稽古場からスクリーンへ~ナショナル・シアター・ライブ『ロミオとジュリエット』
シネマカフェ2022年2月7日(月)17時0分
ナショナル・シアター・ライブ(NTLive)は、英国の国立劇場であるロンドンのナショナル・シアターが2009年から実施している、舞台上演を撮影して映画館で上映するプロジェクトだ。基本的には舞台上演をライヴ中継し、日本のように時差のある地域では映像を後日上映する。新型コロナウイルス流行に伴い、2020年からはネット配信も開始した。ナショナル・シアターの公演を中心に、質の高い上演をしっかりした撮影で見せるのが売りである。
2022年1月28日に日本公開されたサイモン・ゴドウィン演出のシェイクスピア劇『ロミオとジュリエット』は、これまでのNTLiveとは違う手法で制作された。本作は新型コロナウイルス流行のために無観客で撮影されたものであり、通しの舞台の中継映像ではない。テレビなどでの放映を想定し、劇場を使って17日間かけて撮影したもので、カットバックなどの映像的な編集技術も使っている。このため、全体の印象は舞台を撮ったものというよりは少し尖った映画やテレビドラマに近い。台本は1時間40分程度にカットし、演技力も華もある役者陣をそろえ、若者の恋をシャープかつ哀切に見せている。
物語は役者たちが稽古場のような場所に集まってくるところをのぞき見るような場面から始まる。役者たちは皆現代の服装で、コの字型に椅子を並べて座り、ロレンス修道士役のルシアン・ムサマティが読み合わせの延長のようなさらりとした様子で有名なプロローグを暗唱するところに耳をすませる。既にこのプロローグで、ロミオ役のジョシュ・オコナーとジュリエット役のジェシー・バックリーは微笑みを交わしている。芝居の序盤はこのように簡素なセットで進んでいくが、雰囲気が変わるのは、ロミオとジュリエットが出会うキャピュレット家のパーティの場面だ。ここは若者たちが、それまでのセットとは違うスモークが焚かれたクラブのような会場に入るところから始まり、マイクの前で歌い踊るジュリエットにロミオが一目惚れする。この一目惚れの場面には妙にリアリティがあり、新型コロナウイルスが流行する前の混雑したクラブやライヴ会場でならふつうに起こりそうな状況に見える。
ここからはもう少し手の込んだセットを使って映像作品らしくなり、結婚式の場面ではライヴの舞台ならすぐに準備できないほどの数のキャンドルに囲まれた中でロミオとジュリエットが微笑みを交わしながらキスをする。さらにここにロミオの友達であるベンヴォーリオ(シュバム・サラフ)とマキューシオ(フィサヨ・アキネイド)のキスの場面が続き、若者たちの恋の燃え上がりと、その直後に続く悲劇のギャップが強調される。最後の霊廟の場面は花が飾られた重厚なセットで展開するが、エイドリアン・レスター演じるヴェローナ公が最後の台詞を言う中、喪に服すヴェローナの人々に囲まれた2人の遺体はいつのまにか最初の稽古場に戻っている。恋が生み出すイリュージョンは終わったのだ。
これはローレンス・オリヴィエが1944年に映画『ヘンリィ五世』で導入した、古典的かつ効果的なやり方の応用だ。『ヘンリィ五世』はシェイクスピアの時代のグローブ座の舞台という設定で芝居が始まるが、いつの間にか劇場を飛び出してセットの規模がどんどん大きくなり、華麗な戦争絵巻になる。何もない劇場で始まっても役者の力と観客の想像力でどんどん舞台が美しく見えるようになっていく…という、舞台特有のイリュージョンを映像で再現する技法である。NTLive『ロミオとジュリエット』はこの方法をうまくアップデートしていると言える。
そして本作の一番の見所は役者陣の演技だろう。バックリーとオコナーの息はぴったりで、2人が笑顔を交わすところを見るだけで優しい情熱がひしひしと観客に伝わってくる。脇を固める俳優陣も、日本ではそれほど馴染みがないかもしれないが英国では舞台のスターであるようなベテランが多い。タムシン・グレイグ演じるキャピュレット夫人は原作におけるキャピュレット、つまりジュリエットの父の台詞も割り当てられており、上品だが有無を言わさず娘を操ろうとする母親を巧みに演じている。欲を言えばもう少しカメラを揺らさない撮影が好ましいと思われる場面もあり、また音楽を抑え気味にしたほうが良さそうなところもあるが、全体的にはとても見応えのある作品だ。
NTLive「ロミオとジュリエット」はシネ・リーブル池袋/アップリンク京都にて公開中。
2022年1月28日に日本公開されたサイモン・ゴドウィン演出のシェイクスピア劇『ロミオとジュリエット』は、これまでのNTLiveとは違う手法で制作された。本作は新型コロナウイルス流行のために無観客で撮影されたものであり、通しの舞台の中継映像ではない。テレビなどでの放映を想定し、劇場を使って17日間かけて撮影したもので、カットバックなどの映像的な編集技術も使っている。このため、全体の印象は舞台を撮ったものというよりは少し尖った映画やテレビドラマに近い。台本は1時間40分程度にカットし、演技力も華もある役者陣をそろえ、若者の恋をシャープかつ哀切に見せている。
物語は役者たちが稽古場のような場所に集まってくるところをのぞき見るような場面から始まる。役者たちは皆現代の服装で、コの字型に椅子を並べて座り、ロレンス修道士役のルシアン・ムサマティが読み合わせの延長のようなさらりとした様子で有名なプロローグを暗唱するところに耳をすませる。既にこのプロローグで、ロミオ役のジョシュ・オコナーとジュリエット役のジェシー・バックリーは微笑みを交わしている。芝居の序盤はこのように簡素なセットで進んでいくが、雰囲気が変わるのは、ロミオとジュリエットが出会うキャピュレット家のパーティの場面だ。ここは若者たちが、それまでのセットとは違うスモークが焚かれたクラブのような会場に入るところから始まり、マイクの前で歌い踊るジュリエットにロミオが一目惚れする。この一目惚れの場面には妙にリアリティがあり、新型コロナウイルスが流行する前の混雑したクラブやライヴ会場でならふつうに起こりそうな状況に見える。
ここからはもう少し手の込んだセットを使って映像作品らしくなり、結婚式の場面ではライヴの舞台ならすぐに準備できないほどの数のキャンドルに囲まれた中でロミオとジュリエットが微笑みを交わしながらキスをする。さらにここにロミオの友達であるベンヴォーリオ(シュバム・サラフ)とマキューシオ(フィサヨ・アキネイド)のキスの場面が続き、若者たちの恋の燃え上がりと、その直後に続く悲劇のギャップが強調される。最後の霊廟の場面は花が飾られた重厚なセットで展開するが、エイドリアン・レスター演じるヴェローナ公が最後の台詞を言う中、喪に服すヴェローナの人々に囲まれた2人の遺体はいつのまにか最初の稽古場に戻っている。恋が生み出すイリュージョンは終わったのだ。
これはローレンス・オリヴィエが1944年に映画『ヘンリィ五世』で導入した、古典的かつ効果的なやり方の応用だ。『ヘンリィ五世』はシェイクスピアの時代のグローブ座の舞台という設定で芝居が始まるが、いつの間にか劇場を飛び出してセットの規模がどんどん大きくなり、華麗な戦争絵巻になる。何もない劇場で始まっても役者の力と観客の想像力でどんどん舞台が美しく見えるようになっていく…という、舞台特有のイリュージョンを映像で再現する技法である。NTLive『ロミオとジュリエット』はこの方法をうまくアップデートしていると言える。
そして本作の一番の見所は役者陣の演技だろう。バックリーとオコナーの息はぴったりで、2人が笑顔を交わすところを見るだけで優しい情熱がひしひしと観客に伝わってくる。脇を固める俳優陣も、日本ではそれほど馴染みがないかもしれないが英国では舞台のスターであるようなベテランが多い。タムシン・グレイグ演じるキャピュレット夫人は原作におけるキャピュレット、つまりジュリエットの父の台詞も割り当てられており、上品だが有無を言わさず娘を操ろうとする母親を巧みに演じている。欲を言えばもう少しカメラを揺らさない撮影が好ましいと思われる場面もあり、また音楽を抑え気味にしたほうが良さそうなところもあるが、全体的にはとても見応えのある作品だ。
NTLive「ロミオとジュリエット」はシネ・リーブル池袋/アップリンク京都にて公開中。
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