欧米企業で主流となりつつある「サステナビリティ委員会」の役割・効果とは?

2023年7月21日(金)5時0分 JBpress

 多くの大企業にサステナビリティ経営のアドバイスしてきた内ヶ﨑 茂氏(HRガバナンス・リーダーズ代表取締役CEO)が、「日本版サステナビリティ・ガバナンス」構築の必要性と考え方を解説する本連載。第2回となる本稿では、欧米企業で主流となりつつある、取締役会内に「サステナビリティ委員会」を設置し、委員会の構成員である独立社外取締役がリーダーシップを発揮するというガバナンス・システムの役割と効果を解説する。

(*)当連載は『サステナビリティ・ガバナンス改革』(内ヶ﨑 茂、川本 裕子、渋谷 高弘著/日本経済新聞出版)から一部(「第8章 日本版サステナビリティ・ガバナンスの構築」)を抜粋・再編集したものです。

<連載ラインアップ>※毎週金曜日に公開
■第1回 サステナビリティ経営をモニタリングする仕組みが求められている
■第2回 サステナビリティ委員会の設置が今の日本には必要(今回)
■第3回 モニタリング型のコーポレートガバナンスの構築
■第4回 ダイバーシティの重要性(1)従業員のダイバーシティ
■第5回 ダイバーシティの重要性(2)取締役の属性・年齢のダイバーシティ
■第6回 ダイバーシティの重要性(3)取締役のスキル・専門性のダイバーシティ

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サステナビリティ委員会の設置が今の日本には必要

 サステナビリティ経営をモニタリングするサステナビリティ・ガバナンスは、どのような形で構築されていくべきであろうか。

 サステナビリティ経営を監督するガバナンス・システムとしては、取締役会内にサステナビリティ委員会を設置して、当該委員会の構成員である独立社外取締役がリーダーシップを発揮するプラクティスが欧米企業では主流になりつつある。

 本節では国連環境計画・金融イニシアティブ(UNEP FI:UnitedNations Environment Programme Finance Initiative)が提示している「サステナビリティ・ガバナンス」の目指す姿とその発展プロセスに基づき、サステナビリティという堅実な企業文化を促進するガバナンスの慣行を段階別に定義し、その中で多くの企業で取り入れている「サステナビリティ委員会」の役割と効果を説明する。

(日本経済新聞出版)

①サステナビリティ・ガバナンスのゴール

 国連環境計画(UNEP)の傘下にあるUNEP FIは、企業がサステナビリティ文化を促進するためにはサステナビリティをコーポレートガバナンスに組み込む必要があると主張し、2014年に発行した“IntegratedGovernance – A new model of governance for sustainability”において、「統合ガバナンス」というフレームワークをゴールとして提唱した。

 「統合ガバナンス」とは、サステナビリティ課題が、企業のガバナンスに完全に統合されている状態であり、長期的にはそれらの課題が企業価値を創出し、ステークホルダー(利害関係者)への利益を保証する形に統合されたシステムを意味する。

 同機関は、最終的に企業が目指すべき「統合ガバナンス」を構築するまでの段階を3つに分けることで、最終ゴールに至るための道のりを企業に提示している。

 第1段階はサステナビリティが取締役会の議題として取り扱われずに、その活動や責任が取締役会から離れたチームに任されている状態であり、多くの日本企業が当段階に該当する。第1段階から第2段階に発展するためには、まずサステナビリティを取締役会の議題の一部として含めることが必要である。

 第2段階にある企業はサステナブルな戦略を検討するための取締役会レベルの委員会を持つか、CSO(Chief Sustainability Officer:最高サステナビリティ責任者)を指名する。また、KPIを設定しサステナビリティ課題への会社の対応を評価し、当該活動内容をまとめたサステナビリティ報告書を発行する。さらに第3段階に進むためには、取締役会の全構成員がサステナビリティ戦略の策定に寄与し、実現に向けた責任感を持つことが必須である。

 第3段階の成熟したガバナンス構造を持つ企業はCSR(Corporate Social Responsibility:企業の社会的責任)・ESG(Environment Social Governance:環境・社会・企業統治)・SDGs(Sustainable Development Goals:持続可能な開発目標)などのサステナビリティに特化した取締役会レベルの委員会を持つ必要もないほど、サステナビリティが取締役会をはじめ会計・財務・戦略・オペレーション全体に統合されている。

 持続可能な開発のための世界経済人会議(WBCSD:World Business Council for Sustainable Development)は、第3段階の「統合ガバナンス」を実現している企業としてドイツのSAPを挙げている。

 同社は2008年より、サステナビリティに係る機会とリスクを適切に取り扱うために、サステナビリティ課題に対するアプローチの体系化を試み、サステナビリティ報告書も発行し始め、2012年以降、環境と社会の情報をアニュアルレポートに組み入れた統合報告書へと発展した。

 2009年には新たなサステナビリティ戦略を公表するとともに、関連目標達成に貢献することを管理する内部ガバナンスフレームワークのサステナビリティカウンシルを設立した。そこでは、最高サステナビリティ責任者(CSO)がリードする企業活動のすべてが、サステナビリティを優先事項としている。

 当時から、CSOはCEO(Chief Executive Officer:最高経営責任者)と取締役で構成された委員会へ関連内容を直接報告する役割も持っていた。現在ではステークホルダーも交えたサステナビリティアドバイザリーパネルを設け、サステナビリティを同社のコアビジネスに組み込む方法について、内部・外部の多方面の視点から議論を実施している。

②サステナビリティ委員会の設置

 サステナビリティが企業戦略の核心的な位置を占め、各取締役と事業部門分野代表が戦略の実現に対し強い責任感を持つ第3段階の「統合ガバナンス」はどの企業も目指すべきガバナンスの姿である。

 しかし、第1段階にとどまっている企業や、サステナビリティの重要性に対しいまだ行動が取れず認識レベルにとどまっている企業にとっては、直ちに「統合ガバナンス」を実現するということは容易なことではない。そのために第2段階を踏み台に、まずはサステナビリティ課題を取締役会の議題に挙げることからはじめることで、より実現性の高い対策を徐々に議論することができる。

 第2段階の実現においては、取締役が直接携わり、当該対策を策定・監督・報告する委員会の設置が最も有効な方策である。サステナビリティ委員会の設置により、サステナビリティ課題の監督への責任意識を全取締役会メンバーが持つようになり、取締役会レベルの議論が可能になる。

 まずサステナビリティ委員会は、取締役会に対し、サステナビリティ活動の提案や計画を提出するだけではなく、サステナビリティ目標値を設定しプロセスの監督の報告を行う。監査委員会とはESG関連情報の正確な報告・監督のために協働し、報酬委員会とは適切なインセンティブ報酬の決定やパフォーマンスのレビューにESG関連の目標値を導入するための協議を行う。最後に、指名委員会とは、ビジネスにおける重要なサステナビリティ課題を理解し、取締役に要求されるサステナビリティの専門性を識別するために連携する(図表8-1 参照)。

 サステナビリティ委員会の設置は「統合ガバナンス」実現に至る過程として有効な方法にもかかわらず、欧米企業と比較して日本企業の活用は少ない現状にある。

 スペンサー・スチュワートの英国企業の取締役会調査(2020年)によると、FTSE150の中でESG関連の委員会を設置している企業は29%に至る。グラスルイスの報告によると、フランス企業で環境問題や社会課題を監督する委員会を持つ企業は、CAC40の35社のうち25社であった。HRガバナンス・リーダーズの調査(2021年9月)では、日本企業JPX日経インデックス400採用企業のうちサステナビリティ関連委員会を設置している企業は84社にとどまる。

 英国とフランスのデータとは母数が異なるため単純比較はできないが、日本企業ではサステナビリティ委員会の設置を通じたサステナビリティ・ガバナンスの強化の余地が大きいといえる。

 たとえば、日本でも2020年8月に経済産業省から、「サステナビリティ・トランスフォーメーション(SX)(企業の稼ぐ力の持続性と将来的な社会の姿や持続可能性を同期化させる経営や対話)」の重要性が提唱されると同時に、2021年6月に改訂された「投資家と企業の対話ガイドライン」1-3において、「取締役会の下または経営陣の側に、サステナビリティに関する委員会を設置するなど、サステナビリティに関する取組みを全社的に検討・推進するための枠組みを整備しているか」との記載が追加されている。

 世界のメガトレンドを踏まえたSXを全社的に取り組む課題として位置づけ、SXの有効な方策としてサステナビリティ委員会の活用が例示されていると考えられる。

 図表8-2にサステナビリティ委員会のモデル事例を挙げているように、当該委員会で扱うべきテーマは多岐にわたり、たとえば、10項目のすべてを扱うのであれば、中期経営計画と同様に3カ年計画で優先順位を明確にして取り組むべきものである。

 当該委員会には、パーパスやマテリアリティ(重要課題)の実現のために中長期視点での経営計画とサステナビリティ・ガバナンス計画を統合的に策定し、長期的なビジネスのシナリオ分析の実践、多様なステークホルダーとのエンゲージメントを強化するなど、各社のオリジナルな役割が期待されている。

<連載ラインアップ>※毎週金曜日に公開
■第1回 サステナビリティ経営をモニタリングする仕組みが求められている
■第2回 サステナビリティ委員会の設置が今の日本には必要(今回)
■第3回 モニタリング型のコーポレートガバナンスの構築
■第4回 ダイバーシティの重要性(1)従業員のダイバーシティ
■第5回 ダイバーシティの重要性(2)取締役の属性・年齢のダイバーシティ
■第6回 ダイバーシティの重要性(3)取締役のスキル・専門性のダイバーシティ

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筆者:内ヶ﨑 茂

JBpress

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