50代経営者が猛省、牧場研修で気づかされた「指示出し」の問題点とは?

2024年5月8日(水)4時0分 JBpress

 働き方や価値観が多様化する現在、リーダーのあり方が問い直されている。そんな中、アップルやナイキ、アウディといったグローバル企業で導入されているのが「牧場研修」だ。世界のビジネスエリートは、なぜ自然に学ぶのか? そこで培われるリーダーシップやビジネススキルとは? 本連載は、各国の牧場研修に参加し、スタンフォード大学で斯界の世界的権威に学んだ小日向素子氏の著作『ナチュラル・リーダーシップの教科書』(小日向素子著/あさ出版)から、内容の一部を抜粋・再編集。

 第3回は、ナチュラルリーダーシップを身につける第一歩としての「アンラーニング」について解説する。

<連載ラインアップ>
■第1回 馬の群れが教えてくれる、多様性時代のしなやかな「リーダーシップ」とは?
■第2回 女性リーダー比率30%超の資生堂は、なぜ「牧場研修」を導入したのか?
■第3回 50代経営者が猛省、牧場研修で気づかされた「指示出し」の問題点とは?(本稿)
■第4回 なぜリーダーは「自分以外の存在を感じられる力」を身に付けるべきなのか?
■第5回 何をやっても無反応、馬を操れない研修参加者はどう窮地を乗り越えたか?(5月22日公開)

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アンラーニングは新たな「伸びしろ」との出会い

 「ナチュラル・リーダーシップ」を身につける第一歩は、既存の価値観から自由になること、つまり、「アンラーニング」の習慣を身につけることです。

 アンラーニングとは、これまで身につけてきた知識や思考、習慣、スキルなどから、必要なくなったものをいったん手放し、代わりに、新たに学び直しを行うことです。

 まずは、無意識に抱いていた固定観念を自覚し、それらを手放すことから始めます。「若い人はやる気がない」「リーダーは自信にあふれていなければならない」といった決めつけや思い込みを、一時的に脇に置くのです。

 すると、必然的にゼロベースで課題と向き合うことになり、それまで考えもしなかった新たな視点が生まれてきます。

 その後は必要に応じて、脇に置いていた「過去の認識」も混ぜ込み、整理し直します。過去の学びを全面的に否定せず、場合によっては活用することも、アンラーニングでは大切です。

 例えば、「今まで仕事がうまくいっていたのに、配置換えで環境が変わってしまい、居心地がよくない。これからどうすればいいのだろう」という悩みを抱えていたとします。中堅のビジネスパーソンにはありがちな悩みです。

 このようなケースでは、次の思い込みを脇に置いてみます。

  • これまでの環境が最適だった。
  • これまでの自分は順調だった。

 すると、「そもそも自分にとっての最適とは何だろう?」「自分は順調だと思っていたけれど、実はハッピーではなかったかも?」「これまでは自分の長所を活かせるシーンが少なかったのではないか?」などと、思わぬ問いが生まれます。

 このような問いを深堀りしていくと、予測していなかった解決方法や選択肢、新たな「伸びしろ」が見つかるものです。突き詰めて考えた結果、「やはり、これまでの環境が最適だった」「これまでの自分は順調だった」と、再認識する可能性もあるでしょう。

 その場合は、無理して否定する必要はありません。「過去の認識」が正しかったということですから、もう一度混ぜ直せばいいのです。

 結論が同じであっても、深く考えた結果であれば、確信を持って行動できるようになります。「どうすれば新たな環境を最適にすることができるのか?」と考えるきっかけにもなるはずです。

 いずれにしても、リーダーが覚悟と勇気を持ってアンラーニングに臨めば、その姿は周囲に大きなインパクトを与えます。

 リーダーの学び直しそのものが、部下たちに有益な影響を与え、学びの連鎖を起こしてくれます。やがては社外の関係者にも影響し、社会へのよきインパクトにもなるでしょう。


理想はより深い「中核的アンラーニング」にたどり着くこと

 アンラーニングでは、当たり前と感じていること、自分の信念、大切にしているルーティンなどを変更する必要に迫られます。そのため、現時点で成功を収めている人ほど、ハードルの高さを感じるはずです。

 牧場研修にいらっしゃった50代の男性経営者の方に、女性の参加者とペアでワークを行ってもらった時のことです。女性には目隠しをし、声しか聞こえない状態で馬の手綱を握り、馬と歩く役割を、経営者の方には、女性が馬を連れて歩けるように、声だけで指示を出し、誘導する役割を担ってもらいました。

 ワークを始めるなり、経営者の方は女性と馬の2メートルほど横に立ち、「右へ」「まっすぐ」など、スマートに指示を出し始めました。張りがあり、短く聞き取りやすい声です。

 目隠しをした女性はそそくさと動き、馬と一緒にゴールまでたどり着きました。

 経営者の方に感想を聞いてみると、即座に「うまくできたと思います」と答えました。スムーズにいったことが、よほど嬉しかったのでしょう、すっかりご満悦の様子です。

 続けて、馬を引く相手役を務めた女性に感想を尋ねると、次のような言葉が返ってきました。

「・・・恐かったです。不安な気持ちを口にできる雰囲気ではなかったので、頑張りましたけど」

 目隠しをしていたため、暗闇の中、真横から大きな声で指示が飛んでくることが、とても怖かったのだそうです。暗闇の中を歩くだけでも不安なのに、馬を連れているわけです。不安を払拭するには、指示だけでは不充分で、「大丈夫?」という気遣いや、励ましの声がけも欲しかった、目隠しのせいで周囲の状況がわからないため、足元の状態や馬の様子も伝えてほしかったと言い添えました。

 予想外のダメ出しの連続に、経営者の方の表情はみるみるこわばっていきました。

 彼はゴールさせることだけを考えて、女性がわかりやすいよう、一生懸命言葉を選び、指示をしていました。しかし、指示をされる側の気持ちまでは意識ができていなかったことに気づかされたのです。しかも、彼は、女性が難なくゴールしたうえに、たまに笑っているようにも見えた(実際は、不安と戸惑いをごまかすための苦笑い)ので、軽々と指示をこなしていると思い込んでいました。彼女の感情まで、大きく読み違えていたのです。

 この体験を通じて、経営者の方は、これまでベストだと思っていた「指示の出し方」には、多くの問題点があることに気づいたそうです。

 知らず知らずのうちに、「相手の気持ちを理解できている」という思い込みがあったと深く内省し、「自分の捉え方を根本から見直さないといけないですね」とおっしゃっていました。

 役員、社長、起業家など、ポジションの高い方ほど、「自分はできる」の罠に陥る危険があります。

 事業を前進させることに意識が行きすぎて、周囲が恐怖や不安を我慢していたり、無理していたりしても気づかずに、都合のいい捉え方をしてしまうのです。

 北海道大学の松尾睦(まこと)教授は、アンラーニングには「表層的アンラーニング」と「中核的アンラーニング」の2種類があるとしています(図参照)。

 スキルやテクニックだけをどんどん入れ替えるのが表層的アンラーニングです。

 一方、基盤となる仕事の型やアプローチまで変えるのが中核的アンラーニングです。後者のほうが、より大きな変革をもたらします。

 さらに松尾教授は、次のように述べています。「意識しづらい自分の型やスタイルの問題に気づき、中核的で深いアンラーニングを実施することは『至難の業』である」

 それでも、アンラーニングを実践して、自分の「伸びしろ」に出会う感覚は、非常に心地よいものです。特に経営者やリーダーの場合、個人としての変革がきっかけとなって、組織全体の変革が行われることもあります。

 何より「自然」という大きな存在と触れ合うことで、今までにはなかった気づきを得られます。固定観念から自由になりやすくなるのです。

<連載ラインアップ>
■第1回 馬の群れが教えてくれる、多様性時代のしなやかな「リーダーシップ」とは?
■第2回 女性リーダー比率30%超の資生堂は、なぜ「牧場研修」を導入したのか?
■第3回 50代経営者が猛省、牧場研修で気づかされた「指示出し」の問題点とは?(本稿)
■第4回 なぜリーダーは「自分以外の存在を感じられる力」を身に付けるべきなのか?
■第5回 何をやっても無反応、馬を操れない研修参加者はどう窮地を乗り越えたか?(5月22日公開)

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筆者:小日向 素子

JBpress

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