「基礎年金3割底上げ」の口車に乗っちゃダメ…取りやすいサラリーマンから取る"姑息な改革案"のカラクリ

2024年12月6日(金)8時15分 プレジデント社

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/itasun

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「将来世代の基礎(国民)年金の給付水準を3割底上げする」。厚労省が提出した案に対して、昭和女子大学特命教授の八代尚宏さんは「必要とされる年金制度の抜本改革を避けて、単に保険料を取りやすいサラリーマンから取る小手先の対応だ」という——。
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■たくさん厚生年金の保険料を支払った人からの横流し、横取り


厚生労働省の社会保障審議会(厚労相の諮問機関)年金部会は11月下旬、将来世代の基礎(国民)年金の給付水準を3割底上げする案を提出した。


基礎年金は現状、33年後の2057年度まで支払う年金額の目減りが続き、65歳時点の基礎年金の受給額が現在より3割低くなる。基礎年金しか受け取れない人は低年金に陥る恐れがある。


もし、今回の改革案が実現すると、基礎年金の減額期間が2036年度に終了し、21年前倒しされる。加えて、給付水準は3割上がる。ほぼ全ての年金受給者が恩恵を受ける、といういいニュースのように見える。


しかし、実態は被用者(サラリーマン)の負担増による国民年金の救済策である。


SNSにはこんな声が飛び交っている。


「たくさん厚生年金の保険料を支払った人からの横流し、横取りで、年金保険に対する信頼を根底から壊す」


前述したように、国民年金の給付額は今後、マクロ経済スライドにより減少を続けることになっている。低年金者の国民年金受給者が多い中、これは大きな問題だが、なぜそうなっているか。他の先進国のように、平均寿命の延びに比例して年金支給開始年齢を引き上げて給付水準を維持するという、年金制度改革の王道の政策を封印したことよる結果である。


少子高齢(長寿)化のコスト増を、毎年の年金給付の削減で賄えば、年金受給者が窮乏化を強いられるのは当然だ。それにもかかわらず、保険料の未納付率の高い国民年金の救済措置として、保険料を強制的に天引き徴収される被用者の負担増で対処するのはあまりに安易な手段だ。これは本来、必要とされる年金制度の抜本改革を避けて、単に保険料を「取りやすい被用者から取る」小手先の対応といえる。


■国民年金保険徴収率の疑問


自営業者などが主体の国民年金では、その保険料を最初から強制的に徴収できない(滞納を続けると最終催告状などを経て、強制徴収にいたることもある)。このため保険料を実質的に納付した者の比率は2023年で44%(公表資料から筆者推計)にとどまっている。


ところが、厚労省による発表では、その納付率が78%で「11年連続の上昇」となっている。これは「何らかの事情」による納付免除・猶予者の比率が被保険者数の43%(596万人)にまで持続的に高まっている影響もある。年金保険料が自動的に免除される、生活保護受給者(高齢者以外)は約100万人に過ぎず、しかもその数は徐々に減少している中で、なぜこれほど多くの免除者が増加するのだろうか。


出所=厚生労働省「国民年金の加入・納付状況」により作成

国民年金の免除者が将来的に受け取る額は国庫負担分の給付のみとなり、満額の半分しか受け取ることができない。免除者の増加は財務省の負担増にはなるが、年金財政には直接影響せず、見かけ上(いわば財務省が肩代わりすることで)の全体の徴収率を高めているだけである。


保険料未納付者には強制徴収制度もあるが、その可能性のある対象者は、収入から経費を控除後の所得が300万円以上のみと自ら公表しているケースで、2年間で時効となる。これは税金の滞納者を見逃さない国税庁との徴税制度の違いは明らかだ。


国民年金の給付額を増やす有力な手段として、被用者と比べて60歳と短い保険料納付期間の65歳への延長がある。これには半分の国庫負担が付くため、被保険者には有利な改正だが、国会で立憲民主党の批判を受けると、政府はあっさりと撤回した。


また、もともと十分な額とはいえない国民年金の給付を補うために、その上乗せ給付としての国民年金基金が設けられているが、その加入者は任意加入のため33万人と被保険者数の2%に過ぎない。年金制度間の合理的な助け合いは必要だが、被用者年金からの支援を受ける前に、国民年金の財政基盤を強化する余地は大きいのではないか。


■なぜ年金給付が毎年減額されるのか


前述したように、そもそも高齢化に伴う年金受給者の増加への対応を、毎年の給付削減で行うという、マクロ経済スライドの導入自体が基本的な誤りであった。英米や独などの先進国では、67〜68歳の年金支給開始年齢が一般的なのに、世界でトップの長寿国の日本がなぜ65歳と低いままなのか。他国は、平均寿命は日本よりはるかに低いのに、支給開始年齢は日本より遅いのと比べて、どう考えても不合理である。


高齢で働けなくなってから年金受給額を毎年減らされるのを回避するために、まだ現役で働けるうちに、平均寿命の延びに比例して就業期間を伸ばし、希望する場合は繰り上げ年金受給を選択する。そうすればインフレに見合って増える年金額が確実に保障される。こうしたグローバルスタンダードの年金制度改革が、なぜ日本では実現できないのだろうか。


この高齢化に応じた年金支給開始年齢の引き上げという選択肢を、厚労省はタブー視し、年金部会での議題にもあげていない。この支給開始年齢の引き上げ問題をめぐっては、フランスでも大規模な反対デモが生じたが、マクロン大統領は将来世代のために不退転の覚悟で押し通した。この日仏の違いは、目先の内閣支持率のみにこだわる日本政治の貧困と、それにおもねる年金官僚に大きな責任がある。


■救済策としての基礎年金の導入


日本の年金制度の最大の弱点は、財政基盤の弱い国民年金にある。国民年金は基礎年金とも呼ばれるために混乱が生じやすい。もともとは被用者年金と別個の制度であった国民年金を、被用者年金と無理に合併させ、共通の基礎年金制度としたためだ。この基礎年金には、独自の財源はなく、既存の国民年金や厚生年金などからの拠出金に依存している。


実はこの拠出金の配分基準を、各々の制度の被保険者数ではなく、保険料を負担した実人数にもとづいていることが大きなポイントだ。この結果、国民年金で、いくら保険料の免除者や未納付者数が増えても、それは自動的に100%納付している被用者の負担、前述のSNSの言葉でいえば「横流し・横取り」で賄われるという、巧みなトリックがある。


このように、被用者年金による国民年金の救済措置は以前から存在しており、今回の国民年金の3割底上げ措置は、それをより拡大したものにすぎない。


なお、被用者年金にも基礎年金部分が含まれることから、今回の措置では被用者も得になるという説明がある。しかし、これには基礎年金給付の半分は国庫負担のため、その厚生年金に対する比率が高まれば、それだけ被用者の受給額が増えるという、第2のトリックがある。


その国庫負担は税金で賄われており、厚労省には関係がなくても、国民全体の負担増には変わりはない。安易に一般財源に依存するのではなく、年金保険としての財政の健全化には、固有の財源を確保する必要がある。


写真=iStock.com/mixetto
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■基礎年金の目的税方式化


国民年金に限らず、年金給付を増やすためには、そのための応分の負担増が必要である。国民年金給付の半分は一般財源だが、残りの半分は未納付率の高い保険料である。この保険料の代わりに、確実に徴収できる消費税の一定比率を年金だけに限定した目的税にするという大胆な構想が、福田康夫内閣時(2007年9月〜2008年8月)に、官邸に設けられた社会保障国民会議で提起された。


その当時の試算では、消費税率3.5%が必要とされたが、これは「増税」ではない。なぜならそれまで負担していた国民(基礎)年金保険料が、被用者も含めて同時に廃止される仕組みだからだ。この使途を年金だけに限定した目的消費税は、事実上の年金保険料に近い性質のもので、徴収する官庁が異なるだけである。


この構想には多くの利点があった。まず、基礎年金に固有の財源ができ、未納付者が一掃され、年金財政が安定化する。国民の負担額も、現行の画一的な保険料から、個々の消費額に応じた比例負担になり、低所得層の負担は小さくなる。


被用者の保険料が半減となるだけでなく、雇用への実質的な課税である事業主負担も軽減され雇用需要も増える。この制度の導入時から全員が目的消費税の形で負担するが、過去の個人の保険料納付記録が将来の年金給付額に反映されるため、未納付者との不公平は生じない。目的消費税は高齢者も負担するが、長寿化の見返りとして、一部負担は止むを得ない。


厚労省の年金事務も大幅に簡素化されるが、それが逆に人員削減に結び付くことを防ぐためか、結果的に実現には至らなかった。少子高齢化がいっそう深刻となっている現在、この抜本的な年金改革の構想を再検討する必要は高まっている。年金制度改革では、与野党一体となって、国民の理解促進のために、多様な政策メニューの提示と活発な議論が必要だ。


ところが、年金制度の抜本改革を避けようとする政治家と、それを忖度し、国民から大きな反発が出ないような政策メニューに、最初から絞り込んでしまう厚労省との組み合せでは、今回のような「取りやすい被用者年金から財源を取る」という姑息な改正案しか生まれない。


年金制度だけでなく、医療や介護、給付付き税額控除など、抜本的な社会保障制度の改革は、個別の利害関係が錯綜する厚労省の審議会では困難である。


総理直轄の経済財政諮問会議などを積極的に活用し、改革の基本方針を定めなければならない(なお、本稿は制度・規制改革学会の提言を参考としている)。


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八代 尚宏(やしろ・なおひろ)
経済学者/昭和女子大学特命教授
経済企画庁、日本経済研究センター理事長、国際基督教大学教授、昭和女子大学副学長等を経て現職。最近の著書に、『脱ポピュリズム国家』(日本経済新聞社)、『働き方改革の経済学』(日本評論社)、『シルバー民主主義』(中公新書)がある。
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(経済学者/昭和女子大学特命教授 八代 尚宏)

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