TOPIX500銘柄の経営指標が示す、女性取締役の登用が価値創造を高める根拠

2023年8月18日(金)4時0分 JBpress

 サステナビリティ経営の専門家である内ヶ﨑 茂氏(HRガバナンス・リーダーズ代表取締役CEO)が、「日本版サステナビリティ・ガバナンス」構築の必要性と考え方を解説する本連載。第5回となる本稿では、取締役会におけるジェンダー(性別)と人種・国籍のダイバーシティが、企業の価値創造にどのように貢献するのかを解説する。

(*)当連載は『サステナビリティ・ガバナンス改革』(内ヶ﨑 茂、川本 裕子、渋谷 高弘著/日本経済新聞出版)から一部(「第8章 日本版サステナビリティ・ガバナンスの構築」)を抜粋・再編集したものです。

<連載ラインアップ>※毎週金曜日に公開
第1回 サステナビリティ経営をモニタリングする仕組みが求められている
第2回 サステナビリティ委員会の設置が今の日本には必要
第3回 モニタリング型のコーポレートガバナンスの構築
第4回 ダイバーシティの重要性(1)従業員のダイバーシティ
■第5回 ダイバーシティの重要性(2)取締役の属性・年齢のダイバーシティ(本稿)
第6回 ダイバーシティの重要性(3)取締役のスキル・専門性のダイバーシティ
<著者フォロー機能のご案内>
●無料会員に登録すれば、本記事の下部にある著者プロフィール欄から著者フォローできます。
●フォローした著者の記事は、マイページから簡単に確認できるようになります。
●会員登録(無料)はこちらから


取締役の属性・年齢のダイバーシティ

 社会の不確実性が高まる中、取締役会の多様性が重要性も増している。人口が右肩上がりに増加し、大量生産・大量消費に支えられていた高度成長期には品質のよいモノを効率的に生産し、経営は過去の成功体験を前提にものづくりを向上させていけばよかった。

(日本経済新聞出版)

 しかし、時代の価値観がモノからコト、そしてココロへと変わる中で、今後は、社会の価値観の変化を予見することが難しい。グローバル企業グループの売上が国家予算を超えるなど、企業の地球・社会への影響が増大する中で、取締役会は地球環境やカントリーリスク、社会的格差など世界共通の課題につき、将来のメガトレンドをいくつかのシナリオを分析し、議論しないといけない。

 そのためには、多様な価値観や視点からの論議が欠かせない。内部から昇格してきたモノカルチャーのチームで自社の進むべき方向性を議論するのはリスクが大きい。前述のコーポレートガバナンス・コード改訂でも取締役会の多様性に配慮するよう促しており、新型コロナウイルス禍で社会の不確実性への対応として、その風潮が一気に加速した。

 ダイバーシティの中で最も議論されることが多いのは、ジェンダー(性
別)・ダイバーシティであろう。『日本企業のトップマネジメントチーム・取締役会改革の方向性〔上〕』(旬刊商事法務2021年2月5日号)にて、早稲田大学商学学術院教授の久保克行氏らと共に日本企業のTMTのジェンダー・ダイバーシティについて調査したところ、TOPIX100、JPX日経400、東証一部上場企業において各々3.7%、2.6%、2.5%となり、どの規模でも取締役会の女性比率と比べて約3〜4%pt低い結果が出ている。

 当該調査結果は、英米企業で同様の傾向にあり、取締役会における女性の登用が一定程度進んでいる一方、経営陣における女性の登用がなかなか進まないといった課題は、英米企業でも同様に生じている。経営陣候補のプール人財において、女性の確保が遅々として進んでいないことに起因していると思われる。

 TMTは基本的に社内の人財のみで構成されているため、管理職の女性人財のプールが不足している企業がTMTに女性を登用することは難しいと推察される。2021年6月のコーポレートガバナンス・コードの改訂を契機に、中長期的な改善が期待される部分である。

 ジェンダー・ダイバーシティの確保が、企業価値向上につながるという意見も多い。企業の経営層に占める女性割合の向上を目的に日本を含む世界中でキャンペーンを展開する30%Clubは、「経営層における男女の適切なバランスは、優れたリーダーシップとガバナンスを促進することだけに留まらず、取締役会全体のパフォーマンスを向上させ、最終的に企業と株主の双方の利益に貢献する」と指摘している。

 また、Mckinsey&Company “Diversity wins:How inclusion matters”では、分析の結果、英米などの海外企業において性別多様性などを考慮している企業がそうでない企業より、利益指標(EBIT)が良好な結果を示す確率が高いと結論づけている。

 HRガバナンス・リーダーズでも日本企業についてTOPIX500をユニバースとして、2015年決算月時点の女性取締役比率に基づいて、①女性取締役比率が10%以上(98社)、②0〜10%未満(74社、1人以上女性が存在)、③なし(328社)の3分位に分け、2016〜2020年の5カ年のEVAスプレッド(資本収益性を表すROICから資本コストを表すWACCを差し引いた数値)の平均値について、分位毎に中央値をみた。

 女性取締役比率が10%以上のグループのEVAスプレッドの中央値の数値は全体の中央値より0.84%pt高く、0〜10%未満のグループが0.54%pt高い結果となっている。一方で女性取締役がいないグループは全体の中央値を0.24%pt下回っており、取締役会に性別多様性を取り入れることが日本企業の価値創造に貢献している可能性が示唆されている。

 また、海外において足元では人種・民族のダイバーシティにも注目が集まっている。2020年10月、総額3兆ドルを超える運用資産を有する22の機関投資家によってダイバーシティ・ディスクロージャー・イニシアティブ(Diversity Disclosure Initiative)が設立された。このイニシアティブは、Russell3000の指数を構成する米国企業に対して、性別に加えて人種・民族の多様性を開示するよう要請する方針を示している。イニシアティブに加盟している機関投資家の多くは、人種・民族の多様性を開示しない企業に対しては、取締役の選任に反対票を入れる、もしくはそれを検討するとしている。

 活動の背景には取締役会で女性やマイノリティの人種に属する人々の起用が進んでいないことに加え、ジョージ・フロイド氏の死を契機とした黒人に対する差別撤廃運動(Black Lives Matter)もある。同時に女性の登用に関しては、多くの機関投資家が議決権行使やエンゲージメントを通じて働きかけを行うことができる一方、人種・民族の多様性についてはデータの開示が不足しているため、議決権行使やエンゲージメントを通じての働きかけが現状困難である旨を指摘している。

 米国の労働者人口とFortune500の取締役会におけるダイバーシティの現状をみると、労働者全体に占めるマイノリティ人種の比率は40%を占める一方、取締役会に占めるマイノリティ人種の比率は16%に過ぎず、白色人種の男性が約3分の2を占めている。また、米国の議決権行使助言会社であるグラスルイスも、“Approach to Diversity Disclosure Ratings”において現時点で議決権行使には直接反映しないものの、米国の取締役会における人種・民族のダイバーシティについて情報開示を促している。

 日本においては人種や国籍の均一性が強く、米国における状況と一様に比較するのは困難であるが、海外の文化に造詣の深い外国籍の人財を取締役会に加える動きが、グローバルな経営を志向する企業を中心に生じる可能性があると考える。

 近年、女性や外国人の取締役の選任は徐々に進んできたが、性別や国籍などに加えて在任期間や年齢のダイバーシティも重要であると考えている。在任期間が短ければ、空気を読まずに自らの経験に基づく客観的な立場からの意見が言いやすい。一方、在任期間が長くなると会社のことを深く理解し深い洞察が可能となるが、経営陣との独立性が弱くなる。取締役の在任期間を考える際には、1〜3年の短期、4〜6年の中期、7〜9年の長期という3つの区切りで在任期間のバランスを考慮することも検討に値する。

 ただし、そもそも日本企業では、業務執行・非業務執行の双方の取締役の在任期間が短く、取締役会において、会社の進むべき未来につき骨太の議論をしたり、大胆な事業ポートフォリオの変革を検討したりする時間が足りないので、在任期間のダイバーシティを効かす余地が限られているという課題がある。

 また、在任期間だけではなく、世代ごとの価値観の違いにも配慮する必要がある。この点に関してはウォルマートが好例で、30代から70代までの取締役が選任されている。これは、同社のステークホルダーである消費者の年齢が幅広いので、年齢の多様性をもった取締役会での議論を大切にしているためである。日本では、取締役の属性の多様化の議論が中心で、在任期間や年齢のダイバーシティまで考えが及んでいる企業は少ないように思える。

 そもそも、日本では取締役候補人財の不足を指摘する声があるが、人財プールの充実と企業側の選任候補者の拡大は「鶏と卵」の関係である。日本企業においては、CEOの経営経験が乏しいことから、それを補完する意味でも、CEO経験のある独立社外取締役を招聘することは重要である。CEO経験者に加えて、上場企業の現役の経営陣やCxO経験者などまで広げてオールジャパンで登用すれば、独立社外取締役が経験を通じて成長し、人財プールは広がることになる。

 英米企業でもはじめは取締役候補の人財が不足していたのは同様であり、取締役構成員の独立社外取締役割合を増やして、モニタリング・ボードの機能を強化する過程で、経営陣のスキルや経験に基づきCxO制度などを導入することで可視化していったという経緯がある。

 日本においても、マネジメントシステム改革とモニタリングシステム改革を同時に統合的に行うことが肝要である。経営の執行と監督を役割分担したうえで、経営の執行力と取締役の監督力を統合的に強化しないと、アンバランスとなり、パーパス実現に向けた会社のサステナビリティ戦略の実行力の最大化につながらないと考えている。

 本来、取締役の選任は企業のパーパスに沿ったマテリアリティを特定し、それに対応するスキルを持った独立社外取締役を選ぶというプロセスが最も理想的である。しかし、これが難しければ、まずは多様な独立社外取締役を増やしてパーパスについて議論してみるという手法も取り得るであろう。まずは形式的なスキル・マトリックスをもとに人財を集め、次のステップで取締役会の実効性強化のための実質的な布陣を充実させるというやり方は日本において考慮する価値がある。

<連載ラインアップ>※毎週金曜日に公開
第1回 サステナビリティ経営をモニタリングする仕組みが求められている
第2回 サステナビリティ委員会の設置が今の日本には必要
第3回 モニタリング型のコーポレートガバナンスの構築
第4回 ダイバーシティの重要性(1)従業員のダイバーシティ
■第5回 ダイバーシティの重要性(2)取締役の属性・年齢のダイバーシティ(本稿)
第6回 ダイバーシティの重要性(3)取締役のスキル・専門性のダイバーシティ
<著者フォロー機能のご案内>
●無料会員に登録すれば、本記事の下部にある著者プロフィール欄から著者フォローできます。
●フォローした著者の記事は、マイページから簡単に確認できるようになります。
●会員登録(無料)はこちらから

筆者:内ヶ﨑 茂

JBpress

「経営」をもっと詳しく

「経営」のニュース

「経営」のニュース

トピックス

x
BIGLOBE
トップへ