な気持ちになった。


■クリエイターが抱えた不満や鬱積


このような異常な事態下では、いかに「管理能力」が高いかが社内の評価基準となる。また、「石橋を叩いて渡る」ような“慎重なだけの”人間が重用される。いわゆるクリエイティブとは程遠い考え方が横行するようになってしまうのだ。


そして③に挙げたように、コロナ禍は「対面」から「配信」や「オンライン」への移行に拍車をかけた。私が自著『混沌時代の新・テレビ論』(ポプラ新書)の49ページからの紙面で指摘しているように、2019年は「広告費」においてテレビがインターネットに抜かれた屈辱の年である。だが、あくまでもコロナ禍は、すでに始まりつつあったこの現象に拍車をかけたに過ぎない。しかし、このコロナ禍によってさらに「配信化」が進んだことが、人材流出に影響しているのだ。


写真=iStock.com/guruXOOX
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ここでひとつ、押さえておきたいことがある。コロナ禍、そしてそのことによって起こった「社内の雰囲気」や「配信化」は行動経済学で言うところの「ナッジ」の要因でしかない。会社を辞めるということは大変なことだ。当然、優秀なクリエイターたちの心中には、「背中を押される」前に長年にわたって蓄積していた不満や鬱憤(うっぷん)があったはずである。


そんなテレビマンの心中を、あきらかにしてゆきたい。


■優秀なクリエイターほど「活躍する場がない」


一昔前までは、優秀な人間は独立してフリーや別会社の立場になったとしてもテレビに関わり続けた。いわば、テレビ業界のなかで人材が「還流」しているだけだった。


しかし、いまは違う。人材が、テレビ業界の外へと流出しているのである。映像制作を続ける選択をしながらもその主戦場は「地上波テレビ」ではなく「ネット」であるとか、制作能力や経験を番組作りではないところに活かそうというケースが増えている。


特に、30代や40代の本来であれば社内において一番活躍できるはずの年齢に辞めるということは、「その会社では活躍できない」もしくは「活躍する場がない」と思ってしまったからだと考えられないだろうか。もしそうだとすれば、それはなぜなのか。


理由としては、「ほかにやりたいことがある」ということもあるだろう。しかし、映像制作を続けたいと思いながら辞める場合には、以下の2つの大きな理由があると私は考えている。


① 「現場」に残っていたい? →「管理職」は嫌だ
② 映像制作の可能性が広がった=テレビ局にいなくてもよい? →いないほうが自由に伸び伸びとできる

①については、現場に残りたいのであれば残ればいいではないかと読者のみなさんは思うだろう。「現場に残る、残らない」は本人の意思次第ではないのか。そう考えるのが普通だ。しかし、いまのテレビ局では、人事に関して自分の希望が通ることは、ほぼない。一昔前のテレビであればそういった風潮もあった。「したければ、そうしてみれば?」という「おおらかさ」もあった。現在ではそれは皆無に等しい。


■テレビでは斬新な番組が作りづらい


②の「映像制作の可能性が広がった」というのは、例えばかつてはバラエティ番組を制作したいと考えると地上波テレビという「場」しかなかったが、いまはそうではないといったようなことだ。AmazonやNetflixをはじめとした配信プラットフォームにおいてもバラエティ番組を作り発表することができる。


逆に、テレビでないほうが制約なく振り切った番組ができる可能性が高い。誰もが気がついているように、それは地上波におけるコンプライアンス遵守の気運が年々高まっているからである。法律に違反していなくても、“人としての”ルールを守るというのがコンプライアンスの考え方だ。そのために昔のように斬新な番組やとんがった企画ができなくなってしまったのだ。


そんな制約から解き放たれた佐久間宣行氏はYouTubeで独自のチャンネル「佐久間宣行のNOBROCK TV」(チャンネル登録者数170万人)を開設。高橋弘樹氏もABEMAと契約をしてネット番組「世界の果てに、ひろゆき置いてきた」などを制作しているほか、独自のYouTubeチャンネル「ReHacQ」(チャンネル登録者数69.2万人)を展開している。彼らは「可能性を実現化した」好例だ。


佐久間宣行のNOBROCK TV」より
ReHacQ−リハック−【公式】」より

■「テレビ局に必要な人材」と「テレビ局が求める人材」のギャップ


コロナ禍によって、リスクヘッジができる「管理者」のような人材が重用される傾向が強くなったことは前述の通りだが、人材流出を考える際には、テレビ局特有の「人事ロジック」を理解する必要がある。


現在のテレビ局においては「スペシャリストよりジェネラリスト」という方針が浸透しつつある。制作現場においても、「スペシャリスト」であるディレクター職より「ジェネラリスト」であるプロデューサー職の数のほうを増やそうとしている。その方が効率がいいからだ。プロデューサーは作品をかけ持ちできるが、ディレクターはできない。


「スペシャリストよりジェネラリスト」の本意は、ひとつの部署やひとつのスキルの専門家より、さまざまな部署や職種を経験して放送業務に関わるすべての仕事を把握している「便利な人間」を重宝するということである。


そのために局員は入社後3年ごとに人事異動を受けて、いろいろな部署を回ることになる。現在ではその傾向はさらに強まり、長くても2年、短い場合には1年で異動になる。そして「社内異動をすればするほど、出世をしてゆく」という人事構造が出来上がる。すでに「テレビ局=番組を作るところ」という考え方は、過去のものなのだ。


私はこういったテレビ局の仕組みが、今回のドラマ「セクシー田中さん」問題にも影響していると指摘したい。平たく言えば、「スペシャリスト=プロフェッショナル」という人材が不足していることが招いた結果だと見ている。


■クリエイターが制作現場にいられない


この人事システムの弊害はもう1つある。


「テレビ局に入って番組作りの腕を磨いてやる!」と意気込んで入社した社員が運よく制作現場に配属されたとしても、制作のイロハがわかってきたころに異動させられることになる。「出鼻をくじかれる」とはこのことで、現場で3年目というとちょうど下積みを経て、仕事を任されることも多くなり番組作りがおもしろくなってくるころである。


会社の人事命令に異を唱え、「現場にいたい」と主張する道もないわけではない。しかし、そうすると会社人としての人生からは遠ざかってゆく。いわゆる「出世コースからは外れる」というわけだ。


さらにここには、テレビ局に根深く残る「社内人事のバランス」という感情論が絡んでくる。テレビ局は入社したほとんどの者が制作現場には行けない。


なかには、入社してから退職するまで一度も現場を経験しないで終わる者もいる。ずっと経理や人事、総務といった管理部門で働く人もいる。もちろん、テレビ局は会社組織なのでそういった役割も必要だし重要だが、そんなセクションの者からすれば、制作現場は「憧れ」やもしかしたら「妬み」や「やっかみ」の対象になっていることが多い。


■「外の世界」を求めるテレビマンの本音


私が旅番組をやっているころは、よく現場セクションではない同期の友人から「田淵はいいよなぁ、仕事で観光地に行けて、おいしいものを食べられて」と真顔で言われたものだった。当時ADだった私に、そんな余裕や暇があるわけがない。


だが、そういった不公平感を払拭するために、「現場=出世しにくい」「現場ではない=出世しやすい」という方程式を使って社内人事のバランスやコミュニティ内の整合性をとっているのである。


では、年齢を重ねるにつれて自分の力を十分に発揮できる社内の居場所を失ったクリエイターたちはどうすればよいのか。学生などの若者から見た魅力すら以前ほどにはなくなったテレビ局は社会的なステイタスを失い、プライドを保つ要素も見当たらない。そんなとき、ふと「外の世界のほうがよいのでは?」と思ったとしても不思議ではないだろう。


2023年6月、テレ東を辞めて制作会社「東京ビリビリ団」を設立した村上徹夫氏もそのひとりである。村上氏はテレ東途中入社組だ。「YOUは何しに日本へ?」をヒットさせた功績を認められて部長にまでなったが、あるとき「自分はこのままでいいんだろうか?」と思ったという。部長より上に行ける人間はひと握りだ。「管理能力」が第一に問われる風潮のなかで、自分は何のためにここに来たのか、と我に返った。彼の感覚は正しい。


画像=テレビ東京「Youは何しに日本へ?」の公式サイトより

■年を取るにつれ、隅に追いやられてゆく感覚


「自分の力を発揮できる場はテレビだけではない。いや、むしろテレビ以外のほうが自由にできるし、力を十分に発揮できるのではないだろうか」と考える人材もいた。至極、当然である。


制作者という仕事を、志を持って全うしてきた人であればあるほど、管理職になって現場から外され、若い人たちのシフトや役割を決めたりすることで終わってゆく日々に虚しさを感じるのは当たり前だ。


私はこのジレンマを解消するためのパラダイムシフトを提案したい。制作現場バリバリのクリエイターでも実績をしっかりと上げている者は出世をさせるという仕組みを一日も早く確立した方がいい。


これは一時期、日テレやフジで気まぐれ的におこなわれていたが、しっかりと「制度化」して役員にまで押し上げることが重要だ。多様化のこの時代に、メディアの一員であるテレビ局の上層部が上のことしか見ていない「イエスマン」ばかりで占められているなど、時代遅れも甚だしいし、企業としては不健全だ。「一日も早く」と進言したのは、「人材流出」は今後ますます激化、加速化すると推測するからだ。


テレビ東京は、2023年4月にほぼ現場一筋の伊藤隆行氏を制作局長に抜擢した。伊藤氏はかつて「モヤモヤさまぁ〜ず」で「伊藤P」として画面に登場し、創り手自身が番組出演するという手法を確立した。伊藤氏をどれだけ引き上げてゆくかで、テレ東の「覚悟」と「度量」がはかられるだろう。


画像=テレビ東京「モヤモヤさまぁ〜ず2」番組公式サイトより

以上のようなテレビ局の仕組みや構造がベースにあることで日ごろから鬱憤やストレスがたまっていたクリエイターたちが、「コロナ禍」が拍車をかけた「配信化」が進むなかで自分が活躍する場が広がったと感じ、「テレビ局にいなくてもよい」「いや、むしろ局にいないほうが自由に伸び伸びとできる」と考えた。


そんな理由から、近年、テレビ局を辞める者が増えているのだ。辞める者に対してテレビ局がする仕打ちは、かなり冷たいものがある。そのあたりのリアルな話は自著『混沌時代の新・テレビ論』の45ページあたりをお読みいただきたい。本題を進めよう。


■平均年収1500万円以上というテレビ局の給与水準


辞めた人の収入はどうなるのだろうか。


求人情報サイトによれば、テレビ局の正社員の給与水準は高い。2023年の平均年収では、テレビ東京HDが1522万円、フジ・メディアHDが1580万円となっている。本稿の最初に挙げた②(辞めた人の収入は? テレビ局を辞めるともうかるのか?)の視点についてだが、まずは実際に辞めた私のモデルケースで説明したい。


私は「現場主義」を貫き通した一般社員である。一時期は「統括プロデューサー」という肩書だったが、57歳を迎えるとともにこの役職からも離れ、最後は単なる「いちプロデューサー」となった。これを「役職定年」と言う。60歳を迎えた段階で、役職がない一般社員は「定年」を迎える。これは、在京キー局のテレビ局においてはどこも同じである。


定年後は「再雇用」によって65歳まで働くことができる。だが、この「再雇用」が問題だ。それまでの給料の3分の1くらいになってしまうからである。私は子どもを授かったのが遅かったので、定年の60歳時にはまだ下の子は中学2年生。上の子は大学進学を控え、これから学費が大変なときに「給料3分の1」は厳しい。しかも、再雇用が終わる65歳のとき2人は大学在学中である。考えただけでも恐ろしい……。


■テレビ局に残れば60歳で年収が3分の1になる


私は2012年から大学で非常勤講師を始めていた。ちょうど、教育のおもしろさにも目覚めていた。しかも、当時「教員募集中」であった本学の定年は70歳だ。いまはほとんどの大学が「65歳定年」にシフトしているなか、これは貴重な存在だ。70歳と言えば、ちょうど下の子が大学を卒業する年だ。「親の役目」を果たす節目としてはちょうどよいではないか。しかし、それらの事情を上回る大きな理由が、私にはあった。


近年、特に若い世代のクリエイターを中心に「一般常識」や「想像力」が欠如していると感じることが多くなった。それは「コンプライアンス」と呼ぶ以前のレベルの問題だった。そんな状況を少しでも"早い段階から"変えたいと強く思った。そのために、私の現場で得た経験などの「暗黙知」が役に立つと確信したのだ。


では、「辞めて収入はどうなったのか」ということだが、これは正直言って「下がった」。でも、このあと70歳まで働き続けると、テレビ局に65歳までいるより確実に「生涯賃金」は高くなる。


■「早まるんじゃない」と止められた元フジ・吉野氏


フジテレビはなぜ凋落したのか』(新潮新書)などの著書があり、現在、筑紫女学園大学教授の吉野嘉高氏は、2009年にフジテレビを退社した。現在のように「人材流出」が問題化するずいぶん前で、いわばテレビ局を自己都合退職した「ハシリ」だ。だが、年齢は40代中盤と、現在、流出している人材の年齢層と符合する。今回、吉野氏に取材をしたところ、当時は、テレビ局を辞めると言うと「早まるんじゃない」と言われたという。


写真=iStock.com/TkKurikawa
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それはそうだろう。吉野氏は社会部記者やニュース・情報番組のディレクター・プロデューサーを務めたほか、「めざましテレビ」で毎朝、新聞記事を題材としたニュース解説コーナーを担当していた。まだ世間には「テレビはメディアの王様」というイメージが残っている時代だったが、吉野氏は「なんかこれまでと雰囲気が違うぞ」という違和感を抱いていた。吉野氏は当時を振り返って語った。


「経済的に安定した生活は今後も続くだろうけれど、このままだと自分の人生を生き切ったとはいえないかもしれないな」という漠然とした焦燥感があった。


サラリーマンであるテレビ局員はトップに立たない限り、自分の仕事を選ぶことはできない。もちろん、仕事の裁量はある程度認められてはいるが、基本的には上から言われた仕事をこなすのがミッションだ。いわば「受動的な存在」であり、テレビ業界の慣習もあり自由にものを言えない。


■年収は半分に落ち込んだ


それに比べて、大学教員は活躍の場を自分で選べたり開発したりすることができるのが魅力で、表現活動の自由度も高い。自分の問題意識をしっかりと持ちながら、外に向かって発信することができる。長年、社会に向けての情報発信に取り組んできた吉野氏らしい選択だ。


吉野氏の年収は、フジテレビを辞めて半分強にまで落ち込んだが、それ以上に得るものが多かったようだ。この吉野氏の例は、転職が“うまくいった”パターンだと言えるだろう。


もちろん中には“うまくいかない”パターンもあると思うが、優秀で力のあるクリエイターの場合、ちゃんと「自分の立ち位置」を見極め、成功をつかむケースが多い印象だ。


元テレ東の佐久間宣行氏はその最たる例だ。佐久間氏が入社した1999年当時はインターネットが著しい発展を遂げていた時期にあたる。佐久間氏はネットを通じて自己発信をすることに長けていた。


画像=ニッポン放送「佐久間宣行のオールナイトニッポン0」オフィシャルサイトより

時代の潮流を読みながら常に情報をアップデートし続け、視聴者を飽きさせない。テレ東を辞めたのは拡張し続ける彼のフレームがテレ東に収まりきらなくなったからで、自然の流れだ。ラジオ、配信、ドラマ、司会業、そしてCMにまで進出している佐久間氏の収入はもちろん、うなぎのぼりだろう。


前述の村上徹夫氏は、「いまは先行投資のとき」と語る。収入は下がった。しかし、それは「想定内」だ。制作会社をスタートアップさせることはいわゆる「起業」である。起業1年目でいきなりもうけることはできない。しかも制作会社は番組作りをする間の費用は持ち出しで、局から「放送翌月末払い」されるのが普通だ。ディレクターやADなどの人件費もかかるし、人材育成のための「カネ」も必要である。


吉野氏や村上氏のように、テレビ局を辞めて得るものは「カネ」ではなく「精神的なメリット」という人も多いのではないだろうか。とにかくテレビの仕事は忙しい。ストレスも大変なものだ。そこからいったん離れて、自分をリセットするきっかけとなるのであれば、そのメリットは「カネ」にはかえられない。


■テレビ業界にとっては大問題、テレビマンには夢のある話


テレビは今、未曽有の「人材不足」に陥っている。それには「人材流出」という現象が影響していることはこれまで述べたとおりだ。そんな現状を目の当たりにしているからこそ、若者たちは制作現場を目指さない。



田淵俊彦『混沌時代の新・テレビ論 ここまで明かすか! テレビ業界の真実』(ポプラ新書)

入社面接をおこなっていたとき、私はエントリーシートの希望部署に「制作」と書いている学生がいかに少ないかと驚いた。そんな若者たちにも言いたい。


テレビ局員でいること、それは大きな仕事をできるということだ。会社のカネを使って作りたい番組を作れる。YouTubeであれば数万円でやらなければいけないことも、作品によっては何千万円、何億円という制作費が出る。一度はそういった仕事をしてみるのもいいのではないか。


いまは、かつての「終身雇用」の時代と違う。これからは、テレビ局で「ヒト」と「カネ」の使い方をしっかりと学んだ優秀な人材が、数年たったらどんどんテレビから出て、ほかの映像業界やまったく違う仕事をするようなケースがますます増えるだろう。とても夢のある話ではないか。


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田淵 俊彦(たぶち・としひこ)
元テレビ東京社員、桜美林大学芸術文化学群ビジュアル・アーツ専修教授
1964年兵庫県生まれ。慶應義塾大学法学部を卒業後、テレビ東京に入社。世界各地の秘境を訪ねるドキュメンタリーを手掛けて、訪れた国は100カ国以上。「連合赤軍」「高齢初犯」「ストーカー加害者」をテーマにした社会派ドキュメンタリーのほか、ドラマのプロデュースも手掛ける。2023年3月にテレビ東京を退社し、現在は桜美林大学芸術文化学群ビジュアル・アーツ専修教授。著書に『弱者の勝利学 不利な条件を強みに変える“テレ東流”逆転発想の秘密』(方丈社)、『発達障害と少年犯罪』(新潮新書)、『ストーカー加害者 私から、逃げてください』(河出書房新社)、『秘境に学ぶ幸せのかたち』(講談社)など。日本文藝家協会正会員、日本映像学会正会員、芸術科学会正会員、日本フードサービス学会正会員。映像を通じてさまざまな情報発信をする、株式会社35プロデュースを設立した。
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(元テレビ東京社員、桜美林大学芸術文化学群ビジュアル・アーツ専修教授 田淵 俊彦)

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