「5分間で木を切れ」と言われたらまず何をすべきか…頭のいい人が「最初の3分間」でやること
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Kosijerphotography
※本稿は、ベント・フリウビヤ『BIG THINGS どデカいことを成し遂げたヤツらはなにをしたのか?』(サンマーク出版)の一部を再編集したものです。
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■「厳しい期限を設け、速攻でやる」は間違っている
プロジェクトをできるだけ早く終わらせるにはどうしたらいいのだろう?
パッと頭に浮かぶ最も一般的な方法は、厳しい期限を設け、速攻で開始し、関係者全員を猛烈に働かせることだろう。やる気と意欲がカギだ。経験的に2年かかりそうなプロジェクトを、1年で終えると宣言する。プロジェクトに精魂傾け、日夜邁進する。部下を厳しく管理し、早くやれとハッパをかけ、ローマのガレー船の出航を知らせるドラのごとく尻をたたき続ける。
これはよくある方法だが、間違っている。私の故郷・デンマークのコペンハーゲンには、それを物語るモニュメントがある。
デンマーク王立歌劇団の本拠であるコペンハーゲン・オペラハウスは、この国の巨大海運会社マースクの創業者、アーノルド・マースク・マッキニー・モラーのビジョンから生まれた。1990年代末、モラーは90年近い人生を振り返り、自分の足跡を目に見えるかたちで後世に伝えたいと考えた。そのために、港に面した目立つ場所に立派な建造物を建てることにし、できるだけ早急に完成させることを望んだ。
■急ぎは無駄どころか、悲劇をも生む
開所式にデンマーク女王の臨席を賜り、人生の晴れ舞台にしたかった。建築家のヘニング・ラーセンに工期を訊ねると、5年という答えが返ってきた。「4年で頼むぞ!」とモラーは言い渡した。ドラが激しく打ち鳴らされ、期限は守られた。2005年1月15日、モラーは女王とともに開所式に出席した。
だが急がせたツケは大きかった。それも、コスト超過だけではない。建築家のラーセンは建物のできばえに驚愕し、汚名をそそぐために、彼が「霊廟(れいびょう)」と揶揄した不可解な構造を弁明する本を書いたほどだ。
ことわざに言うように、「急ぎは無駄を生む」のだ。
オペラハウスが払ったツケは、この種の突貫工事の代償としてはまだましなほうだった。2021年にメキシコシティで起こった地下鉄高架橋崩落事故は、その後に行われた3つの独立調査により、性急でずさんな工事が原因だったことが判明した。
市の依頼で調査を行ったノルウェーの会社は、この悲劇が「建設工程の不備」によって引き起こされたという結論に達し、市の司法長官による報告書でもこれが確認された。
ニューヨーク・タイムズも独自調査を行い、強力な市長の在任中に橋を完成させるために、市が工事を急がせたことが主な原因と断定した。「完成を急ぐあまり、全体計画が確定する前に工事が開始され、最初から欠陥だらけの地下鉄線が生まれた」と同紙は結論づけている。高架橋崩落は26人の命を奪った。急ぎは無駄だけでなく、悲劇も生むのだ。
■プロジェクトは2つのフェーズに分けて処理する
プロジェクトをすばやく完遂するための正しい方法を理解するために、プロジェクトが2つのフェーズに分かれていると考えてほしい。
かなり単純化した説明だが、そう考えるとわかりやすい。最初のフェーズが「計画(プランニング)」、次が「実行(デリバリー)」だ。呼び方は業界によってまちまちで、映画業界では「開発」と「制作」、建設業界では「設計」と「建設」などと呼ばれる。だが基本の考え方はどこも同じだ。まず考え、それから動く。
プロジェクトはビジョンから始まる。ビジョンはプロジェクトの漠然とした完成イメージでしかない。計画フェーズではただのビジョンを、信頼性の高い実行のロードマップとなる、徹底的に調査、分析、検証された詳細な計画に変えなくてはならない。
ほとんどの場合、計画はコンピュータや紙、物理的な模型を使って立てられるから、このフェーズはそれほどコストがかからず、リスクも少ない。余裕があれば、計画にたっぷり時間をかけても問題ない。しかし、実行となると話は別だ。実行フェーズでは大金が投入されるため、プロジェクトがリスクにさらされやすくなる。
■「トイ・ストーリー」の会社が開発期限を設けない理由
たとえば、新型コロナの感染拡大が始まろうとする2020年2月に、ハリウッドの監督が実写映画に取り組んでいたとしよう。このプロジェクトはどれだけの損害を被るだろう? それはプロジェクトがどの段階にあるかによって異なる。
もし脚本を書き、絵コンテを切り、ロケ撮影の予定を立てている段階なら、パンデミックは問題だが、災難ではない。実際、コロナ禍でもほとんどの作業が継続されるだろう。
だが、もしパンデミックが勃発したときに、監督が100人のクルーを引き連れて、ニューヨークの街角でギャラの高い映画スターの撮影を行っていたら? あるいは、映画が完成し、劇場公開をひと月後に控えているときにコロナ禍が始まり、映画館が休館になったら? その場合は問題ではなく、災難になる。
計画フェーズは安全な港で、実行フェーズは荒波での航海だ。だからこそ、伝説的映画スタジオのピクサーでは、「監督は映画の開発フェーズに何年もかけることを許されている」と、共同創業者のエド・キャットムルは言う。ピクサーは「トイ・ストーリー」に始まり、「ファインディング・ニモ」や「Mr.インクレディブル」「ソウルフル・ワールド」などの時代を代表するアニメーション映画を制作してきた。
■「木を切る時間が5分あったら、最初の3分は斧を研ぐ」
もちろん、アイデアを開発し、脚本を書き、絵コンテを描き、それを何度となくくり返すことにも、コストはかかる。だがこの段階であれば、「試行錯誤のコストは少額ですむ」
この膨大で緻密な作業のおかげで、奥深く詳細で精緻で確実な計画ができあがる。ここでしっかり仕事をしておけば、制作フェーズに入ってからの作業はわりあい円滑、迅速に進む。これは大事なことだとキャットムルは強調する。なぜなら制作に入ると「コストが一気に膨らむ」からだ。
計画をゆっくり進めるのは、ただ安全なだけでなく、優れた方法でもあると、ピクサーの監督たちは指摘する。なにしろアイデア開発やイノベーションは時間のかかるプロセスだし、さまざまな手法やアプローチを取った場合の影響を検討することには、もっと時間がかかるのだから。
複雑な問題をひもとき、解決策を考え、それを検証するには、さらに時間がかかる。計画を立てるためには考える必要があるが、創造的で多面的で注意深い思考は、ゆっくりとしたプロセスなのだ。
エイブラハム・リンカーンは、「木を切る時間が5分あったら、最初の3分は斧を研ぐのに使いたい」と言った。これが、大型プロジェクトにふさわしいアプローチだ。円滑で迅速な実行を確保するために、計画立案に思慮と労力を注ごう。
写真=iStock.com/Alexey Khodus
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ゆっくり考え、すばやく動く──これが成功のカギだ。
■逆に「すばやく考え、ゆっくり動く」とどんな悲劇が起きるか
「ゆっくり考え、すばやく動く」は、今に始まった考え方ではない。たとえば1931年に急ピッチで進められたエンパイア・ステート・ビルの建設は、まさにこのアイデアを体現していた。それに、この考え方は、少なくともローマ時代には存在していたと言える。ローマ帝国の偉大な初代皇帝カエサル・アウグストゥスは、「ゆっくり急げ」を座右の銘にしていた。
だがたいていの大型プロジェクトは、「ゆっくり考え、すばやく動く」方式で進められることはない。「すばやく考え、ゆっくり動く」方式が一般的だ。そしてそれがどういう結果を生むかは、大型プロジェクトの実績にはっきり表れている。
カリフォルニア高速鉄道の話を紹介しよう。カリフォルニア州のギャヴィン・ニューサム知事が有権者の承認を得て建設が開始した時点で、「計画」のように見える文書や数字はたくさんあった。
だが輸送プロジェクトの専門家で、州議会が招集したカリフォルニア高速鉄道内部検討グループの座長を務めるルイス・トンプソンは、プロジェクトの実行開始時にあったのは、せいぜい「ビジョン」や「願望」に過ぎなかったと指摘する。実行フェーズに入ったとたん問題が噴出し、工事が遅々として進まなくなったのも無理はない。
■うまくいかなくなるのではない。最初からうまくいっていない
ところが知事はプロジェクトを白紙に戻さず、縮小するにとどめた。これはおそらく「サンクコスト(埋没費用の錯誤)」が世間にどう受け止められるかを熟慮したうえで、計画を白紙撤回すればすでに投資した数十億ドルを「どぶに捨てる」ような印象を与えかねない、と判断したからに違いない。
その結果、州の納税者はますます深みにはまり、縮小版のプロジェクト――最初に提示されていたら絶対に承認しなかったであろうプロジェクト――に、さらに数十億ドルをつぎ込む羽目になった。
残念だが、これが典型的なパターンだ。プロジェクトというプロジェクトが、形だけの性急な計画立案を経て、すばやく始動する。計画が実行に移されるのを見て、誰もが満足する。だが計画フェーズで見過ごされ真剣に検討されなかった問題がすぐに露呈し、急いで事態の収拾に奔走する。するとまた別の問題が発生し、さらに奔走する。
ベント・フリウビヤ『BIG THINGS どデカいことを成し遂げたヤツらはなにをしたのか?』(サンマーク出版)
私はこれを「故障と修理のループ」と呼んでいる。このループに陥ったプロジェクトは、タールの沼から這い上がろうともがくマンモスに似ている。
プロジェクトが「うまくいかなくなる」と言うが、この言い方には語弊がある。プロジェクトはうまくいかなくなるのではない。最初からうまくいっていないのだ。
ここで重大な疑問が湧いてくる。「ゆっくり考え、すばやく動く」が賢明なアプローチなら、なぜ大型プロジェクトのリーダーはその逆のことをやってしまうのだろう? この問いへの答えは『BIG THINGS どデカいことを成し遂げたヤツらはなにをしたのか?』(サンマーク出版)で示したい。
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ベント・フリウビヤ
経済地理学者
経済地理学者。オックスフォード大学第一BT教授・学科長、コペンハーゲンIT大学ヴィルム・カン・ラスムセン教授・学科長。「メガプロジェクトにおける世界の第一人者」(KPMGによる)であり、同分野において最も引用されている研究者である。『メガプロジェクトとリスク』などの著書、『オックスフォード・メガプロジェクトマネジメント・ハンドブック』などの編著多数(いずれも未邦訳)。これまで100件以上のメガプロジェクトのコンサルティングを行い、各国政府やフォーチュン500企業のアドバイザーを務めている。数々の賞や栄誉を受け、デンマーク女王からナイトの称号を授けられた。
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(経済地理学者 ベント・フリウビヤ)
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