警察相手に大立ち回りを演じた北朝鮮の「レザーの女王」
300万人超の人口を抱える北朝鮮の首都・平壌。その台所を支える物流網の中心は、市の境界線のすぐ外にある平安南道(ピョンアンナムド)の平城(ピョンソン)にある。
入市規制が厳しく自由な商売が難しい平壌とは異なり、平城は一般的な旅行証(国内用パスポート)さえあれば特に問題なく入市できる。その上、背後に控える大消費地平壌と四通八達の交通網のおかげで、全国有数の巨大市場ができ、流通の要衝となっている。そんな市場を今月1日、当局の取り締まり班が急襲した。
現地のデイリーNK内部情報筋によると、内閣商業局の取り締まり班は、卸売業者と工場長ら複数と市場管理所と面談を行った。いずれも外国製品のニセモノの製造、販売をしていた業者だ。
平城は、ニセモノ製造技術が発達した地域の一つとして知られている。平壌との境界線付近には、国家科学院平城分院などの研究機関が存在するが、そこに務める研究者、技術者が、国からの配給だけでは暮らしが成り立たないため、自らの持つ技術を個人業者に教えて生産させ、夜には現場を訪れて技術指導まで行い、収入を得ていた。
巨大な製薬工場に、複数の理数系大学が存在し、覚せい剤製造が「地場産業」のようになっていた東海岸の大都市、咸興(ハムン)と似たような構造が、平城にも存在するというわけだ。
ニセモノ産業繁栄の「成果」として、平城の市場には鞄、靴、コートなど安価で良質な革製品が多く出回った。本物と区別できないほどの精巧さで需要が高く、各地に出荷されていた。
ところが、そんな状況が一変した。
最高人民会議常任委員会は社会主義商業法と便宜奉仕法を改正し、すべての機関、企業所を国営管理体系に隷属させて管理するなど、市場経済に対する国の監督、統制を強化し、個人の商行為に対して制限を設けた。
これには、トンジュ(金主、新興富裕層)が国の機関、工場、企業所の幹部らと結託したクローニー(縁故)市場経済を、市場経済的要素を取り込んだ国家主導型の経済へと移行させると同時に、税収を確保する目的があるものと思われる。
また平安南道(ピョンアンナムド)商業部は、1月の朝鮮労働党第8回大会で示された社会主義商業体系の再構成に関する政策と路線に従い、個人生産品は国家品質監督委員会の承認を受けたものに限って市場での販売を認めるとの方針を示した。
党大会前には、市場管理費、つまり「ショバ代」さえ払えば、韓流などのご禁制の品を除いて何を売っても特に制裁を受けなかった。しかし、今後は国家品質監督委員会が製品の生産過程、品質をすべて管理監督し、販売を承認するという体系が確立され、在庫品に対しても検査を行うとのことだ。
一連の法改正、方針提示を受けて行われたニセモノ業者の一斉取り締まりに対して、地元で「レザー王」と呼ばれてきた女性、オさんは、激しく抵抗した。
オさんは「国境が封鎖されて中国から革の輸入ができないのに、何の管理監督で、どうやって品質監督体系を打ち立てるというのか」「冬越しの革製品は、党大会前に生産されたものだから、自分たちが勝手に処分しても干渉すべきではないのではないか」などと拒否した。
面談を繰り返しても埒が明かないと判断した取り締まり班は、中央党(朝鮮労働党中央委員会)に報告した。社会安全省(警察庁)は翌日、社会主義商業体系再構成に伴う国家的措置を拒否した容疑で、オさんを逮捕しようとした。
社会安全省は「お前のような個人利己主義分子がはびこり、国が計画を達成できず元帥様(金正恩総書記)に心配をかける」とし、オさんの言動を反党的行為とし、オさんの製品や工場、設備をすべて没収すると宣言した。
これに対してオさんは「国が頭を使わず、怠け者の幹部を置いていて、国の経済を自分のうちの家計のように考えないから、個人より技術が遅れているのだ」「私を殺したところで、私の革製品加工技術は絶対に持っていけない」などと安全員(警察官)を罵り、激しく抵抗した。
あえなく逮捕されたオさんは、厳しい取り調べを受けた。ニセモノ生産に複数の科学者や研究者が関わっていることを把握した社会安全省は、技術を伝授した者の名前を吐けと拷問にかけたが、オさんは口をつぐんだままだという。
オさんに対していかなる処分が下されたか、情報筋は触れていないが、法施行当初に周知目的で、見せしめとなる人物を選び厳罰に処すのが北朝鮮のやり方だ。もしかすると、オさんが生きて市場に戻れる日は来ないかもしれない。
社会安全省は、国家科学院内の安全部を通じて、オさんと関係のある平城分院の科学者や研究者を片っ端から出頭させ取り調べる一方で、研究所、研究室、実験室の試薬、資材の管理状態について調べている。
今回の事件に対して個人業者は口々に、「われわれが命をかけて何を作って売ろうと国は関心すら持とうとしなかったのに、生産の土台を固めたと思ったら、今頃になって管理すると言っている」などと、怒りを露わにしていると、情報筋は現地の空気を伝えた。
上述した「市場経済的要素を取り込んだ国家主導型の経済への移行」の一環と思われる現象は数年前から起きている。安定的な税収を得て国家運営を行う「正常国家」を目標にしているのだろうが、その過程は人権侵害を伴った極めて異常なものだ。
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