プリゴジンの乱と戦況膠着をロシア人の視線で眺めると…

2023年7月8日(土)6時0分 JBpress

 長引くロシアとの紛争のケリをつけるべく、で始められ、それからほぼ1カ月を経たウクライナ軍の反転攻勢である。

 西側ではウクライナ軍が徐々に押している状況が報じられはするが、当初その西側当局とメディアが期待したほどの成果はまだ挙がっていないようだ。

 進撃が想定より遅れていることを、ウクライナ大統領・V.ゼレンスキーも、米国政府も認めざるを得なくなっている。

 だが、今になってその遅れが、「ロシア軍が埋設した地雷に手を焼いている」「ロシアがこれまで温存してきたヘリコプターほかの航空勢力を使い始めた」などと説明されても、それは初めから分かっていたはずなのでは、という意外感や疑問が残る。

「意図的に進撃の速度を調整してロシア軍の出方を見極めつつ、主力部隊出撃の場所とタイミングを決める作戦」という解説にしても、ではその見極めにこれからさらにどれだけの時間が必要で、本格的な反攻はいつなのか、となるとはっきりしない。

 2022年11月のヘルソン市奪回以降、ウクライナ軍に目立った戦果は見られなかった。

 逆に1年近くにわたる戦闘の後に、バフムトがこの5月にロシア側の手に渡っている。

 そろそろ目立った結果を出さないと、西側諸国からの援助もその気運を削がれかねない——。

 当のウクライナが懸念するのは当然として、それ以上に西側の報道が過熱気味に、今か今かと反攻開始を待ち焦がれる気分を繰り返し訴えた。

 あたかも、それに急き立てられたかのようだった。結果を可及的速やかに、で焦りもあっただろう。

 だがそうなると、ウクライナ軍は、肝心の兵員・兵器が準備万端の体制だったのだろうか。

 これまでの自軍の損失を公表していないために、ウクライナがこれから投入できる最大限の戦力や継戦能力がどれだけのものかがはっきりしない。

 また、西側からの兵器供与ほかの軍事援助も、予定通りすべてが実施されている、というわけでもないようだ。

 ロシア側に言わせれば、バフムトの攻防戦でウクライナ軍は死者5万人、負傷者5万〜7万人を出したとされる。

 これが誇張された数値であったにせよ、同地での戦闘が1年近くに及んだことで、かなりの犠牲者を出したことは否定できまい。

 その影響がこれからの反転攻勢に全くないと言い切れるのだろうか。

 それ以上に、ロシア軍がこれからどのように動き、動けるのか、が分からない。それが掴めないから、ウクライナ側も、いまだロシア軍の出方を見極め中ということになるのかもしれない。

 西側でウクライナの反攻が予想ほどにはうまく行っていないという受け止めをされるのも、その期待が、昨年ロシア軍がキーウやハリキウ州で無様な敗退・退却に追い込まれた場面の再現、へと膨らんでいたからだろう。

 一瀉千里を行く爽快な勝利を、である。

 これまで、兵器の性能劣後・低い兵の士気・指揮系統の乱れなどから「弱いロシア軍」のイメージが定着してきた。

 そうであれば、ウクライナ軍の攻勢に押し倒されるのも時間の問題ではないか・・・。

 米紙の報道によれば、ウクライナ軍の計画として、この秋までにクリミアを他地域から分断させ、ロシア軍がもはやそれを守り切れないところまで追い込み、その状況で停戦に持ち込むという筋書きが描かれている。

 しかし、である。

「ロシア軍は思っているほど強くはないが、期待するほど弱くもない」という昔からの謂いもある。

 そうであれば、過去のロシア軍敗退が繰り返されるのかは、必ずしも自明の理ではないのかもしれない。

 ロシアの民間軍事会社(傭兵部隊)ワグネルの創始者・E.プリゴジンによる後述の謀反騒ぎも、当面の戦局には大きな影響を与えまい、と大方からは見られているようだ。

 今後ウクライナの思惑通り、クリミア奪回もしくはその寸前にまでロシア側を追い込み、ロシア大統領・V.プーチンが停戦に応じざるを得なくなるのだろうか。

 現状を見る限り、この秋までに少なくともクリミア以外のウクライナ領からロシア軍が全面敗退で追い出されるとは、いささか想像し難いところではある。

 ウクライナ側が今年中の停戦交渉も視野に入れているならば、それは交渉がそれ以降にずれ込むと、西側からの援助がどれだけ続くかに不安が出かねないと想定しているからでもあるのだろう。

 ならば、思惑が外れて反転攻勢の目標が達成できず、そろそろ限界か、と西側も諦め気分に陥って停戦に向かわざるを得なくなる、という展開もまだ予想に生き残ってしまう。

 いずれであろうと、とにもかくにもの停戦成立を仮定すれば、どこに停戦ラインが敷かれるにせよ、多くの識者の指摘通り、かなりの間は朝鮮半島の38度線と同じ状態が出現することになるのだろう。

 和平には遠い話になる。

 ひとたび戦争をやってしまった以上、両国の全国民が とは言わないまでも、多くが相手に抱いてしまった憎悪感は簡単には消えない。

 その憎悪をまたいつ爆発させるか分からないウクライナとロシア双方の強硬派を、どう抑えて再度の戦闘勃発を防ぐのかの枠組みを構築せねばならないことになる。

 ウクライナの安全保障確保に向けては、ロシアからの再侵攻があるならそれにどう備えるかで、NATO(北大西洋条約機構)やEUが様々な案を検討している。

 そこでは——もしウクライナ領のある部分がロシア軍の占領下に置かれたままの停戦なら——ウクライナ側から再度戦闘を仕掛けてしまう可能性をも抑え込まねばならない。

 5月に御年100歳を迎えた米国の元国務長官・H.キッシンジャーが、それまでの持論を変えて、ウクライナのNATO加盟を言い出した点が注目された。

 ロシアには容認できない案ではあっても、ウクライナの強硬派によるロシアへの攻撃再開を防ぐには、NATOに取り込んだ上で、その枠組みの制約を課して抑えるしか手がほかにない、という考えなのだろう。

 ウクライナを守り、同時に抑える——そのNATOへの加盟について、NATO側の判断は揺れているようだ。

 今月のその首脳会議に正式招聘を要求するウクライナに、まだその回答は出されていない。

 どの加盟国とて、停戦がどのような形で実現するのかが見通せない今の状況では、ロシアとの核戦争という爆弾を抱えた紛争に自らを直接巻き込みかねない橋は、そうやすやすとは渡れない。

 従って、正式加盟を先延ばしにしつつ、北大西洋条約第5条の集団安保発動(加盟国の参戦義務)を除いた形での仕組みづくりが模索されることになる。

 このように、ウクライナの場合は米国をはじめとする西側の政治的・経済的圧力により、その暴発を抑える手立てがあるが、他方のロシアの強硬派をどう抑え込むのかでは、ウクライナ・西側の防衛体制強化の他に有効な手立てはなく、ひたすらロシア内部でのその衰退に期待するしかなくなる。

 この点で西側は、プーチンさえ失脚させれば問題の多くが片付くと考えているようだ。

 だが、恐らくそれは逆であろう。

 今、プーチンを除いてしまったなら、ロシアはもはや誰にも制御できない対西側憎悪の塊と化す恐れがある。プーチンだからこそ、ロシアは今の状態に何とかとどまっているとも言える。

 とは言え、6月23〜24日(現地時間)のわずか1〜2日間で幕を閉じたプリゴジンの反乱騒動は、そのプーチンの制御も揺らぎ始めたことを示唆しているかのようだ。

 この騒動の余韻はいまだ収まらずで、西側でもロシア内でも大筋のところでは、プリゴジンが本気でクーデター紛いを起こそうとし、それをプーチンがルカシェンコと連携して大事に至る前に消火し、プリゴジンはベラルーシへ事実上の亡命を許され、ワグネルは解体されるに至った、と解釈されているようだ。

 しかし、謎は多い。

 本気で政権に武力で歯向かうつもりだったのなら、なぜわずか1日かそこらで取りやめる結果になったのか。

 ロシア軍の中の同志が期待に反して立ち上がらなかったからと言うなら、ことほどさように簡単に当てが外れるほどの軽々な与太話だったのか。

 また、モスクワへの北上進軍を始めたワグネルに、ロシア軍がほとんど動きを見せなかったのはなぜなのか(軍用ヘリコプター数機がワグネルに撃墜されたが)。

 真正クーデターの勃発なら考えられない話である。

 そして、プリゴジンを説得したとされるベラルーシ大統領・A.ルカシェンコが同国の軍他幹部を前にして、6月27日に行ったその説得の内容開示である。

 なぜこれを、テレビカメラまで入れて公表したのか。話の内容は、普通ならテレビ放送を通じて公開するような類ではない。あえてそうしたなら、誰に対してそれを伝える必要があったのか。

 さらには、ルカシェンコ自身が最近になって、プリゴジンがロシアに戻ったと述べている。では、当初言われた彼の亡命とは何だったのか。

 要は、騒ぎを1日かそこらで収拾させるとは、あまりに(ロシアにしては)手際が良過ぎ、かつことの経緯についても事前の準備が行き届いたかのような解説のお膳立て宜しきで、いかにも不自然に感じられるのだ。

 そうなると、この一件がプーチンほかによる自作自演だったという説もあながち無視できなくなる。

 例えば、5〜6月の何処かの段階で、プーチンはすでにプリゴジンに因果を含ませており、その退出を国民に向けた事態収拾のシナリオの中で演じさせた——そうとでも考えないと、上記の謎の数々は解けてこない。

 以下はあくまでそのような想像に従うなら、の話であるが ・・・。

 プーチンの自作自演の目的は、もっぱらに国内の対外強硬派の勢いを止めることにあった。

 西側とウクライナ政権への国内の反発や強硬論は、対ウクライナ作戦遂行上で有用かつ必要ではある。

 だがそれは原子力エネルギーと同じで、ある限界を超えてしまうと誰の手にも負えずに大惨事に至りかねないという、厄介極まる存在でもある。

 どのバランスでその中庸点を取るかは甚だ難しい判断だが、あえてここで一芝居に打って出たとすれば、今を過ぎると強硬派の動きを止められなくなるとプーチンが判断したからだ。

 プリゴジンの発言や動きが黙認の範囲を外れて過激化するにつれ、これ以上政府・軍部への直接的な批判を続けることや、それが嵩じて彼や彼以外の武力による反乱に結び付いていくことなど絶対に許容しない、という姿勢を、プーチンが国内強硬派と国民に示さねばならないところまで追い込まれていたことになる。

 だが、対ウクライナ戦での功績もあり、愛国者としての人気が国民の間で高まりつつあるプリゴジンを、いきなり命令一つで切ることは危険ですらある。

 反西側熱が高まる軍の一部や国民から、さらにどんな反発が出て、それが政権にどう向けられるのかの予想が付かなくなる。

 そこで、プリゴジンを切る理由付けと、彼とその配下への寛大な処置をセットにした幕引きを、国内強硬派と国民に対して解説付きで演出することになる——。

 愛国者たちがいったんは軍他の政権レジームへの武力反攻を試み、プーチンは演説でそれを断固拒否する一方、隣国の大統領の顔に免じて「反乱軍」を無罪放免とし、愛国そのものへの否定には結び付かないようにする というシナリオである。

 西側は、今回の火は消し止めても、足元で反乱を起こされたプーチンの威信は大いに傷付き、ロシアの内政は不安定さを増していくだろうと予想している。

 この結果の予測だけは当たっているようだ。プーチンが国内で徐々に厳しい立場に立たされていることは確かだろう。

 しかし、それはプーチン政権とその体制の自壊という意味ではない。

 ロシア国内の対外強硬論者の声と動きが、これまでのロシア軍のもたつきにも加速されて、無視できぬほど強まってきてしまっていることが理由なのだ。

 西側がこの点を十分に考慮しているとは思えない。

 従来、圧制者・プーチンの国内での支持率がなぜ下がらないのかについて、ロシア国民が政府のプロパンガンダに染められているから、との解釈程度が精々だった。

 だが、ロシアでは西側とのコミュニケーションが完全に閉ざされているわけではなく、西側のメディア情報も入手可能である。

 その中にあって、政府の噓八百に大部分が騙され切っている、と言えるほどロシア人は愚かではない。

 明らかに、西側の論調も理解した上で、それを拒否する向きも多い。

 その理由は、民主主義・自由主義を喧伝する西側自身の胡散臭さを、ロシアの知識人はじめ国民のかなりの部分が感じ取っていることにあるのだろう。

 ロシア人は必ずしも民主主義を否定しているのではない。それをこの世で叫び吹聴して回る連中の手前勝手さに不信感を抱いているのだ。

 ついでながら、これが中国の対米・対西側の姿勢にも表れ、グローバルサウスが必ずしも米以下の西側の主張に同意して来ない現状にも結び付いている。

 この不信感と、西側ではほとんど無視されるロシアのNATOへの恐怖感とが混然一体となり、国内の対外強硬派を下支えしている。

 ならば、これ以上ロシアを「危険な国」にしないためには、これらをどう解消させていくかの問題にも取り組まねばなるまい。

 それが停戦の次に来る和平交渉や、それに従って形成される新たな安全保障体制の下で西側の安全を確保するためにも、なさねばならない最大級の課題なのではなかろうか。

 どれだけそれに時間がかかろうとも、と思うものである。

筆者:W.C.

JBpress

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