「もう一本の軍事境界線」を作っても防げない北朝鮮の密輸と脱北
北朝鮮当局が、両江道(リャンガンド)の恵山(ヘサン)市内で、中国との国境を流れる鴨緑江沿いにある地域にある200棟ものの住宅の撤去を始めたのは今年5月。
ここは場所が場所だけあって、中国から丸見えである。公式ルート以外で、国内情報が海外に出ることを極度に嫌がる北朝鮮だけに、川沿いの平屋建ての住宅をすべて撤去して、住民を郊外に建築するマンションに移住させるのだという。空いた土地には、体制のプロパガンダ用の何かを作るのだろう。
当局は、恵山以外の地域でも、同様のプロジェクトに乗り出したと、米政府系のラジオ・フリー・アジア(RFA)が報じた。
現地の情報筋によると、中国からは見苦しく見える平屋建ての住宅をすべて撤去し、住民は新築マンションに移住させる予定だ。
だが、今まではあくまでもテストケースで、本来の対象地域にはほとんど手すらつけられていなかった。これは、取り壊しが近隣の工場、企業所に丸投げされ、農村動員などで忙しく何もできなかったからだ。また、マンション建設の資材も自主調達が求められたが、そんな余裕などどこにもなかった。
遅々として進まないプロジェクトに業を煮やしたのか、中央政府は先月初め、現地に調査団を送り込んだ。そして、両江道にまかせてはおけないとの判断が下され、朝鮮労働党両江道委員会に対して、「全国党員突撃隊」を送り込むとの決定があったと通告した。また、マンション建設に必要な資材も送られることになったようだ。
別の情報筋によると、今回のプロジェクトが完成すれば、南北朝鮮を分断する軍事境界線がもう一本引かれるような状態になる。鴨緑江は、恵山付近の水深が30センチほどで、川幅も狭いことから非常に楽に越えられる。同じ川でも、慈江道(チャガンド)や平安北道(ピョンアンブクト)では、幅が広いため、渡るのは至難の業なのだ。
同様の構想は金正日時代にもあったが、住民の反発が強かったため、実現には至らなかった。密輸、脱北以前に、市民にとって鴨緑江の水は飲み水、洗濯など様々な用途に使われていたからだ。
しかし、社会安全省(警察庁)は2020年、コロナ対策を理由に、国境から1〜2キロに緩衝地帯を設置。無断で立ち入った者は射殺するとの命令を下した。最近になって、コロナ関連の規制は撤廃されたが、国境から人を遠ざける措置は続けられている。
「(密輸に関わっていた川沿いの)家をすべて立ち退かされ、生活基盤を奪われた住民の不満は高い」(情報筋)
ただ、恵山という町はその成り立ちから、住宅のみならず数々の公共施設も川沿いに設けられている。これらをすべて撤去となれば莫大な費用がかかる。また、川を挟んで両国ともにほとんどひとけのない地域もあることから、いくら国境を塞いだところで、穴だらけであることには違いない。
また、たとえ市内中心部に「軍事境界線」を設けても、警備を担当する国境警備隊を買収しておけば、難なく密輸や脱北ができる。当局は、貿易や国内の商業活動を大きく制限して、1980年代以前のように国への一元化を目指しているようだが、おそらくそう簡単にはいかないだろう。
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