【スタートアップあるある】弁護士との付き合い方で失敗して足踏みする

2024年3月22日(金)6時0分 ダイヤモンドオンライン

【スタートアップあるある】弁護士との付き合い方で失敗して足踏みする

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「起業家が後悔しないための本」をコンセンプトにした、『起業家のためのリスク&法律入門』が発売され、スタートアップ経営者を中心に話題を呼んでいます。実務経験豊富なベンチャーキャピタリストと弁護士が起業家に必要な法律知識を網羅的に解説した同書より、“スタートアップあるある”な失敗を描いたストーリーを抜粋して紹介します。第7回のテーマは「弁護士との付き合い方」についてです。(執筆協力:小池真幸、イラスト:ヤギワタル)

そろそろ弁護士に相談しないとな…

 大きな徒労感に苛まれていた。

 世界中の人たちを笑顔にしたい。そんなピュアな想いから、わたしは起業した。会社を立ち上げたのは、大学3年生のとき。いわゆる、学生起業というやつだ。プログラミング学習教材をやり込んだり、いくつかのスタートアップでインターンしたりして、基本的な開発技術を身に着けたうえで、準備万端での起業──だと思っていた。

 まずは身近な人たちを笑顔にするプロダクトを作ろうと、スマートフォン向けの時間割アプリを開発。ただの時間割アプリではなく、それぞれの授業の評判や感想を他のユーザーとシェアできる、SNS機能もついているものだ。

 約3か月、寝食も忘れて開発にのめり込み、なんとかアプリを形にする。早速β版をローンチし、これまで業務委託で手伝ってもらっていたデザイナーにも正式に社員になってもらおうと思ったタイミングで、実務上の不明点がいくつも出てきた。利用規約はどうやってつくればいいのか、契約書が適切に書けているのか、社員の雇用はどのように進めればいいのか……専門的な知識が必要だと思われる事項がいくつも出てきて、弁護士への相談が必要だと感じるようになった。

 でも、知り合いに弁護士なんていないし、どうしよう……あ、そういえば。わたしの両親は、地元に根ざした小さな興信所を経営しているのだった。

 電話して相談してみると、「いつも見てもらっている弁護士の先生を紹介するよ」と快く答えてくれた。本当にありがたい。いわく、離婚調停に関しては百戦錬磨の先生らしい。その先生は、もう30年以上もお世話になっているという、大ベテランの弁護士さんなのだとか。やはり、持つべきものは家族だ。さっそくアポを取り付けて、その先生の弁護士事務所にお邪魔することになった。

 もはや、わたしもいっぱしの起業家だ。凱旋帰国のような気分で、久しぶりに地元(と言っても都心から1時間くらいで行けるベッドタウンだけれども)に戻る。実家のある駅から各駅停車で3駅ほどの、ターミナル駅へ。その駅の中央改札から10分ほど歩くと、その先生の事務所はあった。

 まるで一昔前のテレビドラマにでも出てきそうな、年季の入った、歴史を感じさせる建物。「こんな事務所で、スマホアプリについての相談……?」。一抹の不安がよぎったが、「ずっと実家の会社を見てきてくれたのだから」と自分に言い聞かせて、ゆっくりと扉を開けた。

 迎えてくれたのは、ふつうの会社であれば定年を過ぎていそうな、わたしの両親よりも一回りくらい年上であろう、明らかにご高齢の男性弁護士。スマートフォンすら使ったことがなさそうで、また不安がよぎった。でも、この期に及んで引き返すわけにはいかない。これから立ち上げる会社の顧問弁護士になってほしい旨を伝えた。

「とにかく立ち上げたばかりでお金がなくて……できるだけコストを抑えたいのですが、たとえば月額5000円で顧問契約を結ぶことは可能でしょうか?」

 正直に言えば、これでもかなりキツイ。月5000円でも、年額にすれば6万円になる。マネタイズの見込みはまだまだなく、すぐには投資を受けられそうなアテもないなかで、なんとかひねり出した金額だった。その先生は、一瞬顔をしかめたが、すぐに何かを納得したかのように、承諾してくれた。

「ご、5000円……? なるほど、時間割アプリですね。学生さん向け、ね。はい、はい。いいですよ、あなたのご両親にはいつもお世話になっていますから。では、いつでも相談してくださいね」

 なんとか受けてもらえたようで安心した。さっそく、利用規約や契約書、社員雇用に関して矢継ぎ早に質問を投げかけると、先生はあくびをしながらこう答えた。

「はい、はい。お悩みはよくわかりました。いまは時間がないから、後ほどお電話などでまとめてお答えします。ひとまず、今日のところは次の予定もあるので、いったんこれまでとさせてください。こちらから数日以内にお電話しますので、待っていてくださいね」

 本当に悩みが伝わっているのだろうか。正直、一抹の不信感はあったけれど、おじいちゃんとはいえ、この先生もちゃんとした弁護士であることに変わりはない。この人もプロだ、しっかりわかっているに違いない。そう言い聞かせ、事務所を後にした。

 1週間経っても、電話は来なかった。しびれを切らした僕は、何度かメールをしたが、いっこうに返信は返ってこない。こちらからも電話をかけたが、ぜんぜん出てくれない。事務所を訪れてから10日後、ようやく出てくれたと思ったら……

「はい、はい。よくわかりました。いま忙しいから、またこちらから折り返します」

とだけ答えて強制的に電話を切られてしまい、それからまた音沙汰なく1週間が経った。

 信じられないことに、事務所を訪れてから2〜3週間経つのに、何一つアドバイスをもらえていない。これで本当に顧問弁護士といえるのだろうか?

 でも、この疑問を解消しないと、β版もローンチできないし、人も雇えない。刻一刻と無為に過ぎていく時間に、焦りばかりが募っていく。

「仕方ない、直接事務所に行こう」

 アポイントを取ろうにも電話がつながらないので、また地元に帰り、先生の事務所を訪れた。しかし、何度ピンポンを押しても出ない。夜逃げでもしたのだろうか? しかし、両親に聞いてみると、最近も変わらず連絡を取れているという。なぜ、わたしにはしっかり応じてくれないのだろうか?

 そうこうして悶々とした日々を過ごすなか、久しぶりに以前インターンしていた会社の先輩で、いまは起業家として順調に事業や組織を拡大させている人と食事に行く機会があった。信頼できる人だったので、いまの顧問弁護士にかかわる状況を洗いざらい話してみた。すると、とても驚いた顔をして、先輩はこう言った。

「え? 5000円で顧問弁護士? はっきり言って、ありえないね……。スタートアップであっても、顧問契約であれば月に4〜5万円かかるのが相場。5000円での契約なんて聞いたことがないし、ハナから何もする気がなく、かたちだけ顧問契約を結んだだけなんじゃないかな?」

 なんと……。月に4〜5万円……そのくらい支払わないとダメだったのか……。顧問契約をお願いしたときのあの驚いた表情は、そういう意味だったのか。時間割アプリということで、なんだか学生のお遊びのようなものと勘違いされてしまったのかもしれない……。

 こうして、約1か月の無駄な期間を経て、振り出しに戻ってしまった。そうこうしているうちに、競合サービスらしきプロダクトはどんどんユーザー数を伸ばしているようで、わたしのサービスはローンチ前からかなり厳しい状況に置かれてしまっている。手間とコストを惜しまず、しっかりと企業法務が専門の弁護士を紹介してもらい、適切なフィーをお支払いしていれば……。

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