契約書にサインをしたら手遅れになる…消費者問題の専門家が不動産会社に徹底交渉して「安くなった項目」

2024年5月27日(月)17時15分 プレジデント社

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/xijian

写真を拡大

マンションやアパートを借りる時、仲介業者から鍵の交換代や退去時のルームクリーニング代などの負担を求められることがある。元日本女子大学教授の細川幸一さんは「この春、新宿区のマンションを借りた際に、私も求められた。法律や国交省のガイドラインの趣旨は守られておらず、入居者に負担が押し付けられている現状がある」という——。

■部屋探しでモヤモヤした特約と過剰なオプション


この春に執筆活動用の書斎として新宿区のマンションの一室を借りた。


最終的にはおおむね条件に合った部屋を見つけることができたが、不動産仲介会社で賃貸借契約を結ぶ際、その内容に納得がいかないものが多々あった。


借主である自分に不利になると思われる条件があったり、「こんなものも必要なのか?」と思えるオプションが提示されたりした。


写真=iStock.com/xijian
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/xijian

例えば、国交省のガイドラインでは大家(貸主)が負担されるべきものとされる、退去時のルームクリーニング代とエアコン内部洗浄代金が、特約で借主(筆者)の負担となっていた。ガイドラインを示しながら仲介会社にこの点を指摘したところ、「やめてもらって構いません」と言われ、交渉の余地はなかった。クリーニング代は約4万円と聞いた。もっと安い業者があるから自分で探すと伝えても、反応は同じだった。


筆者は立地や家賃の条件を優先し、特約に盛り込まれた内容に合意したが、モヤモヤした気持ちが残り続けた。本来、借主が負担するべき原状回復義務のないものだからだ。


筆者提供
筆者が受けとった東京都賃貸住宅紛争防止条例に基づく説明書の特約部分 - 筆者提供

住宅を借りる契約をするときは、貸主と借主が直接契約することはまれで、多くは、不動産会社が仲介するのが一般的だ。当たり前だが不動産仲介会社は営利企業だ。また、借主は通常「一見さん」であるが、貸主とはその地域で継続的な関係を築きやすい。したがって賃貸借の条件は貸主や不動産仲介会社に有利なかたちで提示されることも多い。


私たち消費者が、賃貸住宅を借りる上で損をしないためにはどんなことに気を付ければいいのか。今回の部屋探しで痛感した問題点・注意点から検討したい。


■そもそも「家賃1カ月分の仲介手数料」はオカシイ


不動産仲介会社は賃貸契約に関する仲介手数料で利益を得る(売買契約の仲介手数料も同様)。仲介手数料は家賃の1カ月分(消費税を加えて1.1カ月分)という表示をよく見かけるし、それが当たり前と思っている消費者も多いだろう。


しかし、宅地建物取引業法によって、借主と貸主から受け取れる手数料の上限はそれぞれ「賃料の0.5カ月分以内」(消費分を加えて0.55カ月分)と定められている。ただし、法律の例外規定によって、依頼者の承諾があれば、どちらか一方から賃料の1カ月分以内までの手数料を受けることができる。


つまり、例外規定によって借主が家賃1カ月分の手数料を払っても違法ではなくなり、むしろ一般的になってしまっているのだ。宅建業法の本来の規定どおり、手数料を0.5カ月分としている不動産会社もあるので、家探しはまず不動産会社探しからするとよいだろう。


ただし問題はそう単純ではない。仲介手数料を0.5カ月とする物件は、その分、貸主の利益が減るわけで、家賃そのものを高くしている恐れがある。結局、後述する敷金や礼金などの総額で判断する必要がある。


写真=iStock.com/takasuu
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/takasuu

■原則は家賃の0.5カ月分


仲介手数料の値下げ要求はできるのか。むろん交渉は自由だが、不動産会社が容易に応じるとは思えない。だが諦めてはいけない。家賃の値下げ交渉のカードには使える。何もないよりも説得力があるだろう。


ちなみに、仲介手数料ゼロ、あるいは不要という物件もある。貸主が1カ月分を払うことに同意していれば、借主の負担はゼロだ。ただそうした物件は借り手が見つかりにくい理由があるからかもしれないので注意が必要だ。また不動産会社自身が所有する賃貸物件の場合は仲介業務そのものが存在しないので手数料は不要ということになる。


近年、不動産業界で注目された判決があった。東京高裁の2020年1月14日判決で借主が不動産会社大手の東急リバブルを相手取って、すでに支払った仲介手数料1カ月分のうち半月分の返還を求めた裁判で、借人の請求が認められたのだ。


この裁判ではいつ承諾を得たかが争われた。裁判所は、東急リバブルは借主に対して事前説明を行っておらず、承諾を得ていなかったと判断した。ただし、裏を返せば「事前に説明し、承諾があれば家賃1カ月分の手数料をとっても問題ない」ということであり、現状を追認した形になった。


法律の原則が、例外規定によって歪められている現状は、明らかにおかしい。例外規定は削除すべきだ。少なくとも不動産会社は「本来は0.5カ月分の手数料が法の原則だが、例外的に1カ月分を徴収する」と借主に明示すべきだろう。


■世界にまれな日本の礼金


賃貸借契約するにあたって礼金を取る物件がある。家賃の1〜2カ月分が相場であるようだ。礼金とはその名の通り「お礼」だ。敷金と違って退去時の返金はない。礼金は昔からの名残で、長屋を借りるときや借金をするときは家賃や利息のほかに謝礼を払う慣習があったという。


借金については、現在はまったく見かけない。これは利息制限法により利息が制限され、またどのような名目であれ、利息換算するルールがあるからだ。そうしないと利息制限は意味がなくなる。一方、家賃については家賃制限法があるわけでもなく、契約自由を基本としているので、礼金が否定されず残ってしまっているのだ。


以前、日本に駐在する外交官から、「日本で住宅を借りるときの礼金が本国の理解を得られず困った」という話を聞いた。かなり特殊な制度だ。礼金を取らなかったり、少額になっているケースも出ていている。契約締結のお礼に金を払うのは現代の感覚にはなじまない。「礼金を規制しても家賃が上がるだけ」という意見もあるが、契約社会における取引条件の適正化という視点からいれば、やはりおかしい。家賃で勝負をするべきだと思う。


ただし、礼金ゼロならよいとは言えないのが不動産の難しいところだ。敷金・礼金ともにゼロ・ゼロ物件が一時流行したが、短期間で退去すると高額の違約金を請求されたり、少しでも家賃を滞納すると強制的に退去させられたりする事例が相次いだ。ゼロ・ゼロになった分、貸主はどこかで回収しようとするわけだ。


写真=iStock.com/byryo
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/byryo

■「原状回復の義務」は抜け道だらけ


敷金は家賃の1〜3カ月分となるのが一般的だ。関西では保証金と呼称される。家賃の滞納、退去時の清掃や修復に備えて貸主が預かる金銭で、退去時に返金される性質のものだが、返金されなかったり、追加請求されたりするケースが大きな問題になってきた。


例えば、「4年間住んだあとの退去時に大家から、クロスの張替、カーペットの取替、鍵の交換、ハウスクリーニング等の費用を負担してもらうと言われ、高額な原状回復費用の請求書が届いた。敷金20万円(家賃2カ月分)だけでは足りず、不足分として7万円を請求されている」(川崎市消費者行政サイト参照)といった事例だ。


かつて民法には原状回復についての規定はなかったが、2020年4月1日に施行された改正民法では、「賃借人は賃借物を受け取った後に生じた損傷について、原状回復義務を負うが、通常損耗や経年変化については原状回復義務を負わない」と明記された。


賃借人が原状回復義務を負う範囲は、故意や不注意、または手入れ不足等で汚したり、壊したりした部分の修繕費用だ。タバコのヤニや臭い、ペットがつけた柱のキズ等は通常損耗・経年変化に当たらないとされる。


通常損耗や経年変化は、誰が住んでも、通常通りに部屋を使用していれば生じると予想される劣化だ。具体例として、日焼けしたクロスや畳、家具の設置跡がついた床やカーペットのへこみ、テレビや冷蔵庫等の後部壁面に発生した黒ずみ等がある。


敷金についても改正民法で定義され、賃料などを担保するために納める保証金のようなものだと定義された。賃貸借契約が終了して賃借人が部屋を明け渡した時点で、賃貸人には敷金を返還する義務がある。


■特約は本当に「合理的」なのだろうか


しかし、これで問題が解決したとは言えないのが現状だ。


賃料滞納や原状回復費用などの債務がある場合は、敷金から差し引いて返還されることになるが、通常損耗や経年変化について賃借人に原状回復義務を負わせる「特約」(賃貸借契約における特約事項)については、改正民法で明記されていないのだ。したがって、過去の判例等で判断するしかない。


これまでの判例等では「特約」が有効となるのは、以下の3要件が必要であるとされる。


(1)特約の必要性に加え暴利的でないなどの客観的、合理的理由が存在すること
(2)賃借人が特約によって通常の原状回復義務を超えた修繕等の義務を負うことについて認識していること
(3)賃借人が特約による義務負担の意思表示をしていること

実例を挙げよう。今回の賃貸借契約書の特約事項にこう書いてあった。


「退去時のルームクリーニング代金とエアコン内部洗浄代金は乙負担とする」(筆者註:乙は筆者)


国土交通省が出している「原状回復に関するトラブルとガイドライン」という冊子がある。ここには「退去時における原状回復をめぐるトラブルの未然防止のため、賃貸住宅標準契約書の考え方、裁判例及び取引の実務等を考慮のうえ、原状回復の費用負担のあり方について、妥当と考えられる一般的な基準」が示されている。


写真=iStock.com/bombermoon
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/bombermoon

■クリーニング業者は自由に選べず、鍵交換代は借主負担に…


そこには以下の記述がある。


●全体のハウスクリーニング(専門業者による)
(考え方)賃借人が通常の清掃通常の清掃(具体的にはゴミの撤去。拭き掃除、掃き掃除。水回り、換気扇、レンジ周りの油汚れの除去等を実施している場合は、次の入居者確保のためのものであり、賃貸人負担とすることが妥当と考えられる。


●エアコンの内部洗浄
(考え方)喫煙等による匂い等が付着していない限り、通常の生活において必ず行うとまでは言い切れず、賃借人の管理の範囲を超えているので。賃貸人負担とすることが妥当と考えられる。


いずれも貸主(大家)負担が妥当と書かれているが、実際には特約によって借主負担にされてしまっているのだ。筆者のケースも同様だった、冒頭で紹介した通り、ここに交渉の余地はなかった。さらにハウスクリーニング代が安価に済む業者を自分で探すと提案したら「それはちょっと」と断られてしまった。


筆者がもう一つ違和感を覚えたのが、鍵の交換費用だ。額は2万2000円。契約書には盛り込まれず、交換の要否は借主の自由とのことだった。


これはおかしい。鍵は前住居者が使用していたもので、合鍵が作られているかもしれない。入居者にとってはリスクだ。「鍵の交換は自由」と言うが、「安全を考えるなら自分で費用を出して鍵を交換しろ」と言っているに等しい。


再び国交省のガイドラインを見てみると、「鍵の取替え(破損、鍵紛失のない場合)は賃貸人の負担」としている。家の安全確保は重要な要素であり、貸主がそれを担保する責任がある。だからこの費用は家賃に含まれるのが妥当だろう。


写真=iStock.com/ijeab
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/ijeab

しかし、これも実際には守られていなかった。何のためのガイドラインなのだろうか。


■「トラブル防止」は大家のため


もちろん裁判を起こし、前述の特約3要件のいずれかに該当しないこと主張すれば認められるかもしれないが、わざわざそうする人はいないだろう(説明は省くが、適格消費者団体による訴訟制度を活用する方法もある。これで敷金の有効性を争う訴訟が提起されている)。


ご丁寧なことに、契約時、筆者は不動産会社から東京都の「賃貸住宅紛争防止条例に基づく説明書」まで交付された。ここでは「当該契約における賃借人の負担内容について」の項目にも「退去時のルームクリーニング代金とエアコン内部洗浄代金は賃借人負担とする」と書いてあるのだ。すなわち、借主(筆者)に不利な契約内容を書面で明記することが「紛争防止」なのだ。これでは貸主のために紛争防止であって、消費者(借主)のためのものではない。


当然、消費者には「契約の自由」がある。こうした内容に不服なら契約を拒否できる。契約しない自由もあるからだ。しかし、交渉によって契約内容を決める自由はない、あるいは乏しいのが現状だ。契約しなければ生活できない場面は多々あり、「契約しない自由」があるのかも怪しい。借主である消費者は明らかに不利な立場に置かれ、特約をしぶしぶ受け入れなければならないのだ。


ネットには入居時・退去時にトラブルやぼったくりを防ぐためのコツ・交渉術などを教える動画も多く出回っている。しかし、こうした制度根本に疑問を持つべきではないか。


■過剰なオプションは拒否できる可能性も


部屋探しの中で交渉の余地があるものもある。例えば、連帯保証人。近年では保証会社の利用を求めるケースが増えた。保証料を払って保証してもらうもので、初めの賃貸借契約期間(2年など)は家賃の0.5カ月分、その後は毎年1万円というような条件が多い。


しかし、賃貸の場合は住宅購入と違って保証すべき額がそれほど多くないので、とくに学生などの場合には親などに連帯保証人になってもらい、保証料を節約したい場合もあるだろう。それを認めない物件もあるが交渉をしてみるとよい。私の過去の経験だが、「更新時の保証料が高い」と指摘し、保証料の安い保証会社に変えてもらった。不動産会社が示してきた条件を鵜呑みにしないことも重要だ。


火災保険加入も同様だ。筆者の場合、不動産会社から提示された火災保険の保険金額設定が過剰だった。不動会社自体が火災保険の代理店になっている場合もあり、手数料稼ぎのために高い保険金の保険を勧められることもある。


例えば、家財に対する補償金額が800万円だとしても、損害保険は実損主義なので、家財の評価額が300万円だったらそれ以上は出ないのだ。500万円分かけすぎで、その保険料分を損することになる。特に家財保険にかかる保険料は高いから差額も大きい。私は提示された保険プランは高いからいやだ、自分で探すと主張し、保険料が半額以下の保険にネットで加入して了承となった。


■不動産仲介会社の言いなりになってはいけない


また、住宅サポートなるものも提示された。2年間でサポート料は1万6500円だった。「入居者の安心をサポート」するサービスで、鍵の紛失時、水回りのトラブル時の駆付けなどのサービスだったが、これもこんなものは要らないと言ったら承諾された。


仲介会社の言葉を安易に鵜呑みにしてはいけない。要するに過剰なオプションを押し付けてくる場合もあるということだ。これは拒否できる可能性が高い。受け入れなければならないと思わず、内容と対価を検討し、要らなければ要らないとしっかり主張することが重要だ。


ただし今回は、契約書に盛り込まれた内容に交渉の余地はほとんどなかった。立地や家賃などの条件面を優先し、それ以上踏み込まなかった。しかし、受け入れられるかどうかは別だが、契約の当事者なのだから主張すべきは主張すべきだと思う。「行動する消費者」が世の中を変えるのだ。


----------
細川 幸一(ほそかわ・こういち)
日本女子大学家政学部 元教授
独立行政法人国民生活センター調査室長補佐、米国ワイオミング州立大学ロースクール客員研究員等を経て、日本女子大学教授。一橋大学法学博士。消費者委員会委員、埼玉県消費生活審議会会長代行、東京都消費生活対策審議会委員等を歴任。専門:消費者政策・消費者法・消費者教育。2024年3月に同大を退職。著書に『新版 大学生が知っておきたい生活のなかの法律』『大学生が知っておきたい消費生活と法律【第2版】』(いずれも慶應義塾大学出版会)などがある。歌舞伎を中心に観劇歴40年。自ら長唄三味線、沖縄三線を嗜む。
----------


(日本女子大学家政学部 元教授 細川 幸一)

プレジデント社

「契約書」をもっと詳しく

「契約書」のニュース

「契約書」のニュース

トピックス

x
BIGLOBE
トップへ