自ら訓練して未知の作業も修得、Google DeepMind「RoboCat」が示すAIロボットの驚くべき未来

2024年8月20日(火)5時55分 JBpress

 デジタル競争力を高められない日本とは対照的に、世界では「AI×ロボット」「AI×メタバース」で新たな競争力を手にする企業がある。それらの企業はどのように未来を捉え、新たなチャンスを掴んでいるのだろうか。特許や技術データの分析・コンサルティングサービスを提供するアスタミューゼでエグゼクティブ・チーフ・サイエンティストを務める川口伸明氏は、2024年4月に出版した著書『2080年への未来地図』(技術評論社)において、技術の発展が生み出す「確度の高い未来」の姿を予測している。前編に続き、同氏にAIの最新動向と先端企業のAI活用例について聞いた。(後編/全2回)

■【前編】衝撃的な進化、テスラの自動運転システムから「数十万行のプログラムコード」が消えた理由
■【後編】自ら訓練して未知の作業も修得、Google DeepMind「RoboCat」が示すAIロボットの驚くべき未来(今回)
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人間に迫りつつある「AIの創発能力」

──前編では、著書『2080年への未来地図』で述べている「未来の世界像」やAIとの向き合い方について聞きました。昨今の生成AIはタスク処理のみならず「他者の感情を推測する」「常識や背景知識を使って推論する」という「新たな創発能力」を獲得しているとのことですが、これはどのようなものなのでしょうか。


川口伸明氏(以下敬称略) 生成AIにおいて最も単純な言語モデルは、単語と単語の関係性を見て確率的に高い言葉を次に並べる、という仕組みになっています。しかし、それだけではなく、時に「中に人間が入っているのでは」と疑いたくなるような振る舞い、回答精度を示すことがあります。

 例えば、詩や物語、音楽を作ったり、見たことがないはずのユニコーンの絵を描いたり、数学の計算問題や幾何学の問題を解いたり、といった具合です。こうした現象は言葉しか学んでいない大規模言語モデルで見られる想定外の能力で、AIの「創発能力」と呼ばれています。

──人間が予想していた範囲を超えた能力を発揮しているのですね。

川口 そうですね。少し前のAIは「リンゴが赤い」と言っていても「リンゴ」も「赤い」も意味を理解していない(記号接地問題)と言われていましたが、今では「リンゴの味覚や香り、質感」まで知っているのではないか、と思えるほどの表現力を獲得しています。

 生成AIが創発能力を獲得できた理由はまだ解明されていません。深層学習は驚くほど不思議な力を持っていて、複雑な処理を行わせてみた結果として、とんでもないものが生み出された、と理解しています。

 おそらく、AIは人間とほぼ同じ世界観(意味空間)を持っていて、場合によっては「人間には見えない世界」まで見えている(炎の揺らめきのような複雑な動きを方程式化できるなど)と考えられています。

 だからこそ、AIは「人間が知覚できないさまざまな事象を検知して、人間に教える」という人類にとっての新しい望遠鏡や顕微鏡のような重要な役割を担うことができるはずです。

 AIが創発能力を獲得したことによって、人間が知覚できないものを検知し、評価できる可能性が高まりました。これを人間が「味方につけるか」「敵に回すか」いずれの選択をするかによって、未来は大きく変わります。


仮想空間で学習する「RoboCat」が見せる劇的な進化

──著書では「未来のAI搭載自律ロボット」につながる動きとして、仮想空間でのロボット学習について解説しています。AIの発展によって、ロボットの進化はどのように進むのでしょうか。

川口 2023年6月に米Google DeepMind社が発表したAIロボットアーム「RoboCat」は、ロボットの未来像を示しました。RoboCatに仮想空間で深層学習を施すことによって、現実世界で訓練を行わなくても未知のタスクに対応できるようになったからです。

 通常、AIロボットに現実世界で「物体を掴む学習」をさせようとすると、物体の位置や形を変えたり、並べ替えたりするだけで時間がかかります。ましてや大量のパターンを学習させるには膨大な時間が必要です。

 しかし、RoboCatは膨大な数のパターンを収録したビデオデータを活用することで、瞬く間にパターンを学習することができます。そして、それを即座に現実世界で実行できるようになるのです。さらに、創発的にパターンを自己生成して練習することで、未知のタスクにも対応が可能としています。

 仮想空間を活用し、訓練されていない作業にも対応できるようになることで、ロボットの進化はさらに加速するでしょう。

──学習プロセスを一気に短縮することができたのですね。AIロボットが実際に活用された例はあるのでしょうか。

川口 ジョンズ・ホプキンス大学が独自開発したAI外科医ロボット「STAR」を使い、人間の補助なしで「豚の腸の腹腔鏡手術」に成功した事例があります。

 ただし、これは豚の腸の縫合だけしかできないので、そのまま人間の手術に使うことはできません。人間の手術の場合は患者によって状態が違うため、「前回の患者で成功した方法で手術をしたところ、失敗してしまった」という事態も起こり得ます。

 だからこそ数万件、数十万件もの膨大なパターンを練習する必要がありますが、現実世界ではとても実現できません。この課題を解決するのが、メタバース空間における加速学習です。メタバースの中に患者の立体画像を大量に用意し、3Dオブジェクトになったロボットにさまざまなパターンを学習させることで、AIは超高速で膨大な量のパターンを学ぶことができる、という仕組みです。

 メタバースはAI技術やXR技術、Web3技術などと融合して、新しい生活圏と経済圏を形成しつつあります。特に、ものづくり産業や医療・ヘルスケア、航空宇宙・防衛などの分野において、大きな価値をもたらすことが期待されています。

 例えば、独BMWグループをはじめ、さまざまな製造業や開発現場で使われている「Omniverse」は、NVIDIAが開発した仮想空間におけるコラボレーションプラットフォームとして活用されています。自動車部品を作る際、デジタルツインをOmniverse上に生成し、実際の製品の製造状況をリアルとバーチャルの双方に連携させることで、「バーチャル空間で不具合を早期発見し、解決した結果をリアル空間にフィードバックする」ということが可能になりました。

 カスタム製品の製造もバーチャル空間でテストを行い、リアル空間に反映させています。また、バーチャル工場の中では、「デジタルヒューマン」(アバター)が作業空間の安全や不具合の有無を点検します。それらの成果として、品質や効率、製造計画の柔軟性を向上させることに成功しています。

 日本国内におけるメタバースというと、ゲームやエンタメの印象が強いのではないでしょうか。しかし、先端分野で活躍する企業はメタバースとAIを併用し、新たな価値を生み出しています。そうした動きを見逃して「メタバースは終わった」「メタバースは儲からない」と判断してしまうのは、完全に機会損失だと言えるでしょう。


進化したChatGPTは「初期とは別物」と捉えることが重要

──日本の産業分野における生成AIとメタバースの活用については、まだ事例も少なそうです。こうしたテクノロジーの活用に対して、日本企業は今後、どのような姿勢で臨むべきでしょうか。

川口 まずはAIやメタバースで「何ができるのか」「どのような可能性があるのか」を知ることが重要です。そのためにも、日本人はテクノロジーに対するリテラシーをもっと高める必要があると考えています。

 例えば、ChatGPTが登場した頃は日本でも大きな話題になりましたが、実際に使っている人は日本の人口の1割にも満たないのではないでしょうか。ChatGPTの登場で話題になった当初の「GPT-3.5」と、今話題の「GPT-4o」は全くの別物、といっても過言ではありません。それを知らずに「ChatGPTはでたらめばかり言っている」と思っていては、時代から取り残されてしまいます。

 まずは実際に使ってみることが重要です。その上で、リテラシーが深まってきたと感じた段階で「何をすれば、自社の事業が良くなるのか」「自分自身は何を実現できたら便利で面白いか」といった発想を持つことが必要です。例えば、「顧客に新しい提案をする際、自分では思いつかないような発想をAIエージェントと一緒に考えよう」といったことでも良いでしょう。

 新たなテクノロジーには、ユーザーに失望を抱かせる時期もありますが、その後には急速な発展期が訪れます。そこを見逃してしまうのは大きな損失です。常にテクノロジーに興味を持ち、体験し続ける姿勢こそが必要だと思います。

■【前編】衝撃的な進化、テスラの自動運転システムから「数十万行のプログラムコード」が消えた理由
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筆者:三上 佳大

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