あまりに非道な中野市4人殺害事件、だが容疑者は「死刑回避」の可能性も

2023年5月29日(月)6時0分 JBpress

(作家・ジャーナリスト:青沼 陽一郎)

 長野県中野市で25日の夕方、女性2人が刺され、駆けつけた警察官2人が猟銃で撃たれて、死亡した事件。長野県警は、そのまま自宅に立てこもっていた青木政憲容疑者(31)の身柄を翌朝4時半ごろに確保し、殺人容疑で逮捕した。青木容疑者は、同市の市議会議長の息子だった。父親は即日、議員辞職している。

 死亡したのは、近くに住む村上幸枝さん(66)と竹内靖子さん(70)、それに通報を受けて駆けつけた中野警察署地域課の玉井良樹警部補(46)と池内卓夫巡査部長(61)。


パトカーに近づき、運転席側の窓から猟銃で発砲

 事件は25日の午後4時25分ごろ、畑仕事をしていた男性が逃げてくる村上さんを目撃。その背後から迷彩服に迷彩帽、サングラス、マスクをした青木容疑者が追いかけ、そのまま村上さんの背中や胸を刃渡り30センチほどのサバイバルナイフのような刃物で刺した。青木容疑者は男性に「殺したいから殺した」と言い放って、その場を去った。

 この頃にはすでに別の場所で、竹内さんが刺されていたとみられる。ふたりは散歩仲間で、この時間帯はいつも青木容疑者の自宅近くを歩いていた。

 程なく、パトカーのサイレンを鳴らして中野警察署の2人の警察官が駆けつけると、青木容疑者が再び現れ、停車したパトカーに近づき、手にした猟銃を構えて、運転席側の窓から発砲。目撃者によると、この時の青木容疑者の目は血走り、ニヤリと薄ら笑いを浮かべていたという。それから青木容疑者は自宅に戻って籠城。県警は周辺の半径300メートルの近隣住民を避難させ、通行を規制した。

 まさに猟奇的な事件だった。メディアは競うように青木容疑者のひととなりを聞き出し、生い立ちを追って報じる。中学校の卒業文集の作文まで読み上げるテレビ情報番組もあった。無抵抗の高齢女性を襲い、至近距離から猟銃を発砲した残虐非道な犯行は、決して許されるものではない。4人も殺害したとなると、まず極刑は避けられない。

 しかし、冷静になってこの事件を振り返ってみれば、不可解な点も多く、いまだ起訴もされていない時点ではあるが、青木容疑者の極刑が回避される余地が多分に残っている。


伝えられる供述に腑に落ちない点も

 その大きな理由のひとつが、逮捕された青木容疑者がこう供述していると伝えられることだ。

「被害者の女性に悪口を言われたと思って殺した。射殺されると思ったので警察官も殺した」

 そもそも、事実はともかく、悪口を言われたところで、相手を刺し殺そうと決意するだろうか。迷彩服に迷彩帽、マスクとサングラスというのも、計画的で強い殺意がうかがえる。まして思い込みで殺したとなれば、なおさら理解し難い。

 一部の報道によると、青木容疑者は引きこもりがちだったとされ、「(死亡した女性2人に)自分が周囲から孤立しているように悪く言われた」と供述しているとも報じられているが、そうだとすると自分の置かれた境遇に異様なこだわりを持っていたことになる。

 それに、パトカーで警官が駆けつけただけで「射殺される」と考えるだろうか。抵抗せず、自首すれば済む話だ。それもあえて近づいて行っての発砲だ。そこの発想に飛躍がありすぎる。

 そこで私の脳裏を過ったのが、兵庫県の淡路島で“引きこもり”の男が、近隣の民家に押し入って住人5人を刺し殺した過去の事件だ。


犯行時、心神耗弱だったか

 2015年3月9日の夜明け前。田んぼが広がる中に、瓦ぶきの家がぽつりぽつりと点在するのどかな集落で、30代の女性が民家に逃げ込んだことで事件が発覚する。

「お父さんが刺された」

 この時には、女性の父親と母親、それに祖母の3人が家に押し入った男に刃渡り約18.6センチのサバイバルナイフで刺され、さらにその前に、もう一軒の別の家でも老夫婦2人が刺されていた。

 刺した男はそのまま自宅に戻り、自室にいたところを、110番通報で駆けつけた警察官によって身柄を確保された。ところが、あとになって警察官から男の写真を見せられた近隣住民は一様に驚く。見たことがなかったからだ。その家の父親のことは知っていたが、その息子にあたる男が住んでいることは知らなかった。いわば、完璧な引きこもりだった。

 男は裁判で被害者5人を「サイコテロリスト」「工作員」と呼び、「電磁波兵器で攻撃されていた。犯行は、その反撃だった」と主張。「本当の被害者は私。工作員がブレイン(脳)ジャックし、殺害意思を持つよう強制した」とまで語っていた。男には入通院歴があり、措置入院も2度あった。ずっと投薬治療を続けていた。

 一審の裁判員裁判では死刑が言い渡された。ところが、職業裁判官のみで審理される二審の高等裁判所は犯行時の「心神耗弱」を認めて死刑判決を破棄し、無期懲役とした。刑法39条には「心神喪失者の行為は罰しない。心神耗弱者の行為は刑を減軽する」とある。

 こうしたケースは、他にもある。同じ2015年9月に、埼玉県熊谷市でペルー人の男が見ず知らずの住宅に次々と押し入り、小学生2人を含む6人を殺害した事件では、男が「ヤクザに追われている」と語るなど、誰かに追われているという妄想があったとされ、やはり一審の裁判員裁判の死刑判決を高裁が破棄し、無期懲役としている。いずれの事件も、そのまま無期懲役が確定している。


母親やおばは「人質」だったのか

 中野市の事件では、約12時間にわたる自宅での「立てこもり」「籠城」が伝えられているが、淡路島の事件のように、青木容疑者も犯行のあとにただ、自宅に戻っただけだったかもしれない。それでも猟銃を持っていて、警察官も近寄れないから、出頭を呼びかける。それがいつの間にか「立てこもり」になって大きく報じられた。深夜になって、同居する母親やおばが自宅から逃げ出しているが、人質にしていた様子もうかがえない。

 青木容疑者の逮捕容疑は、いまのところ池内巡査部長の殺害のみ。これから時間をかけて、他の殺人でも再逮捕を繰り返し、慎重に取り調べ、おそらく検察は刑事責任能力が問えるか、鑑定留置を実施するはずだ。捜査関係者が明らかにしないだけで、青木容疑者は意味不明なことを語っている可能性も否定できない。

 事件の残虐性に、報道が加熱し、裁判員を担う一般市民の処罰感情も高まる。だが、事件を知れば知るほど、不可解な点も多い。容疑者に同情するつもりはないが、日本の司法の現実を踏まえつつ、冷静な視点で捜査の推移と報道を見つめる必要がある。

筆者:青沼 陽一郎

JBpress

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