映画脚本家と山小屋に籠り一升瓶を60本、70本と空けていく…小津安二郎が「名作を生み出した」驚きの方法
2024年3月7日(木)17時15分 プレジデント社
※本稿は、茂木健一郎『脳をしっかり休ませる方法』(三笠書房)の一部を再編集したものです。
写真=iStock.com/Wirestock
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■一流クリエイターの上手な脳の休ませ方
結果を出し続けて成功しているビジネスパーソン、あるいは一流と呼ばれているクリエイターやミュージシャン。
私が知る数多くの方々には、ある共通する点があることに気がつきました。それは、脳の休ませ方が非常にうまいということです。
実は、この脳を休ませるということと、創造性というのは密接に関係しているのです。
たとえば、ユーミンこと松任谷由実さん、ゆずの北川悠仁さん、布袋寅泰さん、そして秋元康さんなど、錚々たる方々とお会いして話していると、不思議とみんながみんな「余裕がある雰囲気」の持ち主だったのです。
もはやいうまでもありませんが、ここに名前を挙げた一流のミュージシャンやクリエイターというのは、毎日忙しく仕事をしているに違いありません。
では、日頃から仕事に追われ、がむしゃらに働いているビジネスパーソンと、そうした一流のクリエイターでは、一体何が違うのでしょうか。
■がむしゃらだけでは、いい結果は出ない
ただがむしゃらに走り続けているビジネスパーソンというのは、脳を上手に休める術を知りません。彼らは、何となく、いつも時間に追われてあくせく働いているのではないでしょうか。
そういう人たちというのは、短時間で集中的に仕事をすることはできても、長時間密度の濃い仕事をすることはできません。そして、なかなか仕事のクオリティを上げることができません。
写真=iStock.com/cherezoff
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では、同じように忙しく仕事をしている一流のクリエイターたちはどうでしょうか。
秋元さんにしろ、ユーミンにしろ、ものすごく忙しいはずなのに、まるで夏休みの宿題が終わった余裕のある小学生のような空気をつくり出しているのです。
もっとわかりやすくいえば、脳を休ませる隙間時間を上手につくり出していると考えることができるのです。
なぜなら、彼らはただがむしゃらに作詞をしたり作曲をしたりしても、人の心を打ち、後世に残るような名曲が生まれるわけではないということを知っているからです。
彼らは、曲づくりに行き詰まってきたと感じたときには、一度現場から離れてボーッとしたり、何も考えない時間を意識的につくり出したりして脳を休め、脳のエネルギーが補充されれば、再び曲の創作に戻るということを繰り返しているのです。
■馬の習性に学ぶ
私が以前MCを務めていた「プロフェッショナル 仕事の流儀」という番組で日本中央競馬会の調教師だった藤澤和雄さんがゲストに来てくださったとき、競走馬の育て方について、とても興味深いお話をしてくれました。
「どんなに強く、どんなに速い馬でも、頑張りというのは一生のうちにごくわずかしか使うことができないんです。たとえ将来期待されている馬だからといって、がむしゃらに速く走らせたり、頑張りを使いすぎてしまうと、その後どうしても伸び悩んでしまう。
人間でいえば、受験勉強をやりすぎて燃え尽きてしまって、その後の将来に希望が持てないのと一緒ですね」
私は思わず、「では、どうすればいいんですか?」とたずねました。
「そういうときには、わざと遅い馬と走らせるんです。馬というのは、みんなで走るという習性があるので、速い馬も遅い馬に合わせて走ろうとしますし、逆に遅い馬は速い馬に追いつこうとして走るようになる。
すると、速い馬は筋肉をそれほど酷使せずに走るようになるのでゆっくり強く育っていくのです。遅い馬というのは、速い馬に引っ張られていって実力が伸びていく。つまり、Win-Winの関係でトレーニングができるということです」
いかがでしたでしょうか。つまり、人間もただがむしゃらに突っ走るだけが結果につながるというわけではないということが、藤澤さん独自の調教法からもご理解いただけるのではないでしょうか。
■小津安二郎が「お酒を飲みながら脚本を書いた」理由
「小津調」と称される独特の映像世界で優れた作品を次々に生み出し、世界的にも高い評価を得ている映画監督で脚本家でもある小津安二郎は、山小屋にこもり、同じく映画脚本家の野田高梧と連日お酒を飲みながら脚本を書いていたそうです。
空いた一升瓶に1、2と数字を書いていき、それが60、70になったときに、やっと1本の映画の脚本ができたというエピソードがあります。
「お酒を飲みながら脚本を書くとは何事か!」と思う人もいるでしょう。ですが、これが数々の名作を生み出した小津流の脳の休ませ方だったのかもしれません。
ではなぜ、多くの一流クリエイターがまるで夏休みの小学生のように、脳を休めることに重きを置いているのでしょうか。
それは、「脳の疲労を溜めこまない」ということが必要であることを、普段の仕事から本能的に感じているからに他なりません。
特に、集中的に仕事を続けているときというのは、脳の疲労が溜まりやすいといえます。
「身体が特別に疲れているわけではないのに、なぜか頭が働かない……」
このような経験は、おそらく誰もがしているのではないでしょうか。
そんなときには、根性論だけではなかなかうまくいかないので、しっかりとした戦略を立てながら、自分なりの疲労回復法を考えることも、重要な仕事のテクニックとなるのです。
「やることは多いのに、どうもやる気が出ない」
「いつもイライラしてしまう」
「疲れて眠いはずなのに眠れない」
「目の疲れやひどい肩こりや腰痛を抱えている」
これらはまさに、「脳が疲労している」サインだといえるでしょう。
脳が疲れているときというのは、精神的なストレスや外部からの情報を詰め込みすぎてしまって脳が正常な機能を果たせていない状態になっているときです。
そんな脳が疲れ切った状態であることを知らずに、「もう少しだけ頑張っておこう」などと無理を重ねれば、脳の疲労はどんどん蓄積していってしまいます。
■脳の疲労ではなく、退屈している可能性も
また、「脳が疲れている」ということには、ちょっとした罠が仕掛けられているのです。
それは、身体の疲れのような全身に感じる疲労感や筋肉痛などといった実感のある疲労ではないため、ほとんどの人は、今、自分の脳が疲労しているかどうかを、判別することができないということです。
特に、毎日のように忙しく働いているビジネスパーソンは要注意です。ここで一度、日々の行動を振り返ってみてください。
「自分さえ我慢すれば仕事がうまくまわる」
「結果を出すためには、ある程度の無理は仕方ない」
そう考えて、自分の脳の疲労を見過ごしてしまっている可能性があります。
脳を休ませるためには、こうした脳の疲労の見過ごしや、自分自身との対話不足を解消するところからスタートしなければなりません。
写真=iStock.com/Khosrork
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また、脳の疲労については、脳科学の見地からは、別の理由も見え隠れします。
それは、脳が疲労を感じていると思っていても、実はずっと同じことに没入して脳が退屈しているだけかもしれないということです。
だとすれば、その退屈をなくしさえすれば、脳が疲労を感じることもないということになります。
同じことを長時間やっていることが原因で脳が退屈しているのであれば、一度今やっている仕事の流れを変えて、まったく違うことをやれば脳は再び高いパフォーマンスを発揮することができるというわけです。
そのような意識づけによって、脳が疲労を感じるのを抑制していくことができるようになっていきます。
■漫画家・浦沢直樹さんの脳の休ませ方
とてつもない創造力を発揮する一流のクリエイターの天敵。それは、「生みの苦しみ」です。
新しいものを生み出す苦しさというのは、それが誰もが思いつかないようなことであればあるほど、大きなものとなります。
もちろん、クリエイターだけではなく、ビジネスパーソンであっても企画や新商品の開発などで、それこそ生みの苦しみを味わっているのではないでしょうか。
一見すればこの生みの苦しみに見舞われているときは、脳に相当な負荷がかかっているように思われている方もいるかもしれません。
ですが、その苦しみを乗り越えて、「いいものができた!」という瞬間の脳は、ドーパミンがあふれ、癒されているのです。
以前、あるテレビ番組の企画で、人気漫画家の浦沢直樹さんに、この生みの苦しみについてのお話を伺ったことがありました。
浦沢さんは、「ネームを書くのが一番苦しい」とおっしゃっていたのが印象的でした。
ネームはコマ割りやセリフなどで構成されていますが、漫画を描く工程というのは、それこそ半分以上がネームの作業になるのです。
それはまるで、100メートルの全力疾走を何回も繰り返すような苦しさがあるというのです。
写真=iStock.com/Liudmila Chernetska
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■うたた寝をしながら全力疾走している状態
ですが、それが終わると一気に楽になってくるので、そこで一度脳を休ませるそうなのですが、脳科学的にいえば、この時間こそが次の生みの苦しみを超えるための儀式だということになります。
それは、ネームを考える仕事が終わって解放されたというよりも、脳を休ませることでいろいろな情報をつなぎ合わせているといったほうが正しいかもしれません。
そんな浦沢さんが、実際にどのように脳を休ませているのかといえば、ソファに寝転がるとおっしゃっていました。
リラックスした状態でソファに横になると、夢うつつになっていき、そこからパッと起きた瞬間に次のネームが頭のなかでできていることがよくあるそうです。
ここで興味深いのは、ソファに寝転がってうたた寝をするという部分です。
普通に考えれば、ただ休んでいるように思われがちですが、浦沢さんの脳のなかでは、そのときこそが最もネームを練っているときなのです。
つまり、うたた寝をしながら全力疾走しているという、何とも不思議な状態だということです。
このように脳を休ませながらも創造力を発揮するという習慣を持っているクリエイターは少なくありません。
■考え抜いたら、ひとまず寝てみる
では、こうした脳を休ませながらも創造力を発揮するための感覚を、誰もが実践することはできるのでしょうか。
茂木健一郎『脳をしっかり休ませる方法』(三笠書房)
結論からいえば、誰もができる、とっておきの裏ワザがあります。
それは、何か新しいものを生み出そうとしたり、課題をクリアしたりするのに行き詰まってしまったときには、とりあえず寝てしまうということです。
これを、英語では「sleep on it(一晩寝かせて考える)」といいます。
まずは、とにかく考えに考え抜いてみる。そこからパッと脳をオフにして寝てしまうのです。
すると、目が覚めたときに、不思議と脳のなかで整理がついているという経験をすることができるようになります。
ただし、ここで気をつけていただきたいポイントがあります。
それは、単純に「ちょっと脳が疲れたから寝よう」というような、無気力でいるということと、脳を休ませるということはまったく違うということです。
脳を休ませるということは、常に頭のなかでは何かを探しているのです。それは、思考停止しているというよりは、無意識のなかで脳が疾走し続けているというイメージに近いかもしれません。
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茂木 健一郎(もぎ・けんいちろう)
脳科学者
1962年生まれ。東京大学理学部、法学部卒業後、同大学院理学系研究科修了。クオリア(感覚の持つ質感)を研究テーマとする。『脳と仮想』(新潮社)で第4回小林秀雄賞を受賞。近著に『脳のコンディションの整え方』(ぱる出版)など。
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(脳科学者 茂木 健一郎)