バブル期700万円だった30坪も「5万円で売れた」なら幸運である…限界分譲地の「土地ババ抜き」というリアル

2024年4月28日(日)9時15分 プレジデント社

地価下落の事実は受け止めていても、具体的な相場観を持ち合わせていない所有者は少なくない。(千葉県富里市十倉) - 筆者提供

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■右肩上がりの地価、千葉県北東部は無縁だった


3月26日に令和6年(2024年)の公示地価(企業や個人の土地取引のほか、公共事業用地の取得に関する価格の目安となる土地の価格)が発表された。都市部における高い地価上昇率が話題になった。住宅地や商業地など全用途の全国平均は前年より2.3%上がった。上昇は3年連続で、2008年のリーマン・ショック以降、最大の上げ幅だという。


筆者が暮らす千葉県北東部では駅や商業地域に近い一部のエリアで上昇がみられ、下落が続いていた地域でも横ばいに転じたところもある。


一方、筆者が暮らす地域も含め、高度成長期以降の乱開発によって生まれた投機目的の分譲地(限界分譲地)が散在するエリアでは、首都圏の物件価格上昇などどこ吹く風で、今年も公示地価は下落している。駅も商業地も遠い地域に地価上昇の波は訪れていない。


こうしたエリアは開発による環境の変化も乏しいので、日常生活において公示地価を意識する機会は少ないが、遠方に在住する限界分譲地の所有者(不在地主)にとっては、その公示地価が、自ら所有する土地の資産価値を判断する重要な材料の一つとなる。


しかし、これは分譲地に限らず不動産全般に言える事だが、公示地価は必ずしもその地域の不動産価格を正確に反映しているわけではない。筆者は、実態から乖離している印象を受けることのほうが多い。


都市部の公示地価は実勢相場より安いケースもあるが、筆者の暮らす千葉県北東部の公示地価は実勢相場より非現実的なほど高額である。


■公示地価、固定資産税評価額が売主を狂わせている


これは公示地価だけではなく、各自治体が固定資産税の課税額を算出するために設定する「固定資産税評価額」にも同様のことが言える。


例えば筆者は先日、自宅の向かいにある30坪の土地を5万円で購入したが、この土地の固定資産税評価額は約54万円である。


この土地はあくまで個人間で売買したもので、業者を介した取引ではない。そのため5万円という価格が一般的な取引相場とは言えないが、この土地が仮に54万円で売られていたとしても、購入する者はまずいないだろう。分譲地内にはそれより安い価格で売りに出されている土地もあるが、見学者の姿を見かけることもない。


筆者提供
地価下落の事実は受け止めていても、具体的な相場観を持ち合わせていない所有者は少なくない。(千葉県富里市十倉) - 筆者提供

「評価額」という呼称で錯覚してしまうのか、売主の中には、評価額と実際の市場価格を混同し、その額を根拠に売出価格を決める人も存在する。


分譲当時の価格と比べれば現在の固定資産税評価額は格段に安く、本人は現実を受け入れているつもりなのかもしれないが、実際はそれよりさらに一桁安くしなければ買い手が見つからない。


■不在地主だから適正な価格がつけられない


そもそも固定資産税評価額はあくまで自治体が固定資産税の算出の根拠として定めている金額に過ぎない。不動産市場において査定額の根拠として使われることは少なく、不動産の価格はあくまで立地条件や需要、近隣の取引事例などから算出されるものだ。


そのくらいのことは所有者も、理屈の上では理解しているとは思う。取材でこれまで何度も分譲地の所有者にお会いしてきたが、今更になって、千葉県の僻地の分譲地を売却して大金を得ることを期待していた方はほとんどいなかった。少なくとも筆者の目には、地価の暴落という事実は受け止めているように見えた。


ところがいざ売りに出すとなると、本人は長年自分の土地に足を運んでいないため現在の価格相場の見当すらつけられず、結局は毎年自治体から送付されてくる固定資産税の納付書に記載された「評価額」を判断材料にせざるを得ないのだ。


筆者撮影
地価下落の事実は受け止めていても、具体的な相場観を持ち合わせていない所有者は少なくない。(千葉県富里市十倉) - 筆者撮影

所有者は、利便性の悪さや近年の取引事例から、かつての購入額よりも大幅に安い価格でしか手放すことができないことはわかっている。しかし、千葉県北東部における「限界分譲地」は、それ以前の問題として、需要と供給のバランスが著しく悪いために価格が暴落している、という事実を実感として理解している所有者は少ない。


■手放したくても、ニーズがないから手放せない


分譲地には、多ければ数百にも及ぶ区画にそれぞれ異なる所有者が存在している。区画は大体どれも同程度の面積であり、同一の分譲地であれば利便性にも違いはない。せいぜい道路の向きや、角地などの違いがあるだけだ。1区画も30〜50坪程度で決して広くなく、宅地以外の利用用途も限られている。


そしてその大半の区画は今なお空き地で、すでに所有者自身にも活用の意図はなく、価格さえ折り合えば手放したいと考えている。一方で、立地条件が悪く、かつ1区画が狭いために、今や宅地としての需要は皆無に近い。同じ地方都市でも幹線道路沿いの広い土地であれば、宅地以外にも商業用地や事業用地としての需要はまだ望めるが、狭い路地の奥にあるような分譲地ではそれも期待できない。


ほとんど買い手が存在しない市場に、他と差別化の図ることができない平凡な規格品(土地)が過剰に供給される。これでは相場が崩壊するのは当然なのだが、多くの所有者は筆者のように広範囲の分譲地を訪ね歩くようなことはしていないため、自分以外にも土地を手放したい所有者が無数に存在することまでは考えが及んでいない。


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同一の分譲地内でも、特に不利な条件にある土地が数少ない購入者の候補に入ることはまずない。(千葉県横芝光町木戸) - 筆者撮影

加えて、その同じ分譲地の中には売却への意欲すら放棄し、売りに出しているわけでもなければ管理しているわけでもなく、ただ荒れるに任せるだけの「放棄区画」も存在しているのだ。


■更地にしたら価格がつけられなくなる


つい先日、筆者は自著の読者より、筆者が暮らす町に所有している土地の処分を検討しているとのメッセージをいただいた。その読者は長年放置しているというので、まずは筆者が現況を確認するためにその土地へ足を運んでみると、そこには近隣住民の小さな菜園が作られていた。


近くの別の区画の菜園で作業していた男性に話を聞くと、読者の所有地を耕作しているのは自分だという。その回答は悪びれた様子もない。もしその土地を誰かに売却するのであれば、畑はすぐに撤去するという。そこで、この土地を買う意思はないかと尋ねてみたところ、土地は他にもあるからとにべもなく断られてしまった。


「他にもある」などと言っていたが、その土地も男性が所有しているわけではなく、これまで通り無断で耕作して利用するつもりなのだと思われる。そもそも購入する意思がないから無断で耕作しているともいえる。放棄された区画を、近隣住民が菜園用地や駐車場として利用するケースは決して珍しい話ではない。


筆者撮影
宅地所有者に無断で作られていた菜園。互いの暗黙の了解のもと利用されている事例もある。(千葉県横芝光町木戸) - 筆者撮影

宅地として需要がないのなら、菜園用地や駐車場用地として売却を考えても、それはもはや価格がつけられるような市場ではなくなっている。


所有者の同意のうえで菜園や駐車場として利用し、その代わり所有者に代わって土地の管理を行う住民も多い。購入してしまえば管理責任や固定資産税が発生するのだから、そこまでして買うほどの強い動機は近隣住民にもないのである。


■5万円で買った30坪の土地は、もともと700万円だった


限界分譲地は、中古住宅は安いなりにも市場が形成されているが、更地の市場は今や完全に破綻している。


ほとんどの空き地には膨大なライバル(売り手)が存在するために、買い手にとってはどうしてもその土地を選ばなくてはならない理由に乏しく、他より価格が高かったり、条件の悪い土地は買い手の候補からあっさりと外されてしまう。


今や限界分譲地の価格を決めるのは、何よりも売主の考え方である。冒頭で筆者は、自宅の向かいにある土地を5万円で購入したと書いたが、これはもともと、前所有者の方が1988年に700万円で購入したものだ。


その後所有を続けていたものの、土地に関して不愉快な思いをさせられた経験もあり、子供にも遺すわけにはいかないということで、ほぼ無償譲渡に近い価格で処分することを決意したものだ。


筆者撮影
筆者が5万円で購入した土地。前所有者は投機目的で購入しており、1988年の分譲販売時から現在まで、家屋が建てられたことは一度もない。(千葉県横芝光町) - 筆者撮影

相続で取得したのではなく、購入者自身がこうした決断を下せる例は珍しいかもしれない。自分が5万円で購入したから言うわけではないが、こうした決断を早めに下すことができた人は幸運であろう。無意味に所有を続けている限り、不慮の事態で突然自分の土地が、見向きもされない悪条件に陥ってしまうリスクは常に抱えている。


■隣地に空き家があるだけで価値が下がる


筆者はこれまでにも限界分譲地における不法投棄や無断利用といったリスクについて伝えてきたが、無用な不動産を所有するリスクは、不法行為によるものだけとは限らない。


例えば限界分譲地は地価が安く、家屋を解体して更地に戻しても、その土地が解体に要した費用より高く売れる望みがほとんどないため、不幸にも火災に見舞われた家屋はそのまま残骸が残されていることが度々ある。


千葉県八街市朝日の売地の例を挙げよう。隣地の空き家が火災に見舞われたが、そのまま解体されることなく放置されている。


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火災に見舞われて放置された廃屋に隣接する売地。隣地の状況が改善しない限り、売却の条件は極端に悪くなる。(千葉県八街市朝日) - 筆者撮影

そのような荒廃した家屋が発生した瞬間、近隣に残されている売地の需要は極端に下がってしまう。更地にするなり、家屋を解体するなどしない限り、売地の条件は極端に悪くなり、ますます買い手は見つからない。地域によっては、隣地に家屋があるだけで大きく不利になることもある。


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地域には需要をはるかに上回る数の売地が存在するため、隣地に家屋があるだけでも大きく不利になる。(千葉県成田市吉岡) - 筆者撮影

■周囲が車両置き場になった200万円の土地


それまでは単なる空き地だった隣の土地が誰かに買われ、車両置き場や資材置き場に変わってしまえば、その土地の利用方法が適法であっても、周囲の土地は大きく価値を下げてしまう。適法である限り、土地がどう使われようが隣地所有者の自由であるため、限界分譲地の所有者は打ち手がない。


例えば、千葉県八街市の空き地だ。この周辺は数年前まで草が生い茂る未利用地だった。しかし、現在は車両置き場になっている。不動産仲介サイトによると、この空き地は約40坪(131平米)、建築不可の物件となっている。価格は200万円。周囲にもタダ同然の土地があるのに、わざわざこの土地を200万円で買う人はいるのだろうか。


そこまで不運なケースを想定しなくても、周囲もすべて空き地で日当たりに恵まれた売地がたくさんある中、わざわざ隣に家屋が近接して圧迫感のある土地を選ぶ人がいるだろうか。繰り返すが、買い手にしてみれば選択肢は他にいくらでもあり、わざわざ好き好んで悪条件の土地に手を出す理由がないのだ。細切れにされた分譲地は、特にそのリスクが高い性質を備え持っている。


筆者撮影
車両置き場として利用される区画に囲まれた土地。数年前までは周囲もすべて未利用の空き地だった。(千葉県八街市八街へ) - 筆者撮影

■所有しているだけでリスクになる


千葉の限界分譲地の固定資産税は、40坪程度の土地であれば年間1万円にも満たない程度の額であり、所有し続けたからといって生活に支障をきたすほど重い負担になるものでもない。場所によっては評価額が低すぎて非課税のこともある。そのため、無理に捨て値で手放さなくてもとりあえずそのまま持ち続ければよい、という判断をしている所有者も存在する。


だが土地の需要というものは、立地だけではなく周囲の環境によっても変動するもので、圧倒的な供給過多にある限界分譲地においては、些細な周囲の変化によっていとも簡単に市場から脱落するリスクをはらんでおり、ただ漫然と所有し続けるだけで、そのリスクをカバーできるほどの資産価値はないだろう。


限界分譲地の有り様は、トランプゲームの「ババ抜き」に似ている。「資産価値のない土地」という「ババ」を引き受けてくれる人間を見つけられなければ、リスクを手放すことはできない。だから事情を知っている人間は、どれだけ安くても、決して手を出さないのだ。


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吉川 祐介(よしかわ・ゆうすけ)
ブロガー
1981年静岡市生まれ。千葉県横芝光町在住。「URBANSPRAWL -限界ニュータウン探訪記-」管理人。「楽待不動産投資新聞」にコラムを連載中。著書に『限界ニュータウン 荒廃する超郊外分譲地』(太郎次郎社エディタス)がある。
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(ブロガー 吉川 祐介)

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