大河原克行のNewsInsight 第273回 パナソニックが見ている「AI」の現在地と展望、そして責任

2024年3月14日(木)15時38分 マイナビニュース

パナソニックグループは、社会人や学生を対象にしたイベント「これからのAI」を開催した。
米Googleのヘルスケア部門の副社長やGoogle Xの共同創業者、米アップルの上級管理職などを務め、2019年にパナソニック入りした、パナソニック ホールディングス 執行役員 PanasonicWELL本部長兼Yohana CEOの松岡陽子氏と、パナソニックグループにおけるAI活用を推進しているパナソニック ホールディングス テクノロジー本部デジタル・AI技術センター所長の九津見洋氏が、「生成AIの現在地」、「現在の生成AIブーム後の展望」、「AIの社会的責任」、「パナソニックグループならではのAIの展望」の4つをテーマに、対談形式で進めた。
生成AIの現在地
ひとつめのテーマである「生成AIの現在地」については、松岡氏が、「2022年11月のChatGPTの登場によって、世界中の人が生成AIを体験してもらうことができ、世界が変わりはじめた。だが、これはテクノロジーの観点から見ると、急に出てきたものではなく、着々と進んできたものである」としながら、「シリコンバレーでは、生成AIがニユースの見出しを飾らない日はない。一般の人まで含めて、空気を吸うような様子で、生成AIの話をしている。いまは、これをツールとしてどう活用していくかが議論の中心になっている。ただし、次のトレンドになるとみられているのが、ヒューマンインテリジェンスに近づいたAIである。これによって、心配や恐怖が先行している。また、LLMは数100社が開発をしているが、これを活用して儲けている会社はあまりいない。さらに、お金がないとAIを研究できない状況になっている。なにができるのかというエキサイティングな面はあるが、すべてが失敗するかもしれないという危機感もある」などと述べた。
これに対して、九津見氏は、「日本においては、非連続なすごいものが登場し、それを多くの人が知ることができ、盛り上がりを見せている。だが、負の側面についても議論されている。産業利用はされているが、品質が保証され、安心して利用できるものが提供できていない部分もある。生成AIを、ビジネスに取り込めるようなものとして、安心して届けるには、これまで以上にツールやプロセスが整備される必要がある」と述べた。
現在の生成AIブーム後の展望
2つめの「現在の生成AIブーム後の展望」については、松岡氏が「ツールとして捉えた場合、問題が多い」と切り出し、「いまの生成AIは、ツールとして、思ったように使えない状況であることは、使っている人であればすぐに理解できる。これからAIを題材にした映画が出てくるだろうが、そうした状況には10年経っても辿り着かないだろう。5年経ってもAGI(汎用人工知能)は登場しないだろう。だが、重要なツールになるのは確実である。将来的に使えるLLMは10個程度だろう。数1000という規模にはならない。しかし、日本語に最適なLLMはしっかりとやっていくべきだ。その上に乗るアプリケーションはたくさん生まれることになる。パナソニックグループが狙っていくとしたら、アプリケーションレイヤーである。LLMを作る会社にはならずに、RAGやローカルLLMに入ってくべきだ。その領域には、怖がらずに取り組んでいくべきであり、失敗しても仕方がないというメンタリティでやらないと勝者にはなれない」と指摘。
九津見氏は、「テックジャイアントが開発しているAIはどんどん成長する一方で、それを実用化するための技術や、産業応用するために必要な周辺テクノロジーも数多く生まれるだろう。どれを、どう使いこなすのか、特徴をどう出すのかが問われる時代になる」と語った。
一方で、松岡氏は、「AIは嘘をつく。しかも、間違ったことを自信を持って回答する。日本で、おいしいお好み焼き屋を教えて欲しいと聞くと、お好み焼き屋ではないところまで、正しい情報のようにしてリストアップしてくる。AIを利用する際には、正しい情報なのかどうかを判断するスキルをつけていく必要がある」とも述べた。複数のLLMを使ってダブルチェックするという手段もこれからは増えていきそうだ。
AIの社会的責任
3つめのテーマが「AIの社会的責任」である。パナソニックグループでは、2022年にAI倫理原則を策定し、人間を中心とした責任あるAI活用の実践に取り組んでいるところだ。
九津見氏は、パナソニックグループにおける生成AIを活用した開発の観点から言及。「責任あるAIは、お客様に商品として届ける場合には、しっかりと果たさなくてはならない要素である。出力に対する制御が難しい技術であり、倫理の観点でお客様に不利益にならないか、学習データは大丈夫かということを前提に、開発におけるガバナンスやプロセスを徹底している」とした。
パナソニックグループでは、開発部門において、GitHub Copilotを使ってコードを生成することもあるが、「それを、そのまま商品のソフトウェアに使うことはあり得ない。生成AIを理解した人が使い、人によるコードレビューを行うといったプロセスを経ている。主役は技術者であり、生成AIはそれを補助するものだと位置づけている。これは当たり前のことである」と語った。
また、松岡氏は、「パナソニックは、家電を売っている会社である。家庭に入る場合には、プライバシーを守り、安全に使ってもらえることが大切である。また、人の仕事をなくしてしまうことも社会的責任になるのかという議論もこれから出てくるだろう。広い範囲をカバーしながら、パナソニックグループ内でのポリシーをしっかりと作る必要がある」と述べたほか、「人間を中心にした責任あるAIが必要であり、AIができないところ、人間が関与しなくてはならないところを理解する必要がある」とも述べた。
松岡氏は、パナソニックグループにおける責任あるAIの三原則として、AIは人間のためにあるという「For Humans」、AIには人間が介入する必要があるとする「By Humans」、AIを使用する人が、AIを正しく理解している必要がある「With Humans」を提唱している。
ここで松岡氏は、自らの失敗の経験についても触れた。
2010年に松岡氏がNestを設立し、部屋の温度を調節するサーモスタットを開発し、そのなかに当時の最先端のAIを搭載したときの話だ。このサーモスタットでは、AIが学習することによって、消費エネルギーが少なく部屋の温度を調整できるようにしたが、人が寒いと感じたので温度をあげると、サーモスタットがそれを戻してしまうといったことが繰り返され、購入者からは使いたくないという声があがったという。
「サーモスタットの役割は、最新のAIを搭載することでも、省エネにすることでもなく、それぞれの人にとって快適な環境を作り、その上で、省エネを実現し、自らが環境に貢献でき、エネルギー費用も削減できるという必要があった」とし、「For Humans、By Humans、With Humansを忘れ、すべてをテクノロジーに頼ろうとすると、こういう問題が起きる。生成AIによって、人間は必要なくなるというわけではない。AIを使えるところは使うが、そうでないところは人間がつくることで、いいものができあがる」と述べた。
実は、松岡氏が率いる部門において、約1年前に生成AIを使ってコードを書くことを現場が禁止したことがあったという。「プライバシーなどの問題もあったが、ソフトウェア開発者が自分の仕事を取られてしまうのではないという危機感も大きかった。だが、それは違うということを話し、むしろAIを使えるエンジニアにならないと、将来、仕事がなくなると説明し、いまは生成AIを使うようになっている。AIがコードを書く時代が必ずやってくる。だからこそ、禁止するのではなく、使いこなせる人材にならないといけない」と語った。
また、九津見氏は、パナソニッグループ社内で利用しているAIアシスタントサービス「PX-AI」について言及。「どんどん使って、業務効率を高めるだけでなく、自らが使うことで、今日時点の生成AIとはどういうものかといったことや、ハルシネーションの問題なども理解できる」と述べた。
パナソニックグループならではのAIの展望
最後のテーマが、「パナソニックグループならではのAIの展望」である。
九津見氏は、「パナソニックグループでは、エッジAIのように、商品やお客様に必要なパフォーマンスを持ったAIを、小さく、省電力で、ひとつひとつのプロダクトに入れていくことになる。ここにスピード感を持って取り組んでいく」と発言。松岡氏は、「テクノロジーを使って、人を幸せにすることができるが、生成AIだけでは、30%の幸せな人を、50%に増やすことはできないと考えている。家族やお客様に寄り添うAIは、パナソニックグループができるユニークな部分である。そこにおけるリーダーになることを期待している」と語った。
イベントの最後には会場から、「AIが社長になり、『AI楠見雄規社長』や『AI松下幸之助創業者』のようなものが誕生するのか」といったユニークな質問が寄せられた。
松岡氏は、「米国には、AIがCEOとなって作られた企業がある。日本でもできているのではないだろうか」としながら、「売れるモノを作るといったことは、AIができるようになっている。ただ、AIは難しい判断をすることはできない。私たちがやっている仕事は難しい判断をすることが多い。世界中にある情報をしっかりと使っても、AIが難しい経営判断ができるかどうかはわからない。また、AIが人間のボスになったときに、その関係性が難しくなる。AIのCEOがAIの社員のクビを切るのは簡単だが、AIのボスが、感情がないままに、人間の社員のクビを切ることは難しい」などと述べた。
また、九津見氏は、「社長のためのAI秘書がいて、経営判断を支援はするといったことはあるが、難しい経営判断をするのは人間であって欲しいと思っている」と語った。
シリコンバレーで、生成AIの動きを肌で感じている松岡氏の発言と、パナソニックグループにおけるAI活用の旗振り役である九津見氏のコメントは、生成AIのいまの状況を理解するいい機会になったといえる。

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