見えてきた水素エンジン搭載カローラ・スポーツ。基礎研究の成果とレース出場での開発スピードアップ
4月28日、静岡県の富士スピードウェイでスーパー耐久シリーズ2021 Powered by Hankookの公式テストがスタートした。このテストには、トヨタ自動車がカーボンニュートラルなモビリティ社会実現に向けて、ORC ROOKIE Racingを通じて参戦することになった水素エンジン搭載のカローラ・スポーツが登場したが、少しずつどんな車両なのかが見えてきた。
この水素エンジン搭載のカローラ・スポーツは、ガソリンエンジンから燃料供給系と噴射系を変更し、水素を燃焼させることで動力を発生させる仕組みをもつ。エンジンは、GRヤリス用の1.6リッターエンジンを転用。燃料デリバリー、インジェクター、プラグ等を変更している。
「GRヤリス自体がスーパー耐久で鍛えられていますから、素性の良さには非常に助けられています。普通のエンジンではこうはいかなかったと思います」というのはGAZOO Racing Company GRプロジェクト推進部GRZ主査/水素エンジンプロジェクト統括の伊東直昭主査。
またトヨタ自動車東富士研究所のパワートレーンカンパニー/第2パワートレーン先行開発部の小川輝主査によれば、水素エンジンの研究自体は「細々とずっとやっています。従来の技術で難しかったのが異常燃焼。水素は着火性がよくそこが利点でもあるのですが、異常燃焼を抑え込むのがポイントで、研究しているどこのメーカーさんも、大学でも課題としていると思います」という。
「弊社でも90年代から直噴に取り組んで、それを改良、改善しながらやってきて、その過程において燃焼、燃料噴霧の技術が蓄積されてきました。その技術を使うことで水素の異常燃焼がコントロールできるようになってきました。気流をどうやって作ってどう燃やすか、いかに燃え残さないかとか、熱源をつくらないようにするなど、そういう技術が少しずつ進化して水素でも走らせることができる領域にきたと思います」と小川主査。
変更されているパーツのうち、スパークプラグは「基本は同じです」という。「熱価などは違いますが基本構造はガソリン用と変わりません。インジェクターも同様です。できれば我々の狙いはガソリン仕様からほとんど部品を換えないで水素にしたい。そうすることによって普及を促進させる。そこを目指したいです」という。
また気になる水素エンジンのポテンシャルだが、「横軸エンジン回転で縦軸をトルクと考えるとガソリンと比較して、中低速トルクを上げることを考えた場合、水素は燃焼速度が速いのでノックしないので引き上げられるポテンシャルはあります」とのこと。
「それと同時に異常燃焼も起きやすくなるので、そことのせめぎ合いです。ピークを上げようとすると燃焼圧が上がってくるので、エンジン本体、ピストンとかシリンダーブロックが耐えられるのか、そういう課題になってきます。異常燃焼が起きたらそれを解析して、対策してその繰り返しです」という。
■安全性を見据えた車体
この水素エンジンを積むのは、カローラ・スポーツ。トヨタ自動車社長であり、ORC ROOKIE Racingのオーナーとして、そしてドライバーとしてステアリングを握ることになるモリゾウが、昨年末に試乗し、ゴーサインが出てから車種が選択されたが、「皆さんに愛されるカローラを使うことで、この技術に親しみをもってもらおう(伊東主査)」として選ばれたのがカローラ・スポーツだ。また、GRヤリスでは水素タンクを搭載するスペースがなかったことも理由として挙げられる。
そのカローラ・スポーツだが、外観はオーバーフェンダー等が追加された程度。ただこれもこの車両専用の設計となる。水素タンクは、FIA国際自動車連盟、JAF日本自動車連盟の協力を仰ぎながら安全性を確認しつつ製作されており、ミライから転用された水素タンクを4本(うち2本は長さ違い)を後席部分に搭載する。
もちろんレーシングカーとして速さを追求するなら、タンクは低い位置、また中央に並べることが重要になるが、伊東主査によれば、搭載範囲をクラッシュから守るため、リヤの車軸中心から前方にタンクを収めること、ドライバーの車室とは分けることが考えられているという。
専用のカーボン製のキャリアが製作され、4本のタンクを搭載しているが、このカローラ・スポーツはルーフにエアアウトレットが設けられている。これもFIAとの交渉のなかで「常に万が一を考えてルールを決めていますが、走行中は常に換気すること……と決めています」という。万が一水素が漏れた場合でも、引火点に達しないように換気するシステムだという。
実際に24時間レースを戦うことになるが、「本番に向けて燃費はこれから詰めていきますが、10ラップはできると思います。15〜20分くらいの間でピットインすることになると思います」ということから、かなり頻繁にピットインすることになりそう。もちろんライバルがいるわけではないので、24時間は“己との戦い”となっていく。
そして、伊東主査、小川主査ともに口をそろえたのが、開発のスピードだ。「期限が定められてからは本当に早いです。モリゾウがよく、モータースポーツの場を使って開発のスピードを上げると言っていますが、本当にすごいです(笑)。日ごろからサボっているわけではないのですが、やはりターゲットを決められるとスピードが上がりますね」と伊東主査が語れば、小川主査も「昨年末に試乗して『レースに出るぞ』ということになり、年明けからチームを組んで、どうやってやるのか方法を検討しながら取り組みを開始して3〜4カ月でここまできました。今までではあり得ないスピードです。それも基礎研究を重ねてきたからこそ実現できたことです」という。
この日のスーパー耐久公式テストは10時10分からセッション1がスタートしたが、佐々木雅弘がステアリングを握り一度ピットアウトしたものの、すぐにピットに戻り、その後セッション1では1周もしなかった。まだまだ生みの苦しみはありそうだが、夢のある、未来のための非常に楽しみなレーシングカーなのは間違いないだろう。
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