【映画と仕事 vol.13 前編】「岸辺露伴は動かない」柘植伊佐夫 映画・ドラマに欠かせない “人物デザイン”という仕事はどのように誕生したのか?

2021年12月27日(月)17時0分 シネマカフェ

柘植伊佐夫/photo:Naoki Kurozu

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岸辺露伴はどんな素材のヘアバンドをするべきか——?

たかがヘアバンドなどと言うなかれ! それは作品の世界観や方向性を決定づける…ひいてはドラマの成否に関わる非常に重要かつデリケートな問題なのだ。

映画やドラマの仕事に携わる人々に話を伺う連載インタビュー【映画お仕事図鑑】。今回、ご登場いただいたのは、映画『シン・ゴジラ』や『翔んで埼玉』、大河ドラマ「龍馬伝」、「平清盛」などで登場人物の衣装・ヘアスタイルといった扮装を統括する「人物デザイン監修」を担当してきた柘植伊佐夫。

12月27日より3夜にわたって放送される、荒木飛呂彦の人気漫画「ジョジョの奇妙な冒険」の人気キャラクター・岸辺露伴を主人公に生まれたスピンオフ漫画を実写ドラマ化した「岸辺露伴は動かない」でも、柘植さんは人物デザイン監修を務めており、高橋一生演じる岸辺露伴、飯豊まりえが演じ人気を博した編集者・泉京香ら登場人物たちの衣装、ヘアスタイルなどを緻密に作り上げている。

放送を前に柘植さんにロングインタビューを敢行! そもそも“人物デザイン監修”とは何をする仕事なのか? 柘植さんはどのようにこの世界に足を踏み入れたのか? そして「岸辺露伴は動かない」の制作の裏側に至るまで、前・後編の2回にわたってお届けする。まずは【前編】、人物デザイン監修について、そして大河ドラマ「龍馬伝」や「平清盛」に携わっていくことになったエピソードについて。



デザインの決定から撮影現場の管理まで——衣装とヘアデザインの“クリエイティブ・ディレクター”

——まもなく放送となるドラマ「岸辺露伴は動かない」などで、柘植さんは「人物デザイン監修」とクレジットされています。この「人物デザイン監修」という仕事の内容について教えてください。

まず、衣装とヘアメイクという、扮装全体のデザインを決定するクリエイティブ・ディレクションをしているのと、実際のそれらのデザインワークをするという2点ですね。

さらに、プロダクション(撮影)に入った際に現場の差配——準備段階でデザインを決めても、現場でそれを維持していくことって大変なので、そのマネジメントもしています。

——事前のデザインの決定に加えて、実際の撮影の段階で現場にも足を運ばれてマネジメントを行なうということですね?

そうですね。いま、ちょうど『シン・仮面ライダー』(※扮装統括と衣装デザインを担当)に入っているんですが、現場にもかなり足を運んでいます。ちなみに“扮装統括”と“人物デザイン監修”は基本的に同じことで、プロダクションによってクレジットを載せる際のイメージなどに合わせて言葉を変えているだけです。

ただ、現場に出るかどうかは作品や状況にもよって異なります。『シン・ゴジラ』でも扮装統括をやったんですが、デザインとしては、それほど現場で難しいコントロールが必要な作品ではなかったんです。要するに、登場人物の多くは政治家と官僚で、防災服かスーツを着ていることが多かったので。あの時はあまり現場に出ることはありませんでした。

今回の『シン・仮面ライダー』ですと、非常に管理が難しい衣装なので、そういう場合は現場に出ています。

——もともと、柘植さんはヘアメイクを学ばれて、この世界に入ったそうですね。そこから現在のように、衣装も含めた扮装の全体をディレクションするようになった経緯を教えてください。

僕がヘアメイクの活動をやっていたのは80年代ごろで、自分が担当するのは首から上なんですが、意外と自分で差配をさせてもらえるページが多くて、自分で全体のディレクションをしていくということは多かったんですよね。いま考えてみると、部分的なところではなく、全体的なデザイン像やコンセプチュアルな部分をつくっていくということは、あの当時からやってはいたんですよね。

映画で人物デザイン監修の仕事をやるきっかけになったのは、2008年公開の『ゲゲゲの鬼太郎 千年呪い歌』でした。前作の『ゲゲゲの鬼太郎』(2007年公開)では“ビューティーディレクション”という肩書きで、要はヘアメイクプランナーをやっていたんですが『ゲゲゲの鬼太郎』っていろんな妖怪が出てくるし、半妖怪のような存在もいるし、人間世界もあるので、全部で三層の登場人物たちがいて、すごく大変なんです(苦笑)。

この三層をそれぞれ映画的表現にするとなった時、スタッフの担当領域をどうするのか? 人間だけでもヘアやメイク、かつら、爪もあるし、これが妖怪となると特殊メイクも入ってきます。じゃあ妖怪のかつらは、誰が担当するのか? 特殊メイクのスタッフ? それともヘアメイク? とか大変な状況になっていて、全体を仕切るスタッフが必要だということで、プロデューサーから「全体を見てほしい」と僕に白羽の矢が立ったんですね。その時は“キャラクター監修”という肩書きで入ることになりました。

すごく大変でしたけど(苦笑)、こんなことをやるのはこの1回きりだろうと思ってたら案外、その後も同じような依頼をいただくことがありまして。三池崇史監督の『ヤッターマン』では“キャラクタースーパーヴィジョン”という名前で同じような全体の統括をやらせてもらいました。

名称に関しては、僕の仕事って以前はなかった仕事なので、名前が付けにくかったんですよ。ただ、ファッション業界から見たら、こういう仕事の進め方はいたって普通で、メゾンがあって、そこにデザイナーではなく、クリエイティブ・ディレクターがいるというのはいまでは普通なんですよね。トム・フォード以前は“デザイナー”という肩書きでしたけど、トム・フォードの出現以降、クリエイティブ・ディレクターとして衣装だけでなく全体の世界観を作り出していくという方向にシフトしていきましたけど、それと同じですね。

映画やドラマの世界で、扮装面におけるクリエイティブ・ディレクションをしていると考えていただければ、わかりやすいのかなと思います。



本木雅弘との出会いで切り拓かれた映画との関わり

——これまで関わってこられた作品を見ると『GONIN』、『双生児 -GEMINI-』、『おくりびと』など、本木雅弘さんが出演されている作品が多いですが本木さんとは以前からお仕事を?

そうなんです。もともと、本木さんが独立された頃に知り合って、それからずっとヘアメイクを担当させてもらっていました。『GONIN』(1995年)も本木さんに声を掛けていただいて、当時の僕は映画業界のことは何も知らず、本木さんのヘアメイクだけを担当させてもらったんですが、それが映画業界で仕事をするきっかけになり、その後『白痴』(1999年/ヘアメイク監督)、『双生児-GEMINI-』(1999年/ヘアメイク監督)とたて続けに映画の仕事をやらせてもらいました。

——本木さんの衣装とパフォーマンスが大きな話題を呼んだ1992年の紅白歌合戦の際も、ヘアメイクを担当されたそうですね?

そうです。あの時はリハーサルでスタジオに行ったら、「こんなことをやろうと思っている」と聞かされて、本木さんらしい強烈な茶目っ気だなと思いましたね(笑)。僕はヘアメイクで入っています。あの当時、流行っていたグランジ(1990年代初頭のパンクとハードロックを融合させたムーブメント)のテイストになっています。

——先ほど名前が出た三池崇史監督とも『殺し屋1』(2001年)からという、かなり長いお付き合いなんですね?

そうです。『殺し屋1』は浅野忠信さんのヘアメイクデザインで入りました。浅野さんともそれ以前から仕事をさせていただいていたし、あの作品は衣装を北村道子さんが担当されていて、北村さんからのお声がけもありました。

——肩書の名称の話に戻りますが、野田秀樹さんが演出を務めるNODA・MAPの公演(「贋作 桜の森の満開の下」、「Q:A Night At The Kabuki」ほか多数)をはじめ、数々の演劇作品にも参加されていますが、こちらは“美粧”という肩書になっていることが多いですね。

「美粧」はヘアメイクプランナーですね。舞台のクレジットの並びって漢字が多いじゃないですか? そこに“ヘアメイク”と入るのも無粋だなと思いまして、美粧という言葉を使わせてもらっています。

——「美粧」というのは「美しく装うこと」という意味を持つ言葉で、昔は美容院、ヘアサロンのことを美粧院と呼んでいたとか。この言葉自体、聞き慣れないという人も多いかと思います。

こうした肩書に関しては、自分の中で、どこかで「わからなくていいや」という気持ちがあるのかもしれません(笑)。いや、わかってほしいと思ってはいるんですけど、わかってもらわなくてもいいやという、反対の気持ちが働いている部分がある気がします。

ただ“人物デザイン監修”という言葉は僕が決めたわけではなく、実はNHKが決めた肩書なんです。



大河ドラマ「龍馬伝」という挑戦 「平清盛」であえて崩した史実の決まり事

——そのNHKの作品に「人物デザイン監修」という立場で最初に参加されたのが、今回の「岸辺露伴は動かない」で演出を担当している渡辺一貴さんが演出チームに入っていた大河ドラマ「龍馬伝」ですね?

そうです。初めてNHKの作品に携わったのが大河ドラマで、NHKにしても人物デザイン監修というポジションを置くこと自体、これが初めての試みでした。

そもそもの入口としては、以前から福山雅治さんのビューティーディレクションを担当させていただいていて、福山さんから「大河に出るので柘植さんも関わってもらえないか?」とお声がけをいただいたのがきっかけでした。

最初は「いやいや」と固辞したんです。というのも、大河ドラマとなると1年から1年半もプロダクションの期間があるので、それだけ長くひとつの作品に参加するというのが想像がつかなかったんです。正直、ビビったんですね(笑)。

衣装・ヘアメイクの全体を見るということは既に映画で経験済みでしたし、自分を表現できる仕事という意味で、そこに関しては躊躇はなかったんですけど、1年半もの間、参加するという点に関しては不安がありました。

ただ、福山さん事務所の方たちと一緒にNHKに挨拶に伺って、紹介された時点で「これはこの作品に没入しなくては」と覚悟を決めましたし、演出の大友(啓史/映画『るろうに剣心』シリーズなど)さんや、美術統括の山口類児さんとも意気投合して作品に入ることができました。

当初はどういうクレジットで参加するかという名称が決まってなくて、NHKはクレジットを承認する委員会があるんです。そこで議論があって「人物デザイン監修」という名称が出てきたらしいです。

——本格的な時代劇に参加されるのは、「龍馬伝」と同じ2010年に劇場公開された三池監督の『十三人の刺客』(人物デザイン)が初めてだったかと思います。時代考証など難しい部分もありましたか?

おっしゃるように「龍馬伝」の直前に『十三人の刺客』をやっていまして、時代は江戸時代(『十三人の刺客』)と幕末(「龍馬伝」)ということで、そこまで大きくずれてなかったんですね。映画のリサーチの際に、ある大学の教授にお願いしていろんな文献を見せていただいたり、勉強していて、それが役立ちました。そういう意味で、僕の中ではこの2作品は異母兄弟のような感覚がありますね。

——続いて、NHKの作品に参加されたのが、同じく大河ドラマの「平清盛」(2012年)ですね。今度は一気に時代をさかのぼって平安〜鎌倉初期という時代です。

あれは大変でしたね(苦笑)。当時の貴族の装束や女性で言えば十二単などがありましたが、あの作品ではその史実の決まり事を少し破って、キャラクターに合わせた色にしたりしています。

僧侶が大勢出てくるんですが、あまりに多いので(笑)、袈裟を着ているシーンをあえて少なめにしたり、貴族の烏帽子に関しても、本来は漆で何層にも塗り固められているんですが、そうすると烏帽子が画面を占める割合がものすごく大きくなってしまうので、あえて透けさせて中のヘアスタイルが見えるようにしたり、様式を大事にしつつも「生きた」感じを伝えるための工夫を施しました。

そうすると烏帽子の強度が落ちるので、烏帽子が倒れることもあります。当時の貴族にとっては、烏帽子が倒れるって、ものすごい恥なんですけど、そういう表現があることで、逆に登場人物たちの情緒を伝えられるなとも思ったんです。権威や強さの象徴である烏帽子を使って、逆にそこに出てくる人間の弱さを表現できた部分があると思います。

——NHKの歴史ドラマの場合、史料や史実を厳格に忠実に再現することを重視するのかと思っていましたが、作風やキャラクターに合わせて、あえて変える部分もあるんですね。

そうですね。そもそも「平清盛」の頃の時代は“失われた50年”とも言われるくらい、史料的には暗黒の時代なんです。なぜかというと、その直後に鎌倉幕府ができたことで、その前の平家の政権の文献などで消されてしまったものが多いからです。逆に言うと、ある程度の決まり事や様式を守りつつ、自由を利かせることもできました。とはいえ、歴史好きの方からしたら「ここはおかしいんじゃないか?」という攻撃材料にもなりかねないので、難しい部分はありました。ただ「平清盛」の扮装や美術に関しては、放送開始当初から坂東玉三郎さんが非常に好意的なコメントを寄せてくださったんですよね。あれは本当にありがたかったし、すごく大きなよりどころになりました。

視聴率面に関して、プロデューサーサイドや局サイドとして一喜一憂する部分はあったかと思いますが、クリエイティブの現場はそこにあまり左右されず、美術や扮装の部分でも「良いものを作っている」という自負を持っていましたし、全体的に非常に士気の高い素晴らしい現場でしたね。

——2010年、2012年と1年おきにガッチリと大河ドラマに参加されて、さらにその後、2015年からは3シーズンにわたって大河ファンタジー「精霊の守り人」にまた人物デザイン監修として入られました。今度は小説をベースにしたファンタジーですね。

あれもまた大変でした…(苦笑)。あれは地球上ではない世界の物語だと思いますが、どこかアジアを感じさせるような気がしていて、そうであるなら、ご覧になる方々の“既視感”を利用したいと考えて、美術・扮装チームはアジア各国の文化や風土をリサーチしました。日本国内についても、熊野古道や伊勢などの原始宗教や信仰といったものについて勉強したりもしました。

——史実に基づく物語であれ、SFであれ、作品ごとにテーマや方向性に沿って、様々な歴史や文化、宗教などについて調べたり、勉強されたりしながらデザインしていくことが必要になってくるんですね。

そうですね。デザインって最終的に視覚言語として表に出てくるものですけど、なぜそういうデザインになったのか? という部分の“根”を作っておかないといけないので、そこはリサーチや勉強をして、自分の中で咀嚼しなくてはいけないんですね。仮にそういうことをせずにデザインをしたとしても、見る側は多少は踊らされてくれても深く感動することはない、その程度のものにしかならないと思います。

——これらの作品を経て、ようやくここから今回の本題である「岸辺露伴は動かない」についてお聞きしてまいります。「龍馬伝」、「平清盛」でもご一緒された渡辺一貴さんからのお声がけで人物デザイン監修を務めることになったそうですが、原作は荒木飛呂彦の人気漫画で、アート性も高く、熱烈なファンも多い作品です。

もちろん「ジョジョの奇妙な冒険」の存在は知っていましたが、僕はもともと漫画はあまり読まない人間なので「ジョジョ」も「岸辺露伴は動かない」も読んだことはなかったんです。お話をいただいて、初めて読ませてもらいました。もちろんメチャクチャ有名な人気漫画で、熱烈なファンがいることも知っていましたから「これはなかなか難題だな…」と思いましたね(笑)。

この“難題”に柘植さんはどのように挑んだのか? 【後編】につづく。

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