ガラガラだった「夏のスキー場」が北海道屈指の人気スポットに…星野リゾートを動かした「従業員のつぶやき」

2024年3月31日(日)14時15分 プレジデント社

幻想的な雲の海 滞在型リゾート施設「星野リゾート トマム」の雲海テラスからの眺望=北海道占冠村(2012年09月22日) - 写真=時事通信フォト

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ビジネスで成功するためにはどんな工夫が必要か。キッコーマンの元役員でマーケターの三宅宏さんは「顧客のターゲットを絞り、特定顧客の潜在ニーズを考える必要がある。倒産した旅館やホテルの再生を専門とする星野リゾートは、北海道のトマムにあるスキーリゾートホテルの経営を立て直すことに成功した。その背景には“夏場のスキー場”に顧客を集めるある工夫があった」という——。(第2回)

※本稿は、三宅宏『世界はマーケティングでできている』(総合法令出版)の一部を再編集したものです。


写真=時事通信フォト
幻想的な雲の海 滞在型リゾート施設「星野リゾート トマム」の雲海テラスからの眺望=北海道占冠村(2012年09月22日) - 写真=時事通信フォト

■「潜在ニーズ」を掘り起こせればヒットにつながるが…


顧客本人も気づいていない潜在ニーズを掘り起こして、そこから商品化にこぎつけると、他社もすぐには追随できないため、大ヒットにつながる可能性があります。しかし、画期的な商品はその使用シーンや今までにない満足感、ベネフィットが伝わらなければ、単なる一芸商品として埋もれてしまいます。


例えば、近江麻布の行商を300年前に始め、現在は家電メーカーと海外も含め80社の卸もしている小泉成器ですが、ダブルファンドライヤーを発売するまでには気が遠くなるような長い歴史があります。50年前まで理髪店でしか使われていなかったヘアドライヤーの一般家庭用販路を開拓したのも小泉成器です。ドライヤーに求める「すぐに乾く」ニーズを見いだし、業界初のダブルファンを備えた「Monster」を発売し100万本のヒットにこぎつけたのです。


新商品の普及過程を研究した有名な理論があります。スタンフォード大学のエベレット・M・ロジャース教授(Everett.M.Rogers)のイノベーター理論です。新商品の時間経過の普及過程は、きれいな正規分布を描くとして次の5つに分類しました。


・イノベーター(革新的受容者)2.5%
・アーリーアダプター(初期受容者)13.5%
・アーリーマジョリティ(初期大衆)34%
・レイトマジョリティ(後期大衆)34%
・ラガード(受容遅延者)16%

コンサルタントのジェフリー・ムーア(Geoffre Moore)は、「ハイテク産業の分析からアーリーアダプターとアーリーマジョリティの間には容易に越えられない『キャズム』(大きな溝)がある」ことを示しました(『キャズム ver.2 増補改訂版』ジェフリー・ムーア著/翔泳社)。普及率16%を超えるのは非常に難しいのです。


■倒産した旅館の再生事業で成長した星野リゾート


(事例)
倒産した旅館やホテルを再生させて売り上げアップした星野リゾート

高度経済成長期の宿泊市場は、団体客の顕在ニーズが顕著でした。


旅行代理店任せにしていても、次から次に団体客が旅館や観光地のホテルに送り込まれてきたのです。バブルがはじけて、団体客頼みで顧客の呼び込みを旅行代理店任せで大型投資をしていた旅館やホテルは倒産ラッシュとなりました。これは、顧客のニーズ探索を旅館やホテルが全くしていなかったから起きた問題です。


そんな中で、倒産した旅館やホテルの再生を専門としたのが星野リゾートです。星野リゾートは所有をしておらず、経営と運営専門です。そのため、大型投資はなかなかしません。倒産したホテルの前従業員から働きたいと希望があれば、給与水準は下がりますが引き受けます。顧客のターゲットを絞り、特定顧客の潜在ニーズを全員で考えます。星野リゾートについて見てみましょう。


トマムは北海道のほぼ真ん中に位置する4つのタワーホテル、スキー場、ゴルフ場、レストラン、温泉を備える大型リゾート施設でしたが、バブルの崩壊とともに破綻しました。当時、北海道には大規模リゾートが5つあり、その競合の中で埋没したのです。


■ヒントになったのは“整備スタッフのつぶやき”


その後、2004年から運営を星野リゾートが任されました。そこでほかの4つの競合との中でトマムの立ち位置を定め、徹底した顧客の特定を行いました。選んだのは子連れのファミリー層です。スキーを楽しんだ経験者は85%。当時スキーをやっている人は25%でした。


かつてスキーの面白さを知っている層が今度は親となり、子どもと一緒に楽しめるのではないかと考えたからです。そこで、小さなジャンプ台や迷路など子どもがスキーで楽しめるアトラクションを集めた「アドベンチャーマウンテン」、夏場のゴルフ場を親と一緒に教わりながら回るための子ども料金無料、ベビーベッドや絵本、おもちゃが詰まった「ベビースイートルーム」などのサービスを完備しました。


これらを導入してから売り上げが1割以上伸びました。しかし、課題はまだありました。夏場の集客です。


写真=iStock.com/Bruno Giuliani
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Bruno Giuliani

夏場の集客のためには何をすればいいのか、顧客の潜在ニーズをあれこれ議論しましたが、どれもパッとしません。そんなとき、ゴンドラやリフトを整備しているスタッフがポツリとつぶやきました。「頂上で夏の早朝に見られる雲海は絶景なんだがなぁ」。この言葉に仲間が反応し、全員で顧客満足を考えて完成したのが「雲海テラス」です。


雲海は毎日見られるわけではなく、発生する時間も早いため、運が良くなければ見ることはできません。頂上で雲海が見られる日は、下は雨か曇りが多いのです。しかし、今では年間13万人以上がゴンドラに乗ってトマムの山頂を訪れる北海道屈指の人気スポットとなっています。


地域のプロフェッショナルだけが知っている絶景が、顧客の心をとらえたのです。


■調査するだけで顧客のニーズを引き出すのは困難


顧客の潜在ニーズを発掘するには、特定顧客のことを知り尽くし、マーケターが引き出しを多くして仮説・検証するのが王道です。しかしそれだけではなく、マーケター自身が顧客を超えるスーパー・カスタマーになりきって潜在意識に気づくという方法もあります。


顧客をいくら調査しても、なかなかヒット商品には結びつかないという悩みが商品開発者にはあります。また、商品寿命も短く従来のように時間をかけて開発するのが難しくなっています。そのような中での、新潮流の理論を紹介します。


写真=iStock.com/champpixs
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/champpixs

1991年、3社が合併してデザインファームIDEOは生まれました。スタンフォード大学教授でもあったデヴィッド・ケリー(David Kelley)、弟のトム・ケリーとティム・ブラウン(Tim Brown)でした。世界一の技術を誇る自転車部品メーカーのシマノの米国進出にあたってもIDEOがデザイン思考で手伝いました。


当初デザイナー、行動科学者、マーケター、技術者がタッグを組むプロジェクトがスタートしました。米国の90%が子どものころ乗っていた自転車に乗らない理由からはじめました。結果、「惰行」というコンセプトでハンドルにブレーキ類が一切なく、複雑な精密ギアの清掃、調節、修理、交換も不要の自転車。しかしパンクに強いタイヤと快適なクッション付きサドルとスピードに応じて自動的にギアが変わる高度な変速技術は搭載。


自転車に乗らなくなって久しい人々に、シンプルで、健全で、楽しい体験がよみがえってきたのです。


■「ニーズを需要に変える」ための三つの要素


さらにもう一歩先に進ませました。販売店に対して店舗内の空間デザインを含めた販売戦略まで提案しました。


「デザイン思考」の特徴は商品開発プロセスの高速化にあります。基本は「よい解決策は顧客を中心とした試行錯誤からしか生まれない」という信念です。実行プロセスは次の5つです。


①理解・共感
②問題定義
③アイデア出し
④試作
⑤テスト

このサイクルを迅速に回し続けるのです。仮説アイデアが生まれたらすぐにプロトタイプを作って実際にテストすることが肝となります。「デザイン思考」の目的は、未来をデザインすることです。


ニーズを需要に変える飛躍的な発想を生み出すには、三つの要素が必要だと言っています。(『デザイン思考が世界を変える』ティム・ブラウン著/早川書房)


①「洞察」……他者の生活から学び取る
②「観察」……人々のしないことに目を向け、言わないことに耳を傾ける
③「共感」……他人の身になる

無印良品で知られる良品計画の元社長を私の主催する寺子屋塾にスピーカーとしてお呼びして、西武の堤元会長のすごさや良品計画の組織の強さについて伺ったことがあります。「無印良品」の新商品開発はまさに「デザイン思考」の先をいっています。


■当初はまったく売れなかった家庭用食洗器


新商品開発は、商品部、デザイン室、品質保証部の三位一体で行われます。


収納家具を考えていた際、ターゲット顧客の若者たちから「狭くてもう置く場所がない」「でも収納は欲しい」という切実な声がありました。連携チームの特徴の一つに、ターゲット層の現場となる家の中の写真を徹底的に集め、それをチーム全員で観察して考えるというのがあります。その結果生まれたのが、大ヒットした『壁に付けられる家具』シリーズです。


(事例)
日本で家庭用食器洗い洗浄機が普及するまで

話を本筋に戻しましょう。日本で家庭用食器洗い洗浄機(食洗機)がある程度普及するまでどのくらい時間がかかったと思いますか? その答えは、実に約半世紀近くです。


写真=iStock.com/Prostock-Studio
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Prostock-Studio

米国では、今から160年前に木製の手動式食器洗い機が発明されました。その100年後、日本では松下幸之助(パナソニック創業者)の「主婦を家事から楽にしてあげたい」という想いが叶い、日本初の家庭用食器洗い洗浄機が1960年に誕生しました。しかし、米国を手本としたため衣類用洗濯機かと思えるほど大型であり、全く売れませんでした。


そのほかの売れない原因は技術先行となったこと、当時の日本の台所事情の狭さと洗浄力が不十分だったことです。日本は米国と違ってコメ文化です。米粒が乾燥するとこびりついて洗い流せなかったのです。


■購入者を調査し、改善点を洗い出す


ほかにも洗浄力の問題として挙げられるタンパク質と脂の汚れを解消するため、温度、洗剤を改良しました。まんべんなく水を噴射するノズルの開発で壁に当たっていた開発者が、庭のスプリンクラーからヒントを得て回転噴射方式の開発に成功しました。


8年後、従来品と比べると小型の卓上食器洗い機が満を持して商品化しました。しかし、これも全く売れませんでした。発売から25年間、1980年代半ばまで普及率はほぼゼロです。


ほかの部署への転出など縮小に次ぐ縮小となり、社内からも見捨てられた風前のともしびの開発チームとなりました。しかし、顧客を家事から解放する夢は決して捨てませんでした。高度経済成長に伴う1970年代後半から、有リン洗剤の河川や湖への汚染など環境問題もクローズアップされていました。1986年に「キッチン愛妻号」を発売するも売れず、開発陣は買ってくれた顧客の使用現場を自分たちで見て出直しました。


開発部門が営業スタッフと協力して、実際に食器洗い洗浄機を購入している家庭を50軒近く訪問して生の声を集めました。台所には蛇口が1つしかなく、いちいち動かすのは面倒なので、水道工事して蛇口をもう1つ作っている現場を見て、開発陣は自分たちの間違った思い込みにショックを受けました。


その結果、1つの蛇口を2つにする分岐水栓を開発。でんぷん分解酵素とタンパク質分解酵素も配合し、環境問題に配慮した無リン化の専用洗剤も独自開発しました。


■開発から半世紀かけて販売数1000万台を達成


ノズルも長短2つを連結した「游星ダブルノズル」にして、1992年に新商品を投入しました。つまり、顕在ニーズの改良をしたのです。しかしこれまた売れませんでした。



三宅宏『世界はマーケティングでできている』(総合法令出版)

問題は、キッチンの狭さが普及の邪魔をしていることです。今度は設計者、企画担当者、デザイナーも一緒に顧客の台所現場を見に回りました。顧客の台所にプロトタイプ4台を70世帯に持ち込み、実際の声や感覚的な意見を丁寧に聞きとりました。この結果をもとにあらゆる機能や部品を総合的に見直したところ、1995年に待望の100万台を突破しました。


さらにコンパクトにした新商品(1999年)は、狭い集合住宅でも設置の可能性が3倍に高まりました。環境意識が高まっているエコの時代に、節水に挑戦した「ナショナルの食器洗い節水力」というコンセプトで業界最小の節水力を実現しました。「汚れはがしミスト洗浄」(2004年)による口紅や渋茶の汚れ対応、「除菌ミスト」(2005年)による衛生意識、「エコナビ搭載」による省エネ意識への対応などその時々の顧客ニーズを把握してタイムリーな商品化を行いました。


2002年に累計300万台、2006年に累計500万台、2017年についに1000万台を達成しました。開発技術者、企画担当者、デザイナー、営業スタッフをも巻き込み、顧客とのキャッチボールを通じて、顧客の顕在ニーズや潜在ニーズを把握しようとする姿勢。それに対応したあくなき商品開発と投入が、半世紀を経てようやく実を結んだのです。実に長い道のりです。


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三宅 宏(みやけ・ひろし)
マーケター
アントレプレナー塾塾長。中央区日本橋生まれ。麻布高校卒業後、慶應義塾大学・同大学院修士課程で日本にマーケティングを導入した村田昭治教授に師事する。原理原則の重要性、複眼の発想、道草など人生マーケティングを学ぶ。大学卒業後、キッコーマンに入社。マーケティング企画、広告制作、プロモーション企画、酒類事業本部企画、プロダクト・マネジャーなどマーケティング畑を中心に43年間勤める。2022年に役員を退任し、現在顧問。若手を教える寺子屋塾アントレプレナー塾を2002年に設立。現在、大正大学非常勤講師。
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(マーケター 三宅 宏)

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