『名探偵コナン 黒鉄の魚影』が、物語の「制約」を灰原哀の「居場所」へ昇華させた傑作である5つの理由

2024年4月19日(金)21時5分 All About

地上波初放送となる『名探偵コナン 黒鉄の魚影』。本作は評価も高く、「灰原哀」を中心に据えた物語には彼女への愛情がたっぷりと込められていました。その理由を解説しましょう。(サムネイル画像出典:(C)2023青山剛昌/名探偵コナン製作委員会)

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2024年4月19日、金曜ロードショー(日本テレビ系)にて『名探偵コナン 黒鉄の魚影(サブマリン)』が地上波初放送となります。
劇場版『名探偵コナン』第26作目の本作は、宿敵である「黒ずくめの組織」をフィーチャーしたほか、海洋施設でのミステリー、海中&海上でのアクション、現代的な「ディープフェイク」の問題などが盛り込まれています。そして、最大の特徴であり魅力といえるのは、人気キャラクター「灰原哀」をメインに据えた物語であることでしょう

「灰原哀」への愛情が込められた物語


普段の灰原はドライでクールですが、ときどき見せるかわいい表情やしぐさにノックアウトされた人は数知れず。今回の『黒鉄の魚影』では作り手の彼女への愛情がたっぷりと込められた、かつ後述する「制約」をも生かした作劇も見事な、劇場版『名探偵コナン』でも屈指の傑作だと思います。その5つの理由を記していきましょう。
※以下からは犯人の正体を除き、結末を含む『黒鉄の魚影』本編のネタバレに大いに触れています。ご注意ください。また、劇場版第5作目『天国へのカウントダウン』、劇場版第2作目『14番目の標的(ターゲット)』の一部内容も記しています。

1:他人への思いやり「だけではないかもしれない」行動原理

灰原哀は黒ずくめの組織の元メンバーで、当時のコードネームはシェリー。唯一の肉親であった姉が殺され、毒薬で自殺を試みるもののコナンと同様に幼児化して、以降は阿笠博士に保護され居候の身に。コナンのサポート役に回ることが多く、その正体を知らない小学1年生の同級生の歩美、元太、光彦とは友人であるとともに「少年探偵団」の一員となっています。
そんな彼女の本質的な性格の1つに「他人への思いやり」があると、冒頭から示されています。老婦人(後述もしますが正体は組織の一員であるベルモット)が欲しがっていた限定品のブローチの整理券を、灰原は「実はちゃんと値段見ていなくて、私には高かったの」というもっともらしい理由をつけて、譲ってあげるのですから。
ただ、このセリフからは、目の前の場所やものが「自分にはふさわしくない」自己否定的なニュアンスも少しだけ感じられますし、「他人のためなら自分を大切にしなくもていい」自己犠牲的な行動原理も働いていたのかもしれません。それは後述する「バイバイだね、江戸川コナンくん」という一連のセリフにもつながっていると思うのです。

2:「子どもの言葉や行動」が未来へもつながる

今回のキーパーソンである直美・アルジェントは、子どもの頃に東洋系が珍しかったために毎日のようにいじめにあい、日本人だった灰原(当時の名前は宮野志保)にかばってもらうものの、その後にいじめの標的にされた灰原を助けられなかったことを悔い、人種によって憎しみ合わない社会を目指すため、「老若認証システム」を開発していました。
その直美は「私のせいで巻き込まれた」と灰原が誘拐されたことに罪悪感を感じていましたが、その灰原も「いいえ、巻き込んだのは私の方」と思います。さらに、父が狙撃されたことを目撃した直美は、「父さんを見捨てた!」「このままじゃあなたまで殺されちゃう。私のせいで!」と泣き叫びます。
その時は涙を流していた灰原でしたが、コナンと交信し、ウォッカとキールとの会話から脱出の手段を知った灰原は、「人種を超えた世界平和、それがあなたとお父さんの夢なんでしょ」「あなたには生きる義務があるの!」と直美を激励し、その直美が「哀ちゃんやコナンくんみたいな子どもに何ができるの? 何ができるっていうの!」と声を荒げたことに対して、こう返します。
「あらそう? 子どもだから何? あなた、世代間の差別もなくしたいんじゃなかったの?」
「子どもの言葉や行動で、人生が変わることもある」
「私は、それを体験して変われた」
「だから、私を信じて! 直美!」
灰原は最愛の姉を亡くしており、だからこそ父を失った(後に生きていたことが明らかになりますが)直美の気持ちに同調して涙を流したのでしょう。
一時は自殺のために毒薬も飲んだ(原作漫画の19巻では「どうしてお姉ちゃんを…助けてくれなかったの?」とコナンを責めてしまった)こともある灰原が、ここまで困難な状況にあってもなお、希望を捨てずに目の前の誰かを激励する姿は感動的です。
もちろん、この映画を見ている観客は、灰原が本来は大人(と言っても18歳ですが)であることを知っています。しかし、過去に子どもの時の彼女が直美をいじめからかばってくれたことも事実ですし、それが直美がエンジニアという職業を選んだきっかけの1つ。そして事件の解決後、空港で灰原を抱きしめた直美は「あれ本当ね、今のあなたがいるおかげで、これからの私がある」とも告げました。
そして、直美は「また会えてうれしかったわ。ありがとう、志保」と心の中で思っており、(詳細な理屈が分からなくても)目の前にいるのがかつての恩人、そして「もう一度会いたい」と願っていた志保であると気づいていたようです。「子どもの言葉や行動で、人生が変わることもある」ことが、「今」も、そして「未来」への希望にもつながることを示した、美しい結末でした。

3:人生が変わった瞬間は、確かにあった

灰原の「子どもの言葉や行動で、人生が変わることもある」「私は、それを体験して変われた」という言葉から、「灰原が体験したこととは具体的には何?」と疑問に思う人もいるでしょう。
ファンの間で有力な説となっているのは、原作漫画では42〜43巻(アニメでは346〜347話の「お尻のマークを探せ!」)のエピソード。歩美から「でもわたし…逃げたくない!! 逃げてばっかじゃ勝てないもん!!」という言葉を聞いた灰原は、その通りに「逃げない」選択をしたのですから。
個人的には、劇場版第5作目『天国へのカウントダウン』も、その体験に当てはまると思います。劇中で灰原は「この頃、私は誰なんだろうなって思うの」「私は誰で、私の居場所はどこにあるんだろうって」「私には席がないのよ」と、自分のアイデンティティーのゆらぎ、または境遇を否定的に捉えた言葉を口にするのです。
しかし、 歩美は「灰原さん、席がないって?」、元太は「何言ってんだ、灰原!」、光彦は「灰原さんの席はちゃんとそこにあるじゃないですか!」と無邪気に言いつつ、それぞれの教室の椅子に座り、コナンも「なっ? 1人じゃねぇって言ったろ?」と返しました。
さらに、その『天国へのカウントダウン』のクライマックスでは、1人でいた灰原が元太たちから助けられますし、彼らと協力して命からがらの脱出劇も繰り広げられます。後述もしますが、彼女に必要なのはやはり「席」から転じて「居場所」であり、それを今回の『黒鉄の魚影』で示してくれたことが、とてもうれしかったのです。

4:「居場所」に帰っていく

突然ですが、劇場版『名探偵コナン』は、「原作漫画の物語がある以上、劇的に物語やキャラクターの関係性を進めるのが難しい」という難儀なシリーズでもあると思います。
同じ国民的なアニメ映画でも『ドラえもん』や『クレヨンしんちゃん』では基本的に作品ごとにリセットされ単体で成立しているのですが、劇場版『名探偵コナン』は大きな物語の流れの1つに組み込まれているので、それが魅力でもあると同時に、「もとの“さや”に納まらなければならない」という制約にもなっているとも思います。
しかし、この『黒鉄の魚影』の素晴らしいところは、「元通りになる」制約が灰原哀の「居場所」の提示とも一致していることでした。
今回の灰原は「組織に正体がバレてしまった」状況。だからこそ、「そう、私にはもう、帰る場所はどこにもないの。だから、あなたといられるのは、これが最後。バイバイだね、江戸川コナンくん」と、彼との別れを選択しようとしていました。
その直後の「そんな顔してんじゃねえよ。言ったろう、俺がぜってえなんとかしてやるってよ」というコナンの言葉は、もちろん水中なので灰原には届いていないはずですが、その「顔」から気持ちは伝わっていたようです(そこにはコナンの、かつて灰原に「どうしてお姉ちゃんを…助けてくれなかったの?」と言わせてしまった負い目もあったのかもしれません)。
そんな灰原は(かつて姉に大丈夫だからと言われたように)蘭からも「哀ちゃんが無事で本当によかった! もう大丈夫だからね!」と抱きしめられていましたし、エンドロール中では歩美からも涙ながらに抱きしめられ、その背中を優しくさすっていました。
さらに、後述するようにベルモットのおかげで黒ずくめの組織からの疑惑から逃れることができた灰原は、最後に阿笠博士に「腹ごしらえでもして帰るとするかのう」と提案されると、「揚げ物はダメよ」「隠れて食べているのバレているんだから」などとたしなめていて、これからの「日常へと帰る」ことも示されています。
コナンや阿笠博士、歩美や元太や光彦もいる場所へと帰ること。『天国のカウントダウン』でも示された、灰原の「席」から転じての「居場所」を示してくれたのです。
それが、劇場版『名探偵コナン』の「元通りの物語やキャラクターの関係性へと戻る」制約ともマッチしているだけでなく、より灰原のことが愛おしく、これからの日々の幸せを願いたくなります。この結末、なんとささやかで、尊いことでしょうか。
また、ファンの間でも賛否が分かれた「灰原が人工呼吸のためにコナンとキスをした」ことですが、個人的には肯定的に捉えています。最後に灰原が蘭にキスをして、「ちゃんと返したわよ、あなたの唇」と思ったことは、コナンと灰原が「恋人にはならない」関係性へと、やはり「戻る」ことを示していますし、劇場版第2作目『14番目の標的(ターゲット)』のとある場面へのリスペクトだと思えたのですから。

5:ベルモットが助けてくれたワケは?

前述した老婦人の正体がベルモットだと明かされ、彼女の「助けたわけ? それを探るのがあなたの仕事でしょ、シルバーブレットくん」というモノローグで、映画は幕を閉じました。ベルモットは老若認証システムが使い物にならないと思わせるという、黒ずくめの組織からすれば(バレれば)裏切りの行動に出て、灰原を助けたのです。
その理由はなぜか。もちろん、ベルモットが本当に限定品のブローチを欲しいと願っていて、その整理券をくれた灰原への恩を返した、とシンプルな解釈もできます(余談ですが、このブローチのイチョウの花言葉は「長寿」で、ファンから「なぜか歳を取らない」といわれるベルモットにはピッタリです)。
はたまた、原作漫画では34〜35巻(アニメでは286〜288話の「工藤新一NYの事件」)のエピソードでは、新一の「人が人を助ける理由に…論理的な思考は存在しねーだろ?」という言葉にベルモットが心を打たれたとも示されていたので、その言葉通りに「ただ助けた」という解釈も可能でしょう。
また、黒ずくめの組織のメンバーであるキールも父を失ったことが劇中で示されており、だからこそ盗聴器を仕掛けられたことを認識しつつ、ウォッカとの会話の中で脱出の方法を灰原と直美に伝えていました。姉を失った灰原もそうですが、悲しい思いをした身近な人のために何かをしてあげられるということ。その尊さが貫かれている『黒鉄の魚影』が大好きです。
この記事の筆者:ヒナタカ プロフィール
All About 映画ガイド。雑食系映画ライターとして「ねとらぼ」「CINEMAS+」「女子SPA!」など複数のメディアで執筆中。作品の解説や考察、特定のジャンルのまとめ記事を担当。2022年「All About Red Ball Award」のNEWS部門を受賞。
(文:ヒナタカ)

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