新規事業を潰すのは誰だ?頻発する「事業の共食い」の知られざる実態

2023年9月15日(金)6時0分 JBpress

 経営環境が厳しさを増すなか、企業の持続的な成長には新規事業開発やイノベーションがますます重要となっている。ところが多くの大企業では、既存事業がしがらみとなって新規事業が失敗に追い込まれてしまう例が後を絶たない。既存事業と新規事業が互いの売上を奪い合う「カニバリゼーション」(事業の共食い)が発生するからだ。こうした壁を乗り超えて新規事業を成功させるためにはどうすればよいのか。早稲田大学ビジネススクール 大学院経営管理研究科 教授 山田英夫氏に、カニバリゼーションの原因と乗り越え方について聞いた。前編、後編の2回にわたってお届けする。

■【前編】新規事業を潰すのは誰だ?頻発する「事業の共食い」の知られざる実態(今回)
■【後編】新ビジネスを無事に立ち上げた大企業は「事業の共食い」をどう克服したのか?
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成熟企業では「カニバリゼーション」を避けて通れない

——最新著書『カニバリゼーション』では、既存ビジネスと新規ビジネスの間で起きる「事業の共食い」について、具体的なケースを用いて考察されています。そもそもカニバリゼーションとは、どのような現象を指すのでしょうか。

山田英夫氏(以下敬称略) 本書ではカニバリゼーションを「自社の新製品、新事業によって既存の製品や事業の売上が減少すること」と定義しています。


 カニバリゼーションは、人食い、共食いを語源とする言葉で、もともと文化人類学や動物学の用語でした。そこから自社製品同士がお互いに売上を奪い合う現象として、1976年頃から経営学の用語としても使われるようになりました。

——カニバリゼーションに着目された理由を教えてください。

山田 今、多くの企業が、新規事業開発や新しいビジネスモデルの創出を模索しています。日本では多くの市場が成熟期を迎えており、それまでのやり方では成長が見込めないからです。

 しかしながら、大企業で新規事業開発に取り組むと、社内の様々なしがらみに遭遇するため、成功を収めることは容易ではありません。しがらみの1つに挙げられるのが「カニバリゼーション」です。

 新しいビジネスモデルを探求する中で、新しい事業を立ち上げられるホワイトスペースは限られてきています。そうした中で新規事業を立ち上げると、既存事業の価値を否定することになったり、売上を奪い合う形で衝突することになったりします。

 それでも、新しい事業を生み出し会社を変革するためには、その状況を乗り越えなければなりません。その一助として、カニバリゼーションの実態を明らかにして、これらをどのようにマネジメントすればよいか考えようと試みたことが、この書籍を刊行した背景にあります。


最大の問題は「新規事業の種」を社内で潰してしまうこと

——カニバリゼーションはどのような問題を招くのでしょうか。

山田 大きく2つ挙げられます。1つは「内向き志向」です。新規事業の立ち上げには「社外への一気苛性の資源投入」が欠かせません。ところが、カニバリゼーションが起きると、社外に出ていく前に「社内での競争」が発生してしまいます。

 社内での調整や競争にエネルギーを注いだ結果、社外に出す頃には組織が疲弊してしまう、という事態が起こります。社内でいかに熾烈な競争を繰り広げたとしても、顧客にとっては意味を持ちません。本来、社内の競争に使うエネルギーは、社外に出た時にこそ使うべきでしょう。

 もう1つは「機会損失」です。市場に出せば売れていたはずの製品を、社内の反対を受けて潰してしまう、ということが起こりえます。新規事業が失敗する原因として、第一に「売れない製品を市場に出してしまう」ことがありますが、もう1つの失敗が「売れるはずの商品を市場に出す前に社内で潰してしまう」ということも多いのです。

 特に、成熟した日本の市場では「パイの奪い合い」が発生しやすい状態です。カニバリゼーションによって、本来ライバル企業と奪い合うはずだった市場のシェアを、社内の競合する事業と奪い合うことになります。このように社内での食い合いを回避するために新規事業の種を予め潰してしまうことが、カニバリゼーションの最大の問題なのです。


カニバリゼーションの視点から見る「トヨタとAmazonの違い」

——カニバリゼーションが発生した具体的な事例はありますか。

山田 日本の自動車メーカーのマルチチャネル戦略が挙げられます。例えば、トヨタ自動車では、「トヨタ」「トヨペット」「カローラ」「ネッツ」という4系列の販売店が、それぞれ車種を分担して販売してきました。

 高度経済成長期の日本では多くの人が車を買い求め、自動車市場は拡大し続けていました。市場拡大期にはブランドや車種が豊富であるほど顧客との接点を増やせるため、売上拡大のチャンスが広がります。

 ところが、近年の自動車市場は成熟期に入っています。ブランドや車種を絞り込んでいく中で社内に複数のチャネルがあると、場合によっては「社内の他のチャネルから顧客を奪わないと売り上げのノルマを達成できない」といった事態に陥ります。

 もちろん、チャネル間での争いは、市場の拡大縮小に関わらず発生するものです。市場拡大期にはカニバリゼーションによるデメリットよりも、会社全体の売上拡大のメリットが大きかったため、カニバリゼーションはあまり問題になりませんでした。しかし、成熟期に入り、カニバリゼーションによるデメリットのほうが大きくなってしまったのです。そこでトヨタは販売改革を行い、現在は「トヨタモビリティ」を加えた国内の全系列が全車種を販売する体制に移行しています。

 一方で、カニバリゼーションを乗り越えている企業も存在します。その代表例がAmazonです。Amazonでは本のネット販売が収益事業だった頃に、電子書籍サービスであるKindleを展開し、急速に電子書籍を普及させました。「自社の事業を自ら食って会社を成長させる」という文化が当たり前となっているAmazonでは、カニバリゼーションは問題にならないのです。


「社内での忖度」が新規事業の未来を潰す

——カニバリゼーションはどのようなタイミングで発生するのでしょうか。

山田 最も多く発生するタイミングは、新規事業を市場に出した直後です。ところが、新規事業が市場に出る前にカニバリゼーションが発生することもあります。既存事業の担当者から「既存事業の売上が下がるかもしれない」という不安の声が出始め、その不安感が組織に蔓延した場合です。これにより、「新規事業が上市する前に潰してしまおう」という力が働くのです。

——カニバリゼーションに直面した際に新規事業をつぶしてしまうのは、具体的にどのような立場の人なのでしょうか。

山田 次の4人が考えられます。1人目は、既存事業の責任者です。新規事業が既存事業とバッティングすることで、業績が悪くなることを想像してしまうのです。本来であれば、既存事業の営業力を強化して防衛を図ることが正攻法でしょう。しかしながら、社内政治によって新規事業に対して圧力をかけ、その芽を摘んでしまうケースも存在します。

 2人目は、新規事業の責任者です。日本の大企業では、事業責任者同士が顔見知りであることも多く、そうした知り合いの業績を悪化させることに罪悪感を抱いてしまうのです。既存事業に対して忖度をすることで、あえてぶつからないように、自らの事業の方向性を変えてしまうこともあります。

 3人目は、新規事業と既存事業を統括する責任者です。新規事業は未知の要素が多いため、投下する資源の配分や事業間でのバランスといった高度な判断が求められます。こうした悩みが事業判断の誤りを引き起こしてしまうのです。

 4人目は、経営陣です。本来、経営陣は最も冷静でいられる立場といえます。ところが、既存事業の撤退や新規事業の継続といった意思決定には、業績の一時的な悪化といった痛みも伴うため、決断に躊躇することもあります。経営判断のためには、目先の業績悪化に目をつぶり、数年単位の長期的な視点に立つことが欠かせません。

 カニバリゼーションに遭遇した時、その問題点を叫び、新規事業を潰すことができれば、既存の事業部門としては当面安泰でしょう。しかし、そうして生き延びた既存事業ばかりになってしまうと、それは企業全体の衰退にも繋がりかねません。

 「事業を潰すか、会社を潰すか」というカニバリゼーションの課題に対して、マネジメントに関わる人たちが逃げずに向き合う必要があります。

【後編に続く】新ビジネスを無事に立ち上げた大企業は「事業の共食い」をどう克服したのか?

■【前編】新規事業を潰すのは誰だ?頻発する「事業の共食い」の知られざる実態(今回)
■【後編】新ビジネスを無事に立ち上げた大企業は「事業の共食い」をどう克服したのか?
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筆者:三上 佳大

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