“モナコ・マスター”セナが起こした魔法(2)トランス状態で走った伝説のラップ「もはや運転しているという意識はなかった」
伝説のF1ドライバー、アイルトン・セナはモナコGPで圧倒的な強さを誇っていた。10回出場したなかで1987年、1989年、1990年、1991年、1992年、1993年の6回優勝を達成、これは歴代最多記録だ。ポールポジションも5回獲得しており、1994年のサンマリノGPで命を落とさなければ、その記録をさらに伸ばしていたことだろう。本来モナコGPが開催されるはずだったいま、“モナコ・マスター”と呼ばれるセナが見せた魔法を振り返ってみたい(全2回)。
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1988年モナコでのセナの『トランスラップ』については語りつくされた感はあるが、それでもこれは何度でも読む価値があるストーリーだ。ジェラルド・ドナルドソンが記した『Grand Prix People』のなかに、セナのこのような言葉が記されている。
「1988年のモンテカルロの最後の予選セッションでのことだ。僕はすでにポールを確実なものにした後も、タイムをどんどん削っていた。1周走るごとに、さらに速くなっていった。最初は単にポールポジションを確保するに足るタイムだったが、そこから0.5秒削り、1秒削り、といった具合にひたすらタイムを更新し続けた。そうしてふと気づくと、他の人たちより2秒も速いタイムを出していた。同じクルマに乗るチームメイトも含めてだ。その時、僕のなかに『クルマを運転している』という意識がないことに気付いた」
「本能だけで走っていた。僕だけが別の次元にいたんだ。トンネルのなかを走っているような感じだった。サーキット全体がトンネルのなかにある感じで、そこをひたすら走り続けた。とっくに限界を超えていたが、それでもまだタイムを見つけ出すことができた」
「すると突然、何かに叩き起こされたような感じになり、目が覚めた。自分を取り巻く空気が普段とは違うことに気付いた僕は、すぐにペースを落としてピットに戻った。その日はもう走る気にはならなかった」
「自分の理解をも超えた状態で、そうなっていることに恐ろしくなった。あんなことはめったに起こらない。でも、自分を守るために重要なことなので、そういう経験を大事にし、忘れないようにしている」
■得意のモナコでのまさかのクラッシュが精神面の強さをもたらした
予選では見事なラップを走ったセナだが、決勝でそれを結果に結びつけることができなかった。チームメイトのアラン・プロストを50秒も引き離して独走していたにもかかわらず、トンネル手前のポルティエコーナーでバリアにクラッシュしてしまったのだ。
セナは自分のミスにひどく動揺し、そのまま自宅に歩いて戻り、その後、数時間は、誰とも会わず、誰とも話さなかった。
「あのアクシデント後に彼が抱いていた感情は、自分自身への純粋な怒りだった」と当時のマクラーレンのボス、ロン・デニスは振り返る。
「あれほど悔しがり、怒りに満ちた彼をそれまで見たことがなかった。その感情に彼はうまく対処できなかった。ようやく話ができる状態になってからも、支離滅裂だった。自分のアパートに歩いて帰り、2、3時間たってからようやく姿を見せ、その時には落ち着きを取り戻してはいたものの、自分自身のパフォーマンスをこきおろし、チームに対して心の底から申し訳なさそうにしていた」
後日セナは、その日、宗教的な経験をしたと明かし、その時のミスによって自分は精神的に強くなったと語っている。
「僕は信心深い人間だ」とセナが語ったと『Grand Prix People』は記している。
「イエスを通して神を信じている。そういう風に育てられた。そこから離れつつあったのだが、突然引き戻された。物事が蓄積していってピークに達した。そうして、一種の危機を経験したのだ。あの時のモナコがピークだった。そこでたくさんのことに気付かされた」
■セナが10年で見せた魔法の数々
驚異的な予選ラップを走った1988年に加え、セナは1985年、1989年、1990年、1991年にもモナコでポールポジションを獲得している。
セナがモナコ初優勝を達成したのは1987年。その年のロータスはナイジェル・マンセルのウイリアムズに太刀打ちできるものではなかったが、マンセルは30周でターボトラブルによりリタイア。セナがリードを引き継ぎ、優勝を飾った。
1988年のモナコは不名誉な形で終えたものの、ワールドチャンピオンとして臨んだ1989年モナコGPでは、再びポールポジションを獲得、決勝すべてのラップをリードして完勝を果たした。セナは同じことを1990年と1991年にも成し遂げている。
1992年にはウイリアムズ・ルノーが圧倒的な強さを示し、マンセルが最初の5戦を制した。第6戦モナコでもマンセルがポールを獲得し、残り8周のところまでレースをリードしていた。ところがその時、リヤタイヤのトラブルでマンセルはピットに入らざるを得ず、セナに首位を譲り渡す。チェッカーフラッグまでの数周、マンセルはセナを猛追、激しく攻め立てたが、セナはポジションを守り切り、0.215秒差で勝利を収めた。
1993年のモナコGPでは、レースをリードしたプロストとミハエル・シューマッハーがペナルティやトラブルに見舞われ、その結果、セナが記録となるモナコ6勝目を挙げた。
1994年のモナコGPは悲しみに包まれた。2週間前のイモラでセナが命を落としたばかりで、ファンもドライバーも、F1界全体が、この悲劇を受け止めきれずにいたのだ。
その10年前のモナコで、セナはルーキーでありながら、優勝まであと一歩の2位を獲得した。それから4年後には、予選でひとり別次元の速さを見せた。その翌年にはポール・トゥ・フィニッシュの完勝を遂げた……。モナコには、セナが見せた魔法のような瞬間があふれている。
彼の死から26年たった今も、彼の魔法を人々が忘れることはない。“モナコ・マスター”はセナにこそふさわしい称号だ。
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