高齢者ばかりの過疎地でも「令和型書店」ならやっていける…広島県庄原市に出店を決めた「総商さとう」の勝算

2024年6月4日(火)10時15分 プレジデント社

広島県庄原市の通り - 筆者撮影

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今年5月、中国山地の山あいにある過疎地に書店「ほなび」がオープンした。全国で書店の閉店ラッシュが相次ぐ中、なぜこの時期、この場所で開業したのか。果たして経営は成り立つのか。ノンフィクションライターの三宅玲子さんが取材した——。

■人口3万3600人の市に書店は一軒のみ


着々と開店準備が進む本屋の店内で、地元の人たちが嬉し涙を流している。それも1人ではない。「この町に本屋ができるなんて」と、何人もの人が胸を震わせ泣いているのだ。


それほどまでに書店を人は渇望するものなのか——。


圧倒される思いとともに編集者にメールで報告したところ、こんな感想が送られてきた。


〈本屋ができることに涙を流すというのは、都会の人間には想像できないことですね。〉


同感である。しかも、大型書店から地域の書店まで、書店といえば閉店しか話題にならないこの時期に、なのだ。


広島県庄原市。中国山地の山あい、里山に囲まれた、自然の豊かな美しい盆地だ。2005年に6つの町が旧庄原市に合併されて誕生した。市の総人口は3万3600人。さまざまな地方の地域と同様、人口減少問題は深刻だ。2015年からの5年で3367人減、高齢化率は44.6%。だが面積は広島県の自治体でもっとも広く、香川県の3分の2に相当する。


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広島県庄原市の通り - 筆者撮影

この広大な庄原市にはかつて各町に書店があったが、2023年秋には、市内の北東部、東城町で1998年から営業する書店「ウィー東城店」のただ一軒となった。


■過疎地ではあるが、子どもが多い場所


今回、町の人たちの希望がかなって書店が開業するのは、旧庄原市地域で、商圏人口は2万人ほど。JR備後庄原駅の近くには庄原市役所、消防、警察、病院など、地域のインフラが集まる。


駅から徒歩15分、30台は停められそうな駐車スペースを囲んで小児科クリニックと調剤薬局、市の運営する子育て広場がお隣りさんだ。周辺には幼稚園と小学校、県立高校がある。過疎地だが、子どもたちの姿がたくさん見られる場所だ。


元コンビニエンスストアだった80坪の空き店舗が開業予定地だ。


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「ほなび」の外観 - 筆者撮影

■人口7000人の町で書店を続ける手腕


前述のウィー東城店を経営する株式会社総商さとうが出店する。代表取締役社長の佐藤友則さんからこの計画を聞いたのは昨年秋だった。筆者は3月に、11の独立書店を取材したノンフィクション『本屋のない人生なんて』(光文社)を公刊した。その3章で佐藤さんの経営するウィー東城店の物語を書かせてもらっている。


人口7200人(2021年当時)の町で、書籍を真ん中に、CD、文房具、化粧品、地域の特産品など、複合的に組み合わせて取り扱う経営手法もさることながら、佐藤さんをはじめすべてのスタッフが「徹底して来店客の心に添う」ことを目指す経営方針だった。


地域の高齢者から赤ちゃん連れまで、あるいは店の向かいにある小学校の子どもたち、さらには、学校や会社に通うことにつらさを感じる人など、あらゆる人を受け止めることにスタッフが全員で工夫を重ねていた。佐藤さんによれば、それは「本」を商っているからこそできることなのだという。人口7000人の町で書店を成り立たせている経営力は、計数の捉え方もさることながら、本の力を知る書店員の強さを見せられる思いのする、まさに「腕」だった。


だが、そのウィー東城店でも、2022年度の決算は十数年ぶりに赤字だったと佐藤さんは話した。この出店計画を聞かされたのは赤字決算の話のあとだった。しかも、今回は複合的な店舗形態ではなく、本と雑誌だけで書店をつくるつもりだというのだ。一体、何が起きようとしているのか。


■「やっぱり、本屋がないと困りますから」


「庄原に本屋をつくってほしいと頼みました。やっぱり、本屋がないと暮らしている人たちは困りますから」


庄原市議会議員の林高正さんは、言い出しっぺだ。5期目の現在、議長を務める。佐藤さんより20歳近く年齢は上だが、ウィー東城店を訪ねたことがあり、佐藤さんとは顔なじみだった。


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庄原市議の林高正さん - 筆者撮影

庄原市には県立広島大学庄原キャンパスがあるが、学生数の減少や学生食堂の運営など、大学の存続に関わる問題が生じていたことも気がかりだったと林さんは言う。同大に進学して庄原市に移り住んだ学生のためにも、本屋はあったほうがよいということか。


庄原市商工会議所の本平正宏専務理事も出店を応援したという。


「ネットで検索すれば情報を得られる時代ではあります。でも、実際に書店に行って本を眺めて、その中から自分に必要な本を探しながら、自分で考えたり調べたりすることで、大切なものが積み重なっていくし、それは生きる力にもなるでしょう。だから、子どもたちのためにも本屋は必要なんです」


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庄原市商工会議所理事の本平正宏さん - 筆者撮影

■人が集まり、そこから知恵が生まれる


だが、この人口減少時代、書店が開店すれば地域が再生するというものでもないだろう。林さんと本平さんに質問してみた。


——本屋ができればこの町は活性化されますか?


林さん「それは難しいだろうね。でも、そもそも『活性化』ってなんだろう、とこの町に暮らす僕らは思うわけですよ。この町に暮らす人たちの幸福観は都会の人たちのいう『活性化』とは質の違う話ですもんね。本屋には人が集う、人が集まればそこから知恵が生まれます」


本平さん「私は期待していますよ。きっとイベントなども行われるようになるでしょうし、やっぱりそこには人が集まる。周囲の学校に通う子どもたちにとっても大切な場所になるはずです」


2人は反対のことをいっているようで、「人が集まる場所は地域に必要なこと。それは本屋だからこそできること」という点では同じ意見だった。


果たして書店の船出はいかに——。


■「棚入れ」のイベントに市民が参加


空っぽの書棚が並ぶガランとした店内。この風景を静止画で見れば、このご時世、ほとんどの人が「ああ、また書店が閉店したんだな」と思うに違いない。4月25日、取次会社トーハンがこの場所に6トンの本を乗せたトラックを乗りつけた。書籍573箱、雑誌111袋、総重量6tを運んできたのだ。


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オープン前の「ほなび」の店内。空っぽの書棚の前に本の入った段ボールが積み重なる - 筆者撮影

4月27日、ゴールデンウィーク初日の朝9時半、開業を控えた店舗内に30人近い人が集まっていた。空っぽの本棚に本を並べていく「棚入れ」の作業を公開で行おうとしていた。


ヨチヨチ歩きの小さな子や小学生を連れた家族から県立広島大学の学生、ベテラン世代まで、庄原市内外から集まった人たちだ。地域の人たちと本屋をつくっていくプロセスを共有したいと佐藤さんが発案し、呼びかけたところ、この日から3日間で150人から手があがったという。


ジャンルを記したラベルの貼られた棚に、届けられたばかりのダンボール箱から1冊ずつ取り出して並べていく。本が好きな人にとって心ときめく作業だ。


■破格の家賃でテナントを貸した理由


「うちの、このテナントを担当する社員から、佐藤さんにここを貸してあげてくださいって頼まれたんですよ」と笑うのは店舗物件のオーナー、長岡廣樹さんだ。長岡さんはこの物件を所有する長岡商事の社長で、本社はテナントに隣接する。筆者の試算では、この場所の坪あたりの賃料の相場からすれば、半額に近い破格の家賃で長岡さんの会社は佐藤さんと契約をしている。


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オーナーの長岡廣樹さん - 筆者撮影

「社員に、あなた、どっちの社員なんやっていったほどですよ。それくらい、うちの社員は佐藤さんに借りてほしいと一生懸命でした」


それはこういう話だった。前述の林さんが佐藤さんに「庄原に本屋を出してほしい」と言ったあと、地元の信用金庫の支店長が、コンビニエンスストアが撤退して半年以上空き店舗になっていた物件を、佐藤さんに紹介。内見に訪れた佐藤さんは一目で気に入ってしまった。だが、家賃が高くて手が出せない。


佐藤さんと商談を進めた長岡商事の担当者は、ぜひとも書店に入ってほしいと思い、社長の長岡さんに頼み、長岡さんはほだされた——。


■このエリアに休日の賑わいをもう一度


とはいえ、それで採算がとれるのか。


「ここはもともと庄原の中心部だったんですが、近年はバイパス沿いに流通店が集まって人の流れが変わってさびしくなりました。でも、ご覧の通り、周辺には幼稚園や小学校、高校があります。同じ敷地に小児科クリニックもある。ここに本屋さんができれば、きっと人の集まる場所になるでしょう。そうすれば、同じ敷地に本社のあるうちの事業にもプラスになりますから」


だが、健康関連施設など、ほかにも複数の企業から正規の家賃で借りたいという話があったとも聞いた。それでも、家賃の売上は低くとも本屋さんにきてほしい、その渇望はどこからくるのか。ここからは、長岡さんの会社の社員で「ほなび」の物件を担当した前田仁美さんの話を聞こう。


「庄原の人は穏やかでとてもやさしい気質だと思います。私はこの会社で働くようになって10年ほどですが、ほんとうにいい町です。でも、週末になるとこの一帯はがらんとして静かになってしまいます。この町に、佐藤さんの本屋ができることでまた活気が戻ってほしいです。そうしたら、ここに暮らすみなさんがうれしいと思うんです」


■「私たちの生活の根っこ」とは何か


前田さんは山口県の出身で、大阪での学生生活と社会人生活を経験したのちに、家族とともに庄原市に隣接する三次市に移り住み、この庄原市の企業に車通勤している。庄原の人たちのやさしさを語るとき、前田さんは涙ぐんだ。


長岡さんの家の歴史も影響しているようだ。曽祖父は農業の盛んな庄原で牛車の製造に携わり、起業家の父は庄原の繁栄のためにコンベンションホールやホテルの建設に取り組んだ。長岡さんが社長を務める現在はエネルギー、住宅、建設、鉄工、木工、ホテル、福祉の分野で事業を展開する。


「父は庄原が大好きでした。その点は私も同じです。それに、人と人とが直接顔を合わせて話をする、それが私たちの生活の根っこだと思います。ネットで本を買うのと、書店で本を選んで書店員や店にきた人たちと対話をする、どちらが豊かと考えるか、それは人生の価値観によるのかもしれません。私は大好きな庄原に本を選んで買う場所があればいいと思います」(長岡さん)


しかし、長岡さんの本心はもっと違うところにあった。


「きれいごとに聞こえるかもしれませんが、時代と逆行するように本を手渡す本屋をつくりたいという佐藤さんの熱情にほだされたんです。あとは、えい、やー!ですよ」


■出版社と小売店を結ぶ取次業者も応援


「棚入れ」イベントの当日、取次会社トーハン広島支社から2人の営業社員が応援にかけつけた。その1人、アシスタントマネージャーの沖田義之さんは入社17年になる。名古屋支社で長く勤務し、書店への出向経験もある。広島支社に異動して3年、出店のサポートをしたのは久しぶりだという。


「若い頃は毎月のように新店舗開業の応援に行っていましたが、ここ数年は年に一度ぐらいでした。開業に立ち会えてうれしいです」


沖田さんが「棚入れ」の参加者に向けて、本の入れ方などを説明した。


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トーハンの沖田義之さん。久しぶりの書店開業支援にユニフォームを着て参加 - 筆者撮影

地域の人たちと一緒に棚入れをする作業については「日頃はアルバイトの人たちに指示を出して黙々とやるんですが、こんなふうにいろんな年齢の人たちが喜んで棚に入れてくれるのは、楽しいですね。今後、新規出店する書店には取り入れてもらいたいくらいです」。


だが、出版社と書店の中間地点で物流と金融のコントロールをする取次の側からすれば、書店が激減していくなか、山間地への物流コストは簡単に喜べる話ではないのではないか。


「僕ら営業の立場からすれば、新しい書店ができるのはうれしいことですし、いろんなやり方を模索しながら書店が減らないように、また、少しでも増えるように、できる限りのサポートをする、それに尽きます」(沖田さん)


■地元の信用金庫は4000万円を出資


トーハンの社としての方針は、また別の機会の取材に譲ろう。選書にあたり沖田さんのアドバイスが参考になったというのは、総商さとう専務取締役の本庄将之さんだ。


「周囲に学校があるからには、子どもたちのために学習参考書の棚をもっとしっかりつくったほうがいいとの助言を受けて、予定より棚ひとつ分、増やしました。正解だったと思います。自分たちでは思いつかなかった視点でした。大学受験用の赤本も取り扱うつもりです」


イベントには、庄原市に本店のある広島みどり信用金庫の人たちも差し入れを持って参加していた。今回、同金庫は総商さとうに4000万円の融資をした。商談をまとめた東城支店長の森田修之さんはウィー東城店のある東城町出身で、佐藤さんの庄原市での出店の力になりたいと思ったと、こう胸を張った。


「われわれは、庄原市を商圏に事業を展開しています。地元庄原で経済が循環していくために役立つのが使命です。地域に望まれて出店する書店の開業をサポートするこのような仕事こそ、信用金庫の仕事だと思います」


■「月商500万円」も実現可能


なお、庄原市内には商工会議所と信用金庫が中心に運営する地域通貨があり、新しいこの書店も参加する予定だという。


「過疎地に本屋をつくってどうするんだ、過疎地が活性化なんてしなくていい……。都会の人が大きな数字で見ればそんなふうに考えるのを理解できないわけではありません。だけど僕らのチームなら、この小さな商圏で書店を運営できると判断しました」(佐藤さん)


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地元テレビ局の取材を受ける佐藤さん - 筆者撮影

イベント前日。社長の佐藤さんに話を聞いた。口ぶりこそ穏やかなものの、都市を中心とした書店の捉え方には反発を感じているようだった。そして数字の根拠を次のように話した。


「考えてみてください。僕らは7000人の町で本を商ってきたんですよ。新店舗を出すこの地域は人口だけ見ても3倍近い。売上予測は月商500万円と設定していますが、家賃、光熱費、人件費などの経費とのバランスを考えると、十分にいける数字です。ただし、これが実現するのは、粗利が22%前後であるという書店業の事情を大家さんが考慮してくださったからです」


■「本屋の持つ力をみくびっているのではないか」


2021年の取材当時、東城町のウィー東城店では年商1億5000万円、そのうち書籍の占める割合は2割強。仮に3500万円だとして、それを3倍の人口で計算すると、1億500万円。月商は900万円弱となる。この数字と比較すると、月商500万円という売上予測は現実離れしていないことがわかる。


「本には人を癒す言霊があります。言霊を内包した本が集まっている本屋という場所の持つ力を、私たちの世の中はみくびっているのではないかと思います。10年後にこの本屋があるかどうかなんてことは、僕らにもわかりません。僕らにたくさんのことはできませんが、でも、ここでこうして地域の人たちに求められて一歩を始めることならできます。これから挑むことは今できることの最大限です」


総商さとうは1889(明治22)年に広島県の神石郡で行商を始めた初代に商売のルーツを持つ。中国山地の山深い地域で書籍や新聞を届けることを使命とした先代たちの働く姿を、4代目の佐藤さんも引き継いでいる。


そして5月10日に開店を迎えた「ほなび」は、3日間で1000人以上がレジを通過し、1週間で月間見込の半額に迫る売上となった。



筆者撮影
「棚入れ」の合間に朗読会 - 筆者撮影

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三宅 玲子(みやけ・れいこ)
ノンフィクションライター
熊本県生まれ。「ひとと世の中」をテーマに取材。2024年3月、北海道から九州まで11の独立書店の物語『本屋のない人生なんて』(光文社)を出版。他に『真夜中の陽だまり ルポ・夜間保育園』(文芸春秋)。
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(ノンフィクションライター 三宅 玲子)

プレジデント社

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