「妻の入浴姿に自殺した愛人を重ねた」作品にはよく“ふたり目の女性”が登場して…有名アーティストとその妻の知られざる“複雑な関係”

2024年9月21日(土)7時10分 文春オンライン

 女流画家セラフィーヌ・ルイを描いた伝記映画『セラフィーヌの庭』(08)がフランス内外で高い評価を受け、その後もカトリーヌ・ドヌーヴを迎えた『ルージュの手紙』(17)や、ジュリエット・ビノシュ主演の『5月の花嫁学校』(20)といった作品で女性を描くことに定評があるマルタン・プロヴォ監督。新作『画家ボナール ピエールとマルト』では、19世紀から20世紀に活動したナビ派の画家で、日本でも人気の高いピエール・ボナール(ヴァンサン・マケーニュ)とその妻マルト(セシル・ドゥ・フランス)の複雑な関係を描いた。



マルタン・プロヴォ監督


「『セラフィーヌの庭』を撮ったあと、もう画家についての映画を撮るつもりはなかったのですが、マルトの姪の娘に当たる方からマルトについての映画を撮らないかと誘われたのです。ボナールは大好きな画家ですが、マルトのことはよく知らなかった。調べてみると、ふたりの関係はとても興味深いものでした。


 マルトは彼のミューズですが、結婚したのは出会ってから32年も経ってからで、その間もボヘミアン(=自由人)であった彼には別の愛人が複数いました。それで“アーティストの妻”とはどういうものか、という視点から映画を撮ろうと思ったのです。


 さらに偶然にもわたしが住んでいる家が、ボナールが暮らしたノルマンディ地方のヴェルノンの近くだったことも、縁を感じた理由でした」


 ボナールの絵の3分の1に描かれているにも拘らず、世間にその存在を知られていないマルトは、天才を支え続けた陰の人だったと、プロヴォ監督は指摘する。


「マルトはとても芯の強い女性です。あの時代に長年結婚せず、子供を望まなかったボナールのことを全面的に受け入れた。彼にとっては理想の女性で、マルトなしにはボナールも存在しなかった。そんな彼女の功績に光を当てたかったのです。


 わたしはフェミニズムを声高に叫ぶつもりはありませんが、この映画はフェミニスト的な作品と言えるでしょう」


 本作はまた、映像自体がボナールの絵画のように美しい。観客は彼の作品のなかにいるような錯覚を起こすに違いない。子供のときから美術館に行くのが好きだったというプロヴォ監督は、ボナールの絵の特徴をこう語る。


「自然や花々を愛し、『幸福の画家』と言われた彼の絵は、多くの色彩や光に満ちている点で映画向きです。さらにミステリーがある。彼がマルトを描いた絵には、しばしば“ふたり目”の女性が登場します。お風呂好きだった妻の入浴姿は、つねに“若いまま”描かれた。それは、若くして自殺した愛人を重ねたのではないかとも言われています。映画を作る側にとっても興味がつきないのです」


 美しさと謎を秘めた本作で、我々は再びプロヴォ監督の才能に酔いしれるだろう。



Martin Provost/1957年フランス・ブレスト生まれ。俳優を経て監督に転身。2009年、素朴派の画家セラフィーヌ・ルイの生涯を描いた伝記映画『セラフィーヌの庭』でセザール賞最多7部門受賞。『ヴィオレット ある作家の肖像』(13)、『ルージュの手紙』(17)など女性を主題に描く作品が多い。




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映画『画家ボナール ピエールとマルト』(9月20日から公開)
http://bpm.onlyhearts.co.jp/





(佐藤 久理子/週刊文春 2024年9月26日号)

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