ドーパミン工場のスイッチが入り、集中力がグググっと高まる…世界的精神科医が勧める「みんなが大好きな飲料」
2025年4月17日(木)9時15分 プレジデント社
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/metamorworks
※本稿は、アンデシュ・ハンセン『多動脳』(新潮新書)の一部を再編集したものです。
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■どうやれば集中力を高めることができるのか
身体を動かすとドーパミンのレベルが上がり集中力が強化されるわけだが、ここで改めてそれが意味するところを考えてみよう。例えばこの本に集中できているのも脳で化学反応が起きているからだ。ドーパミンが受容体にドッキングし、本の内容を興味深いと感じている(といいのだが)。
人間の情動や知能──その1つが集中力だが──が、たった1つの物質と脳で起きる反応に影響されるものだなんてにわかには信じ難い。ならばなおさら、気分を良くして集中もさせてくれるドーパミンを運動で増やせるという知識には価値がある。しかも最近では定期的な運動を長期間続けたらどうなるかもわかってきている。
ドーパミンは脳の中でチロシンヒドロキシラーゼという酵素によってつくられる。「ドーパミン工場」に例えると、その工場ではチロシンを原料としてドーパミンという製品がつくられていく。ではその生産スピードを速めたり、生産量を増やしたりはできるのだろうか。ラットを使った実験ではそれができた。実験に使われたのは落ち着きのなさでは他に類を見ない多動性のラットで、ADHDの薬の開発にも利用されている。
■ドーパミンがドバドバ出る行動
このラットの多動性がどこからきているのかというと脳の中のドーパミン工場が小さいせいだ。ところがハムスターホイールで走らせると急に態度が落ち着き、チロシンヒドロキシラーゼのレベルも上がった。つまり走ることでドーパミン工場の性能が上がったのだ。
この結果は研究者だけでなく一般の人たちも知っておく価値がある。工場の性能を上げるためには定期的なランニングを数週間続ける必要があり、効果はすぐには表れない。しかしドーパミンのレベルは運動をした直後にも上がるので、運動は短期的にも長期的にもドーパミンのレベルを上げるという結果になる。定期的に運動すれば得することばかりというわけだ。
集中力の向上はほんの数分運動しただけでも効果を感じられるが、本当に大きな効果は定期的に運動を続けていくことで得られる。
ではどのくらいの時間走るのが一番効果的なのだろうか。10分なのか1時間なのか
──ある実験では1日30分走る方が1時間よりも効果が出ている。
■運動のすさまじい効果
数回ランニングをしただけで脳のドーパミンレベルが変化して集中力が上がり、チロシンヒドロキシラーゼ(ドーパミン工場)の活動も活性化するので長期的な効果も期待できる。しかも何カ月、何年という単位ではさらに色々なことが起きる。
中でもADHDの見地から重要なのは前頭葉が強化されることだろう。前頭葉は人間の最も高度な知能、つまり注意を向ける、長期的な目標を立てて努力する、衝動に振り回されないといった能力が生まれる場所だからだ。
では定期的な運動をすることで前頭葉がどんな影響を受けるのかだが、まずは新しい血管ができて前頭葉に酸素を供給しやすくなり、脳のゴミも運び出してくれる。おまけに前頭葉と脳の他の部分のつながりが強化され、脳全体が効率よくはたらくようになる。また前頭葉は年齢を重ねるごとにゆっくりと萎縮していくが、そのスピードを抑えることができる。
2万人のアメリカ人女性を20年にわたって追跡した研究でも運動がいかに大切かがはっきり示された。定期的な運動(といっても1日30分の散歩)をしている人の方が前頭葉の萎縮スピードがゆっくりだったのだ。ADHDに関していうと、前頭葉(ADHDの人が苦手な種類の知能の中枢)を強化することで問題の中核に切り込むことができる。
■人間の脳は2万年前とほぼ同じ
ADHDの原因は人によって違う。表れ方としては集中困難、多動、衝動であっても脳内の原因は様々だ。報酬系が影響を受けるのは間違いなく大きな原因だが、それ以外にも理由がある。人によっては視床のフィルターが影響を受け、感覚からの情報が意識に到達する量が変わる。あるいは前頭葉が違ったはたらき方をするせいだという場合もある。
このように脳にたった1つだけ「集中力の中枢」があるわけではなく、集中するためには複数のメカニズムが関わっている。しかもそのどれも、人によってはたらき方が違うのだ。なぜここでそれを取り上げるかというと、面白いことにADHDにつながるメカニズムはどれも身体を動かすことで良い影響を受けるからだ。元となる理由が何であれ(そこは人によるので)、身体を動かせば正しい方向に進みだす。
私はよく「運動は身体と脳にとって50種類、いや100種類の薬に値する」と説明するが、実際ADHDによって起きる問題に対してそれほど効果があるのだ。
進化の観点から考えると、運動とトレーニングによって集中力が高まるのは驚くようなことでもない。人間の脳は1万年どころか2万年前の祖先とたいして変わっていないが、彼らが外で走っていた理由は今とは違った。
写真=iStock.com/SimonSkafar
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■運動は人間としての自然な状態に戻る手段
水着の季節が始まる前にウエストを細くしたいとか、体力をつけたいとか、精神的に元気になりたいとかではなく、狩りをしたり危険を避けたりするために走っていた。そして、そういう状況では集中力が上がった方が生き延びられたのだ。
今まさにレイヨウを狩ろうとする人が地面に足を取られるわけにはいかない。だから全神経を集中させなければいけなかった。人よりも集中できれば獲物を捕まえられる可能性が高まり、生き延びられる確率も上がったのだろう。人間の脳はそうやって進化してきたからこそ、今でも身体を動かしている時に知能や集中力が最高潮になる。そして私たちも基本的にはサバンナの祖先と同じ脳を持っているから、ジョギングをすると集中力が高まるのだ。
今では動物を追ったり追われたりすることはなくなったし、地球上で新たな土地を発見する必要もない。昔のように身体を動かす理由がなくなったからこそ自分で運動をするように心がけるしかない。
ADHDの人がジョギングをする、ジムに行く、あるいは休み時間に外で遊ぶのはそういうライフスタイルが望ましいからでもあるが、そもそも人間はそのようにつくられたからでもある。ADHD傾向のある人は進化の過程で自然に運動をしてきて狩人としても優秀だったはずだ。だから運動は人間としての自然な状態に戻る手段でもあるのだ。
■ドーパミンを上げる飲み物
運動によりドーパミンのレベルが上がり、気分が良くなり、集中力も向上し、モチベーションも上がる。ADHDの傾向がある人はそれに加えて世界が面白く感じられるようになる。実は運動以外にもそんな効果のあるものが日常に存在する。それがコーヒーだ。
写真=iStock.com/PeopleImages
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コーヒーに含まれるカフェインが脳のドーパミンシステムを活発にするからだが、カフェインで元気になるとは知っていても、集中力が上がることまでは知らない人が多いだろう。
とはいえ無意識に気付いている人もいるかもしれない。私も学生時代、信じられないほど退屈な講義に出る時は寝ずに集中するためにコーヒーを大量に飲んだものだった。
カフェインが脳のドーパミンの活動を増やし報酬系を起動してくれるので、その時にやっていることが少しは面白く感じられるようになる。さすがに講義が突然びっくりするくらい面白くなるわけではないが、少なくとも我慢できる程度にはなった。先生が話す内容に集中できるようにはなったのだ。
■コーヒーが効くワケ
しかし当時の私は自分の脳の仕組みを把握していたからそうやったわけではなく、コーヒーが飲みたいという欲求が湧いたから飲んでいただけだ。そして後になってドーパミンシステムや集中力やモチベーションのことを知り、自分がなぜコーヒーを飲んできたのかを理解した。
コーヒーを飲むことでカフェインがドーパミンシステムを起動させ、退屈な講義を少しでも楽しく感じられるようにし、講義を聴くモチベーションを上げていたのだ。
アンデシュ・ハンセン『多動脳』(新潮新書)
そのような研究は行われていないが、ADHD傾向の強い人がコーヒーを大量に飲むのは偶然ではないと思う。かといってコーヒーを大量に飲む人が全員ADHDだというわけではないので、職場のデスクにいくつもコーヒーカップを溜め込んでいる人を勝手にADHDだと診断しないように。
ではなぜこんな話をするのかというと、ジョギングシューズを靴箱に戻してコーヒーメーカーのスイッチを入れればいい──というわけではなく、ドーパミンがいかに重要な役割を果たすか、そしてADHDの人だけでなく人間全般の行動にどれほど大きな影響があるかを知ってほしいからだ。
ドーパミンが少な過ぎる、あるいはそのシステムがうまく機能しないと、人は別の行動で埋め合わせようとするのだ。
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アンデシュ・ハンセン(あんでしゅ・はんせん)
精神科医
ストックホルム商科大学で経営学修士(MBA)を取得後、ノーベル賞選定で知られる名門カロリンスカ医科大学に入学。現在は王家が名誉院長を務めるストックホルムのソフィアヘメット病院に勤務しながら執筆活動を行い、その傍ら有名テレビ番組でナビゲーターを務めるなど精力的にメディア活動を続ける。『運動脳』は人口1000万人のスウェーデンで67万部が売れ、『スマホ脳』はその後世界的ベストセラーに。
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(精神科医 アンデシュ・ハンセン)