「2時間くらいだからいいでしょ? みんな残ってくれるよ」同調圧力の残業要請を穏便にすり抜ける"言い方"

2024年5月23日(木)16時15分 プレジデント社

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/ImpaKPro

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■わがままに生きて自らを追い詰めない


2023年に自ら命を絶った人のうち、会社の人間関係などに関わる「勤務問題」が原因と考えられている人は、全体の約13%にあたる2875人(厚生労働省調べ)。仕事を持つ人のなかでは、「健康問題」「経済・生活問題」についで多い原因となっています。


私の知る限り、こうして自らを追い詰めてしまうのはわがままに生きることができないまじめな人が多いんですね。そんなふうに自分を追い詰めてしまわないためにも、わがままに生きることは大事なことです。同時に、わがままな自分の感情や意見を上手に打ち出せるようなスキルを身につけることは、とても重要だと思っています。


わがままになって自分の意見を押し通せば、人間関係に軋轢が生まれると思う人もいるかもしれません。自分の意見を言えず、ひたすらパッシブ(受け身)になって強気な相手につけ込まれたり、反対に自己主張がアグレッシブ(攻撃的)になって、ただのわがままなオレ様になってしまいがちです。日本人は、自己主張があまり得意ではない国民と言われているのです。


■深呼吸で緊張をほぐし汗をぬぐい目を細める


一方、欧米では、自己主張を意味する「アサーティブ」という言葉があることをご存じでしょうか。


アサーティブとは自己主張は自己主張でも、「対等な関係の下でおこなう」自己主張を意味します。自分の主張を一方的に押し通すのではなく、相手のこともしっかり尊重する、いわばウインウインの自己主張がこう呼ばれます。


断るほうも、断られるほうも軋轢を生まないアサーティブな自己主張の方法は、多くのケースで存在します。そんなスキルを身につけて、上手にNOを言える人を目指すべきでしょう。


写真=iStock.com/ImpaKPro
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では具体的にどうすればいいのか。その方法を紹介する前に、まずは誰もがアサーティブなNOを言えるようになるための、準備運動のようなものを紹介しておきます。


かつて人がより動物的だった時代は、常に食うか食われるかの危険と背中合わせ。敵と出くわせば、心臓がどきどきして体が硬直し、手のひらが汗びっしょりになる緊張状態に陥るのが普通でした。今も、根本は同じです。たとえば苦手な上司が廊下の遠くのほうに見えれば、バクバクと硬直と汗まみれの緊張状態が訪れるのです。


そんな状態で相手にNOを言おうとしても、いきすぎた戦闘態勢で相手を攻撃してしまったり、反対に萎縮しすぎて受け身になってしまうのが関の山です。アサーティブの前提には、まず相手の主張をよく理解することが挙げられますが、これではうまくいくはずがありません。次のように緊張をほぐすことを意識してやってみてください。まず深呼吸して心臓の鼓動を鎮め、また体の力を意識して抜いて硬直をほぐすほか、手にかいた汗をハンカチなどで拭うのも効果が期待できます。脳に入る情報を少なくするために目を閉じる寸前まで細めたり、「落ち着いて落ち着いて」と心のなかで唱えるのもいいですね。こうして、「今はリラックスしていいとき」と脳に教えてあげるのです。


■NOを言っても相手と和を保てる人たち


ちなみにこれはドイツの神経科医シュルツ博士が考案した「自律訓練法」の一種で、人が衝動的になったり、固まって動けなくなることを防いでくれます。相手が熱くなって自己主張を押しつけてくるようなときはなおさら。まずはこうして自身の心と体をクールダウンしてから相手と向き合うことで、誰も傷を負わない、アサーティブなNOを言える状況に近づくことができるのです。


ではこのへんで、具体的なやりとりの方法を見ていきましょう。まず下の表では、今夜は約束があるのに、上司に残業を押しつけられそうになったときのリアクションとして、よくある3つのパターンを紹介しています。上司のほうも「2時間くらいなんだから、いいだろ?」と、NOを言うスキを与えない、かなり圧のかかった要請をしている想定です。同一人物だからといって、いつも同じリアクションをするとは限りませんが、たとえばこんなとき皆さんのNOは、どのパターンにあてはまるでしょうか?


①は、まずは相手の非を突っ込むという攻撃から入るNOです。これを選んだ人は攻撃的な自己主張に偏りがちで、他人に抑圧的な「アグレッシブタイプ」の要素が強い人といえるでしょう。勝ち負けにこだわったり、自分の意見を他人に押しつけることが多くなるため、周囲の人に疎まれる傾向があります。ちなみに残業を押しつけてくるこの場合の上司は、まさにアグレッシブタイプ。ギリギリよく言えば、表裏がなく、「感情に正直」な人ともいえるでしょう。


続いて②は、受け身的で依存的に見える「パッシブタイプ」。アグレッシブタイプとは対照的に、自己主張を避け、相手の意見をそのまま受け入れてしまう傾向が強い人です。自分の意見を言わない不正直な人と思われることもあり、相手に不安感を与えたり、つけ込みやすい対象として軽く見られることもあります。


今回のケースでもはっきりNOと言わないので、上司のなかではとっくに「了承」と見なされ、約束している友人とか恋人とかに、こそこそ電話して、「ごめん、今夜だめになった」と告げるハメになります。


アグレッシブもパッシブも、人間なら誰もが深層心理に持っている本能行動。意識しないと本能の指令のまま、どちらかのパターンに振れてしまいます。


ただし、皆さんの周囲にはしっかりNOを言っているのに、アグレッシブでもパッシブでもなく、なぜか相手との和を保っている人がいませんか?


これがつまり③のアサーティブタイプです。もしこれを目指すなら、意識して本能行動をコントロールする必要が出てくるわけです。


ここで、アサーティブなAさんがNOを言うときの、上司との具体的なやりとりを考えてみましょう。


上司「残業といったって、2時間くらいなんだから頼むよ」
Aさん「ちょっと待ってください。それは困ります。すみませんが、私は今日、約束がありまして、やりたくてもできないんです」
上司「いやいや、クレームが来て困っているんだよ。少しくらい手伝ってよ。こういう複雑な書類は、おまえじゃなきゃだめなんだよ」
Aさん「今夜はお役に立てませんが、明日の朝早く来てやりますよ。それではだめですか?」


■上司との関係維持には真実よりも巧みなうそ


ここまで言えば、上司も無理強いする理由がありません。上司も、Aさんも、どちらもうまくいくアサーティブなNOが言えたことになります。ポイントは、話す前の深呼吸と意思の表明や謝罪の言葉。そしてしっかりNOの理由を述べることも必要です。さらにこのNOの理由が何かも、上司のYESを引き出すための鍵を握っています。とくに彼女とのデートや、家族の誕生会など、人も羨むようなハッピーなイベントの場合は、うそも方便で別の理由を言ったほうがいい場合が多いです。たとえば……。


上司「残業といったって、2時間くらいなんだから、頼むよ」
Aさん「すみません。今日は用事があってお手伝いできません」
上司「なんで? ほかのみんなは残ってくれるって言ってるのに」


このように上司は、時に集団同調心理を利用するなど、あの手この手で残業を引き受けさせようとするかもしれません。そこでAさんはこうNOの理由を明かすのです。「実は今夜は両親が旅行に出かけているので、私が祖母の介護を代わりにやることになっていまして……」とか、「今夜は入院している父の主治医と病状説明のアポが入っていまして」などの理由を言えば、上司はNOを受け入れるしかないはずです。


こうしたうその理由を言うことで良心がとがめる人もいるかもしれません。NOを言えない人はまじめな人が多いので、なおさらでしょう。でも、事実を言って上司との関係を悪化させるより、うそを言って上司との良好な関係を保つようにするほうが賢明な場合もあるのです。


上司からの飲み会の誘いを断るシーンでも、こうしたアサーティブなスキルが大いに役立ちます。会社の飲み会には出ないというポリシーを持った部下でも、「会社は仕事の場であり、飲み会は必要ありますか?」などと上司に言うのはあまり感心できません。たとえそれが正論だったとしても、上司との摩擦しか生まれないからです。それよりうそでも、前出の「祖母の介護があって……」などの理由を使うことが得策となります。


ひとつだけ気を付けたいのは、口から出任せの理由を言った後に、上司からのたたみかけるような質問に口ごもってしまうこと。うそがばれる最悪の展開だと思います。祖母の介護設定で、「へー、大変だね。ご両親はどこに旅行に行ったの?」という質問が上司から出たときは、すぐに「父方の本家で不幸がありまして、鳥取の実家に行ったのです」などの理由が出てくるように、事前にいくつか「設定メモ」を作っておくことをおすすめします。


またアグレッシブな上司の場合は、残業を断るだけで、「ふざけんな! クレームが来ているのは、おまえも関係ある仕事だろ!」などと大声で罵倒するようなこともあるかもしれません。そんなときは、深呼吸のワザなどを使って、まず自分を落ち着かせること。そして静かにこう言うのです。


「職場で大きな声を出すのはやめていただけますか?」


■上手なNOで目指すは相手とのウインウイン


こうして、上司に冷や水を浴びせると同時に、正当な理由を言えば、誰が見ても大人なのは上司よりあなた。大きなもめ事に発展する前に、事を収めることも可能です。ほかに、熱くなっている上司のハラスメント行為にNOを出す部下の行動としては、無関心を装う、なぜ怒っているんですか? などと逆質問して一瞬頭を切り替えてもらう、じっと見つめて沈黙する、上司の言葉をオウム返しで返すなどのワザも覚えておくといいでしょう。


ちなみにパワハラにNOを言う場合の最後の手段は、「音声をICレコーダーに録音させていただきました」でしょうか。まあ、ここまでしないまでも、とにかく熱くなっている相手の頭を切り替えさせてから、NOと言うのがいいですね。こうして意味のない軋轢を回避しつつ、「断り名人」とも言えるアサーティブな大人を目指す。これが正しい自己主張の方法となるでしょう。


そこで最後に、アサーティブになるための条件をいくつか紹介しておきます。


まずは自分の価値観に忠実であること。これがブレてしまうと、アサーティブとは言えません。また相手の意見はしっかり聞き、常に自分がどうあるべきかを考えることです。そのために前出のように深呼吸などの準備運動をして、自身の熱を冷ましてから対峙することを心がけましょう。さらには、常に自分と相手の権利を守り、このNOを言っても、「自分もウイン、相手もウイン」になる道を探ることを怠らないことも大事です。


断り上手は、人生の達人……これは私が繰り返し言ってきた言葉です。自分が子どもだった頃を思い出してみてください。好き嫌いや、嬉しい悲しいなどの感情を素直に出して、大らかでハッピーな時間を過ごしていた記憶を持つ人が多いでしょう。大人になって生まれるNOの軋轢は、大人のスキルで解消すればいいのです。


※本稿は、雑誌『プレジデント』(2024年5月31日号)の一部を再編集したものです。


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神岡 真司(かみおか・しんじ)
ビジネス心理研究家
日本心理パワー研究所主宰。最新の心理学理論をベースにしたコミュニケーションスキル向上指導に定評がある。法人対象のコミュニケーショントレーニング、人事開発コンサルティング、セミナー開催などで活躍中。著書に、『人生を1時間でチート化する 対人スキル20』(ワニブックス)、『脳のクセを徹底活用! 「認知バイアス」最強心理スキル45』(清流出版)、監修書に35万部のベストセラーとなった『ヤバい心理学』『もっとヤバい心理学』(ともに日本文芸社)など。
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(ビジネス心理研究家 神岡 真司 構成=福光 恵)

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