航空機の技術とメカニズムの裏側 第476回 身近な航空関連技術・製品(1)タンク式トイレと汚物処理装置 - 鉄道と何が違う?
2025年3月11日(火)9時5分 マイナビニュース
「航空」という業界を身近に感じるかどうか、という話になると、これは個人差が大きい。年間に数十回も飛行機に乗っているとか、飛行機の操縦が仕事だとかいう人がいる一方では、飛行機に一度も乗ったことがないという人もいる。
でも、後者のような方でも、意識せずに、航空分野と共通する技術や製品、あるいは航空分野から派生した技術や製品を使っていることがあるかもしれない。。→連載「航空機の技術とメカニズムの裏側」のこれまでの回はこちらを参照。
循環式と真空式がある
旅客機が備えているラバトリーの話は、本連載の第41回で取り上げたことがある。もちろん、出したモノを下界に撒き散らすわけにはいかないのでタンクに貯めるのだが、その際のやり方が2種類あるという話を書いた。それが、第41回で取り上げた「循環式」と「真空式」。
循環式では、出したモノと洗浄水が同じタンクの中に一緒くたに貯められて、洗浄の際には、それを濾過して水分だけを利用する。だから、使い続けているうちに洗浄水の色が変化してくる。
真空式では、洗浄水は毎回、新しい水を使う。ただし水の消費を抑えたいので、出したモノは、気圧の差を利用して強制的にタンクに引きずり込む。だからタンクは離れた場所にあっても良く、結果としてタンクの集約が可能になる。
気圧の差は、飛行中であれば機外の方が気圧が低いので、その圧力差を利用する。地上にいるときには、ポンプで強制的に圧力を下げる。
鉄道も同じ仕組みを使っている
さて。過去には出したモノを垂れ流していたが、それはさすがに社会の迷惑。そこで、タンクに溜め込むようになったのが鉄道車両の業界。
こちらも空の上と同様に、まず、循環式が広く使われるようになった。これを最初に大々的に採用したのが、御存じ、東海道新幹線。便器がステンレス製なのは、再利用する洗浄水の中に含まれる「あんなモノ」や「こんなモノ」が原因で詰まる事態を防ぐためだそうだ。
こちらの業界でも1990年代後半あたりから、真空式を使用する事例が増えてきた。毎回、新しい洗浄水を使用できるから変色や臭いの問題がない利点があり、それが買われたところは航空機と共通する。
ただし空の上と勝手が違うのは、内部と外部の圧力差が存在しないこと。では、どうやって真空式を作動させるのかというと、エゼクタと呼ばれる一種のポンプを使ってタンクの中を減圧して、圧力差を作り出している。
初めに外国で登場した鉄道車両用の真空式汚物処理装置では、貯留タンクそのものを減圧していた。しかしそれでは減圧に時間がかかるので、日本で導入したときには貯留タンクと便器の間に小さな「移送タンク」を設置して、そこを減圧するようにした。
順番としては、まず洗浄水を流す。それと平行して、エゼクタを作動させて移送タンク内を減圧する。十分に減圧できたら、便器の底にある蓋を開く。すると圧力差によって瞬時に吸い込まれて終了である。これを使用する度に繰り返す。
航空機では、真空式にすることで「ラバトリーがいくつあってもタンクはひとつに集約」というメリットがあった。しかし鉄道車両の場合、真空式でも循環式でも、タンクはたいていトイレ直下の床下にある。
ところが何事にも例外はあるもので、「カシオペア」のE26系客車はすべての個室にトイレがついている。そこから車端の汚物処理装置まで引き込むには、真空式が不可欠だった。
減圧対象となる移送タンクを個別に設置
さて。トイレひとつにタンクがひとつで一対一対応なら、ここまで書いてきた話で終わりである。ところが新幹線電車みたいに、車端に複数のトイレを設置している車両もある。しかし床下のタンクはひとつだ。
その複数のトイレが、減圧対象になる移送タンクを共用していたのでは具合が悪い。全部のトイレで常に一斉に流されるわけではないし、エゼクタが故障すると、同じタンクを共用するすべてのトイレが全滅する。
そこで考え出されたのが、トイレごとにエゼクタと移送タンクを用意する方法。移送タンクから貯留タンクに中身を移すときには、移送タンクを加圧して強制的に送り出している。
真空式と停電の関係
真空式では使用する度にエゼクタを作動させる必要があるので、停電すると使えなくなってしまう難点がある。しかし最近では、大容量の蓄電池を用意して、停電時でも作動できるようにする事例が出てきている。この辺は、自らエンジンで発電機を回している飛行機と事情が違うところだ。
なお、同じような仕組みを必要とする地上の乗り物として、鉄道車両以外に高速バスがある。実はどちらも同じメーカーが手掛けていたりする。ただしバス用の製品では、循環式や真空式だけでなく、シンプルな貯留式の事例もあるようだ。
著者プロフィール
○井上孝司
鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。このほど、本連載「軍事とIT」の単行本第5弾『軍用センサー EO/IRセンサーとソナー (わかりやすい防衛テクノロジー) 』が刊行された。