吉川明日論の半導体放談 第290回 「AI PC」と「Centrino - セントリーノ」の関係

2024年2月13日(火)13時54分 マイナビニュース

寒い日が続くので漫然とテレビを観ていたら、テレビショッピングのチャンネルでスマート家電特集があった。有名な売り子の製品解説者が「今日はAI冷蔵庫のご紹介です。なにしろこの冷蔵庫にはAI機能が付いていますから、在庫管理はバッチリです」、などと言っている。生成AIの登場とともに昨年急拡大したAIブームには留まるところがない。AIは今後の電子機器マーケティングの基本メッセージとして何もかもがAIになる時代を迎えたことを実感する。
同じような時期に、今年のラスベガスでのCESでキーノートスピーチに登場したIntelのCEO、Pat Gelsingerのビデオを観たら、「AI Everywhere(どこでもAI)」というフレーズが繰り返されたので大変に印象に残った。
Core Ultraの発表でAI PCを標榜するIntel
その年のテクノロジー産業のトレンドを定義する国際イベントであるCESの今年のキーノート・スピーチに登場したのはIntelのCEO、Pat Gelsingerだった。
この数年、登場の機会が少なかったIntelであったが、AIとモビリティーがメインテーマだった今年のイベントの初日に登壇したPat Gelsingerは、進行役が繰り出す質問に対し相変わらずの立て板に水の回答で詰めかけた聴衆を魅了した。何せ、半導体業界40年のレジェンドの言葉には重みがあり、聴衆からもその功績に対する敬意が感じられた。
今年のIntelのキーノートスピーチのテーマは「AI Everywhere(どこでもAI)」であった。パソコン用CPU市場で大きなシェアを持つIntelは、これまでのクラウド/サーバー側でのAIワークロードの処理をエッジノード側でも可能とする技術を前面に押し出した。2023年末に発表した新世代のSoC「Core Ultra」はIntelが今年、大々的に展開するであろうマーケティング・キャンペーン「AI PC」の中心製品だ。従来のCPU+GPUを集積したAPUにAIワークロード処理を加速させるNPU(Neural Processor Unit)を加えたSoCである。Intelの今年のマーケティングの目玉と言っていいだろう。
IntelはPCの使用環境にエッジ側でのAI処理を可能とする新たなプラットフォームを提供するという。今回のプレゼンにも「AI PC」という言葉が何度も登場した。そこで、Gelsingerは「以前にもIntelはPCの使用環境にWi-Fi接続を普及させるための“Centrino(セントリーノ)”キャンペーンを展開した。こうしたマーケティングを他社がコピーするのは大歓迎だ」、と発言した。いきなり15年以上前のIntelのマーケティング・キャンペーンの名称を聞いて懐かしい感じがしたが、多少の違和感も感じた。業界40年のレジェンドが相手にしていた聴衆のうちどれだけの人が「Centrino(セントリーノ)」を知っていただろうか?
プラットフォーム・マーケティングの先駆だった“セントリーノ”とIntelの真意
現在では当たり前になったWi-Fi環境であるが、Centrinoが登場した20年ほど前ではPCを取り巻く環境は大きく違っていた。Intelがセントリーノを展開した当時はWi-Fiスポットの環境は稀で、PCも手軽に持ち運びできるような軽さと電池寿命は実現できていなかった。セントリーノとはIntelが提供する省電力CPU+チップセット+無線LANモジュールの組み合わせを総称したブランドで、Intelが推奨する純正半導体製品を使用したPCに「Centrino」というブランドシールを貼ることが許され、そのシールをノートパソコンに張ることによってパソコンブランドにはIntelから多額の広告費が提供されるという仕組みだ。Intelの目的は、Wi-Fiの普及によるPCのモバイル環境の推進であったが、もう1つの目的はこの分野での半導体市場の独占であった。
当時からCPU市場でIntelと熾烈な競争を続けていたAMDは、プロセス技術で常にIntelの後追いで、省電力のCPUでは競争力が弱かった。日本が東芝のDynaBook(当時の名称、現在はdynabook)をはじめとするモバイルPCで世界市場をリードしていた当時、AMDのCPUを売っていた私はセントリーノのテレビCMが流れるたびにいらいらしたのを憶えている。しかし、モバイル環境に設計目標を設定した真正モバイルCPUのPentium Mは性能/省電力のバランスが非常によく、実を隠そう私自身もAMDを退職後に購入したPCの中にはPentium MのPCがあった。
それまでデスクトップが主流だったPCに“モバイル”という使用環境を提供したIntelの功績は大きい。しかし、Qualcommなどの無線LAN用半導体を得意とする半導体ブランドが、モバイルの主戦場をスマートフォンに持って行った頃に、セントリーノの優位性はなくなり自然消滅したという経緯だったと思う(2010年より無線LANモジュールのブランドとして再定義されたようだが、実質、表舞台から消えたことを意味する)。
エッジノードでのAI化を取り巻く環境
現在のAIアプリケーションの最前線を行く生成AIのワークロードは級数的に増加している。その性能向上につれてNVIDIAのAIプロセッサーで構築されるサーバーセンターの消費電力も急上昇している。国際エネルギー機関(IEA)によれば、ChatGPTによる一回の回答に必要な消費電力は、テキストによるグーグル検索の10倍に相当するという。
地球温暖化が大きな問題となりつつある現在、AIワークロードの分散化の方策として、エッジノードでのデータ処理には大きな意義がある。セキュリティー分野、データのカスタマイズによる効率的なAI処理にも大きな可能性があると感じる。
しかし、現在のAI半導体市場はNVIDIA一強の状態で、Intelの存在感は希薄だ。端末でのAI化でもすでにQualcommとAMDが製品を早々と発表していて、Intelが開拓した技術ではない。
AIという新たな技術革新時期を迎えて感じるのは、Intelが「セントリーノ」キャンペーンを展開した20年前とはIntelのポジションが大きく変化したことだ。
IntelのCEOであるGelsingerがCESのキーノートで「セントリーノ」を持ち出したのを見て、私が感じた違和感は、この辺にあったのかもしれない。かつてCTOとしてCPUの技術開発をリードしたGelsingerには、IntelのCEOとして技術革新での復権を果たすという大きなチャレンジが待ち構えている。
吉川明日論 よしかわあすろん 1956年生まれ。いくつかの仕事を経た後、1986年AMD(Advanced Micro Devices)日本支社入社。マーケティング、営業の仕事を経験。AMDでの経験は24年。その後も半導体業界で勤務したが、2016年に還暦を機に引退を決意し、一線から退いた。 この著者の記事一覧はこちら

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