実は日本が発信源だった、AIイノベーション

2023年7月10日(月)6時0分 JBpress

 7月4日、東京大学安田講堂に岸田文雄首相以下、西村康稔経産相、松本剛明総務相と3閣僚が揃って「東大×生成AI」シンポジウムが開催されました。

 我が国として生成AIこと、大規模言語モデルシステム(LLM)への取り組みが広くアナウンスされました。

 西村大臣やソフトバンクの孫正義さんなどが登壇する同日の模様は動画 がアップされていますので、ご興味の方は是非ご覧ください。

 こうした総論を受けて最初の東大発、実際にLLMで開発に携わるメンバーが登壇する7月24日、無料公開イベント「生成AI以降の企業戦略と人材育成、法理と倫理」の案内をリンクしておきましょう。

 東京大学とミュンヘン工大AI倫理研究所の戦略的パートナーシップ・プロジェクト主催の「哲学熟議」。

 AIの父、甘利俊一教授と、メタ(Meta)が出資してミュンヘン工大に設置されたAI倫理研究所長、クリストフ・リュトゲ東京大学客員教授がキーノート・トークで登壇、ラウンドテーブルで生成AIを巡るグローバルな問題状況を交通整理します。


実は日本が発信源の「ニューラルネット」

 さて、今回もご登壇されるAIの父、甘利俊一先生は、このコラムでも幾度かご紹介しました。

 実は「ディープラーニング」に対して極めて批判的なスタンスで知られています。

 そもそも、読者の皆さんは今日のAIの原点「ニューラルネット」を理論も実装も日本発のパイオニア的取り組みが支えてきた事実をご存知でしょうか?

 今日AIと呼ばれる、人間の脳にモデルを求めた人工知能システムの原点は第2次世界大戦中の1943年、米国のウォーレン・マカロックとウォルター・ピッツによる数理的脳モデルに端を発します。

 第2次大戦後の1958年、米国の若き心理学者フランク・ローゼンブラット(1928〜71)が提案した「パーセプトロン」が牽引する形で「第1次AIブーム」が沸き起こります。

 ここで今日のニューラルネットの原点となる「確率勾配降下法」を提出したのが、当時31歳の甘利俊一先生(1936ー)でした。

 甘利先生は7月24日もキーノートで登壇されます。甘利先生のお人柄が分かるリンクを一つ付けておきましょう。

 2017年「人工知能」誌に寄せた原稿「もうちょっとだよなーディープラーニング」。

 本稿の以下の記述も、基本この甘利先生の論旨と同じものです。

 この甘利先生の先駆的な業績は世界より20年早く、1967年当時の計算機の技術水準では満足な実装ができませんでした。

 やがて「電卓戦争」のLSIがワンチップ・コンピューターを実現すると、1970年代の潮流はPCの確立へと向かい、第1次AIブームの潮は引いて行きました。

 しかし、そういうとき途中で投げ出さないのが、昭和の日本人の美点です。

 1979年から80年にかけてNHK放送技術研究所の主任研究員だった福島邦彦博士(1936-)が、今日成功している「畳み込みニューラルネットワーク CNN」の原型である「ネオコグニトロン」を発表します。

 福島先生のシステムは、ネオコグニトロン発表の翌1981年にノーベル医学・生理学賞を受賞したトールステン・ヴィ—ぜル+デイヴィッド・ヒューベルによる大脳新皮質・視覚野ニューロンが情報処理モデルを参考に組み立てられ、単純な形のパターンに特化することで画像認識に効力を発揮します

 ちなみに同じ1981年、警視庁は自動車のナンバーを自動認識する「Nシステム」の開発に取り組み始めます。これに先立って1966〜67年にかけて、当時の東芝は世界初の郵便番号自動分類システムを完成させている。

「コンピューター・ビジョン」の先駆けも、マイクロプロセッサー同様、実は多くが昭和期の日本にあるのです。

 こういう現実をZ世代、α世代の学生諸君に身近に感じてもらえればというのが、0724のようなシンポジウムを主催する、一つの大きな動機にもなっています。

 やがて1986年、甘利先生の仕事をなぞるような形でデイヴィッド・ランメルハートやジェフリー・ヒントンらによる「バックプロパゲーション」の再発見以降、1960年代のコンピューターでは不可能だったニューラルネットの計算が実現できるようになり「第2次AIブーム」が興隆します。

 しかし、この1980年代にも、日本はこれに先んじて淵一博博士(1936-2006)らが主導する「第5世代コンピューター」など独自の取り組みを推進していたことを記しておかねばなりません。

 この時期に主唱された「エキスパートシステム」では、とりわけ「電子秘書システム」などで音声に関わる取り組みが検討されました。

 結果的に「第5世代コンピューター」は実を結ばなかったことになっていますが、当時の学生には多大な影響を及ぼし、後のブレークスルーの温床を形作りました。

 というのは、ほかならず筆者自身がこの時期、大学、大学院に学んだことで今日に至っているからです。

 ということで「AIの源流は日本にあり」、そのパイオニア中のパイオニア、甘利俊一先生の論旨に随って、今日に至る「第3次AIブーム」を辛口で検討してみましょう。

 今回はまず「生成AI」以前の「素朴画像AI」の効用と限界に注目してみます。


ヒントン流も甘利流も直視するAI倫理

 第3次AIブームの大本の口火を切ったのは2006年、上記のヒントンらによる「深層学習」システムの成功でした。

 やがて2012年グーグルの「ネコの自動認識」が導火線に火をつけ、爆発的なAIブームが到来します。

 甘利先生の見解は極めてシビアです。先ほどのリンクからご紹介してみましょう。

「Google のネコ」という話があるが、あんな茶番劇で満足してはいけない。階層が進むと現れる「標準ネコ」のようなものがどうしてネコの高次の特徴なのか。

 とんでもない、あれはむしろ無用に多数の素子を使うことで偶然に現れる、むだの一例ではないのか?

 結果がうまくいったのだからよいではないか、理屈で説明する必要はないという考え方もあろうが、理論家は納得しない。

 良いものは基本的な原理を捉えているはずであり、説明がついてこそ安心して使えるし、その後の発展もある。

 実は、多くの理論家が歯噛みをしながら、しかし勇躍としてこの問題に取り組んでいる・・・。

甘利俊一「もうちょっとだよなー、ディープラーニング」)

 甘利先生は、脳の機能のごく一部に特化したモデルを無駄に多層化しただけで、実際は大量のハードウエアと莫大な電力を消費しつつ、人間の下手な模倣しかできない、現状のAIの真の姿を冷静に捉えられます。

 また、そんなものを振り回しても、人間の脳の理解には全く近づかないとも指摘されています。

 実際、私たちの脳が「おにぎり1個」を食べて賄える程度のエネルギーで自在に計算可能な課題を、現状のLLM、最も高度な生成AIも、よく模倣することができません。

 これに対して、AIは人間の脳とは別物と開き直り、むしろ単純なシステムの階層を増やすだけで、様々な機能が「創発」してくることをポジティヴに捉える「楽天派」の代表がヒントン氏だったはずです。

 そのヒントン氏が去る5月1日、現状のAI、とりわけ生成AIのはらむリスクに対して自由に発言できるように、とグーグルを退社した経緯については、すでにこの連載でも幾度か触れました。

 重要なポイントは「AIが危険」なのではなく、AIを取り巻く社会経済的な状況が、反倫理的な方向で暴走することに、本質的に英国紳士であるヒントン氏は警鐘を鳴らしている点にあります。

 つまり「AI倫理」が問われている。

 ことこうした倫理に関して、米国は極めてルーズで、やりっぱなしの開発競争に任せる傾向が強い。

 カナダのトロント大学でAI研究を牽引してきたヒントン教授は、開発そのものについては楽天的に、しかし、結果的に開発されるAIの運用については極めて倫理的なスタンスを堅持してきました。

 これに対して、甘利先生を筆頭に日本や欧州の知性は「メカニズムが分からなくても、結果が良ければいいじゃないか」という「やりっぱなし」「やったもの勝ち」的な姿勢にも大いに批判的です。

 メカニズムを理解したうえで、そのあるべき運用を検討する、高いモラルを堅持している。

 ということで、冒頭でリンクした私たちのシンポジウムは、その観点から、日本とEU最前線の問題意識を平易に解説、共有、本当に力となる企業戦略や来るべき「法理」の満たすべき条件などを検討します。

ご興味の方は申し込みアドレスに必要項目を記した参加希望のメールをお送りください。希望者多数の場合は抽選のうえ、入場整理番号付のチケットメールをお送りします)

 実は今回稿、ここまでの議論は福島先生の「ネオコグニトロン」以来、ヒントン流の画像認識に主としてあてはまるもので、生成AIの生成AIたる特徴については、まだ触れていません。

 では生成AIとは何なのか?

 シンポジウムでは「生成AI」こと「大規模言語モデル」LLMを

生成AI:LLM = 素朴画像認識AI×自然言語処理

 というアウトラインで導入し、その本質を議論します。

 今回は「素朴画像AI」史の素描で紙幅が尽きましたので、より進んだ議論、シンポジウムのイントロダクションに相当する内容は続稿でご説明したいと思います。

筆者:伊東 乾

JBpress

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