社内の反対を押し切ったブランド再生戦略、コカ・コーラ「綾鷹」大躍進の秘密

2024年4月2日(火)5時55分 JBpress

 シンプルに商品を消費者目線で見てみれば「売れる理由」も「売れない理由」も見えてくる──。マーケティングの基本をそう語るのは、P&Gジャパンや日本コカ・コーラで「SK-Ⅱ」「ジョイ」「綾鷹」「檸檬堂」など数多くのヒット商品を手掛け、現在はJukebox Dreams代表取締役CEOを務める和佐高志氏だ。2023年12月に初の著書『メガヒットが連発する 殻を破る思考法 伝説のマーケターが語るヒット商品の作り方』(ダイヤモンド社)を上梓した和佐氏に、数多くのヒット商品を生み出した秘訣や、ブランド再生の極意について話を聞いた。(前編/全2回)

■【前編】社内の反対を押し切ったブランド再生戦略、コカ・コーラ「綾鷹」大躍進の秘密(今回)
■【後編】大ヒットのコカ・コーラ「檸檬堂」、新規参入の成功が競合から歓迎された理由
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マーケティングだけではない、P&Gの「真の強み」

——著書『メガヒットが連発する 殻を破る思考法』では、ヒット商品を生むための秘訣や発想法について、P&Gジャパン(以下P&G)や日本コカ・コーラ(以下、コカ・コーラ)での実経験を交えつつ紹介しています。P&Gでは「マックスファクター」「SK-Ⅱ」の売り上げを伸ばし、「ジョイ」「ファブリーズ」の大ヒットを生みましたが、どのような秘訣があったのでしょうか。


和佐高志氏(以下敬称略) 私は、P&Gで18年間、日本コカ・コーラで14年間、延べ32年間にわたり外資系企業でブランドマネジメントやマーケティングに携わってきました。

 ヒット商品を生むためには、難しく考えようとせずに「消費者目線で見てみる」ことが大切です。こうしたマーケティングの基本となる考え方は全て、P&Gでの実務を通して学びました。

 P&Gでは、20代のうちに数百億から1000億円規模のブランドのPL(損益計算書)や利益の責任を負う「ブランドマネジャー」を3つほど任されます。これは小さな会社の社長を複数社経験するようなもので、同時に「消費者マーケティングのプロ」としての経験を積むことになります。

 一方で、同社には別の一面もあります。P&Gはマーケティングが強力な会社と思われがちですが、真の強さは「研究開発に携わる人たちの多くがマーケティング思考を持っていること」だと思います。

 紙おむつや生理用品などの紙製品にしても研究開発に力を入れており、かなりの先端テクノロジーが使われています。そうした研究開発部門の人たちと徹底的に議論し、イシュー(課題)と向き合ったからこそ、多くのヒットを生むことができました。


P&Gの全ブランド共通で用いられる「マーケティングの型」

——P&Gでマーケティングに取り組む際、どのような分析手法を使っていましたか。

和佐 P&Gには、マーケティングの「型」があります。シンプルに言えば「WHO(ターゲット)」「WHAT(何を)」「HOW(どのように)」です。ここで特に重視するのは、消費者を深く理解する上で欠かせない「WHO」です。

 ターゲットとなる顧客には意思があり、悩みや課題があり、インサイト(隠れた心理)があります。だからこそ、徹底的に「WHO」について考えることが必要なのです。

 例えば、食器用洗剤「ジョイ」の場合、お母さんを応援してくれる擬人化されたキャラクター「ジョイくん」を登場させました。お母さんの嫌いな家事ナンバーワンはアイロンがけ、2番目は食器洗いという調査結果があります。この2番目に嫌いな食器洗いを助けてくれるキャラクターがテレビCMに登場すれば面白いドラマができるのではないか、と考えたのです。

 実は当初、「ジョイくん」の声の候補には「漫才師の声」が挙がっていました。しかし、私は直観的に違うと思いました。お母さんを応援してくれるのは、子どもの方が良いと思ったのです。私は方向性が決まった後は基本的に任せる主義ですが、この時ばかりは絶対に譲らずに関西弁の男の子を起用しました。

「ジョイくん」の表情もいろいろなパターンをつくり、練りに練ったCMがスタートすると、シェアがぐんぐん伸びていきました。売り上げの伸びが鈍化していた「ジョイ」は勢いを取り戻し、大きく成長。新しいキャンペーンは大成功を収めることができました。

「ジョイくん」のキャンペーンがヒットした要因は、「油汚れに強いから」だけではありません。「ジョイ」は自分の味方をしてくれる、自分を応援してくれるブランドだからです。もっと言えば、「なんとなく自分の味方になってくれそうな、悪ガキのようなキャラクターに親近感を持てたから」なのです。

 良いブランドには「ファンクション(機能)」の部分と「エモーション(感情)」の部分があり、「WHO」の理解ではファンクションだけではなく、エモーションについても徹底的な考察が求められます。ファンクションではない部分のインサイトこそ、徹底分析しなければなりません。


チーム改革への近道は「データの分析結果を徹底議論すること」

——2009年にはコカ・コーラに入社し、お茶飲料「綾鷹」ブランドの立て直しをされています。どのようにブランド再生に取り組んだのでしょうか。

和佐 当時はコカ・コーラの飲料が競合に押し負けている状態で、特に「お茶カテゴリー」が苦戦していました。ここで初めに行ったのは、コカ・コーラのビジネスがうまくいっていなかった10年間の根本的な原因を探るための分析です。

 前述した「WHO」「WHAT」「HOW」を用いた明らかにする分析手法を用いました。縦軸に「年齢・性別ゾーン」、横軸に「飲み物が与えている機能」を配置したバリューマップを作り、「誰がどんな商品を、どのシチュエーションで、どんな気持ちで飲んでいるのか」を整理しました。

 この図に自社の商品群を当てはめることで、今後可能性のある「ブルーオーシャン」がどこにあるのかを把握しつつ、今すぐに戦わなければいけない「レッドオーシャン」を明らかにしました。中でも、レッドオーシャンであるお茶全体のビジネスの約4割を占めていたのが「緑茶」です。

 この緑茶の再生なくして、ブランド再生は成しえない──。そう考えた私は、とんでもない決断をして社内の大反対を受けることになります。当時3つあったブランドの中で、最もシェアが低い「綾鷹」だけを残す決断をしたのです。

——なぜ、他のブランドを撤退させ、最もシェアが低い「綾鷹」を残したのでしょうか。

和佐 感情論を交えず客観的に各ブランドの強みを分析したところ、「綾鷹」以外のブランドには強みとなる「エッジ」がなかったからです。一方で、「綾鷹」には明確なPOD(Point of Difference:差別化ポイント)がありました。

 私が入社した当時は「茶織(さおり)」「茶花(ちゃか)」「綾鷹」の3ブランドで緑茶市場全体の13%のシェアを取っていました。「綾鷹」は発売から3年経ってもあまり売れておらず、市場シェアは2%でした。上司からは「綾鷹をやめて、新しい緑茶ブランドを立ててほしい」と言われ、周囲のヒアリング結果からも「綾鷹はもう無理」という意見がほとんどでした。

 しかし、「綾鷹」は唯一、他のお茶と異なり濁っていて、「味がおいしい」という評価を得ているお茶でした。濁っているというと、一見ネガティブに捉えてしまいがちですが、そもそもお茶は急須で入れるものであり、急須で入れるお茶は濁っています。つまり、「濁っている=本物に近い」ということなのです。

 こうした発想を元に「3Aアナリシス」という分析手法を使い、「Acceptability(受容性/消費者からの受け入れやすさ)」「Availability(店頭にどのように置かれているかという配荷)」「Affordability(価格/買い物しやすさ)」という3点から製品の状況把握を進めました。

 すると、「味はおいしい」という評価を得ていた一方で、「特別な時に飲むお茶」「濁っていて苦そう」というイメージを持たれていることがわかりました。さらに、店頭に並ぶ品が少ないなど配荷は低調で、価格はプレミアム市場を狙って高く設定していたため買いづらい、という残念な結果でした。

 そこで、おいしさはそのままに、「綾鷹」のリポジショニング(ポジショニングを変えること)を決断します。「限られた人のためのプレミアムブレンド」から「急須で入れたお茶に一番近いお茶」にリポジショニングしたのです。

 当初、プレミアム市場を狙って容量を425ミリリットルに設定していましたが、500ミリリットルに増量しました。さらに、パッケージにも「あやたか」とふりがなを入れて、「急須で入れた緑茶に近い、旨味のあるお茶」であることを全面的に打ち出しました。

 こうした取り組みが功を奏し、「綾鷹」は2010年からの2年間でシェアを15%に伸ばしました。当初の2%から実に7倍以上になったのです。その後も40%のシェアを持つ競合に挑み、さまざまなキャンペーンを打ち出し続けました。

 そして、2021年には日本コカ・コーラのお茶カテゴリーのシェアは約26%となりトップに躍り出ます。この時、私はすでにお茶カテゴリーを離れていましたが、「綾鷹」の急成長からは集中と継続投資の大切さを学ぶことができました。

【後編に続く】大ヒットのコカ・コーラ「檸檬堂」、新規参入の成功が競合から歓迎された理由

■【前編】社内の反対を押し切ったブランド再生戦略、コカ・コーラ「綾鷹」大躍進の秘密(今回)
■【後編】大ヒットのコカ・コーラ「檸檬堂」、新規参入の成功が競合から歓迎された理由
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筆者:三上 佳大

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