井上順さんが第32回橋田賞・特別賞を受賞「毎日の目標は、うれしい楽しいをいくつ見つけるかってこと」

2024年3月31日(日)5時0分 婦人公論.jp


井上順さんによる「ピース」! 写真を撮る時に「ピース!」サインをするのは、井上順さん発の流行だとご存じでした?(撮影:本社写真部) 

脚本家の橋田壽賀子さんが理事を務める橋田文化財団によって設立され、日本人の心や人と人のふれあいを温かく取りあげた番組と人に顕彰される「橋田賞」。24年3月31日に32回となる同賞が発表され、タレントの井上順さんは「橋田賞特別賞」を受賞されました。そこで、井上さんが難聴を患ったときやご家族のことについて語った2021年09月17日の記事を再配信します。
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いつも視聴者を楽しませてくれる生粋のエンターテイナー、井上順さん。2020年から始めた、ダジャレや遊び心いっぱいのツイッターも人気を博し、現在フォロワー4.6万人(9月14日現在)。放送中のNHK連続テレビ小説『おかえりモネ』でも、飄々とした社長役が話題です。明るく朗らかな井上さんだが、74年の人生の間に、凹んでしまった経験もあるそうで——(構成=丸山あかね 撮影=本社写真部)

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タダでいい気持ちにしてもらって「サンキュー」


朝、目覚めると「サンキュー」と言うんです。だって、この年齢になってくると、目覚めるってこと自体が当たり前じゃないからね(笑)。そしてバッとカーテンを開けて晴れていたら、おひさまにも「サンキュー」。暖かいじゃないですか。なのにタダ。タダでこんなにいい気持ちにしてもらってありがたいと、いつも思っています。

僕の毎日の目標は、うれしい楽しいをいくつ見つけるかってことなの。外を見て、大きなランドセルを背負っている小学生の低学年を見るだけで、ああかわいいなと笑っちゃうわけです。

こんな楽天家の僕も少し落ち込んだ時期があります。50歳を過ぎたころ、映画を見ていても、舞台を見ていても「みんな元気ないなあ」と感じるようになった。当時出演していた『渡る世間は鬼ばかり』の台本読みをしていても、ほかの出演者がぼそぼそしゃべっているように聞こえてね。「ピン子ちゃん、もうちょっと元気な声出せよ。若いんだから」と言ったらみんな不思議な顔して僕を見るわけ。周りはちゃんと聞こえていたんです。

「順ちゃん、一度病院行ったほうがいいよ」と言われて診察してもらったら、感音性難聴だった。もう治らないと聞いて、こんなに明るい人間がさすがに凹みましたね。というのも、人が好きな人間だったのに、話すのがおっくうになっちゃった。「え? なんですか?」と聞き返すのが嫌でね。やっぱり相手に失礼だと思っちゃって、どうしても一歩引くようになってしまった。

このままじゃ自分を失っちゃう、と思って、自分から「すいません、耳が悪いんです」と言うようにしたんですね。すると、すごく気持ちが楽になった。それからはドラマなどの仕事も「僕は難聴なんですけど、いいですか?」とお尋ねして、OKを取ってから受けることにしています。今出演している朝ドラ『おかえりモネ』の安西和将役もそうです。


NHK連続テレビ小説『おかえりモネ』では、主人公モネが働く会社のお茶目な社長役を演じている。社長一推しのキャラ「コサメちゃん」と「傘イルカくん」も人気(写真提供:NHK)

若者に慕われる大人とは?


僕の役は、主人公のモネちゃん(永浦百音/演じるのは清原果耶さん)が気象予報士になるために上京して働き始める「ウェザーエキスパーツ」という会社の社長。どういう人物を演じればいいのかな? と自分なりに考えました。

東京でモネちゃんを見守り、成長を促すわけですから人間力のある男でなくちゃいけないなと。それで制作サイドのスタッフと初めて打ち合わせをした時に、「社長とはいえ上から目線で威張るタイプではなくて、若い人達に愛される人物がいいな」と提案したんです。みなさんの賛同を得て、そこから具体的な役作りをしていきました。

いつもニコニコとしていて誰に対しても気さくに接し、「うんうん」と若い人の話にも耳を傾ける。それから汚いジジィは嫌われちゃうじゃない? だから清潔感があって、ちょっとオシャレでね。つまり、柔軟性と好奇心と遊び心を備えているってこと。え、僕に重なるって? たしかに普段若い人たちとコミュニケーションを取るために心がけていることかもしれないな。

ただし安西は一代で会社を築いたという設定なので、経営者としてのシビアな側面も少々加えてみました。それが僕の思うリアリティなんだな。

「アセルちゃん」が欲しい!


それにしても清原さんの表現力はすごい。撮影中、僕もさまざまな表情を向けられて見惚れちゃってね。清原さんだけでなく、若い役者さんがみんな上手いの。僕が一番たくさんNGを出しているんじゃないかなぁ。「コサメちゃん」と「傘イルカくん」に続いてもう一つ、「アセルちゃん」って名前のパペットを作って、間違えたら口をパクパクさせながら「メンゴ」と言って誤魔化しちゃいたいくらい。(笑)

誰にとっても生きていくというのは大変なことなのだけれど、モネちゃんにとってウェザーエキスパーツという会社が実り豊かな場であるように。延(ひ)いては視聴者のみなさんに「今日も頑張ろう」というパワーを提供できたらいいなと思いながら演じています。


「今の楽しみの一つは毎朝『おかえりモネ』を観ること。僕は完全に一視聴者なんです。(笑)」

実は僕、全体のあらすじを知らないの。もちろん出演者だから、全編の台本はいただけるんですよ。でも、いらないって言いました。だって、そのほうが一つ一つのシーンを新鮮に演じられるし、モネちゃんと菅波先生(演じるのは坂口健太郎さん)の恋の行方はどうなるのかなぁ、なんて考えただけでもドキドキしない? 今の楽しみの一つは毎朝『おかえりモネ』を観ること。僕は完全に一視聴者なんです。(笑)

モネちゃんは気仙沼出身、僕は渋谷出身


きっとモネちゃんは故郷の宮城県気仙沼に帰るのでしょう。え、ネタバレ禁止? でもタイトルが「おかえりモネ」なんだからねえ。そこは最初からバレバレでしょう。台本を読んでないから違っていたらゴメン。(笑)

東日本大震災から10年の節目に制作されたドラマだと思うと、感慨深いものがあります。気象予報士というのは一見地味な仕事だけど、天災から人々の命を守るという大きな役割を担っている。モネちゃんが大好きな故郷に帰って、人々の役に立ちたいという気持ち、わかるなぁ。実は僕も生まれ故郷に恩返ししたいなって気持ちが強いから。

僕は渋谷生まれの渋谷育ち。父方の祖父はイギリスから競馬馬を日本に紹介した人で、渋谷区富ヶ谷で「井上馬場」を営んでいました。昔は電車なんてなかったから、うちは馬車で渋谷に買い物に行ってたの。田んぼもあって、今とはまったく違う風景でね。

子ども心に記憶に残っているのは、我が家の窓から見た光景。緑に包まれた大広場が広がっていて……今の代々木公園だね。米軍の兵隊さんが暮らしていた「かまぼこ型厩舎」が何十個と並んでいたんです。

ユーモラスな両親のもとで育って


僕のこの性格は親譲りでね。獣医をしていた父は僕よりソフト、女性に特に優しく、惚れっぽくて。うちの母親はのちのちそれに呆れて別れちゃった(笑)。そんなときでも親父は「はっはっはっ参ったなあ」だからね。

おふくろはそれに輪をかけてユーモラスな人で、僕の下宿先にふらりと現れて「今、私の映画見てきちゃったわ」なんて言う。「え?」と聞き返すと「イングリッド・バーグマンよ」。そんな冗談を平気で言う人なんですよ。

そういう両親の間で子ども時代をキャッキャ過ごしたのは、僕の人間形成に大きく影響しました。8歳上の兄と4歳上の姉との5人家族の我が家には、早くから蓄音機があり、洋楽が流れていました。

両親は映画も大好きで僕をよく連れて行ってくれたんです。それも当時としては斬新なディズニーとかウエスタンなんかの洋画ばかり。興奮した僕は、家に帰ってきょうだい相手に身振り手振りを加えてストーリーを伝えたりして。僕はそのまんま大人になってしまったという感じです。

渋谷区の名誉区民に選ばれて


時間というのは残酷で、楽しかった日々をどんどん過去のものにしてしまう。そればかりか愛する人たちとの死別という大きな試練が待ち受けているんですよね。僕の場合、両親も兄さんも姉さんも鬼籍に入り、離婚もしたから、気づけば天涯孤独の身。

僕は楽天家だから、しょんぼりしているのが性分に合わない。幸いにして明るいほうへ明るいほうへと誘導してくれる友達もたくさんいてね。一時、港区に住んでいたのだけれど、すぐに「幼馴染たちのいる渋谷区へ戻ろう!」となって、今は渋谷区在住です。

渋谷は若い人のパワーのおかげで、進化を続ける街です。僕が幼馴染に誘われて渋谷区民祭りの実行委員になったのは10年くらい前だったかな。大したことしてないのよ、イベントの応援団になったり、区民の日にゴミ拾いをしたり……。

そうしたら、2021年の春に渋谷区名誉区民の称号を頂戴しまして。本当に僕でいいのかなと思ったけれど、やっぱりとても光栄なことだし、お引き受けすることにしました。家族との思い出がぎっしりと詰まっている大好きな渋谷に感謝しているし、今度は恩返しをする番かなとも。

僕は人が好きなんですね。もっと言えば、人を笑顔にするのが趣味なんです。悪くないよね、この趣味。

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