華やか、かつ緻密。ポルシェ・ペンスキーの最新ファクトリーに特別潜入
WEC世界耐久選手権ハイパーカークラスに参戦するポルシェワークスチームのオペレーションを担うポルシェ・ペンスキー・モータースポーツ。北米のIMSAウェザーテック・スポーツカー選手権にもポルシェ963で参戦する彼らだが、WEC専用のファクトリーはドイツのマンハイム郊外に位置しており、世界各地を転戦するための前線基地となっている。
今回、招待されたメディア関係者向けのファクトリーツアーが開催され、その内部へと潜入することができたので、世界選手権トップカテゴリーを戦うチームのリアルな“核心部”をお伝えしたい。
■最新機材が備わるフィットネスルームも完備
フランクフルト国際空港から南に約80km、マンハイム周辺は多方面にアクセスしやすい複数のアウトバーンが走り、交通の要所となっている。殺風景な工業地帯だが、ホッケンハイムリンクへは約20㎞(20分)と至近なうえ、シュトゥットゥガルト近郊のヴァイザッハにあるポルシェ・モータースポーツまでは約100㎞(約1時間強)の距離とあり、ポルシェ関係者らの行き来という面でもアクセスが非常によい。
ここはもともとポルシェセンター・マンハイムの旧店舗として営業をしており、Penske Sportwagenzentrum GmbH(有限会社ペンスキー・スポーツカーセンター)の所有している建物だったが、営業拡大により手狭になった事もあり、約1km先に新店舗を建設。この旧ポルシェセンター・マンハイムだった建物と敷地を長期間かけて全面的にリフォームを施し、ポルシェのWECのワークスチームの拠点として2022年秋に正式稼働を開始した。総敷地面積は4500平方メートルを誇り、中庭にはトランスポーター複数台をゆったりと停められる駐車場があり、そこにはWECの海外レースへと発送する自前のコンテナも並べられている。
正面玄関の門を入ると、ドイツにおける大半のポルシェセンターと同様の、象徴的な円形型のメインの建物がそびえており、ミラーガラスで囲まれたその建物内部の様子はまったく見えず、シークレット感が強調されている。
回転ドアのエントランスを入ると、解放感溢れるロビーが目の前に広がりポルシェのモータースポーツ活動を飾ってきた歴史的なレーシングカーの実車が、建物の円形に沿ったゆるやかならせん状のフロアに展示されており、非常に華やかで力強い印象を受ける。
ポルシェ・ペンスキー・モータースポーツは、WECとIMSAにおいて、ポルシェのワークス活動を担い、強い信頼関係の下で数々の歴史的な勝利を収めたという実績があるだけに、シュトゥットゥガルトのツッフェンハウゼンにあるポルシェミュージアムと提携し、展示車両は定期的にミュージアムの貴重なコレクションの中から入れ替えられているという。また、展示車両はすべてミュージアムで完璧に整備され、すぐに走行可能な車両のみを展示しているというこだわりがあるそうだ(2023年のル・マン24時間レース特別カラーリングの展示車両のみデモカー)。
正面の階段を上がるとショールームスペースを見下ろすようにカフェテリアがあり、職員の休憩場所として利用されている。また同フロアにはぐるりと円形の建物に沿って、パフォーマンスやトラックといったようにセクションごとに分かれたエンジニアのオフィスが並ぶ他、ミーティングルームが連なる。
オフィスの一角には最新のトレーニング機器がそろったフィットネスルームが備えられ、ファクトリーを訪れたドライバーはもちろん(この日はローレンス・ファントールがトレーニング中)、ピットストップを担うメカニックや社員も利用できる。専用のフィジオとともに週2回パーソナルトレーニングが行われるほか、グループのトレーニングセッションが週3回行われるという。レースウイークには1日あたり12〜14時間もの長時間労働となるため、疲労軽減や安全に作業できる身体作りを目的に日頃から社内でトレーニングを重ねて、レースウイークに備えているのだ。
■「地べたで食事ができる」綺麗な床。ピット練習設備も
それでは、ショールームの左手奥、ポルシェ963のカラーリングと同様に洒落た赤い窓枠が特徴的なガラス張りのガレージエリアに、いよいよ足を踏み入れてみる。
この中も、963をイメージする赤と黒を貴重とした洗練されたシンプルなデザインで統一されている。ペンスキーのスタッフが「地べたで食事ができる」と自慢するほどに、埃ひとつ落ちていないピカピカに磨かれたファクトリーの床は美しいだけではなく、より精密に963のアライメントを調整するために100%水平に作られているという。963を整備し、貴重なパーツや工具類を日々扱う場所だけに、このファクトリーは全チームスタッフから神聖な場所として捉えており、美しく整頓された清潔な状態は、スタッフ自身が清掃することで常時保っているとのことだ。
ファクトリー内にはル・マンと同様の寸法で作られたピットレイアウトを施した、デモカーを用いてのピットストップ練習施設が備えられており、1日に何度もピットストップ練習を行っている。
24時間スプリントレースと称される近年のル・マン24時間レースだけに、ピットストップ時間も勝敗に大きく関わる。すべてのピットストップ練習をビデオ解析し、より速く、よりミスなくピット作業を行えるよう、日々トレーニングに励む。
ファクトリーを訪れたこの日は、ベルギーのスパ・フランコルシャンで行われたテストから車両や機材が戻り、次戦のイモラへ向けてメカニックが整備に勤しんでいたほか、ケースバイケースに積み込む備品を一点ずつ確認しながら、積み込みに向けて入念なチェックがされていた。
963に関わるすべてのパーツにはQRコードが記載され、どのラウンドで何km走行したのか、パーツのコンディション、オーバーホールをしたのか等、すべてコンピューターで管理されている。その情報は経理部と共有されており、経理スタッフにもパーツの使用頻度や消耗、発注の状況が一目でわかるという利点があるという。
■7時始業、16時終業。就労時間は厳格に管理
レースウイーク以外の基本的な就業時刻は午前7時のミーティングから始まり、午後4時に終業する。非常に厳しいドイツの労働監査により就労時間は管理されているため、サービス残業は一切なく、残業時間や休暇もドイツの労働基準法によってしっかり守られている。
40名のスタッフが就労しているポルシェ・ペンスキー・モータースポーツだが、レースウイークにはポルシェ・モータースポーツからのスタッフも加わり、総勢60〜70名となるそうだ。
また、レースウイークに携わるポルシェ・ペンスキー・モータースポーツ所属のチームスタッフは、FIAのコストキャップのレギュレーションによりに最大40人と制限されており、スタッフも事前にFIAへの登録が義務化され、RQコードが各自割り当てられ、誰がどの業務にどれだけ従事したかを管理されている。
また、マシンに直接携わるメカニックにはFIAの高圧電流を取り扱う講習会の受講が事前に義務付けられており、それを受講していないメカニックは作業をすることができない。レース以外にもさまざまな厳格な制約があるが、異議を唱える者はなく、むしろその新ルールを歓迎する声も多く聞かれる。
F1以上とも言われたLMP1時代の制限のない予算と従事人数は、結果的にカテゴリーの衰退を招いただけに、ハイパーカークラスではコストキャップを設け、シーズンを通してFIAの管理下に置かれている。かつてプライベーターは、ワークスには到底比較できない経済力やマンパワーの問題を抱えていたが、その差を少しでも縮小し、可能な限り同条件でレース活動ができるようにとの意味合いもあり、ハイパーカーでは長期スパンでのクラス存続を目指す取り組みが行われているのだ。
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