山本昌、野球留学後の収入アップに驚き「こんな貰えるの!?」「給料が…」

2024年3月5日(火)7時0分 マイナビニュース

元プロ野球選手で野球解説者の山本昌氏が2日、YouTubeチャンネル「ミスターパーフェクト槙原」内で公開された動画「【星野だ!帰ってこい】メジャー寸前で無念の帰国!プロ5年目突然のブレイク秘話【第5話】」に登場。野球留学後の収入の変化について語った。
○給料増額がモチベーションに
プロ入り5年目の1988年に、ドジャース傘下のマイナーリーグ(1A)のベロビーチ・ドジャースに野球留学し、そこで習得したスクリューボールが人生を大きく好転させたことで知られる山本氏。1988年の8月に帰国すると、手薄になっていた中日先発陣に加わり、8試合に登板(6先発)、5勝0敗、防御率0.55という成績を残した。
その後、11月の契約更改を迎えた山本氏は「11月に、本当は(留学から)帰ってくる頃じゃないですか。あの時に、給料が3倍に上がったんです。8月の終わりから9月、10月とやっただけで。『こんな貰えるの!?』と思って」「給料が100万円になった、月給が。(それまで)400万だったんです、年俸が」と、実質2カ月半の日本での稼働で、年俸が400万円から1,200万円にアップしたという。
この話に槙原寛己氏が「夢があるじゃないですか」と反応すると、山本氏は「2カ月半ですよ? その時に思ったのが、『こんだけでこんな貰えるのか』『もっと頑張んなきゃ』って思って」と当時の心境を明かしながら、「それまでは、4年目までは1軍に上がりたい、1軍に行くのが夢なんですね。同級生とか年下が上にいったら『いいなあ。俺も呼んでくれないかな』ぐらいだったのが、契約更改した日に『もっと頑張んなきゃ』って思って」とモチベーションに変化が生じたことを告白。
続けて、「それまでは野球やるのが夢だった。今度は1軍で勝つことが目標になった」「全然違うでしょ? 人間って変われるなって、23歳の時にすごく思いました」と、しみじみと語っていた。
【編集部MEMO】
プロ野球生活32年、50歳まで現役を続けた山本昌氏。NPB史上初となる50代での登板など、投手として数々の最年長記録を保持している。自身が現役を長く続けることができた理由として、YouTubeチャンネル『上原浩治の雑談魂』にゲスト出演した際には、「工藤(公康)さんの存在も大きかった」「あの人が長くやったんで、僕はその獣道を後ろから歩いて、気づいたら45歳」「それまで『球界最年長』と言われないんで、注目されないんですよ」などと語っていた。

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