テレビ朝日大下容子さんが第32回橋田賞受賞「災害とその被害を扱うたびに思い出す<ごく個人的な体験>とは。激変したワイドショーと20年以上歩んで」

2024年3月31日(日)5時0分 婦人公論.jp


ワイドショー番組の司会を長年務めてきた大下さんですが、その内示は青天の霹靂だったそう(写真提供:CCCメディアハウス)

脚本家の橋田壽賀子さんが理事を務める橋田文化財団によって設立され、日本人の心や人と人のふれあいを温かく取りあげた番組と人に顕彰される「橋田賞」。24年3月31日に32回となる同賞が発表され、テレビ朝日アナウンサー・大下容子さんらが受賞されました。そこで大下さんが、自身が長く携わってきたワイドショーについての想いに触れた記事を再配信いたします。
*********20年6月、テレビ朝日で女性初となる役員待遇「エグゼクティブアナウンサー」に昇進した大下さん。98年からワイドショー番組「ワイド!スクランブル」の司会を担当しています。19年4月からは番組名に「大下容子ワイド!スクランブル」と自らの名前が冠されましたが、実はこの間、ワイドショーはその性質を大きく変化させてきたそうで——。

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「まさか、私がワイドショーを?」


「それは決定ですか? それとも相談ですか?」

内示を受けたとき、私は生意気にもそんなことを口走ったと記憶しています。

決定だと告げた部長に「私はスポーツでやっていきたいんです」と主張し、さらに上席の局長のところにまで直訴に行くなんて、当時28歳だった私はずいぶん向こう見ずだったと思います。

長野冬季オリンピックのリポートがとてもよかったから、ああいう感じでのびのびとやってほしい—局長から返ってきたのは、そんな言葉でした。

ありがたいことでしたが、スポーツの現場から離れる不安もありました。そんなとき、相談した友人に「ワイドショーって、いろんなテーマを扱うんでしょ。だったら、スポーツもそこに入るんじゃない?」と言われました。単純な私は、それもそうだと思い、受け入れることにしました。

98年10月からの「ワイド!スクランブル」では、メインMCに俳優の大和田獏さんが就任されました。私は、そのアシスタントです。

第一回放送日に「和歌山毒物カレー事件」容疑者逮捕


忘れもしない最初の放送日に、大変なことが起こりました。和歌山県の住宅地で行われた夏祭りで、ヒ素の入ったカレーで67人が中毒症状を起こし、うち4人の方が亡くなった、和歌山毒物カレー事件の容疑者が逮捕されたというニュースが飛び込んできたのです。

前日に行ったシミュレーションでは「今日からよろしくお願いいたします」と笑顔で挨拶する練習をしていたのが、いきなりの全面差し替え。挨拶もそこそこに、ニュースを始めなければなりませんでした。

有事の中、大あわてでの船出になりましたが、そのとき、コメンテーターとして出演されていた芸能リポーターの東海林のり子さんが「獏ちゃん、この番組は化けるような気がするわ」とおっしゃったのを覚えています。

人命のかかった事件ですので軽々しいことは言えませんが、生放送の番組のリニューアル時にこうした大きな出来事が重なったことには、やはり何か運命的なものを感じました。

それからまさか23年間も同じ番組を担当することになるとは、このときは夢にも思いませんでした。

報道情報番組へ変化したワイドショー


2009年まで大和田獏さん、そのあとを引き継いだ先輩の寺崎貴司アナウンサー、14年からは橋本大二郎さんと、3代のメインMCのアシスタントを務めましたが、最初の3年、5年はとにかく無我夢中。慣れない私はアシスタントとして、「次はこのニュースです」とVTRを振るくらいのことしかできていなかったと思います。

その間、ワイドショーの内容も大きく変化しました。

ワイドショーが取り上げるテーマというと、以前は社会的に話題になった事件や芸能ニュースが多く、私が「ワイド!スクランブル」に加わった98年は、剣劇で知られた俳優・浅香光代さんとプロ野球監督(当時)・野村克也氏の妻の野村沙知代さんとの対立、いわゆる「ミッチーサッチー騒動」が大きく取り上げられていました。

いまから考えると信じられないのですが、その話題は、その後3年にわたってお茶の間を席巻していました。

が、2000年以降、風向きが大きく変化します。

01年、小泉純一郎氏が内閣総理大臣となって以降の「小泉フィーバー」、あるいは「小泉劇場」の影響で、選挙報道が異様な盛り上がりを見せるようになりました。それまで政治と縁遠かったワイドショーでも、政治・政局関連のテーマを取り上げる回数がグッと増加したのです。

02年には北朝鮮拉致被害者の方々が帰国したことで、東アジア情勢などの国際問題にも関心が集まりました。


2000年以降、ワイドショーで扱うテーマが変わった(写真提供:写真AC)

さらには、社会保険庁の年金記録管理の不備が指摘された「消えた年金」問題、麻生内閣から鳩山連立内閣への政権交代など、暮らしに身近な政治・社会のテーマが次々と取り上げられるように。「ワイド!スクランブル」にも政治家がゲストとして登場したり、政治評論家がコメンテーターとして参加するのが当たり前になりました。

ワイドショーは報道情報番組として、新たな段階を迎えることになったのです。

災害報道を行うたびに思い出す、自らの体験


近年、ワイドショーのもうひとつの大きなテーマとなっているのが災害報道です。

「ワイド!スクランブル」が始まった96年以降、11年の東日本大震災をはじめとして熊本地震、西日本豪雨、九州豪雨など、各地で災害が多発し、その被害の様子をお伝えしなければならないことが増えてきました。

災害とその被害を扱うたびに思い出す、ごく個人的な体験があります。

入社3年目の年末、私が当時住んでいたアパートの隣にあった建物が、放火被害に遭ったのです。

出火当時、私はお風呂に入っていたのですが、向かいの方が「火事だ!」と叫んでくださり、あわてて手近にある服を着て飛び出しました。髪も身体も濡れたまま震えていたら、近所の方がマフラーをぐるぐる巻いてくれました。


入社3年目、火災の被害に(写真提供:写真AC)

何ひとつ持ち出せないまま避難し、落ち着いたころにアパートに戻りました。風向きの関係で延焼被害は私の部屋が最も大きく、はじめてのボーナスで買ったバッグも、お気に入りの服も、靴も、思い出の写真も何もかもが、全部焼けてしまいました。 

水前寺清子さんの一言に涙が


当初は、「命が助かってよかった。ケガをしなくてよかった。お向かいさんのおかげだ」と感謝し、ホッとしていました。ですが、後片づけや次に住む家を探すうちに疲労が蓄積したせいか、日を追うごとに怒りや不安がこみ上げてきました。


『たたかわない生き方』(著:大下容子/CCCメディアハウス)

「なぜ私がこんな目に遭わないといけないのか」「これからどうすればいいのか」。大あわてで次に住む部屋を決めたのですが、家具もなく、下着1枚から買い直さなくてはなりません。

クリスマスイブに、ようやく新しい部屋に入りました。

火事の翌日から部屋探しなどで母が上京してくれていたのですが、私が仕事から戻ると、母はクリスマスプレゼントの下着と手紙を置いて広島に帰っていました。

手紙には「これを買うとき、涙が出ました」とだけ書いてありました。それを読んだ途端、涙が止まらなくなりました。

じつはこの放火事件は、放送開始から間もないころの「ワイド!スクランブル」でも取り上げられていました。

初代MCであった歌手の水前寺清子さんが、このニュースを受け、「大下アナウンサー、寒い中、焼け出されてかわいそうに」というようなコメントを発してくださいました。いつも人の心を思いやり、歌を歌っている方ゆえに、思わず出た言葉だったのかもしれません。

それを観ていた私は、テレビの前でポロポロと涙をこぼしてしまいました。水前寺さんが、被害を受けた自分にひとときでも気持ちを寄せてくださったことが本当にうれしく、心に沁みたのです。

人の怒りや悲しみを受け止め、寄り添う報道をしたい


「ワイド!スクランブル」の一員に加わって、さまざまな災害の被害を受けた方、事故や事件に巻き込まれた方についてお伝えするたびに、あのときのつらさが何度となく蘇ります。

まだ若かった分、私には回復力もあったけれど、年齢を重ねた方々が住む家を失う気持ちはどんなだろう。大事にしてきたものが跡形もなく消えてしまう喪失感はどれほどだろうと思うと、胸が苦しくなります。

同時に、被害を受けたときに受けた温かい一言の大切さも思い出します。ですので、私も中継などで被災した方からお話をうかがう際は、心づかいを忘れないようにしています。

もちろん、その方の本当の苦しみは画面で見ている私にはわかりませんし、わかっているように振る舞うのも失礼なこと。ですが、それでも「このたびは大変でしたね。どうかお体を大切になさってください」という思いだけはお伝えしたいと思っています。

私の体験は、大災害で被害を受けた方々の体験とは比べものにはなりません。しかし、それでも被害者になった体験は、ニュースを伝える際に少しは活きているように感じますし、活かさなければならないと考えています。

あの出来事は、報道に携わる者として他者のつらさを忘れてはいけないよと、神さまが私に教えようとしたものだったのでしょうか。

着の身着のままで寒空の下に放り出されたときの気持ちを忘れることなく、人の怒りや悲しみを受け止め、寄り添う報道をしたいと思っています。

※本稿は、『たたかわない生き方』(CCCメディアハウス)の一部を再編集したものです。

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