二兎を追う「両利きの経営」で8期連続増収増益、ダイキンはなぜ「深化と探索の両立」を実現できたのか?

2025年4月2日(水)6時0分 JBpress

 企業は意思決定に際して度々トレードオフ(二者択一)の状況に直面する。商品の「手軽さ」を追求すれば「上質さ」は薄れ、事業の「収益性」を優先すれば「成長性」は鈍化する──。企業はどちらかの選択を迫られることになる。しかし、早稲田大学大学院経営管理研究科教授の淺羽茂氏は「トレードオフに陥ることなく、二兎を追うことに成功している企業も少なくない」と語る。なぜそうしたことが可能になるのか。2024年12月に著書『二兎を追う経営 トレードオフからの脱却』(日経BP/日本経済新聞出版)を出版した淺羽氏に、トレードオフから脱却し、二兎を追うための戦略について話を聞いた。


トレードオフの常識を覆す「二兎を追う経営」

——著書『二兎を追う経営 トレードオフからの脱却』では、企業が直面するトレードオフの対処法「二兎戦略」を題材にしています。著書のタイトルには、どのような思いが込められているのでしょうか。

淺羽茂氏(以下敬称略) 企業経営の現場において「いかにしてトレードオフに対処するか」は重要なテーマです。多くの経営者・研究者はトレードオフの対処法として、一方に努力を集中させる「一兎戦略」を提案しています。

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 しかし、特定の条件下では「二兎戦略」の方が合理的だと考えることもできます。それは、企業が一定の資源を投入して2つの目的(価値)を達成しようとするとき、投入資源と目的の達成量の関係を表す目的の生産関数が、「逓増(ていぞう)」[図A.] ではなく、逓減(ていげん)[図B.]する」場合です。

 逓増の場合、どちらか1つの目的に資源を集中投下する方が目的の実現量が大きくなりますが、逓減の場合には、2つの目的に資源を割り振る、つまり二兎を追った方が、2つの目的の実現量の合計が大きくなるからです。

 私がこの点に関心を持ったのは、大学院生だった頃、一兎戦略を推奨する考え方に疑問を抱いたことがきっかけです。

 そのときから今まで経営学の研究を続けてきたのですが、その過程で、多くの経営問題はトレードオフ問題であり、「1つの目的に集中するのではなく、両方の目的を追求」して問題を解決している場合が少なくないことを知りました。そこで、そのような解決方法を二兎戦略としてまとめ、どのようなパターン、原則があるのかをあきらかにすることには意味がある、という考えにたどり着いたのです。


一兎戦略ではなく二兎戦略を採るべき場合の条件とは?

——企業は常に二兎戦略を追求すべきなのでしょうか。

淺羽 いえ、二兎戦略が有効な場合と、二兎戦略よりも一兎戦略の方が有効な場合があると考えます。

——1つの目的に集中すべきなのは、どのような局面でしょうか。

淺羽 まず、なぜ追求すべき2つの目的が対立するのかを考えてみましょう。1つの理由は、目的追求が自己強化的になるからです。自己強化的とは、一方の目的を追求すると、その後もその目的追求を繰り返すようになる状態を指します。この状態では、追求する目的を変更することは非効率になります。

 目的が対立するのは、目的ごとに、それを追求するのにふさわしい能力・組織・文化が異なるということも関係します。

 目的ごとにそれらが異なると、2つの目的を同時に追求しようとする場合、能力、組織、文化が中途半端で、どちらの目的追求にもふさわしくないものとなり、十分な成果が上がりません。また、ある目的を追求している企業が追求する目的を変えようとすると、必要な能力・組織・文化も変えなければならないので、追求する目的を変更しづらくなるのです。

 もちろん、資源が無制限に投入できるならば、2つの目的を追求する活動それぞれに資源を十分に投入すればよいでしょう。しかし、現実には資源には限りがあり、2つの目的を追求すると資源の取り合いが起こるので、上のように目的が対立してる場合、資源を配分して2つの目的を追求するのは非効率になってしまいます。

 このような条件がある場合には、二兎戦略を諦め、一兎を追う必要があるでしょう。逆に言えば、これらの条件がなければ、必ずしも「一つに集中すべき」という理屈に縛られる必要はないと考えられます。


「深化」と「探索」の両立を果たしたダイキン

——著書では二兎戦略の事例として、「既存事業の強化」と「新たな成長機会の探索」を行うダイキン工業について解説しています。ダイキンはいかにして「深化と探索のトレードオフ」に対処しているのでしょうか。

淺羽 ダイキンは2010年から8期連続増収・増益を達成する最中の2015年に、技術開発コア拠点「テクノロジー・イノベーションセンター(TIC)」を設立し、総勢700人の技術者を参加させて「構造的両利き」に取り組んでいます。

 構造的両利きとは、1つの組織の中に「深化を追求するユニット」と「探索を追求するユニット」を配置し、深化と探索を同時に行う手法を指します。しかし、ダイキンのケースで注目すべきは「探索と深化を同時に実行していること」ではありません。

 同社が優れているのは、構造的両利きを成功させるために、マネジメント層や現場の技術者に異なるタイプの人を意図的に配置し、彼らが衝突する中から創造的な解を生み出させている点にあります。

 ダイキンでは技術者全員がTICに所属しています。つまり、TICには、新しいことをしたい「探索型の人材」と、既存技術を深めて競争力を高めたい「深化型の人材」が混在しているのです。これは技術者だけでなくマネジメント層も同様で、TICの所長が既存事業で製品開発をしてきた深化型であれば、副所長は広く技術を探索する技術畑出身の探索型、といった形で組み合わせています。探索型と深化型の人材が混在しているわけですから、当然のように衝突が起きます。そこで議論をさせて最適解を見つけるわけです。

 では、どうしてこのようなことができるのでしょうか。私は、30年以上にわたりダイキンのトップだった井上礼之氏の存在が大きいと思います。井上氏は人事部門出身で、社員の「人となり」を把握しながら、人事配置を決めていたそうです。「この人とこの人を組み合わせればコンフリクトが起きるだろう」と絶妙に采配することで、意図的にぶつかり合いを起こしつつ、探索と深化の両立を実現していたのです。

 多くの企業では「研究所から事業のタネが生まれない」「タネを生み出しても事業化されない」と悩んでいます。このような問題が生じる1つの理由に、既存事業で深化を追求している事業部から、探索活動をしている部門に対する干渉・抵抗があるといわれます。「自分たちが稼いだキャッシュを、まだ事業化していない探索部門に使われては困る」「自分たちが培ってきた技術、ブランドをわけのわからない部門に使わせると毀損してしまうかもしれない」というのです。こういった抵抗、干渉から探索部門を守り、企業文化を変革するのが経営トップの役割です。

 ダイキンは好調な空調事業で世界トップシェアを獲得しながらも、同時に新たな探索に踏み切ることで、二兎戦略を追求しています。経営トップが、深化部門から探索部門に対する干渉を防ぐ、あるいはむしろ衝突を作り出して解決させるという役割を存分に果たしているといえるでしょう。

筆者:三上 佳大

JBpress

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