トランプ氏が金正恩氏と話し合うべき「地獄の1丁目」問題
トランプ米大統領は1日、ホワイトハウスで北朝鮮の金英哲(キム・ヨンチョル)朝鮮労働党副委員長を迎え、約80分にわたり会談した。トランプ氏は会談後、記者団に対し「我々は多くのことを協議した」と語る一方、人権問題については議論しなかったと言明した。ただ、6月12日の金正恩党委員長との首脳会談の際には「おそらく取り上げるだろう」と述べ、議題にする可能性も示した。
人権は、北朝鮮側が最も取り上げられるのを嫌っている問題だ。米国側がこれに言及した瞬間、対話が打ち切られる可能性すらある。
しかしそれでも、トランプ氏はこの問題に言及しなければならない。そうしなければ、民主主義国家のリーダーとして、いずれ責任を問われる可能性もある。
北朝鮮における人権侵害を象徴するのが、政治犯収容所である。
かつて、政治犯収容所に警備隊員として勤務し、その恐怖の実態を告発し続けている脱北者・安明哲氏によれば、「そこでは人間が想像しうる、ありとあらゆる残酷なことが行われていた」という。まさに、実在する「地獄の一丁目」である。
国連の北朝鮮人権調査委員会(COI)が2014年2月に発表した最終報告書によれば、北朝鮮には4カ所の政治犯収容所がある。また、教化所に転用されたとの説がある施設がもうひとつあり、8万人から12万人の政治犯が収容されていると見られている。
実は1990年代には、北朝鮮には10カ所以上の政治犯収容所の存在が指摘されていた。
また、収容者の数も20万人以上とされていた。とくに、1993年のフルンゼ軍事大学同窓会によるクーデター未遂や、1995年の6軍団クーデター未遂が「血の粛清」に遭った際には、その容疑者の一族郎党が連日千人単位で送られ、収容者が大きく増えたという。
それが今や、施設の数は4~5カ所に減り、収容者も半減したのだから、「多少なりとも改善しているのではないか。金正恩党委員長は、収容所を縮小していくのではないか」と思えるかもしれない。
しかし、それは違う。
政治犯収容所が減っているのは、単に運営の効率化のために過ぎない。それぞれの施設は大規模化し、拡張されている。また、収容者数が減ったのは、1990年代の大飢饉に際し、何の救済もされず、飢え死ぬままに捨て置かれたからだ。
安氏によれば、北朝鮮当局は「国際社会の圧力などの理由から国内で合理化を図ったもので、残った管理所を拡大する方針を取っている」のだという。
また、過去には収容者が釈放される例もあったのが、最近では例外なく「無期刑」とされているそうだ。元収容者が脱北し、管理所での残虐行為が国際社会に告発されるのを防ぐためだ。
そうした実態にも増して、安氏の話で衝撃的だったのは、「仮にいまの体制がもたないと北朝鮮の指導部が判断したら、証拠隠滅のため、収容者を皆殺しにするだろう。私もそのように教えられた」との説明だ。いま、金正恩氏は対話に舵を切っているが、国際社会との融和を進める上で、政治犯たちの存在は足手まといになりかねない。
忘れてならないのは、北朝鮮が国際社会による経済制裁を耐え抜き、核武装を達成してしまったのは、この国に民主主義がまったく存在しないからであるということだ。国民が、政策に対して少しでも不平を言える国であれば、国家の暴走には少なからずブレーキがかかる。
それを不可能にしているのが、まさに恐怖政治の象徴たる政治犯収容所なのだ。トランプ大統領が北朝鮮の非核化を真に望むなら、決してこの現実を素通りしてはならない。
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