「おはようございます」「おは!」「おはyoo」「GM」をなぜ使い分けるのか?

2024年5月2日(木)4時0分 JBpress

 業務効率化やアイデア創出など、ビジネスでも多目的に活用されている生成AI。日常的な言葉による指示で利用できるため、利便性は極めて高い。とはいえ、その性能を十分に引き出すには「言葉の選択肢とその選び方」が重要だと、生成AI開発に従事する言語学者・佐野大樹氏は語る。本連載では、佐野氏が言語学の知見から生成AIとのコミュニケーション法を考察した『生成AIスキルとしての言語学——誰もが「AIと話す」時代におけるヒトとテクノロジーをつなぐ言葉の入門書』(佐野大樹著/かんき出版)から、内容の一部を抜粋・再編集。

 第2回は、生成AIの性能を引き出す上で言語理論がなぜ有効なのかを、例文と共に解説する。

<連載ラインアップ>
■第1回 人工知能の歴史を塗り替えた生成AI、社会に与えるインパクトとは?
■第2回 「おはようございます」「おは!」「おはyoo」「GM」をなぜ使い分けるのか?(本稿)
■第3回 「GSP分析」で導き出した、望ましい「プロンプト」の書き方とは?
■第4回 「あれ食べてないから、あそこ行こうか」で、なぜ話が通じてしまうのか?(5月16日公開)
■第5回 「富士山の魅力を一文で」どんな条件を加えればAIは名作コピーを生成できるか(5月23日公開)
■第6回 カレーの隠し味のアイデアを、物語調でAIに生成させるとどうなるか?(5月30日公開)

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選択肢として言語を考える

■生成AIとの相性がいい言語理論なんてあるの?

 生成AIと人との対話について考える場合、例えば、生成AIが文法的に正しい文を生成できるかどうかを評価するには、言葉の規則性に着目する構造主義的な立場の言語学が適していると考えられます。

 一方で、生成AIの能力や知識をより引き出すような言葉の使い方はどういったものかを探求する場合、ある目的を達成するために必要な言葉の選択に着目する機能主義的な立場からアプローチするのがよいと考えられます。

 本書の読者は、仕事や教育などで、生成AIを使用するために、どのような言葉の選択がいいかを知りたいという方が多いでしょうから、機能主義的な立場をとる言語学の一つ、選択体系機能言語学(Systemic Functional Linguistics、以下SFL)の知見を使って、生成AIとの対話スキルについて見ていきます。

 SFLは、M・A・K・ハリデーによって1960年代に提唱され、主にイギリスやオーストラリアを中心に発展してきた理論です。この言語理論の特徴は、言語を可能性、もしくは、選択肢の体系として捉えるということにあります。

 ここで言う「選択肢の体系」とはどういうことでしょうか。

 朝の挨拶をする場面を例に考えてみましょう。

 挨拶をするときに、例えば次のような言葉の選択肢が考えられます。

①おはようございます

②おはよう

③おは!

④おはyoo

⑤GM(Good Morning)

⑥おはよーさん

 同じ目的に対して、それを表すことができる表現が複数あることが我々の言葉にはよくあります。

 なぜ、選択肢が一つでないことが多いのでしょうか。

 例えば、「おはようございます」「おはよう」「おは!」では、話し手と聞き手の対人関係の親密さによって選択できるものが変わってきます。

 また、親しい間柄でも、オフィスなら、「おはようございます」を選択するような場合もあるでしょう。

 朝、電車で友達と会ったときには「おはよう」を使うけれど、同じ友達に対してSNS上では「おはyoo」や「GM」を選択するかもしれません。

 さらに、普段は「おはようございます」を選択するが、関西出身の友達と会うときには、無意識に「おはよーさん」を選択しているというように、どのようなコミュニティーに属して会話するかによっても選択は変わってきます。

 同じ人同士、同じ場面であっても、今までは「おはようございます」を使っていたのに、話し手と聞き手の距離が縮まったことで「おはよう」に変わっていくこともあります。

 一方で、「おはよう」と挨拶の選択を変えることが「ああ、私とあなたの距離は、おはようございますではなく、おはようと言える距離に変わるのですね」と対人関係をより親密にするような場合もあります。

 このようにSFLでは、ある意味を表したいときに、どのような選択肢があるか、それぞれの選択肢が他の選択肢とどう関係しているかという観点から言葉を捉えようとします。

 この観点から、「言語は可能性である」とか「言語は選択肢の体系である」と考えられています。

■言語を選択肢の体系と考えると何が見えてくる?

 では、言葉を選択肢の体系と考えると、どのようなメリットがあるのでしょう。

 1つ目は、言葉を解釈しようとするときに、使用された表現だけでなく、選択肢としては可能なのに選ばれなかった選択肢も考慮したうえで、言葉の意味を解釈することができることです。

 先ほどの朝の挨拶の例を使って考えてみましょう。

「おはよう」という表現が、「近い関係での朝の挨拶」という意味を持つことができるのは、我々が「おはようございます」という選ばれなかった選択肢があることを知っていて、初めて成立する解釈です。

 もしも、「おはよう」という表現しか朝の挨拶の選択肢として知らなければ、この解釈はできません。

 2つ目のメリットは、言葉を選択肢の体系として捉えることで、ある目的が選択された場合に、どの選択肢が選ばれる傾向にあるかを数値化して説明することができるようになるところです。

 例えば、小論文の課題で、高い評価を受けた論文と低い評価を受けた論文があるとしましょう。

 小論文を書くときにどのような言葉の選択があるかがわかっていれば、評価が高いものと低いものとでどう言葉の選択が違うかを分析することができます。

 例えば、ヘビについて説明している次のテキスト①と②を比べてみましょう。

① 爬虫綱有鱗目(はちゅうこうゆうりんもく)ヘビ亜目(あもく)に分類されるものは、ヘビです。トカゲはヘビと類縁関係にあります。

②ヘビは、爬虫綱有鱗目ヘビ亜目に分類されます。ヘビは、トカゲと類縁関係にあります。

 テキスト①と②で、どちらが読みやすいと感じたでしょうか。これらの文は、全く同じ情報を含み、ほぼ変わらない語彙を使って表現されています。

 しかし、おそらく、②のほうが読みやすいと思った方が多いのではないでしょうか。

 ①と②の違いは、どの表現を文の主題に選択するかという点にあります。

 一般的に、情報が整理されているテキストでは、テキストの主な話題か、前の文で与えられた情報を、次の文の主題として選択する傾向にあることがわかっています。

 一方で、うまく整理されていないテキストでは、主題の選択に一貫性が見られないこともわかっています。

 そこで①と②の主題がどのように選択されているかを見てみましょう。

① 「爬虫綱有鱗目ヘビ亜目に分類されるものは・・・」⇒「トカゲは・・・」

② 「ヘビは・・・」⇒「ヘビは・・・」

 テキスト①では、「爬虫綱有鱗目ヘビ亜目に分類されるものは」が主題になってテキストが始まり、次の文では「トカゲ」が主題になります。

 一方で②では、最初の文の主題が「ヘビ」で始まり、次の文でも、すでに前文で出てきた「ヘビ」が引き続き主題となっています。

 このような主題の選択の仕方に、高い評価を受けたテキストと低い評価を受けたテキストでは違いがあるとわかれば、どのように主題の選択をすることが上手な小論文を書くコツなのか、説明することができます。

■生成AIとの対話における言葉の選択

 さて、すでにお気付きの方もいらっしゃるかもしれませんが、生成AIがテキストを生成する仕組みと、SFLの言語を選択肢の体系として捉えるアプローチには共通しているところがあります。

 生成AIがテキストを生成する仕組みの根幹となっているトランスフォーマーは、ある要素がどこに現れるかと、その要素がその場所に現れるのに他のどんな要素がどのくらい・どのように関係しているのかを大規模データから学習し、テキストを生成しています。

 同様にSFLでも、言葉の要素をさまざまな層の選択肢として捉えて、どのような目的や条件が、言葉の選択に影響するかを特定することを目的の一つとしています。

 この言葉の選択に何がどのように影響するか着目するという類似点を考えると、SFLで、人と人とのコミュニケーション手段としての言語を分析することで培われてきた理論や分析方法を、生成AIと人との対話に適応するのは、親和性が高いと考えられます。

<連載ラインアップ>
■第1回 人工知能の歴史を塗り替えた生成AI、社会に与えるインパクトとは?
■第2回 「おはようございます」「おは!」「おはyoo」「GM」をなぜ使い分けるのか?(本稿)
■第3回 「GSP分析」で導き出した、望ましい「プロンプト」の書き方とは?
■第4回 「あれ食べてないから、あそこ行こうか」で、なぜ話が通じてしまうのか?(5月16日公開)
■第5回 「富士山の魅力を一文で」どんな条件を加えればAIは名作コピーを生成できるか(5月23日公開)
■第6回 カレーの隠し味のアイデアを、物語調でAIに生成させるとどうなるか?(5月30日公開)

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筆者:佐野 大樹

JBpress

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