Jリーグ30周年、英プレミアリーグで見た障がい者が熱狂できるスタジアム

2023年5月15日(月)6時0分 JBpress

5月15日、サッカーJリーグが誕生から30周年を迎えた。この間、世の中は大きく変わった。企業の社会的責任が注目され、「ダイバーシティ&インクルージョン(多様性と包摂)」が重要なキーワードになった。

Jリーグもこの潮流に乗ってきた。6つある活動方針の1つに障がいのある人も一緒に楽しめるスポーツのシステムをつくる、としてインクルージョンを念頭においている。スタジアムのアクセシビリティ(使いやすさ)を高め、全てのファンが等しく試合を楽しめるようにする取り組みは今、サッカーの本場欧州でも重視されている。スタジアムにおけるアクセシビリティは、どこまで進化できるのか。英プレミアリーグの事例も踏まえて見ていこう。

(楠 佳那子:フリー・テレビディレクター)


サポーター歴60年、障がいあってもスタジアムに通い続ける

 現在、日本では人口の8%近くが何らかの障がいと共に暮らす。総人口の29.1%を65歳以上が占める超高齢化社会でもある(2022年9月時点、総務省統計局推計)。

 Jリーグがコロナ禍以前の2019年に行った調査では、サポーターの平均年齢は42.8歳だった。前年比で0.9歳上昇した。このまま高齢化が進めば、障がい者に限らず介助が必要なサポーターは確実に増える。サポーターをつなぎ止めるには、使いやすいスタジアムの設計や各種支援の徹底などアクセシビリティの向上が欠かせない。

 参考になるのがプレミアリーグの取り組みだ。筆者はこの取材を通じて、あるプレミアサポーターの存在を知った。イングランド中部のクラブ、レスター・シティFCのサポーターであるマーティン・ボードルさん、66歳だ。

 6月に誕生日を迎えるボードルさんは7歳からずっとレスターのサポーターだ。12年前、血管系の病気になり、それ以来、車椅子生活を送っている。5年ほど前からは左足に潰瘍ができるようにもなり、しばしば激痛に見舞われるという。

 レスターは規定の車椅子席数の確保など、障がいのあるサポーターに対してきめ細やかな対応をしてきた。ボードルさんが、60年近くスタジアムに通い続けることができているのは、クラブの手厚い支援があってこそだ。


障がい者サポーターの受け入れ体制はまだ途上

 現在、プレミアリーグのスタジアムには、同リーグ共通のアクセシビリティ基準が設定されている。車椅子席の数はスタジアムの総座席数により決まる。例えば1万〜2万席のスタジアムでは、標準の100席に加えて、1万席を超えた1000席ごとに5席設置することが奨励されている。1万5000席のスタジアムなら、車椅子席が125席必要という計算だ。

 全20のクラブにおいて、視覚障がい者向けの音声実況サービスや、聴覚障がい者向け設備のヒアリング(磁気)ループが提供され、盲導犬も同行できる。大半のクラブでは、感覚過敏の症状があるサポーターが利用できる「センサリー・ルーム」が常設されている。認知症のサポーターも利用できる「インクルージョン・ルーム」があるスタジアムも、少数だが存在する。

 騒音が苦手な自閉症のサポーター向けに、イヤーマフやストレス軽減用の玩具などが入ったキットを配布するクラブもある。レスターはその1つだ。

 Jリーグの最上位カテゴリーであるJ1でも、セレッソ大阪のヨドコウ桜スタジアムでは盲導犬の同行が可能で、センサリー・ルームも2022年4月から常設されている。2024年、新スタジアムが開業する予定のサンフレッチェ広島でも設置予定で、同クラブでは盲導犬に加え、聴覚障がい者に同行する聴導犬も受け入れている。この他にも同様の試みをしているクラブもある。

 このように、サッカースタジアムのアクセシビリティは進化してきた。ただ、プレミアリーグでも障がい者サポーターの受け入れ体制は発展途上だ。


「お前はここにいるべきでない」浴びせられた罵声

 英高級紙テレグラフが入手した2021年2月の警察資料には、プレミアリーグ、アストン・ヴィラでアウェイの障がい者サポーターが、ホームのサポーターと同じスタンドに座らされ続けたことで生じたトラブルの数々を記している。チームの活躍を喜んでいたところ言葉の暴力に晒された、トイレを待っていたところ脅された、飲み物やコインを投げつけられた、といった被害が報告されている。

 この記録を掲載した2022年12月の記事では、アウェイの障がい者サポーターの女性が、アストン・ヴィラのスタジアム、ヴィラ・パークでの過去の悲惨な体験を語っている。「ゴールを決めても喜べなかった。相手のサポーターから『お前はここにいるべきじゃない』と言われた。(アウェイ側に)行きたくとも、あなたのクラブが(十分な車椅子席を用意せず)阻んでいるのに」

 その後、ヴィラ・パークには、アウェイ側に14の車椅子席が設けられた。

 プレミアリーグは、障がいのあるファンやサポーターも差別なく観戦を楽しめるよう、スタジアムに車椅子席の設置など「合理的な調整」を行うよう法律で義務付けられている。2010年に英国で施行された「平等法」がその根拠だ。

 ところが、ロンドン・パラリンピックから2年後の2014年、それが守られていないと報じられた。障がい者サポーターへの対応などを細かく規定する「アクセシブル・スタジアム(ガイド)」(2003年作成)の車椅子席数の基準を満たすクラブが、20クラブ中3つしかなかった。

 これを受けて英国の平等人権委員会が法的措置を示唆したほか、テレグラフやガーディアンなどの大手紙がこの問題を追及、議会も猛批判を展開した。プレミアリーグは2015年9月、2年以内にスタジアムガイドの要件を満たし、より良いアクセシビリティを構築すると誓約した。

 誓約の1つが、車椅子席はアウェイ側にもホーム側で規定された数の10%相当を設置する、というものだ。それでも、テレグラフによると、誓約から7年が経った2022年12月時点で、基本の車椅子席数すら満たしていないクラブが6つあった。


Jリーグにおける「アウェイの車椅子席問題」

 英国では、一部のサポーターが暴走、あるいは過激化することがある。英内務省の調査では、コロナ禍明けの2021〜22年シーズン、イングランドとウェールズでのサッカー観戦関連の逮捕者は2198人。うち暴力的な行為を伴うものは20%に上った。

 日本の状況を考えると、こうした暴力沙汰がJリーグで起こることは考え難い。だが、同リーグでも車椅子サポーターがアウェイ遠征の際、スタジアムによってはチケット取得ルールが分かりにくいといった意見や、車椅子席が少ないといった指摘はSNSなどで散見される。

 Jリーグではほとんどの場合、平和的にホームとアウェイの混合席を利用できるという。だが、車椅子サポーターが混合席に座ることはできても、自分の応援するアウェイチームのユニフォームを着ることを禁じられた、という話も直接聞いたことがある。

 土地勘のないアウェイ遠征では、車での移動でなければ、スタジアムに着くまでに公共交通機関を何度も乗り継ぐ必要があるなど体力を消耗する。やっとの思いでたどり着いたスタジアムで応援するチームのユニフォームを着られない悔しさは、想像に難くない。

 プレミアリーグでは、こうした障がい者サポーターたちの「困りごと」を吸い上げ、スタジアムの運営に生かす仕組みがある。障がい者サポーターが参加する「障がい者サポーター協会(DSA)」やクラブの障がい者窓口の顔とも呼べる「障がい者専門担当者」だ。多くがディスアビリティ・リエゾン・オフィサー(DLO)と呼ばれ、個人名がクラブのサイトに記載されている。

 障がい者サポーターに関する助言などを行う非営利組織(NPO)、レベル・プレイング・フィールドによれば、プレミアリーグ創設以前の1989年にマンチェスター・ユナイテッドが組織したのが最古のDSAのようだ。

 DSAには多いクラブで400人以上、少ないところでは5〜10人程度のメンバーがおり、障がい者サポーターが直面する問題をクラブと連携して解決する。筆者が確認したところ、20クラブのうち少なくとも18クラブにDSAが存在する。


週に一度のサッカーが「生命線」

 サウサンプトンのDSAで書記を務めるポール・ルーカスさんによると、2〜3カ月に一度、クラブとのミーティングの場が設けられているという。同クラブのDSAは2010年に設立され、現在411人のメンバーがいる(障がい者サポーターの他、障がいのないヘルパーやボランティアも含む)。それぞれの問題を担当するマネージャークラスの責任者が、その都度ミーティングに出席して対応に当たる。

 例えば、障がい者用トイレを健常者がたびたび利用し、肝心の障がい者が使えないなどという問題をDSAが提起したところ、必要なサポーターや当日の専門スタッフにのみ鍵が提供されるように改善されたという。「クラブは私たちが提起する問題に、本当に熱心に取り組んでくれている」(ルーカスさん)

 前述のテレグラフ紙には、「サッカーは生命線。外出し友人に会える、週に一度の大きな楽しみだ」との障がい者サポーターのコメントが引用されていた。「何かをただ変えるだけではなく、私たちの声を聞いてほしい」と訴えた。

 プレミアリーグのスタジアム・アクセシビリティは、大部分が法整備やアクセシビリティ・ガイドを基準として、特にこの5〜10年で大きく改善されてきた。しかし、それだけで対応しきれない調整は、ピッチの外で障がい者サポーターたちがクラブ担当者との地道な交渉を通じて獲得してきたものだ。

 プレミアリーグのスタジアムを誰にとってもより快適な場所につくり上げる「戦い」は、障がい者とクラブが共に手を携えて、今も続いている。

 Jリーグ広報によると、クラブと障がい者サポーターが連携する英国のDSAのような取り組みは同リーグにはないと認識しているが「このような連携は非常に興味深い」という。筆者が問い合わせたJ1クラブの中からは、「各クラブが個別に検討するのではなく、リーグ共通の取り組みがあってもいいのではないか」との指摘もあった。

 サッカーの歴史も国民性も違う日英で、スタジアムのアクセシビリティの単純な比較はできない。だが、互いの試みから学び、良いところは柔軟に取り入れていけば、さらに多くの、より多様な観戦者を魅了し続けるリーグをつくっていけるのではないか。

筆者:楠 佳那子

JBpress

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