「俺に何があってもやめるなよ」手術室に運ばれる夫から励まされて。芸人おばあちゃん「舞台に立てないときが必ず来る。だからこそ今を精一杯楽しみたい」

2024年5月24日(金)12時30分 婦人公論.jp


(撮影◎本社 奥西義和)

71歳で吉本の芸人養成所であるNSC(吉本総合芸能学院)に入学。お笑い芸人となった「おばあちゃん」。77歳となった現在、芸歴5年の「新人」として月に3回、東京・神保町にあるよしもと漫才劇場の舞台に立っています。過去には乳がんや卵巣がんを患った経験もあり、NSC在学中には夫の看病や実兄の介護に追われたことも…。それでも夢を諦めず、いまや“国民的おばあちゃん”として人気に。いったい何がそのパワーの源になっているのでしょうか。これまで歩んできた道のりを振り返りつつ、いくつになっても人生を楽しみながら過ごす秘訣を伺いました。(全3回/第3回。構成◎内山靖子 撮影◎本社 奥西義和)

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「協力はできないけど、邪魔はしないよ」って


芸人生活を夫が手伝ってくれるのも、私が定年退職したときに「これからはお互いに好きなことをして、楽しく暮らそう」という話を2人でしたから。

とはいえ、夫は若いときからやりたいことをやってましたけどねえ(笑)。

釣りが大好きなので、金曜日の夜、会社が終わるとその足で海に行き、そのまま海から月曜日の朝に出社、なんていうこともしょっちゅう。定年後は、釣りが好きな夫のために、海が近い街に引っ越したくらいです。

でも、これまで自分が好きなことをやってきたからでしょうか。私が好きなことをするのも反対しない。

NSCに通いたいと言ったときも「協力はできないけど、邪魔はしないよ」って。まあ、そのときは、まさか私がプロの芸人なるなんて思ってもいなかったでしょうけど。

そんな夫ですから、自分が肺がんになったときも、私がNSCに通い続けることを応援してくれました。

夫が肺がんを宣告されたのが2020年の12月。かなり厳しい状態なので、年明けの1月には手術をしなきゃならないと。

一方、私は3月にNSCの卒業を控えていたので、さすがにそのときは「どうしよう?」と悩みました。

でも、手術室に運ばれていくときに、「俺に何があっても、吉本をやめるなよ」「人生を楽しめよ」と言ってくれて。

その言葉に励まされてNSCに通い続けることができたのです。

3年間、無遅刻無欠席で卒業


兄の介護をしていたときも同じ気持ちでした。


おばあちゃんの著書『ひまができ 今日も楽しい 生きがいを - 77歳 後期高齢者 芸歴5年 芸名・おばあちゃん』(ヨシモトブックス)

兄は独身でひとり暮らしをしていたので、難病で失明し、さらに認知症になってからは、自分ひとりで生活するのはとうてい無理な状態でした。

でも、看病も介護もそれだけにどっぷり浸かってしまったら、こちらの気も滅入るじゃないですか。

自分にとって楽しい時間を大切にしてほしいと兄も言ってくれたので、NSCの時間割とにらめっこして、授業のない時間帯に兄を病院に連れて行ったり、日常生活の世話をしたりしながら、1年間、なんとか無遅刻無欠席で卒業することができました。

うちから神保町のNSCまでは片道2時間以上もかかるので、1時間目の授業に出るためには朝5時に起きないと間に合いません。

NSCは授業が始まる前に、学校に着いた順番で階段に生徒がズラーッと並ぶ決まりがあるんですけど、10番以内に並んでいないと「ネタ見せ」の授業で、自分が作ってきたネタを講師の先生に見てもらえないときがあるんです。

せっかく作ってきたネタを見てもらうために、少しでも早く学校に着かなきゃと。夕方、家に帰って来てからも、その日に習ったことを復習しなきゃならないので、寝るのは夜中の12時を過ぎることもありました。

その合間に、兄の介護をするのはさすがに体力的にしんどいときもありましたけど、それで絶対にやめたくないという気持ちがあったので、なんとか頑張れたのだと思います。

食事の支度は夫担当


幸いなことに、術後の経過もよくて、今、夫は普通の生活を送っています。家事も手伝ってくれるようになり、毎日の夕飯の支度は夫の担当です。

鯛のアラを買って来て、それで出汁をとってうどんの汁を作ってくれたりするので、私が作るより美味しいんですよ。

買い物も夫の脳トレになると思い、「マヨネーズはこっちのスーパーが安い」「洗剤はあっちのほうが安い」とあれこれ情報を叩き込みました。


(撮影◎本社 奥西義和)

そのかいあって、仕事をしていたときは家事なんていっさいやらなかった人だったのに、今や買い物と料理はバッチリ。

70代になってからでも、夫の教育ってできるものなんですね。(笑)

私が芸人になったからと言って、決して生活のレベルは変えません。みなさんが想像しているほど高額なギャラじゃないですし(笑) 、いつなんどきどうなるかわからない。

なので生活のレベルを上げるなんて無理、無理。

だから、「お父さん、お弁当に半額シールが貼られる時間になったよ。買い物に行って来て!」と、今までどおりの生活を続けています。

「今」を精一杯楽しみたい


今は毎日が本当に楽しいので、このままの生活がずっと続いていったらいいなぁって思います。でも、それは無理な話でしょう。

舞台に立てないときが、いつか必ずやって来ます。だからこそ、「今」を精一杯楽しみたい。

楽しむだけ楽しんでおけば、この先、もし寝たきりになっても、「あのときは楽しかったなぁ」と幸せな気持ちになれるでしょう。

還暦過ぎて「夫のため」とか「家族のため」に自分を犠牲にして我慢して生きたところで、何一ついいことはありません。少なくとも、私はそんなのまっぴらです。

70代で芸人になった私を見て、80歳の親戚が「私もやろうかしら」と言ってくれたり、60代でピアノの先生を引退した知人が「もう1度やってみるわ」と仕事に復帰したり。

自分としては、すごいことをしてきたつもりはありませんが、私の姿が少しでも同世代の励みになっているなら嬉しいです。


(撮影◎本社 奥西義和)

人生は最後まで何が起きるかわかりません。私だって、こんな70代が待っているなんて夢にも思っていませんでした。

でも、いくつになっても、やりたいことをやっていれば何らか楽しい結果がついてくる。人様に迷惑をかけない範囲で、これからも自分のやりたいことをどんどんやっていきたいと思っています。

婦人公論.jp

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