「庶民の農地」奪う北朝鮮当局に強い不満
北朝鮮の金日成主席は1974年、農業生産増大のために「全国土段々畑化計画」を打ち出した。山の斜面を切り開いて段々畑を作れば、生産量が増えるという考え方だったが、山林の破壊、自然災害(とくに水害)の多発、農業生産の減少、そしてついには1990年代の大飢饉「苦難の行軍」を招いた。
国の配給システムが崩壊し、食べ物に窮した人々は、生き残るためにさらに山を切り開き、畑を作った。こうした畑を「トゥエギバッ」という。このような個人の畑を巡っては、以前から国と国民の間で諍いが絶えないが、地方政府が打ち出した方針を巡って新たなトラブルが予想されている。
両江道(リャンガンド)の朝鮮労働党甲山(カプサン)郡委員会が、住民に対して、個人が所有している畑の半分を返納せよと言い出したのだ。
現地のデイリーNK内部情報筋によると、党委員会は、1月の第8回党大会と、3月の第1回市・郡党責任書記講習会で示された課業(ノルマ)と綱領を貫徹するとして、このような命令を下した。
人民の食の問題を解決するのが党大会で示された国家経済発展5カ年計画の初年度の課題なのだが、毎月定期的に大豆油を配給するというのが党委員会の計画を実行に移そうにも、大豆を生産する土地が足りない。
そのために3月末から安全部(警察署)と郡人民委員会(郡庁)と合同で、住民から畑を奪う作戦に乗り出したというのだ。
個人の畑で収穫されたものは、所有者の家族が食し、残りは市場で販売し現金収入を得るが、これらは国の公式の農業生産の統計には含まれない地下経済に属する。それを奪って公のものにすることで、初めて統計に現れる。つまり、成果として認められるというのが理屈だ。しかしそんなことをしたところで、農業生産の合計量は増えない。実際は増えていない「パイ」が増えたことになるのだ。
こんな強引で馬鹿げたやり方は、当然のことながら住民の強い抗議に直面している。
「苦難の行軍のころから家族が代々、焼き畑で切り開いた土地をこんな風に奪うなんてひどい」
「メシもまともに食えない世の中なのに、大豆油に何の用がある」(住民の声)
これに対して安全部と郡の農村経営委員会は、「焼き畑は苦難の行軍のころに餓死しないようにと黙認したもので、元々は国の土地だ」「全部返せと言わないだけでもありがたいと思え」などと、圧力をかけている。党委員会は同時に、大豆粕から石鹸を作って毎月2つずつ配給する、こんなに意義深い大事業があろうかなどと自画自賛しつつ、住民を説得しようとしている。
しかし、大豆粕は「人造肉」と呼ばれるソイミートの大切な原料だ。他のもので代用が効く石鹸を、貴重なタンパク源を使って作ろうという党委員会の計画は、住民の食糧事情の深刻さがわかっていない現れだろう。
「住民は『党委員会が、党の政策貫徹で自力更生しなければならないと、われわれをさらに苦しめている』として、それでは国の政策をどうやって信じればいいのかわからないと嘆いている」(情報筋)
今回の事業は、成功するかはまだわからない。以前、植林するとの理由で畑を奪われた人々が、植えられた苗木を抜いて畑に戻すという形で抵抗する出来事があったが、今回も強引なやり方への反発が強いことから、何らかの抵抗に遭う可能性がある。
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